弐・第五章 第三話
「……『機師殺し』?」
「ええ、ここ数日の内に、青を二人、赤を一人。
闇に紛れて暗殺したヤツよ」
思わず口から零れ出たその問いに返ってきたのは、双子の妹であるレネーテの声だった。
「お蔭で今日、いきなり欠員募集の試験なんてやらされて……
私、弱いモノ虐めって好きじゃないんだけどね」
彼女のその言葉が本当かどうかはまぁ、どうでも良いだろう。
……俺が叩き潰したあの青機師共は嬉々として『黒』の連中を狩っていたような記憶があるが。
そしてそれは彼女たち二人の命令によって動いていたという記憶もあるが。
──ま、俺が死んだ訳じゃないしな。
そのことについて、俺が何かを感じる必要もない。
……所詮は他人事である。
そもそも、むさ苦しく何の価値もないおっさんと、未来の俺のハーレム要員たる美少女じゃ……命の価値が違っていて当然だろう。
──しかし、暗殺、か。
何処の誰かは知らないが、奇特なヤツもいるものらしい。
……どうせ権力争いか何かだろうけれど。
ま、そのお蔭でこうしてこの双子と知り合えたのだから……俺としては、その暗殺者とやらに感謝したいくらいである。
「三人とも夜道で襲われていたそうよ。
護衛もつけず、たった一人のところを」
「……全員、むごたらしく焼き殺されてたわ。
丁度、その肉みたいに、ね」
そう語る双子姉妹の声に頷きながら、俺は串に刺さった肉を頬張る。
特に姉であるレナータは、食事の手を休めない俺に向けて厭味ったらしくそう告げたものだが……
──今更、なんだよなぁ。
……そんなことで俺が怯む訳もない。
戦場で人が焼け死ぬ光景も、虐殺される光景も、この手で人を引き千切ったことすらもある俺だ。
──子供の臓物を入れたスープを口にしたこともあったっけ。
……そう考えると、本当に今さらである。
焼死体の話一つで食欲がなくなるなんて、ダイエット要らずの便利な身体という感想しか湧かない。
レナータの厭味を聞きながらも、平然と肉を口に運び続ける。
「……そういう訳で、兄弟。
お前も気を付けて欲しい。
狙われるかも、しれない、からな」
「……あっそ」
アルベルトの忠告を上の空で返しながらも、肉を喰い尽くした俺は……次は煮豆に手を伸ばす。
その豆は口に入れた瞬間から、凄まじい青臭さが強烈で……その上更に、豆の間に味付けとして混ぜられているらしき肉の臭みも加わって……
しかも塩の足りない、全く味気ないその料理は、もう拷問の域に達していた。
──ダメだ、こりゃ。
この分では、サラダも期待出来ないだろう。
俺はため息を一つ吐くと、料理から視線を外し……ようやく気付く。
そう答えた俺の顔を、レナータ・レネーテの双子美少女がマジマジと見つめていることに。
「……何だ?」
美少女二人にじっくりと見つめられると、どうも落ち着かない。
元々マナーなんざ知らないこともあり……何と言うか、悪いことをしたんじゃないかという気になってくる。
……だけど。
「……話を続けていても、後ろめたい様子は欠片もない。
犯人どころか、その心当たりもないようね」
「でも暗殺者を恐れる気配が欠片もない。
……呆れた。
こんなところもアルバと同じなんだ」
双子の美少女が口にした言葉は、俺のマナーとは全く別次元の内容だった。
さっきまでの笑顔とは打って変わって、まるで実験動物を見るかのようなその視線を直視し……
──なるほど、な。
俺はようやく納得していた。
どうやらこの酒宴は……俺の挙動を確認する意味もあったらしい。
暗殺によって利益を受けた……腕を認められた俺を、容疑者の一人として観察していたのだろう。
──道理で妙に馴れ馴れしい訳だ……
このウザったい『最強』アルベルトは兎も角、双子からは親しくされる心当たりなんてなく、何かおかしいとは思っていた。
兎に角、そうして観察され続け……そして俺の疑いは晴れた、という訳だ。
その証拠に……双子の姉妹は探るような視線を俺に向けることはなくなったものの、さっきまでのような親しみのある笑みを浮かべることもなくなっている。
所詮は、上辺だけの関係、という訳だ。
「……だから言っただろう?
コイツはそういうタイプじゃないと」
そんな双子とは打って変わって、昼間殺し合ったアルベルトだけは、どうやら俺に全幅の信頼を置いてくれていたらしく……
……何と言うか、脳みその中に花畑でも湧いているんじゃないかと、逆に心配になってくる。
と、俺が『最強』という二つ名を持つコイツの脳みそを心配した、その時だった。
「どうせ犯人は分かっている。
長老派の差し金だろうよ、くそったれ」
「……長老派?」
「ああ、四大貴族のクソ爺共さ。
王家の権力を削いで、自分たちの利益を増やそうと企むクソ共だ」
俺の問いにアルベルトは吐き捨てるかのような声を返してくれた。
その声に……俺は軽く頷き返す。
どうやらこの世界でも、権力争いや派閥争いがゴチャゴチャとしているらしい。
……俺の暮らす日本のように。
「アルバ、ちょっと声が大きいっ!」
「構いやしないさ、レナータ。
どうせ、俺が王権派なのは周知の事実だ」
……アルベルトの言葉は、俺でも納得できるものだった。
マリアフローゼ姫を娶ることを考えているコイツは……王権派以外には俗せないのだろう。
そして、派閥争いの情報をあっさりと脳内から削除する。
──どうせそんな派閥争いなんて他人事だろうしな。
レナータ・レネーテ二人の美少女の顔からうなじにかけて観察をしつつも俺は呑気にそう考え、ジョッキを傾ける。
だけど……その話は別に他人事でも何でもなかったのだ。
「兎に角、ガルディアさん。
今日の演習の成果を見る限り、貴方が『赤』に入団するのはほぼ内定していますから」
「その入団前に私たちとこうして盃を交わしている。
これは即ち……王権派が取り込んだと思われるでしょうねぇ」
「悪いな、兄弟。
俺は反対したんだが……やはり、お前とは敵対したくなくてな。
……こういう手段を取らせて貰った」
どうやら、お花畑と俺が心配したアルベルトでさえ、派閥争いに俺を引き抜こうという意図があって親しくして来ていたらしい。
早い話……このウザい男の善意を疑わなかった俺自身がお花畑だった、というだけのことだ。
三人が口々に明かすこの酒宴の裏側に……俺は、怒りすら湧かず、ただ小さくため息を吐いていた。
──面倒くせぇ。
……そう。
正直な話、俺にとっては派閥なんざどうでも構わない。
マリアフローゼ姫だって、一発ヤりゃ……もしくは飽きるまで頂ければそれで十分であって、そもそもの権力争いなんざに関わるつもりなんて欠片もないのだ。
──と言うか、この世界自体、そう知ろうとも思わないんだよなぁ。
行きがかり上、関わってしまったテテニスとリリス、そしてあの子供たちが普通に暮らせるようになれば……そして俺自身が一発ヤれれば、それで十分なのだ。
どうせンディアナガルの権能の一つ『空間を切り裂ける爪』を振るえば元の世界に帰れる。
……言わば適当に無料加入した携帯ゲームを、ざっと試しプレイしている感覚に近い。
いつでも辞められる以上、細かい設定や世界観なんざどうでも構わない。
──楽しめるか、どうか、それだけだろう?
俺はその気持ちを視線に込めてアルベルトを睨み付ける。
その意図が通じたのか、『最強』という二つ名を持つアルベルトは、やはり多少後ろ暗かったのか俺の顔を直視できずに視線を逸らすと……
「……悪かった。
貸し一として、つけておいてくれ」
……そう呟いて首を垂れる。
その声を聞いても俺は、軽く肩を竦めるだけだった。
正直な話、アルベルトや双子姉妹に利用されたことへの怒りはない。
と言うかそもそも俺自身も、この馬鹿を利用する気満々だったし、双子だって3Pして飽きりゃ関係を終えるつもりだったのだ。
……お互い様、というヤツである。
そうして、話が終わったことを表すかのように、俺たちの会話が途絶える。
──そりゃ、そうだ。
利用する側とされる側。
兄弟とか何とか口にしたところで……愛想笑いと上辺の友情を振りかざしたところで、必要な交渉が終われば、それ以上の話題なんざある訳がない。
「じゃ、支払いは頼むな」
である以上、こんな安酒とクソ不味い料理を味わう必要なんてありゃしない。
俺はそう告げると席を立ち、酒場の入口へと向かう。
何故かは知らないが……これ以上、こんな場所にいるとこの『最強』アルベルトの顔面を殴り飛ばしそうだから。
「……お、おい。兄弟。
送るぞ?」
「暗殺者が来るんだろ?
酔い冷ましに丁度良いさ」
背後から聞こえて来たその声に……俺はそう告げるだけだった。
「ガルディアさん。
赤機師になる以上、貴方には専用機が与えられるでしょう」
「だから、今度調整に赤本部へと呼ばれるだろうから。
時間を空けておいてよねっ!」
双子の声に軽く手を振りながら、俺はいつの間にか日の暮れていた夜道を歩く。
方向は……まぁ、適当に、ではあるが。
──下の方に行けば、着くだろ。
この巨島は少し傾いていて、正門は一番低い場所にある。
つまり……重力に引っ張られるがままに歩けば、いつの間にか家にたどり着く、という寸法である。
夜の寒さも……酒の所為で火照った身体には丁度良いだろう。
まっすぐにただ歩く。
煉瓦造りの大通りに人気はあまりなく……あれだけ活気に満ちていた酒場と比べると、やはりこの巨島も荒廃しつつあるような、そんな気分に陥っている。
それでも路地周囲の家々からは、楽しげな声や子供の甲高い声、夫婦喧嘩の叫びなどが聞こえて来て……人々がそこに暮らしていることを俺に教えてくれていた。
──何だろうな?
そんな寂しい夜道を一人で歩いていると……妙に気に喰わない。
近くの家へと押し入って、憂さ晴らしに中の人間を皆殺しにしたいような……そんな気分になってくる。
……どうせ酒が入っている所為、だろう。
そうしてしばらく歩いていると酔いも醒めてきて、周囲の身に染みるような寒さを自覚し始めていた。
しかも、その中を延々と歩いて行かなければならないのだ。
……俺たちの住む、あの家まで。
「畜生、送って貰った方が良かった、か」
その事実に俺がそうぼやくが……だからと言って今さらもう遅い。
と、後悔しつつも俺は脚を前に運び続け……そうして灯りの点いた家々も減ってきて、そろそろ人気が無くなってきた。
……そんな時だった。
「黒機師団所属のガルディアだな?
ちょっと我々と共に来てもらおう」
そんな声に顔を上げると、いつの間に現れたのか、俺の前には剣を手に携え、フードで顔を隠した人影が三つ、有無を言わさぬ様子で待ち構えている。
彼らの纏っているその空気は、俺の良く親しんだ戦場のそれで……所謂殺気というモノだった。
──これが、『機師殺し』か?
どうやらアイツらの目論見通り、「俺という餌」はいとも容易く魚を釣り上げたらしい。
こうして入団が内定しただけの俺なんかを狙うほど、赤機師団ってのは二派による権力闘争が激しくなっているのだろう。
──もしくはまだ内定したばかりで狙い目だと思われたのか。
どっちにしろ……俺としてはこういう連中は大歓迎だった。
さっきの一幕で……ちょうどイライラしていたところなのだ。
「断ればどうなるか、分かっているだろうな?」
「腕の一本がなくなっても、機甲鎧は操縦できる。
……分かるな?」
「いや、貴様など所詮は下賤の身。
『赤』に入るプレッシャーに負けて脱走した、ということもあり得るな」
黙ったままの俺を脅えていると勘違いしたのだろう。
その暗殺者連中は優位に立っている愉悦からか、男の声で口々にそう笑う。
そんな男たちの声を聞いて俺は……
「ああ、そうだよな。
やっぱり、こっちの方が随分楽だぞ、ホント」
……思わずそんな笑みを返していた。
「何を訳の分からないことを言っているんだ、貴様っ!
この状況が分かっているのかっ?」
その呟きを聞きつけた暗殺者の一人は、俺のことを状況すら分からない愚鈍だと思ったようだった。
男は威圧的な叫びを放ち、見せびらかすかのように剣を俺の咽喉元へと突きつけて来たが……それでも俺は笑いが止まらない。
……そう。
偽りの笑顔、偽りの友情、偽りの信頼。
どれもこれも、鬱陶しくて仕方ない。
その類の関係は、ぶん殴って殺して終わりとはいかないのだから。
──どうしてこう、世の中は単純にならないんだろうなぁ。
こうして殺意を向けて、殺し合う。
ただそれだけで済んだのなら……女を犯すことも、好かれることも、人間関係すらも、随分と楽に終わるだろうに。
「ひぃぎゃああああああああああああああああっ?」
なんてことを考えていたら、つい手が出ていたらしい。
気付けば俺の右手の親指はソイツの眼球にめり込んでいて……生暖かくてぬるっとした感触が腕に伝わってくる。
……正直、あまり楽しい感触とは言えなかった。
そのこの世の終わりのような悲鳴と、眼球を抉られた激痛から必死に抗おうとする男の抵抗が鬱陶しく……俺はソイツを黙らせるべくそのまま、右手の指に力を込める。
「あぁあぁっぴっ?」
それだけで眼窩へと突き抜けた指は、そのまま頭蓋骨を貫き、脳を抉っていた。
男は痙攣を繰り返すだけで、叫ぶことすらしなくなる。
俺は指についた血液と脳漿をその死体の服で拭うと……ゴミを扱うかのようにその死骸を地面へと放り捨てた。
「こ、コイツっ!」
そんな俺の態度に激昂したのか、一人の『機師殺し』が野太い声でそう叫び、手にした剣を振るって来る。
その膂力は凄まじく……どうやらコイツも緋鉱石で強化された人間らしい。
……だけど。
俺がその振るわれた剣に向けて、ただ右手を突き出しただけで……ガギッという金属音と共に、その手に握られた剣は砕け散っていた。
幾ら腕力があろうとも、武器がクズなら……何の意味もない。
「馬鹿なっ?」
人間に向けて剣を振り下ろしたら、剣の方が砕けたという異常事態に、男は何度か耳にした悲鳴を上げていた。
その動作が懐かしくなった俺は、軽く笑みを浮かべると……
「ああ、腕力が自慢なのか。
ほら、ご褒美だ。
もうちょっと頑張れ、な?」
ソイツの方へと右の手のひらを向ける。
……どうぞ握って下さいと言わんばかりに。
まだ少し残っている酒の所為か、ちょっとだけ遊んでやろうという気になっていた。
「馬鹿がっ!
油断しやがってっ!
強化された俺の腕力、目にも見せてく、れ……」
暗殺者はそれを挑発と受け取ったのだろう。
叫びながら俺の右手を握り潰そうと必死に力を込め……渾身の力を込めている、らしい。
フードの下の顔を紅潮させ、自慢げな声も掠れ始めていた。
……だけど。
それでも俺は、何の痛痒も感じない。
昔捕まえた小さなトカゲが手のひらの中で暴れているような、その程度の感触があるだけである。
──所詮、この程度か。
これじゃ、機甲鎧に乗って『最強』アルベルトと戦った時のような、楽しい殺し合いなんて出来そうもない。
そう判断した俺は内心で失望のため息を吐いていた。
である以上……この茶番はもう不要だろう。
そもそも……こんなむさ苦しいおっさんといつまでも手を握って喜ぶ趣味なんて、生憎と俺は持ち合わせていない。
「ば、ば、化け物、めぎゃあああああああああああっ!」
俺がちょっと手のひらに力を込めただけで……その叫びは悲鳴と変わっていた。
まぁ、手のひらが砕け骨が皮膚を突き破って血を噴き出し始めた状況で、涼しげな顔を出来る人間なんざいないだろう。
その悲鳴もやはり心地よいとは言えず……
「五月蠅い、黙れ」
俺は空いていた左手を肋骨へと突き入れる。
突き出した俺の左手は簡単に皮膚を突き破り肋骨をへし折り、血と臓物の暖かな感触の中を潜り抜け……
……その中で適当に手に触れた、ぐにゃぐにゃして柔らかい肉の塊を、軽く力を込めて握り潰す。
「ご、ごぅぶぁっ?」
それが何の臓器だったかは分からないが……まぁ、生命維持に必要な臓器だったのだろう。
男は口から血を噴き出して痙攣しながら地面へと崩れ落ちる。
もう意識なんてろくにないだろうに、ソイツの手は必死に傷口を埋めようとしているようにもがき続け……
「もう良い。
……眠れ」
握手してしまった分、若干の哀れみを覚えた俺は……ソイツの頭蓋を踏み砕いてやる。
そうして確実に殺した所為だろうか?
破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって、その男の身体は塩の塊と化し、風に吹かれて散って行く。
よくよく見てみれば、さっき頭蓋を貫いて殺したヤツの死体も、いつの間にか塩となって原型を留めていない。
──完全犯罪、出来そうだよな?
まぁ、あくまでソレは元の世界に戻った時に、考えることとして……
まだ一匹、ストレス解消の道具が残っていたんだった。
生憎と同僚二人をゴミのように蹴散らされた所為か、それともその死体が塩と化して消えるという理不尽な光景を見せつけられた所為か。
その男は腰を抜かし、ただ固まったままだった。
俺はソイツへとゆっくりと近づいて行く。
「ひ、ひっ、ひぃいいいいいいっ!」
男は剣を振り回して俺を近づけまいとするが……そんな鉄の棒切れ、何の脅威にも感じない。
俺は暗殺者の必死の抵抗を意に介することもなく……剣がこめかみに当たったが無視し、その男に微笑みかける。
そして、尋ねる。
「楽に死ぬのと、苦しんで死ぬのと、どっちが良い?
誰に雇われたかを吐くと、楽に殺してやるぞ?」
……と。
本気で知りたい訳でもなく……分かればいつか、この俺を殺そうとした返礼をしてやろう程度の好奇心だったのだが……
「ひぃいいいいいいいいっ?」
その問いに返ってきたのはそんな奇声と、男の振るう剣が首へと当たる感触だった。
ソイツの顔は脅えきっていて……雇い主を守ろうとした訳ではなく、ただ言葉を理解出来ないほど恐怖に我を忘れていただけのようだったが……
──ったく。人の親切を……。
それでも折角の温情を仇で返された形になった俺は、苛立ちを隠せない。
軽く舌打ちを一つすると……
「もう良い、失せろっ」
激情に任せてソイツの頭蓋を踏み砕く。
これで雇い主のことが分からなくなったが……まぁ、本気で知りたかった訳でもない。
ただのちょっとした好奇心でしかなく、それのために拷問とか面倒なことをするのも気が進まなかったのだ。
兎に角、これで『機師殺し』とやらは三人とも失せ、この巨島には平和が訪れた、という訳だ。
──ったく、この程度のことに何をもたついてやがったんだか。
思ったよりもアルベルトのヤツは使えない連中らしい。
しかし、こうしてあっさりと塩と化した三つの肉塊を、これからもアイツらが延々と探し続けると思うと……
「はは。
悪いこと、したかな?」
今もこの寒い中、延々と容疑者を探し続けているのだろう、アルベルトやあの双子を始めとする機師たちのことを思うと……
……つい笑いがこみ上げてくる。
必死に徒労を重ねているのだから、哀れと言えば哀れではあるが……
人様のことを利用しようとしたのだから、ま、それくらいの苦労はしてもらおう。
……しかし。
──だけど、ちと暴れ足りない、な。
殺戮が好きとは思わないし、拷問もそう好まない俺ではあるが、もうちょっとこう、手応えが欲しかった。
事実……生暖かった返り血も既に冷えて来て、気持ちが悪いことこの上ない。
思い返してみれば、さっき、男の腹を破り臓物に手を突っ込んだのは暖かかった。
──もう二・三匹ほど出て来てくれない、かな?
そんなことを考えながら、俺はそのまま夜道を歩く。
ついでに手応えと暖を探すべく周囲の家々へと視線を向けるが……
「……おぉ?」
生憎とこの周辺の夜は静かで……人影一つ見当たらないし、家に明かりもついていない。
と言うか、夜の所為か周囲の景色に全く見覚えがない。
それどころか……今自分が何処にいるのかすら分からない。
──これは、迷った、か?
どうやら思いっきり方角を間違えてしまっているらしい。
正面に見えるのは正門ではなく、何処かの城壁らしき影が見えるばかりで……
「ったく。
どっちに行きゃ良いんだ、こりゃ?」
思わずそうボヤく。
俺の平衡感覚を信じるなら、城壁は右手側が低くなっていて……恐らくそっちに行けば正門にたどり着ける、だろう。
そんな結論に達した俺が、右側へと足を三歩ほど運んだ時のことだった。
「……ちょ、ガル?
あんた、こんなところでどうしたんだい?」
真正面の家の影から出て来たテテニスと、偶然にも鉢合わせしてしまったのである。




