表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第五章 ~老蟲戦~
70/339

弐・第五章 第五話


「よぉ、兄弟。

 二日酔いにはなってないか?」


 翌日の朝。

 家でリリスの作った「ちょっと不味いくらいの料理」を口に運んでいた俺に訪れたのは、そんな底抜けに鬱陶しい、『最強』の赤機師の叫び声だった。


 ──この馬鹿、どの面下げて……

 ──昨日、人様のことを利用して権力闘争に巻き込んだのは何処のどいつだ……


 一瞬でそう考えた俺は、このアルベルトの顔面を一発ぶん殴ってやろうと拳を固め、腰を浮かせるが……


「おぉ、おきゃくさんだ、おきゃくさんだ」


「あたらしいひとだね」


「かっこういい、かも」


 ……そんな子供たちの声を聞いて我に返る。

 流石の俺でも……子供たちの眼前で血と臓物と脳漿の飛び散る惨劇を引き起こすのは忍びない。

 幾らなんでも、その程度の理性はまだ残っている。


 ──つーか、餓鬼の一人、早くもマセたヤツがいるな、畜生。


 それでも、内心でそう毒づくのは止められなかったが。

 と言うよりも、餓鬼を相手に惚れられてしまうほどのこのアルベルトとかいうクソにムカついてならない。

 ……女にモテるヤツは、基本的に俺の敵である。

 幸いにしてリリスは見知らぬ客に脅えているのか、俺の肩口辺りを掴んでいて……コイツが好みじゃないらしく……

 その事実が唯一の救いだった訳だが。


 ──なら、テテのヤツは……


 俺はそう考えて……すぐに首を横に振る。

 あの娼婦は昨晩の「仕事」とやらがハードだった所為か、まだ寝たままである。

 リリス曰く「起きる気配すらなかった」とのことで、俺たちはこうして……一家の主を放置したまま食事をしていたのだ。

 そもそも……娼婦に好かれたところで、何の自慢にもなりゃしない。

 それに、そんなことで争ったところで……競い合うだけ虚しいばかりという、無益で下らない勝負でしかないだろう。


「で、何の用だ?」


「そう邪険にするなよ、兄弟。

 昨晩言っただろ?

 ……専用の機甲鎧を調整するから、使いを寄越すって」


 殺気混じりの俺の問いに返ってきたのは、底抜けに明るいそんな声だった。

 ……相変わらず、ウザいポーズを取りながらのアルベルトに、思いっきり拳を振り抜きたい衝動が加速し始める。

 とは言え……


 ──専用機、か。


 その響きは、このウザい男を殴り殺す衝動よりも遥かに俺を惹きつけていた。

 ……そう。

 俺も現代日本でアニメや漫画をある程度嗜んで暮らしていた人間である。


 ──「専用機持ち」という響きに、心惹かれない訳がない。


「まぁ、喰い終わるまで待て」


 ただ、それを顔に出してコイツに悟られるのを嫌った俺は、平静を装ってそんな言葉を吐く。

 そしてゆっくりと食事を……リリスの作ってくれた塩の利いた野菜炒めをゆっくりと味わいながら口に運ぶことにしたのだった。




「……そんなに急いで食べなくても良かったんだがな、兄弟?」


「……うっせ」


 昨日も乗せられたアルベルトの操る車に揺られながら、俺達はそんな軽口を交わし合っていた。

 ……そう。

 必死に平静を装った俺の演技は、どうやら完全に無意味だったらしい。

 思いっきり「専用機」を楽しみにしていたのを見透かされた俺は、バツの悪い思いを隠すように窓から外を眺めていた。

 昨日と同じような煉瓦造りの道路をまっすぐに走り、家々の間を通り抜け、そのまま城門を潜り抜ける。

 城門には衛兵が立っていたものの、何一つ詰問されることもなく……どうやらアルベルトの顔パスで通れたらしい。


「……ん?

 壁の向こう側なのか?」


「ああ、もう一つ向こう……一級市街の奥に工房があるんだ。

 機甲鎧はこの国の防衛の要だからな」


 俺の問いに返ってきたアルベルトの声は真っ当なもので、流石のこの馬鹿も運転中はウザいポーズや口調を装えるほどの余裕はないらしい。


 ──いつもこうなら、もうちょっと、なぁ……


 俺は内心でそう呟きながら、壁の向こう側である二級市民街とやらに視線を移す。

 そこは三級市民街よりも少しばかり緑が増えたかな程度の差しかなく……どうやら三級も二級もそう大した違いはないらしい。

 尤も、俺自身、あまり三級市民街を歩いた訳でもない上に、現代日本と比べるとどこもかしこも異国風情溢れていて……

 違いに気付かないだけかもしれなかったが。


「ここからが一級市民街だ。

 ま、言うほど大した街じゃないんだけどな」


 相変わらず城門を顔パスで通り抜けたアルベルトは、俺に向けてそう告げる。

 とは言え……今度ばかりは俺にも違いが理解出来た。


 ──家が、デカい。

 ──道にゴミ一つ、落ちてない。

 ──緑が、多い。


 さっきまでの二級市民街と比べると、その差は歴然だった。

 一級の名に恥じない街並みと言える。

 とは言え……


「兄弟も望めば、明日からここで暮らせるんだぜ?

 流石に貴族街は……色々と手続きがいるんだが……」


「いや、面倒だ。

 あっちの方が戦場に近いしな」


 そんなアルベルトの提案に、俺は自然と首を横に振っていた。

 ……そう。

 幾ら家が大きくても、幾ら道が綺麗でも、幾ら緑が多くても……俺の暮らしていた現代日本と比べるとド田舎より遥かに格下。

 テレビもなければエアコンもない。

 食い物は遥かに不味く、水は蛇口から出て来る訳もなく、服はゴワゴワしてて気持ち悪いし布団も肌触りが気に入らない。

 つまり、ちょっとばかり家の大きい一級市民街に来たところで……今の三級市民街の生活と比べて、そう大きなメリットがある訳でもないのだ。


 ──一人暮らしってのもダルいだけだし。


 未だに親元で脛を齧っている身としては、一人暮らしってのはどうも面倒くさくて鬱陶しい印象が拭えない。

 基本的に一人暮らしってのは……炊事洗濯掃除と鬱陶しい行事が山積みだと聞いている。

 そもそも俺は、料理一つ出来やしない。

 ……そんな俺が一人暮らしをするなんて、完璧に自殺行為に等しいだろう。


「ははっ。

 ま、その辺りは自由裁量なんで、強制じゃないからな。

 っと、着いた着いた。

 ここが、工房、だ」


 そんな要らぬ会話を交わしている内に、車は目的地に着いたらしい。

 俺は視線を正面へと向け……思わず絶句していた。


 ──でけぇ、


 人間が住むために造られた城ではなく、機甲鎧のために造られた城……その建物を見た俺の頭にはそんな表現が浮かんでいた。

 と言うか、それ以外に説明は不要だろう。

 ただただ高い囲いに、ただただ高い屋根、ただただデカい正門。

 何もかもの縮尺がおかしく、俺自身が小人になった気分に陥ってくる。

 その建物は一級市民街の最奥にあるらしく、工房の後ろには更に大きな壁が堂々と立っていて……もう大きさの感覚が狂って来ている自覚がある。

 アルベルトのヤツがさっき口にしていた「国防の要」という台詞は伊達じゃないらしい。


「ま、入ってくれ。

 ラズル技師が待ちかねている」


「……ラズル?」


 その建物の威容に圧倒されていた俺は、アルベルトに促されるままにその工房へと足を踏み入れる。

 中は思ったよりも明るく……好奇心のままに周囲を見渡した俺は、再度の絶句を余儀なくされていた。


 ──こんなに、沢山、あるのか……


 右から左へと、赤、青、白の機甲鎧が並んでいる光景を、俺は呆然と眺めていた。

 機甲鎧を組み立てているのは灰色の機甲鎧で……どうやらアレは作業用の鎧なのだろう。

 黒い機体が見当たらないのは……あの部隊は廃棄品を再利用して集めただけの、ただの盾役の捨て駒だからに違いない。


「お?」


 そうして周囲を眺めていた時、ふと気付く。

 ……その工房の一部に、ボロボロの残骸が鎮座させられていることに。

 その残骸を良く見てみると……全身ズタズタで歪み軋んだ黒い機甲鎧と、頭部が吹っ飛んでいる赤い機甲鎧の二機だった。

 ゆっくりと眺めてみると……どっかで見たことがある。


「やっぱ凄まじい戦いだったみたいんだな、昨日は。

 あの二機は昨日俺たちが乗っていたアレだよ」


「……ああ」


 アルベルトのその言葉に俺はようやく自分の中にあった既視感の原因にたどり着いていた。

 装甲を外され、あちこちを分解されているから分からなかったが……どうやらあの二機は、俺とアルベルトのヤツが戦った時に乗っていた機体らしい。


 ──しかし、まぁ、よくここまで壊したもんだ。


「……ん?」


 呑気にその残骸を眺めていた俺は、ふと気付く。

 周囲から……凄まじい視線が向けられているということに。

 その視線は来客に向ける歓迎や好奇の視線などでは断じてない。

 ……以前、あの塩の砂漠で敵からも味方からも向けられた、恐怖と畏怖の……化け物を見るような視線だった。


 ──何か、やらかした、か?


 そんな視線を向けられる心当たりのなかった俺は、ふと首を傾げ……その原因を解き明かそうとしてみる。

 ……だけど。


 ──ま、大したことじゃない、か。


 悪意を向けられることに慣れている俺は、すぐにその思索を放棄すると……あっさりと周囲からの視線を意識から外していた。

 そのまま色々と珍しい機甲鎧の工房を眺め続ける。

 と、そうして好奇心を満たし続けていた俺が、いい加減この工房の観察にも飽きてきた頃……


「やぁ、アルベルト君。

 相変わらず素早い行動で感謝する。

 彼が、例の?」


「ええ、ラズル技師。

 こっちとしても下らない任務から解放されるんで、願ったり叶ったりというヤツで」


 背後からそんな会話が聞こえて来た。

 俺がそちらに視線を向けると……


 ──マッドサイエンティストみたいな爺さんが、そこにいた。


 ぼさぼさの白髪に、血走った視線、がりがりに痩せこけた顔は神経質そうな雰囲気を漂わせている。

 そんな爺さんが薄汚い作業着に身を包み、こちらを睨みつけている。

 いや、その視線は……そんな生易しいモノじゃない。

 殺気や憎悪という慣れ親しんだ視線でもない……血走ったコイツの視線は、冷徹に冷静に俺の細胞一つ、内臓の奥までもを見透かそうとするかのようで。

 はっきり言わせて貰うと……明らかに正気じゃない領域へと片足を突っ込んでいる雰囲気が漂っている、そんな爺さんだった。


「……何だ?」


 そのギラついた視線を向けられた俺は、思わず後ずさっていた。

 何と言うか……生理的な嫌悪が先に立ったのだ。

 女性たちが、その細腕でも一撃で粉砕できるほど脆弱で、しかも何の攻撃力もない、あのゴキブリという生物を見た途端、何故か悲鳴を上げて逃げる……あの心境に近いのかもしれない。

 そんな、珍しく怯んだ様子の俺を見た所為か、後ろでアルベルトが苦笑する声が微かに聞こえてきて……俺は思わず唇を尖らせていた。


 ──他人事だと思いやがってっ!


 そんな背後の赤機師に向け、「てめぇがこの爺を紹介してきたんだろうがっ!」と思わず怒鳴りつけたくなった俺だったが……

 そんな俺の激怒すら意に介すことなく、ラズル技師とやらは俺に向かって口を開く。


「君が、あの機体に、乗っていたのか?」


「……あ、ああ?」


「君が、あの機体を、動かしたのか?」


「ああ、そうだが?」


 その似たような二つの問いに何の意味があったのだろう?

 嘘を吐くつもりすらなかった俺は、何も考えずに頷いていた。

 このマッドサイエンティスト丸出しの技術者の迫力に呑まれていた、のが正しいのかもしれない。

 ……だけど。


「緋鉱石すら入ってない、あの機体をかっ?」


「……は?」


 ソイツの叫びによって、俺は周囲から向けられていた恐怖の視線や、コイツの好奇心丸出しの血走った視線の意味をようやく理解していた。

 いや、そんなことよりも……


 ──なん、だと?


 あの機甲鎧ってのは、緋鉱石によって動く筈で……

 俺は記憶を辿り、すぐに首を左右に振る。


 ──いや、違う。


 あの緋鉱石によって、人間の魔力だか何だか分からない『力』を増幅させ、それを原動力として動くと聞かされた。

 だから……別に不思議でも何でもない。

 常人には動かせない代物だろうと、この俺……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つこの俺ならば。


 ──道理で動かしやすい訳だ。


 緋鉱石で増幅なんて迂遠な真似をせずに、俺の思い通りに動いてくれたのだから。

 まぁ、その辺りは俺と重なっているンディアナガルが操縦してくれたのかもしれない。

 ただ、緋鉱石により増幅させて動く機甲鎧のシステムを考えると、二機の機甲鎧を俺が「操っただけ」で壊してしまったことにも説明がつく。

 つまり……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を増幅なんてやらかしたから、俺の乗った機甲鎧はどれもこれもぶち壊れていたのだろう。

 種を明かしてしまえば、何てことはない。


 ──しかし、だとすると、誰が緋鉱石を抜き出したのやら。


 ふとそんな疑問が頭の片隅に浮かび上がるが……まぁ、「黒」の機甲鎧はあれだけ雑に放置しているのだ。

 一つや二つくらい、緋鉱石がない機体があってもおかしくはないだろう。


 ──だから動かない機体に×印がついていたのか。


 その割には×印が新しかったような気がするが……まぁ、最近動かないことが判明したのだろう。

 そうして、ようやく色々と納得した俺に対し、ラズル技師とやらは血走った視線を向けたかと思うと……


「さぁ、計測をさせて貰うぞ?」


 狂気混じりの笑みを浮かべながら、そう告げたのだった。




 計測結果は……一言で言えば滅茶苦茶だったらしい。

 その辺りの数字を俺が理解できる訳もなく、まぁ、周囲の作業員たちが驚きの声を上げる様をのんびりと眺めていた。

 終いには何を考えているのか……


「ああ、ついでにコレを思いっ切り握ってくれ」


「この鉄板を全力で踏めば、一体どれくらいの威力が出せる?」


 等々、握力や脚力までも計られ、もう半ばオモチャ扱いされているのも同然だったのだが。

 何をやっても周囲の連中が驚いてくれたから、ついつい芸人になったつもりで大道芸に付き合ってみた、という心境が正しいのかもしれない。

 ただ、そうやって適当に測った筈のそれらの数字も何やら洒落にならない数字が出たらしく……


「この餓鬼、本当に人間ですか、これ?」


「これなら、素手で蟲も殺せるんじゃ……」


「いや、操珠が持ちませんよ、コレじゃ」


 そんな呟きがあちこちから耳に入る始末である。


 ──あ~あ、いつまでかかるのやら。


 いい加減測定ばかりで飽きてきた俺は、退屈を持て余してそう嘆息するばかりだった。

 ……と言うか。

 この如何にも身体測定風の一連の作業に、不意に元の世界である現代日本に帰った後のことを思い出してしまった。


 ──次の身体測定、いつだっけか?

 ──この身体のこと、上手く、誤魔化さないと、な。


 ……そう。

 この俺は異世界ではこうして破壊と殺戮の神ンディアナガルとしての猛威を振るっているものの、未だ元の世界である現代日本では一般人として暮らしている。

 膂力を隠し、殺人を控え、強盗や強姦なんて手軽に色々と手に入る真似は一切仕出かしていなかった。

 だからこそ俺は、元の世界である現代日本では普通に……静かに暮らしたいのだ。

 ……その為には「力」を隠すことも必要に違いない。

 今のところ、同級生に追われたりしているものの、一応、誰一人として殺してないからセーフだろうし……。


「しかし、兄弟。

 本気で化け物じみてるぞ、コレ。

 ……俺だって生身は普通の人間なんだがなぁ」


 そうして俺が退屈していることに気付いたのだろう。

 アルベルトのヤツがそう話しかけて来た。


「うるせぇな。ったく。

 ……もう良いだろう、こんなの。

 何だよ、あの妙なヤツは……」


「そう言わないでくれ、兄弟。

 アレでも世界で一番優秀な技師なんだ」


 いい加減焦れて来た俺を、『最強』アルベルトはそう宥める。

 どうやら人格と能力が一致しないという、見事な具体例らしい。


 ──ま、コイツもその類だしな。


 俺は半眼でアルベルトへと視線を向ける。

 顔が良くて戦闘力最強というアニメの主人公みたいなコイツだが、中身はウザキャラそのもので……この世界の神様も全てを与えてはくれないらしい。


「お、そろそろ組み上がるみたいだぞ、兄弟」


 俺の視線に気付いたらしきアルベルトが、誤魔化すかのように遠くを指差す。


 ──んな、アホな。


 幾らなんでもその無理矢理過ぎる話題転換に呆れながらも……俺は釣られてやることにした。

 そして、絶句する。


「何じゃ、ありゃ……」


 巨大な緋鉱石に技術者たちが群れたかと思うと……その石から変な形の鉄板を取り出したのだ。

 ……いや、違う。

 鉄板が『創りだされた』、というのが正しいのかもしれない。


「ああ、緋鉱石は創造神ランウェリーゼラルミアの身体の欠片。

 あれだけ大きけりゃ、あのくらいは簡単に出来る、らしいぞ?」


 ──らんうぇ?


 何と言うか舌を噛みそうな名前に首を傾げつつも、俺の視線は技術者たちの作業から離れない。

 本当に、面白いのだ。

 次から次へと巨大な緋鉱石からロボットのパーツが出て来る、その光景は。


「意外と、苦戦しているな、ありゃ。

 本当はもっと早く出来るんだが……」


 アルベルトが背後で何かを呟いていたが、そんなこと俺は気にも留めなかった。

 そうして俺たちが見守っている中、その無骨な骨組みは次から次へと組み上がり……やがて機甲鎧の形を取り始める。


 ──って、何だこりゃ。


 その機甲鎧の形状を見た俺は、思わず内心で叫んでいた。

 ……何と言うか、形が人間じゃないのだ。

 その真紅よりはどす黒い、血の色のような鋼鉄の鎧は、まるで二つ脚で歩くだけの化け物のような形状で……


 ──龍、みたいだな。


 何となくそんな感想が自然と頭に浮かんでいた。

 装甲のあちこちが、酷く痛そうに尖っている所為もある。

 そしてそれ以上に、この機体を龍に印象付けている、腰から生えた長い尻尾が妙に気になるところではある。

 ……だけど。


 ──まぁ、動ければ何でも構わない、か。


 俺はあっさりとそう結論付けていた。

 デザインなんて、どうでも構いやしないだろう。

 ケチをつけようとすれば、機体のどす黒い血の色と言い、龍みたいな外見と言い……どう見ても悪役が乗るような機体だと文句をつけることも出来る。

 とは言え、そんなことを口にしたところで何も変わりやしない。

 そもそもこの機甲鎧という玩具も……蟲皇とやらを屠るまでの付き合いでしかないのだから。


 ──それよりも、早く乗ってみたいんだがな。


 中学生の頃、新しい自転車を親に買ってもらったあの心境に近い気分のまま、俺は落ち着きなくその機体を見上げていた。

 と、そうして俺が血色の機体に乗る許可が下りるのを今か今かと待っていると……相変わらず正気とは思えない面構えをしたラズル技師が近づいて来て……


「武器は、何が好みだ?

 一応、剣か槍が一般的だが……」


 そう尋ねてきた。

 一瞬、まだ色々と鬱陶しい診断が続くのかとげんなりするものの……すぐに気を取り直してその問いを頭に入れる。

 答えは、すぐに出た。

 と言うよりも、ソレに対する回答なんて……考えるまでもない。


「長柄両刃の戦斧、だな。

 一番、扱い慣れている」


 あの塩の砂漠で戦い続けた経験は、俺の中で生き続けているのだから。


「盾は?」


「要らん。

 あんなの、鬱陶しいだけだ」


「何つー命知らずな……」


「若いなぁ」


 俺の回答に、周囲の技術者たちは口々にそう呟き……気に障った俺が一睨みするだけで蜘蛛の子を散らしたかのように去って行く。

 どうやら俺が恐ろしい異物であるという認識がありながらも、技術者としての好奇心を捨てられない、そんな心境らしい。

 そうして俺がイライラしている間に、あの巨大な緋鉱石から大型の戦斧が排出されたかと思うと……気付けば俺の専用機はしっかりと組み上がっていた。


「これで君の機体は完成だ。

 取りあえず、膂力と装甲を最高値まで引き上げた。

 その分、機動力が失われているのに注意して欲しい」


「……ああ」


 ラズルとかいう爺さんの言葉に、俺は素直に頷いていた。

 その機体コンセプトは俺自身の戦闘スタイルと酷似していて……俺がこの身体を動かして戦うのと似た感覚で扱えるに違いない。


「勿論、緋鉱石は抜いてあるから、君以外には扱えない仕様になっている。

 注意してほしい。

 ったく、どういう原理で動いているんだか……」


 ラズルの爺さんは未だに納得いかないのか、そんなことをブツブツ呟いていたが……まぁ、その辺りはどうでも構わない。

 俺としては一刻も早くこの機体に乗って……乗り心地を試してみたい気分で一杯なのだから。

 と、気付けば爺さんはこの機体を組み上げて気が済んだのか、『最強』アルベルトのところへと向かっていた。


「ああ、アルベルト君。

 君の新しい機体は昨晩の内に組み上げておいたよ。

 言われた通り、運動性と腕力を底上げした分、装甲が薄くなっているから注意して貰いたい」


「済みません、ラズル技師。

 苦労をかけます」


「いやいや、王家『最強』の剣と名高い君のためだ。

 多少の労力なんて惜しくないさ」


 どうやらあのラズルとかいう爺は、アルベルトのヤツにはちゃんとした称賛を送れる人間らしい。

 何と言うか……イラッと来るのを止められない。


 ──早く、蟲でもこねぇかなぁ。


 この機体をもって全力を振るいたい。

 俺がそう願った、その時だった。

 突如、工房内に凄まじい鐘の音が響き渡る。

 そして……


「城門前に、蟲出現っ!

 数は五。

 その中でも一番巨大な蟲ありっ!

 ……恐らく、老蟲だと思われますっ!」


 伝令が放ったと思われるそんな叫びが、工房内に木霊したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ