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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第四章 ~最強の「赤」~
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弐・第四章 第六話


 眼前に迫りくる青い機甲鎧の巨体を、俺は冷静に見つめていた。

 その超重量が自動車並の速度で迫りくる姿は、例え機甲鎧に乗っていたとしても大迫力であり……普通の人間ならば、脅え竦んで反応が鈍るのだろう。

 ……だけど。


 ──別にあの槍で斬られても死ぬ訳じゃないしなぁ。


 『下』で暮らしていた頃に、機甲鎧の一撃を両腕で受け止めた経験のある俺にとって、あの槍は致死傷の兵器ではなく、「ちょっと痛い」だけの大き目の鉄の棒でしかない。

 そういう意味では、この対戦はゲームに近い。

 一方的な安全地帯で敵を殲滅するだけの、ゲーム。

 ……まぁ、普段の俺のやっていることと、何ら変わりはないんだが。


「隙だらけだぞっ!」


 そんな事情もあった俺が真剣に構えようともせず、呆けて突っ立っているのを好機と見たのだろう。

 右側へと回り込んだその青い機甲鎧に、俺は咄嗟に盾を構えて行く手を阻もうとする。

 ……だけど。

 どうやらそれこそが、コイツの戦術だったらしい。

 青い機甲鎧は攻撃をしかけようとはせず、ただ左手を伸ばすと……俺の盾の縁に手をかけていた。

 ……恐らくは、慌てて構えた俺の盾を強引にこじ開けた後、無防備になったところを槍でトドメを刺す。

 そういう予測を立てて動いているに違いない。

 とは言え、ソレは……俺にとってはただの的でしかなかった。


「てめぇがなっ!」


 俺は操珠に念じることで、機甲鎧を動かす。

 全身を一気に前に踏み込ませ、ほんの少しばかり左腕の盾に力を込めるように。


 ──シールドアタック。


 ……要は、相手が掴もうとしたその盾をもって、敵の機甲鎧をぶん殴った訳だ。


「ぐぉおおおっ?」


 コイツは恐らく……俺が脅えて後ずさり、反撃しても引け腰で大したこともない、と踏んでいたのだろう。

 その所為か、この青機師は俺の攻撃に全く反応出来ず……俺の盾による一撃を喰らい、たたらを踏む。

 内部に凄まじい衝撃が走ったことで、機師本人も機甲鎧を操縦していることすら忘れたらしく、その青い機甲鎧はふらつく頭を押さえるような仕草をしていて……まさに隙だらけだった。


「喰らい、やがれぇえええええっ!」


 そして……塩の砂漠で得た経験から、この手の素早い相手の鬱陶しさを良く知っている俺が、その好機を逃す筈もない。

 右腕の斧剣を、ただ力任せにその頭部へと叩き落す。

 蟲の命をも断ち切る俺の一撃に、蟲よりも弱い機甲鎧が耐えられる筈もなく……俺の斬撃を喰らった青い機甲鎧は、頭部や胸部どころか腰の半ばまでかち割られ、全身から真っ赤な液体を噴き出している。


 ──やり過ぎた、かな?


 もしかしたら、その赤い液体の中には、その機体を動かしていた青機師の血液や臓物、脳漿なんかも混じっていたかもしれない。

 鋼鉄製の装甲をへし切る重量級の斧剣で叩き斬ったのだから、頭蓋骨はおろか肋骨や背骨までもが、折れるどころか砕け潰れる類の力が加わっている筈である。

 兎に角、中に乗っていた人間の生死は……まぁ、絶望的だろう。

 ……怖いと思う暇も、負けたと考える暇すらもなかったのが、救いと言うべきか。


 ──しかしながら。


 ちょっとやり過ぎたこの一撃の所為で、俺の出世コースもパーになってしまったかもしれない。

 俺はちょっとだけ胃の上に重圧を感じつつ、周囲を窺って見ると……


「う、うぉおおおおおおおおおおおおおっ!」


 突如、周りの群衆から一斉に歓声が上がり始めていた。

 歓声を上げているのは、さっきまで俯いていた黒機師たちで……青機師たちは苦々しい表情でその様子を見つめている。


 ──ひょっとして、日常茶飯事、なのか?


 機甲鎧の操縦席からよくよく見てみれば、周囲に散らばっている黒い機甲鎧の残骸には、人の腕らしき真っ赤な棒切れや、脚としか思えない肉片が混じっている。

 どうやらこの演習……人が死ぬくらい、そう特別でもないらしい。


 ──デモンストレーションって話だからなぁ。


 『肉の盾』である黒機師には、出世欲も腕の覚えも要らない、という話なのだろう。

 そういう反乱の芽になりそうなヤツを率先して叩き潰すのが、この演習という訳だ。

 ……相変わらず『下』の連中はトコトン命の価値を認められていない、とんでもない世界である。

 さっき死んだ青機師も……『下』の連中に負けるようなクズは不要、と思われているのかもしれなかった。

 事実、他の青機師たちは苦々しい顔はしつつも……彼の死を悼んでいる様子はない。


 ──そんなんで、蟲を殲滅できるのか?


 常識的に考えて、蟲の脅威から逃れようと思えば……何よりも腕利きの人間を集め、人材を大事に大事に育て上げ、死者数を少なくすることで、一人でも多く蟲と戦う頭数を増やし、その物量によって蟲を一方的に殲滅してしまうのが一番の近道だろう。

 少なくとも俺はそう考える。

 ……だけど。

 どうもこの世界の社会システムは蟲の脅威から逃れることよりも、内部での反乱を防ぐのを、社会秩序を保つことを最優先しているような。

 政治や軍略なんて、前の世界でちょいと触った程度の俺にはそれ以上の考察が出来る訳もないものの……

 何と言うか、この巨島という世界に違和感を拭い切れない。


 ──ま、こんなもんかもしれないけどな。


 昔図書室で読んだ三国志とかの漫画では、宦官って連中が権力を牛耳って無茶苦茶やって、反乱が起こっても遠い場所のことだと危機感を全く持たず、自分たちの王朝が滅ぶまで人の脚を引っ張り合っているばかりだった記憶がある。

 そう考えると、蟲の脅威に晒されているこの巨島の連中……上の端で暮らしている王侯貴族連中も、実はそんな連中と同じで、この状況を特に問題だとも思ってないのかもしれない。


「ひでぇ世界だな、ったく」


 そんなことを考えた所為だろう。

 俺はその酷い世界で最下層として扱われている黒機師たちの方へと哀れみの視線を向けていた。


「兎に角、コレでガルも出世できるって訳よね?」


「……あ、ああ。

 青を倒せば、青にはなれるだろう。

 ……もしかしたら、赤のスカウトも来るかもしれない」


「やっぱアタシとは別格よね。

 ……正面から堂々と欠員を作っちまうんだから」


 そうして、黒機師たちの方へと意識を向けた所為か、俺の乗る機甲鎧の集音システムは野次馬の歓声に混じったそんな……テテニスとゼルグムのおっさんの呟きを拾っていた。

 その人の出世を喜ぶような声に、俺は彼女たちを哀れんだ自分を少しだけ恥じる。

 どんな境遇であれ彼女は……テテニスは必死に生きようと最善を尽くしているのだ。

 そんな彼女を、彼女たちを……上から目線で勝手に哀れんで良い訳がない。

 

 ──何はともあれ……これで、終わり、か。


 あっさりと手に入れてしまった勝利に、俺はため息を一つ吐く。


 ──ちょっと、暴れ足りない、な。


 実際……最近は毎日毎日、リリスという名の手を出すには少し憚られる小娘には迫られ続け、餓鬼共にはそれを囃し立てられ……ストレスが溜まりまくっていたのも事実である。

 このままじゃ、つい拳を出してしまい、餓鬼共を血の海へと変える日も遠くないと思えるほどに。

 ……だから。

 気付けば俺は機甲鎧の人差し指を使い、青機師たちの方へと挑発の仕草をしていた。

 操珠に手を当てていると「思ったままの動作をしてしまう」というシステムは、こういう時には要らぬ結果を招くらしい。


「ちょ、ガルっ!

 アンタ、何をっ?」


「あのバカ、何を考えてやがるっ!」


 事実、そんな俺の態度を見たギャラリーからは悲鳴に似た叫びが上がっている。

 ……それもまぁ、仕方ないだろう。

 ここから先は、やっても益のない戦闘であり……ギリギリのところで命を繋ぎ留めている黒機師たちにとっては、無駄な行為以外の何物でもないのだから。


「ベルゼブっ!

 あの生意気な若造に青機師の実力、見せつけてやれっ!」


「はっ!

 レナータ様っ!」


 そして、行き当たりばったりで出した俺の挑発は実に効果的だったらしい。

 激昂したらしき青機師の一人が、同じ青機師の美少女に檄を入れられ、機甲鎧へと乗り込み、挑んできたのだから。


「餓鬼がっ!

 青機師を舐めやがってっ!」


 檄を入れられたことが原因か、それとも俺の挑発が原因か。

 その男はよほど頭に血が上っているらしく、淀みなく機甲鎧を操ると、正面からまっすぐに俺へと向かってきた。

 そのまま、金属で出来た棘のような槍を両手で操り、まっすぐに突き込んでくる。


 ──コイツっ?


 その突きを盾で防ぎながらも、俺は思わず内心で驚きの声を上げていた。

 威力は兎も角、凄まじく速い。

 俺が一度攻撃をする間に、三度は突きを喰らってしまうだろう。


 ──ま、所詮はその程度だけどな。


 俺は内心でそう笑いながら防御を解くと、右手の斧剣を大きく振りかぶる。


「馬鹿がっ!」


 その瞬間を好機と見たのか、青い機甲鎧は一直線に胸甲目がけて槍を突き刺してくる。

 俺の攻撃よりも、自分の突きが先に届くと判断したのだろう。

 事実……その突きは俺の斧剣よりも遥かに早く、俺の駆る機甲鎧の胸元へとまっすぐに突き込まれてきた。

 ……だけど。


「っと」


 その槍の一撃を、俺は機甲鎧を『半歩ずらして』受ける。

 槍によって胸甲は貫かれたものの、ただそれだけで……俺自身の身体そのものは槍の穂先から逃れていた。

 ……いや、ちょっとだけ肩を掠めた所為で服が破けたものの……俺自身にはダメージなんてありゃしない。

 ちょっと教室の壁に肩を軽くぶつけてしまった。

 その程度の衝撃が走った程度である。


「ガルっ!」


 ただ、外野からテテニスのらしき悲鳴が上がったのを見ると、どうやら俺はあっさりと胸を貫かれて敗北した……ように見えたらしい。

 とは言え、俺自身にはダメージすらありゃしないのだ。

 そして……必殺の突きを放ち、それが決まったと思い込んでいる青い機甲鎧は、体勢も崩れ硬直し、俺の目の前に無防備な姿を晒していた。


「……馬鹿はてめぇだよ」


 俺は硬直したままの青い機甲鎧の、無防備極まりないその姿を軽く笑うと……

 お返しとばかりに、その青い胸元へと渾身の斧剣を叩き込んでやった。

メギョンとかいう、金属の軋む音が周囲に響き渡る。

 俺の膂力によってその青い胸甲はあっさりと背中にくっつくほどにひしゃげていて……中に乗っている人間が生存し続けられるようなスペースすらありゃしない。

 恐らく……さっきまでベルゼブとかいう名の青年が乗っていた操縦席は、今や肉片と臓物と血液によって見事真っ赤に染まっていることだろう。

 事実、俺が持っていた斧剣は機甲鎧のモノかそれとも人の血液なのか、見事なまでに真紅に染まっている。

 それどころか、鋼鉄で出来ている筈の斧剣は、俺が渾身の力を込めて振るった所為で見事に刃が歪んでしまっている。


 ──ちょっと無茶し過ぎた、か?


 ……ぶつかるのが同じ鋼鉄同士だから、下手に扱えば刃こぼれするのも歪むのも、当然の結果と言える。

 どうやら機甲鎧での戦いってのは、あの塩の砂漠を血で染め上げた戦いと違い、もうちょっと武器のことも考えないといけないらしい。


 ──ややこしいよなぁ。


 刺されたら穴が開くし、斬られたら壊れてしまう。

 武器は力任せに使うだけで壊れるし、蟲の酸でも溶けてお釈迦になってしまう。

 どうもこの機甲鎧での戦闘は思っている以上に気を使わなければならないらしい。

 ……生身で戦うより遥かに鬱陶しく、ストレス解消にはほど遠い代物のようだ。


「おい、何でアイツ、まだ生きているんだよっ!」


「知るかっ!

 中で上手く避けたんだろうよっ!」


「一歩間違えれば、即死だぞ。

 ……無茶苦茶にもほどがある」


「でも、これで青の欠員が三人だっ!

 もしかしたら、俺たちも……」


 周囲からは歓声だか悲鳴だか分からないそんな叫びが上がっていた。

 ふとそちらに視線を向けてみれば、凄まじいショックを受けたのか、涙を浮かべたテテニスが地べたに座り込んでいて……どうやら腰が抜けたらしい。

 どうやらさっきの紙一重の避け方は、顔見知りの戦いを見届ける側としては、あまりよろしくない避け方だったようである。


 ──不意を突くには一番だと思ったんだけどなぁ。


 正直、胸甲の穴から噴き出している赤い液体は、鼻を突く腐葉土みたいな匂いを放ち、この操縦席にもあまり長い間いたいとは思えなかった。

 だけど……まだ俺は戦いを止める訳にはいかない。


 ──何とかして、次の相手を倒せば。


 俺は笑みを隠せない。

 塩の砂漠では、戦巫女であるセレスを力ずくで屈服させることで、彼女は俺のモノになることを承服していたのだ。

 あの時は邪魔が入って色々と水泡に帰した訳だが、やり方自体は間違ってなかったと思われる。

 ……そう。

 あのレナータ・レネーテ姉妹とやらも、俺自身が力を見せつければ……機甲鎧の四肢を砕き、圧倒的な戦力差で屈服させてしまえば……


 ──二人とも俺の前で股を開くに違いないっ!


 俺はそう内心で笑うと……

 双子の美少女がいる方向へと指を突き出す。

 ……だけど。


 ──あれ?


 双子の美少女は、一人の青年の両腕にしがみ付くようにしてこちらを眺めていた。

 そして……俺はそのレナータ・レネーテ姉妹を同時に頂くことは考えていても、「どちらか片方にする」なんて選択肢は全く頭の中になかったのだ。

 右の美少女と左の美少女。

 二人ともが同じ顔で、似たような雰囲気を持っている以上……咄嗟にどちらかを選ぶなんてこと、出来る筈もなく。

 情けなくも俺の指はその中間点……つまり、赤い服をまとい二人の美少女を侍らせた一人の青年を指差していたのだ。


「やり過ぎだ、あのバカっ!」


「まさか『最強』アルベルト様に挑もうとするなんてっ!」


「ガルっ!

 幾らなんでもっ!」


 周囲からは絶叫に近いどよめきが上がっていた。

 ……いや、実際に悲鳴を上げた同居人がいたのも事実だけど、まぁ、それも今は考えないことにする。

 何はともあれ、あの双子の美少女から好かれているらしき、この糞リア充を叩き潰さないと、俺の気が済まないのだ。


 ──考えようによっては、これが一番かもな。


 双子の美少女を一人一人屈服させるよりも。

 この二人が気を許しているらしき、このいけ好かない野郎の面が恐怖に歪み、涙鼻水涎に糞尿を垂れ流しながら、地べたを這いずる姿を見せつけてやれば……

 そうすれば、彼女たちは俺の圧倒的な雄姿に惚れて……

 俺は目出度く念願のベッドインという寸法になるだろう。

 そう考える俺は、思わず力を込めて斧剣の柄を握り絞める。

 盾の感触を確かめるかのように左手を軽く上下させる。


 ──悪くない、な。


 胸元に穴が空いた割には、この機甲鎧の動きはそう悪くはない。

 これなら……あの『最強』とかいう二つ名を持ついけ好かない野郎の鼻っ柱をへし折ってやれることだろう。

 俺は俺の眼下であの青年が泣き叫ぶ姿を想像し、唇の端を吊り上げる。

 そうして気合を入れている俺の前で、真紅の機甲鎧……『最強』アルベルトが操る機体がゆっくりと立ち上がり……

 俺の方へとその真紅の剣を向けたのだった。


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