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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第五章 ~老蟲戦~
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弐・第五章 第七話

 化け物を眼前にしながらもやる気に逸る黒機師団を見ながら、俺は少しだけ気合を入れて操珠を握り絞めていた。

 ……そう。

 流石の俺でも……あの巨体を相手にするのはしんどそうなのだ。


 ──ンディアナガルの爪を使えば良いのかもしれないが……


 ただ、下手にあの空間を切り裂く爪を使ってしまえば……元の世界へと帰ってしまうかもしれない。

 そうすれば……次にこの世界へと来られるかどうかが分からない。

 折角レナータ・レネーテという双子や、マリアフローゼ姫という獲物を見つけ、そして機師という生活基盤をやっと手に入れ、馴染んだこの世界。

 嫌気が差して放棄するなら兎も角……そんな迂闊なミスで放棄するには少しばかり惜し過ぎる。


 ──それに……あの爪を出すと痛いんだよなぁ。


 具体的に言うと、右手からは骨が皮を突き破って飛び出るような激痛が、そして後頭部にはインフルエンザにかかった時のような鈍痛が伴うのだ。

 切れた時には痛みすら意に介さずに使っていたものの……出来ることなら使わないにこしたことはないだろう。

 大体、あんな技を使わなくとも……


「お、俺はやるぞっ!

 今の女房を捨てて、若い女をっ!」


「ぎゃははははっ!

 てめぇ、その面で結婚できただけでも奇跡だろうがっ!」


「うるせぇっ!

 貴族様になれば、それくらい……」


 あちこちで上がる黒機師たちの下衆な叫びは、「黒」の連中が戦意を失ってないことを意味していて……


 ──幾らあの巨体でも、この数で一斉にかかれば……何とか勝てるだろう。


 そんな根拠のない勝算が浮かんでくる。

 もしかしたら、俺自身もこの黒機師たちの熱狂に浮かれているかもしれなかった。


 ──だけど……


 こんな欲に塗れた狂乱なんざ、いつまで続くか分からない。

 である以上……俺のやることは決まっている。


「てめぇらっ!

 付いてきやがれぇえええええええっ!」


 俺は戦斧を突き上げ、背後に控える部下たちに大声で叫んで……ただ徐々に近づいてくる巨大な蟲へと特攻する。


「おいっ!

 兄弟、陣形はっ!」


 後ろの方でアルベルトが叫んでいたが、そんなことなど意に介さず、俺は……いや、俺達「黒」は老蟲へと突っ込んでいた。


「あの馬鹿っ!

 私たちはどうしますかっ?」


「放っておいても……」


「盾がいなくなれば俺達も戦力は半減だっ!

 それに、アレが正解かもしれないっ!

 みんな、突っ込むぞっ!」


 背後でレナータ・レネーテの双子とアルベルトの叫びが上がっていたが、そんなこと、意に介してなどいられない。


 ──コイツらに、アレが食い止められるものかっ!


 ……そう。

 黒機師団の装備は成蟲を対峙するために特化した盾と槍なのだ。

 だが、今眼前に迫っているのは成蟲よりも遥かに大きな老蟲と呼ばれる化け物である。

 こんなちっぽけな盾で突進を受け止められる訳がない。

 こんなちっぽけな槍で突進を怯ませられる訳がない。

 だからこそ……勢いのままに突っ込むしか、ないっ!

 突撃の最前列を独り突っ走り、蟲に手が届くほどの距離へと近づいた俺だったが……


 ──やっぱりかっ!


 蟲は、俺を狙おうとはしなかった。

 まるで俺など意に介さぬかのように、俺の赤黒い機甲鎧を無視して通り過ぎようとする。

 だが、もういい加減、その動くことなんて想定済みである。


「喰らい、やがれぇえええええええっ!」


 俺は自分の機甲鎧を老蟲の巨体へと飛び乗らせると、ただ渾身の力を込めて、その蟲の背に向けて戦斧を叩きつける。

 俺の渾身の一撃は、見事に老蟲の硬質化した皮膚をあっさりと突き刺さっていた。

 ……だけど。


 ──なん、だと……?


 戦斧は、蟲の身体に確実に刺さっているのだ。

 ……刃の部分が根元まで。

 だけど、コイツの巨体には……いや、巨体を構成する表皮は、その斧の長さよりも分厚かったらしい。


 ──いや、刺さってはいる、のか?


 戦斧の周囲に蟲の体液らしきものが飛び散ってはいる。

 しかしながら、皮膚を貫いた部分はほんの僅かで……この老蟲の巨体から考えても、肌をちょっと切った程度しか効果はなかったらしい。


「……ぐ、くっ?」


 慌てて俺は戦斧を引き抜くが……その時には、もう遅い。

 老蟲の巨体は、俺の特攻に付き従っていた黒い機甲鎧の戦線へと届いている。

 そして……

 その蟲の突進を喰らった機甲鎧は、盾も槍も、機甲鎧の超重量でさえも何の障壁にもなり得ず……ゴミクズのようにあっさりと吹っ飛ばされてしまっていた。


「ぎゃああああああああああっ?」


「無理だ、無理だぁああああっ?」


「おい、デムンテ、しっかりしろぉおおおおっ?」


 その段階になってようやく、青や赤の機師たちの間にも、何故俺が無茶苦茶に見える特攻を仕掛けたという理解が広がり始めたらしい。

 今まで安全地帯から隙を窺うばかりだった青機師たちが、慌ただしく動き始める。


「くっ、各機散開っ!

 今までの定石は、コイツには通じないわっ!」


「左からっ!」


「了解っ!」


 レナータ・レネーテは双子ならではなのだろう、軽い言葉と仕草だけで分かり合ったらしく、左右に展開して蟲へと襲い掛かる。

 老蟲はその巨体故に、さっき「黒」の連中を蹴散らした体勢を元に戻すだけでも非常に時間がかかるらしく、ゆっくりと身体を縮ませ始めていた。


 ──今は、狙い放題……なんだが。


 かく言う俺も、そうして周囲に視線を配りながらも、さっきから次々と戦斧をこの巨体へと叩きつけ続けている。

 だけど……コイツの皮膚は硬く、分厚過ぎるのだ。

 どれだけの膂力をもって叩きつけても、この戦斧じゃ……痛打を与えるには至らない。


 ──俺の戦斧が、コレじゃ……


 その事実を前に……俺は黒い機甲鎧の方へと視線を向ける。


「全部隊、攻撃っ!

 狙いなど適当で構わんっ!」


 さっきの混乱から立ち直った「黒」の連中は、ゼルグムのその叫びの下に老蟲へと槍を突き立てているが……


「おいっ?

 槍が刺さらねぇぞっ!」


「何だよ、これっ!

 どうしろってんだっ?」


 案の定、何の役にも立っていなかった。


 ──さっきの号令、意味がなかったな。


 俺がその事実に少しだけ脱力しつつ、視線を隣へと向ける。

 そこには、十機ほどの青い機甲鎧の群れが、左右から三角形……魚燐の陣とかいう形で蟲へと突っ込んできていた。

 老蟲の巨体を挟んだ反対側からも、同じ形の陣形を組みながら、ほぼ同じタイミングで突っ込んできている。

 何の合図も無しにああして連携をした行軍が可能なのは……先頭にいるのがレナータ・レネーテの姉妹だからだろうか?

 そうして二十機の青機師たちが一斉に波状攻撃を仕掛けるが……


「く、こいつっ?」


「何よ、この皮膚っ?」


 ……結果は同じだった。

 速さに任せて成蟲の皮膚を切り裂き、毒を仕込む彼女たち青い機甲鎧の攻撃力じゃ、この老蟲の皮膚を食い破るのは不可能らしい。


 ──そうすると……残る希望は赤機師のみ、か。


 俺は機甲鎧の部隊で最強の攻撃力を誇る「赤」の連中へと視線を向けるが……


「お、おい。

 どうした、お前たちっ?」


「ば、馬鹿言え。

 あんなの、相手に出来る訳ないだろう?」


「あ、ああ。

 勝てる、訳がない、よな?」


 どうも連中はさっきの一撃で尻込みをしているらしく、この老蟲へと近づこうとすらしていない。

 『最強』アルベルトのヤツが幾ら声を張り上げても、赤機師たちは老蟲の巨体へと歩みを進めようとはしなかった。


 ──これだから、貴族様ってヤツはっ!


 俺はあの塩の砂漠で聖鎚を手に城塞の奥に籠っていた「最後の領主」を思い出し、そう吐き捨てる。

 俺はああいう……安全なところで好き勝手やるヤツが大嫌いなのだ。


 ──この戦斧を放り投げてやろうかっ?


 不意にそんな衝動に駆られた俺だったが……流石に我慢することにした。

 今は……それどころじゃないからだ。

 しかし、何度も何度も戦斧を叩きつけたところで、結果は全く同じでしかなく……


「くそぉっ!

 鈍過ぎるぞ、コイツっ!」


 そんな苛立ちを口にしながらも、俺が戦斧を老蟲へと叩きつけていた、その時だった。


「こうなったら、俺一人でもぉぉおああああああああっ!」


 怯懦に竦む赤の軍勢の中、赤い機甲鎧がたった一機のみ、雄叫びを上げながら老蟲へと斬り込んでいた。

 アレは……『最強』アルベルトのヤツに違いない。

 単機特攻という無茶をやらかすアルベルトの機甲鎧は、『最強』の呼び名に相応しい凄まじい速度で砂漠を走ると、老蟲の巨体へと刃を突き立てる。


 ──この俺でも無駄だったんだ……


 アイツの攻撃も、やはり刃が立たないだろう……と、俺が半ば諦観を込めてその突撃を見守っていた。

 ……だけど。

 アルベルトの長剣が老蟲の巨体を穿ったその瞬間、突如蟲の皮膚が、破裂したのだ。


「……なっ?」


 そのあり得ない光景に赤い機甲鎧の持つ剣を見つめてみると……その長剣は赤く輝くどころか、刀身が純白に見える有様だった。

 

 ──一体、どれくらいの高温になってるんだ、アレ。


 創造神なんたらの欠片である緋鉱石のお蔭か、それともあの刀身が普通の金属とは全く別の代物なのか。

 あの高温でも刀身は歪みも溶けもしないらしい。

 ……ただ。


「ぎゃぁあああああっ?

 あの野郎ぁぉぁがぁあああああ?」


「アルバっ!

 アンタ、周囲の迷惑もっ?」


 その一撃の所為で、青い機甲鎧に体液が飛び散って凄まじいことになっていたが。

 脚を失ったのが一機、腕を失ったのが一機、そして胸部に体液を浴びてのたうち回り始めたのが一機。

 ……あの機師はもう、助からないだろう。


 ──だが、やり方は理解出来た。


 俺は、戦斧に気合を込める。

 どうやら赤い機甲鎧用のこの武器は……俺が思っている以上に頑丈に作られているらしい。

 俺の気合と比例するかのように、戦斧の刃は黒く黒く……アルベルトの長剣とは対照的に光すら反射しないようなどす黒い色へと染まって行く。

 それは、まさに悪役の武器に相応しく……この龍のような機甲鎧の形と言い、まるで俺の方が敵役っぽい雰囲気である。

 だが、見栄えなんざどうだって構わない。

 ……手柄さえ、立てることが出来たのなら。


「これなら、どうだぁあああああああああっ!」


 俺はそんな邪念を込めた一撃を、戦斧と共に老蟲へと叩きつける。

 効果は……絶大だった。

 さっきまで巨木に斧を突き刺すようだった手応えは、まるで豆腐を斧で引き裂いたかのような手応えしかなく。

 ……しかも傷口が白色の結晶に覆われたかと思うと、その結晶が砕け散り、内部から体液が噴き出してくる。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能が強く具現化し、皮膚が塩化しているのだろう。

 すぐに老蟲の体液で溶け砕けているようだが……


「これなら、行けるっ!」


 一撃で老蟲の身体に機甲鎧半分くらいの大穴を空けた俺は、その一撃に気分を良くし、更なる一撃を加えようと大きく振りかぶる。

 と、その時だった。

 不意に周囲が暗くなったかと思うと、眼前には巨大な壁が……


「……げ」


 どうやら、さっきの一撃を喰らった所為で、この巨大な蟲はようやく俺を「敵」として認識してくれたらしい。

 だからこそコイツはその「背中に乗った痛みを与えてくる敵」を弾き飛ばそうと、身体をくねらせたのだろう。

 たかが身動ぎに過ぎないその動作も……この巨体が行うだけでとんでもない超質量の攻撃となり得る。


 ──しまっっっ?


 そして「老蟲なんて手も足もない鈍重な生き物だ」と錯覚していた俺は……攻撃にばかり意識を集中してしまっていた。

 ……そう。

 戦斧を大きく振りかぶった体勢の俺の機甲鎧では……その一撃を避けられる筈もない。


「ぐ、おぉぉぁあああああああっっっ?」


 一撃を喰らう瞬間、俺は操珠を握りしめ渾身の力で踏ん張ってはみたものの……如何せん質量が違い過ぎた。

 俺の機体は、その一撃にあっさりと吹き飛ばされてしまう。

 途中で何かにぶつかった感触に俺の視界は真っ黒に染まり……


「……ぐ、くっ?

 ~~~~っ?」


 ……気付けば俺の操る機甲鎧は砂の中に大の字で寝転がっていた。

 と言っても、老蟲の一撃によってコンマ数秒間、意識が吹っ飛んでいた……訳ではなく。

 単に「吹っ飛ばされる」という初めての体験にビビった俺が、つい目を閉じて身体を縮こまらせていただけ、だったが。


「……ち、く、しょうっ!」


 ──蟲如きに、ゴミクズのように吹き飛ばされたっ!

 ──しかも、一瞬、ビビっちまったっ!


 その怒りに俺は操珠を握り絞め、機甲鎧の上体を起き上がらせる。

 幸いにして、この赤い機甲鎧はあの爺さんの言葉通り、本当に頑丈に造られているらしく、さっきの一撃を喰らったというのに動作に支障すらない。

 とは言え流石に無傷とはいかなかったらしく、胸甲がひしゃげて俺の身体に引っ付いてしまっていたが……

 こうなっても前が見えるというシステムがどうなっているのかよく分からないものの……機体の動作にも視界にも、そして当然のことながら俺の身体にも別段異常はないらしい。


 ──ったく、鬱陶しい。


 兎に角、その鬱陶しい胸甲を俺は蹴り歪め、何とか身体に触れない辺りまで遠ざける。

 と、その時だった。


「……ば、か。

 早く、どいて」


 俺の背後から、そんなか細い声が聞こえて来たのは。

 その声に背後を振り返ってみると……そこには、下半身が完全にひしゃげた青い機甲鎧が横たわっていた。

 どうやら……吹っ飛ばされた俺が巻き添えにしたのは、レナータかレネーテか……あの双子の乗る機甲鎧だったらしい。


「……わ、悪、い」


「謝る必要は、ない、わよ。

 戦い、なんだし……こういうことも」


 慌てて立ち上がった俺は、彼女の機体を起こそうとするが……


 ──ひでぇ。


 機動性を重視する代わりに装甲を犠牲にした彼女の機体は、惨憺たる有様だった。

 俺が喰らった一撃がそれほどに凄まじかった、といいうこともあるのだろう。

 脚は片方潰れ、もう片方も逆方向に捻じ曲がっている。

 腕は一本吹っ飛んでいるし、もう片方の腕も腕から先が潰れ、槍すら持てない状態である。


 ──これはもう……戦闘不能だろう。


 俺がそう判断を下した、その時だった。

 俺の周囲に突如、夜が訪れる。


「ガル~~~っ!

 前っ! 前ぇええええええっ!」


 テテニスらしき叫びに俺が振り返ると……

 そこには、砂漠一面に散らばっている、恐らくは俺の機甲鎧と衝突して砕けた青い機甲鎧たちの残骸と。

 そして、こちらへと迫り来る……巨大な塔。


 ──老蟲っ!


 その巨大な構造物と錯覚した影は、老蟲がその身体をもって俺に圧し掛かろうと迫ってきていた影だったらしい。

 しかし、この勢い、この質量……

 幾らなんでもコレは、流石の俺でも……


「や、ばっ?」


 慌てて俺は横っ飛びに逃げようと足に力を込め……気付く。

 背後には、レナータかレネーテか……双子のどちらかがいることに。


「くそったれがぁああああああああああああっ!」


 だから、俺はその場に踏みとどまった。

 腹の底から叫び、両腕両足に渾身の力を込め、その巨大な質量の墜落を防ぐべく、力を込める。


「馬鹿、逃げなさいっ!」


 背後からはそんな叫びが聞こえていたが……


 ──逃げられる、かよっ!


 俺は、この双子と3Pをしたいのだ。

 そのために、この世界に留まっているのだ。

 いや、初体験は姫様を相手にしたいと思い始めているが、双子を頂くことも捨てた訳じゃないのだ。

 だからこそ、ここで逃げたら……


 ──俺が、ここにいる、意味がないっ!


 そうして、老蟲は凄まじい勢いと圧倒的な質量をもって、俺の上へと降り注いでくる。


「がぁあああああああああああああああああああああああっ!」


 俺は絶望的な気分を振り払うように叫びながら、せめて足元に転がったままの、動けない少女を庇おうと機体の両腕をもってその巨体に立ち塞がる。

 そして……。


 ……俺の身体を、衝撃が、貫いた。


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