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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第四章 ~最強の「赤」~
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弐・第四章 第七話


「……さて、と」


 俺は眼前に迫り来る機甲鎧の姿を眺めながら、そう軽く呟いていた。

 緊張は……特にない。

 所詮は演習……あの機甲鎧に斬られたところで、俺自身が命を落とす訳でもない以上、これは「ただのお遊び」に過ぎないのだから。

 ……とは言え、別にやられても良いと思っている訳じゃない。


 ──コイツ、ムカつくんだよな。

 ──双子の美少女を、侍らせやがってっ!


 もしもその心の声を誰かに聞かれれば、確実に「逆恨み」という感想が返ってくるだろう。

 ……だけど、俺は強いのだ。

 誰一人として、敵うモノなどないほどに。

 誰一人として、俺を傷つけることなど叶わないほどに。

 気に入らないヤツを一人残らずぶっ殺しても、誰も咎められないほどに。

 そんな剣呑なことを考えている内に、真紅の機甲鎧……『最強』アルベルトとかいう気に喰わない野郎は俺の射程へとまっすぐに踏み込んできやがった。

 ……まるで俺なんて敵ですらないと言うかのように、真紅の剣をだらりと持ったまま、特に構える様子もなく。


 ──気に、入らねぇっ!


 その余裕綽々の態度に、俺は怒りに顔を歪めると……

 操珠に念を込め、俺の乗る黒き機甲鎧を操作する。

 狙いは……あのいけ好かないゴミの乗る、胸甲っ!


「死にやがれぇえええええええっ!」


 つい殺意が声に出てしまったものの、俺の操縦は完璧だった。

 人様を舐め腐った態度でふらふらと近づいてきた馬鹿に向けて、俺の斧剣はまっすぐに吸い込まれて行き……

 その重量級の武器は……何故か、そのまま空を舞っていた。


「……あ?」

 

 空を舞う斧剣と黒い機甲鎧の右手首を見た時、俺の口からは思わず……そんな間の抜けた声が上がっていた。


 ──だって、そうだろう?


 もうちょっとであのゴミを潰せた筈なのに……俺の手が握っていた筈の武器が、何故空を舞っているのだ?

 自分の乗る機甲鎧の右手が切り落とされたという事実に俺が気付いたのは、瞬き一つほどの時間が経過した後だった。


「……まだ、続けるかい?」


 斧剣が演習場の大地に突き刺さる音と、アルベルトとかいう野郎が余裕綽々の声でそう告げたのと……どっちが早かったのだろう。

 兎に角、俺は腕を奪われたのだ。

 こんな野郎に、こんなクズに、この俺がっ!


「ふざけるなっ!」


 激昂した俺は、間合いに入ったままの真紅の機甲鎧を、左手の盾で薙ぎ払おうとする。

 ……だけど。


「マジ、かよ?」


 その左手に持っていた、蟲すらも阻む筈の大盾は……その真紅の剣にあっさりと貫かれてしまう。


 ──いや、違う。


 真紅の剣は、ただその切れ味によって大盾を貫いた訳じゃない。

 大盾によって剣が止まったお蔭だろう。

 こうして見ると……真紅に輝く剣に貫かれた大盾は、まるで飴状になって徐々にその形を失っているのが分かる。


 ──高熱で、溶かされているのかっ!


 考えてみれば、前におっさんが緋鉱石を使って炎を出しているのを見た記憶がある。

 コイツは、それを上手く使って……こうして剣を灼熱化させているに違いない。


「流石は『最強』アルベルト様っ!」


「そんな生意気な『黒』、やっちゃって下さいっ!」


「おい、小僧っ!

 早く盾を捨てろっ!」


 機甲鎧のシステムが外野のそんな叫びを拾う中、俺はゆっくりと迫ってくる剣を眺めながら考えていた。

 恐らく……この真紅の剣は、赤機師団全てが使えるに違いない。

 この赤熱化された剣ならば、あの蟲の溶解液を浴びても切れ味を落とすことなく、蟲を切り刻み続けられるのだから。

 だからこそ蟲相手の布陣では、赤機師団が後方からの打撃役……危険を冒さずに最大の攻撃力が発揮できる場所に控えているのだろう。

 そんなことを考えている間にも、俺の身を守る唯一の防具だった大盾は真っ二つにされてしまい、大地に落ちて轟音を上げる。

 左手の中に残った盾は半分だけになっていて、どうにも心許ない鉄くずに成り下がっていた。


「ガルっ!

 前を、前を見てっ!」


 その絶体絶命のピンチを見かねたのだろう。

 さっきまで腰を抜かしていた筈のテテニスの叫びが耳に届く。

 その甲高い叫びを聞き流しつつも俺は、眼前に迫っている真紅の機甲鎧が剣を振り上げるのを眺めていた。

 眺めながらも、ゆっくりと考えていた。


 ──いや、むしろ、剣を赤化出来るヤツが、赤機師団に選ばれるのか?


 だからこそコイツは、一気にトドメを刺そうとせず……こうしてゆっくりと嬲るように攻撃して来ているに違いない。

 ……この戦いで俺が剣を赤化出来るかどうかを……赤機師になれる器かどうかを見極めるために。

 これほどの技量を持つコイツのことだ。

 最初から俺を殺すつもりだったなら、最初の一撃で腕など飛ばさず、機甲鎧の胸甲をあっさりと貫いて……俺を即死させようとするだろう。

 ……その一撃で俺が死ぬかどうかはまた別問題として。


 ──つまり、コレは試験に過ぎない。


 ゆっくり振り上げられる真紅の剣を眺めながら、俺はそう考える。

 つまり、緋鉱石と上手く共鳴させて、その力を武器に込められるようにならないと……

 そのためには、まず……


「~~~っ?」


 ……なんて、考察をしている場合じゃなかった。

 振り下ろされる剣に気付いた俺は、慌てて機甲鎧を左へと跳ばす。

 幾ら相手がこっちを嬲るつもりでも、あの赤い剣に貫かれたら俺の乗る機甲鎧が使い物にならなくなるのは当たり前であり。

 その一撃を喰らったところで俺自身が死ぬことはなくても、機体が壊れればこの戦いは俺の敗北で終わってしまう。


「危ねぇ!」


 要らぬことを考えていた所為で、格好なんて気にしている余裕すら、俺には存在していなかった。

 ただ無様に横に転がっただけである。

 ……尤も、そのお蔭で敗北必死の兜割りを躱すことは出来たのだが。


「どうする?

 まだ続けるかな?」


 そんな俺を見下ろしながら、相変わらず余裕綽々の声で『最強』アルベルトとやらは告げる。

 ……この俺を、見下す声で。

 ……この俺を、弱いと確信する声で。


 ──ふざけ、やがってぇええええええええっ!


 その事実に……見下されるこの状況に俺は、久しぶりに『本気の殺意』と『怒り』を抱いていた。

 今までのように手に「軽く」力を込めることで、小さな虫けらを潰すような感覚で人を殺すのではなく……

 全身全霊全力を込めて、眼前の相手を殺す体勢に入ったのだ。

 怒りのあまり、つい力を入れ過ぎて操珠を握りつぶしてしまったが……


 ──動けえええええええええっ!


 それでも俺は、何故かこの機甲鎧が動いてくれることを確信していた。


「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 叫ぶ。

 いや、気付けば俺は叫んでいた。

 ただ、心の奥底から湧き上がって来る殺意の圧力に耐えかねたかのように、俺の口からは自然と叫びが零れ出ていたのだ。

 その所為だろうか。


「ちょ、あの機体っ!

 何で、黒く、歪んでっ?」


「化け物、かよっ、アイツ……」


 遠くでそんな叫びが聞こえる。

 事実、俺の殺意に答えるかのように、機甲鎧の装甲は大きく歪み、人形というよりは前傾し姿勢をした四足の化け物にも見えるようになっていた。

 ……だけど、もうそんなこと、どうでも構いやしない。

 今はただ、この殺意に身を任せる、それだけで十分っ!


「まさか、これほど、とはっ!」


 眼前では『最強』とかいう二つ名を持つ、いけ好かない野郎が立っている。

 半歩ほど後ろに下がったのは、本気になった俺の怒りに気圧されたのだろうか?

 ……いや。

 今はそれすら、どうでも構わない。

 俺が今考えるべきは、この野郎をどうやって血の海に沈めるか。


 ──あの澄ました面を、屈辱に沈めた上で、その皮を引き千切ってやるっ!


 ……ただそれだけを考えていれば良いっ!


「喰らい、やがれぇぁあああああっ!」


「おぉおおおっ?」


 ぶち切れた俺が選んだ選択肢は、手首から先のない、右手でぶん殴るという手段だった。

 気付けば何故か、右手の先が生えていて……


 ──いや、違う。


 機体そのものを覆う漆黒の『何か』が、巨大な鉤爪の姿を取っているようだが、そんなことなんてどうでも構わない。

 ただ、右手を大きく振り回す。


「ちぃぃぃぃっ!」


 とは言え、眼前のコイツは流石に『最強』なんて二つ名を持っている訳じゃないらしい。

 俺の攻撃をあっさりとしゃがんで躱すと、その真紅の剣を俺目がけて叩きつけてきた。


「ははっ!」


 だけど、今の俺にはそんな真紅に輝く剣など、ただの棒切れに過ぎないと分かる。

 俺はその一撃を特に気にすることもなく、そのまま踏み込んでいた。

 事実、漆黒の『何か』に覆われた俺の機体は、コイツの真紅の剣を弾き返してしまう。


 ──緋鉱石が増幅するのが魔力だか何だか知らないが。

 ──似たようなモノは、俺だって持っているんだよっ!


 ……そう。

 こうして機体を変貌させ、真紅の剣を弾いた原理を説明するならば、ただそれだけである。

 この機甲鎧という代物は、緋鉱石により操縦者の持つ魔力か何かを増幅させることで動いているらしい。

 である以上、俺の身体を覆っている破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を、この機甲鎧にも覆ってやれば……

 この機体を一時的に、『俺の身体の一部』として認識すれば、こんな雑魚に後れを取ることなんて、ある訳がない。

 ……そうして権能を広げたお蔭だろうか?

 いつの間にか、この機甲鎧が俺自身の身体のような、そんな気分に陥ってくる。

 テテニスがついうっかり俺を叩き潰そうとした、あの錯覚が俺自身にも訪れているのだ。


 ──これなら、行けるっ!


 その事実に気付いた俺は、圧倒的な力をもって相手を下せることを確信し……渾身の力を込めて、右手の爪を振るう。

 爪の軌道上にあった筈のヤツの機体は、軽くバックステップ一つでその爪の軌道上からその身を逸らしていた。


「甘いっ!」


 直後、体勢の崩れた俺の機体目がけ振り下ろされる真紅の剣。


「てめぇが、なっ!」


 だけど、俺は意識をそちらに向けるだけで……その灼熱の塊を肩の装甲で見事に弾き返す。

 そうしてヤツが放った数度の斬撃を、俺が左腕、胸甲、右肩、脛と身体で受け止め続けている。

 後はただ殺気と圧力で相手が怯んだところを狩る、ただそれだけの残酷なショーになる筈だった。

 ……だけど。


「なるほど、こうやるのかっ!」


 『最強』という二つ名を持つコイツは、伊達にその名を名乗っていた訳じゃないらしい。

 気付けばコイツの機体全体が真紅の輝きに覆われ……俺と同じ状況になっている。

 

 ──コイツっ?


 次の瞬間、俺の左手の盾がコイツの機体をぶん殴るのと、コイツが俺の胸甲をぶん殴るのはほぼ同時だった。

 その一撃で、俺の機体が軋み歪む音がする。

 俺の一撃も直撃しているものの、ただ衝撃に後ろへとよろめくだけで……致命的な損害が出た様子はない。


 ──コイツ、ただコツを掴んだだけで、俺と対等になりやがった?


 勿論、俺の身体に宿っているという破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を、無理矢理広げて使っている訳だから、俺本体には及ばないだろう。

 だけど、コイツは……このアルベルトとかいう野郎は、緋鉱石による増幅があったとはいえ、自身の才覚のみでこの俺と……無敵の筈の破壊と殺戮の神ンディアナガルに並んだのだ。

 ……いや、違う。

 剣技と体術を合せれば、俺よりも上、かもしれない。


「面白れぇえええええええっ!」

 

 次の瞬間、俺の口から零れ出ていたのは、歓喜にも近い叫びだった。


 ──渾身の力をもって手強い相手を叩き潰す。


 あの塩の砂漠で、戦巫女と刃を交えた時にも感じた、あの手応え。

 一挙一刀足から、相手の鍛え上げてきた時間と修練、血と汗が分かる、あの瞬間。

 それを、もう一度、味わえるかも、しれないのだからっ!


「ははははははっはははっ!」


「ぐ、くっ」


 俺は戦いの愉悦に哄笑しながら、爪を叩きつける。

 アルベルトはそれを手にした真紅の剣で、上手く逸らし、躱し、受け流し、俺の機体へと拳や蹴りを叩き込んでくる。

 流石に先日まで一般人でしかない俺とは技量に大きな差があった。

 俺の虚を突き避けられない角度から迫ってくるそれらの打撃は、この機体を軋ませ俺の身体を揺さぶるが……ただそれだけに過ぎない。

 構わずに俺は左手を大きく横薙ぎに振るう。

 そして、アルベルトはその左手を見切って躱し、その直後の隙に合わせ、見事に真紅の剣を振るってくる。


 ──そんな一撃なんざ、また弾き返して……


 そう考えた俺が、その斬撃を跳ね返そうとするが……


「……おぉっ?」


 どうやら、この真紅の剣は喰らっては、流石に拙いらしい。

 一撃喰らった胸の装甲に、僅かながらに一筋の裂傷が走っていた。

 その光景に、聖剣で切り刻まれたあの塩の砂漠の光景を思い出し……あの昂揚感をまたしても思い出した俺は、拳を握る手に更に力を込める。


「この剣が直撃して、それだけかっ?

 なんて、理不尽なっ!」


 アルベルトが叫ぶが、それはこっちの台詞だった。

 実際……既に十発以上斬られ殴られ蹴られているにも関わらず、俺はまだコイツに触れさえしていないのだ。


 ──せめて一発……思いっきりぶん殴ってやるっ!


 殺意に染まっていた俺の意思が、いつの間にかそう変わってしまった所為か……気付けば右腕から生えていた爪は、ただの拳へと変わっていた。

 それに気付いたらしきアルベルトは、真紅の剣を捨て……拳で俺の乗る機甲鎧へと殴りかかってくる。

 ……後は、ただの殴り合いだった。

 鋼鉄の人形に乗った者同士が、ただ餓鬼のように拳を振るい合う、そんなバカバカしいお遊戯。

 ただ超重量で、ただ一撃一撃が常人の比ではなく、ただ俺の持つ耐久力が化け物じみていて、ただ相手の持つ技量が達人クラスというだけの。


「……無茶苦茶だ、こんなの……」


「人間同士の、戦いじゃねぇ」


「ガル……あんた、本当に……」


 外野からはそんな声が聞こえて来たモノの、夢中で殴り合っている俺たち二人の耳にそんな呟きなんて聞こえる筈もなく。



 ……結局、それから数十分の間、殴り合いは延々と続き。

 ついに俺の右拳がアルベルトの乗る機甲鎧の頭部を殴り潰したその瞬間。

 突如として、俺の機体が漆黒の液体をまき散らしながら砕け散ってしまう。

 どうやら、流石に酷使が過ぎたのか、喰らったダメージが酷過ぎたのか……兎に角この機体に限界が訪れたらしい。

 もしかしたら、コイツの顔面を殴りつけたという達成感の所為で、俺の気が緩んだことが原因かもしれなかったが。


 ……兎に角。

 そうして俺たち二人の、男同士の殴り合いは両者痛み分けという形で終わりを告げたのだった。


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[一言] ガルディアに比肩し得る人物が出て来て嬉しい。これでひとりぼっちじゃない
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