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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第四章 ~最強の「赤」~
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弐・第四章 第五話


 前回の戦闘から三日が経過した今日、俺たちは相変わらず豪華な食事を口にしていた。

 肉が多めの野菜炒め、ドロドロするほど野菜の入ったスープに、焼肉、硬くて味気のないパン……。

 日本で食べていた食事と比べると格が三つ四つ落ちる程度の、まぁ、お腹が膨れれば良いレベルの食事ではあるが……それでも口に入らないほどではない。

 前々回と前回の出陣の最中に俺が蟲を狩り、その報酬を全てテテニスに手渡していることで、随分とこの家にも余裕が出来て来て……少しは贅沢を、もとい食卓に真っ当な食事を並べることが出来るようになったらしい。

 その食事……こちらでは真っ当な、だけど俺にしては粗末極まりない食事を、半ば義務のように黙々と口に入れていた。

 それもこれも……


「美味しい、ですか?」


 同じ部屋で暮らすことになったリリ……もといリリスが、あの日以来、延々と俺の隣で甲斐甲斐しく世話を焼こうとするからである。

 流石にスプーンを俺の口元へと持ってくる……所謂「あ~ん」という名の精神的拷問からは逃れることに成功したものの……彼女が作ったらしき料理を次々と運ばれ、こうして隣で世話を焼かれると、非常に照れくさい。

 と言うか、小学生高学年程度の幼女に世話を焼かれる俺って一体何なのかと小一時間ほど自問自答したくなってしまうのだ。


「らぶらぶ、だね」


「こどもみたい」


「だめだめ。

 ふーふのあかしなんだから」


 しかも、子供からの野次が飛び交うというおまけ付きである。

 ……居心地悪いこと、この上ない。

 この待遇に落ち着かなくなった俺は、助けを求める視線をテテニスの方へと向けるものの……


「あ~、う~」


 昨晩もまた「商売」とやらのために外出したのだろう。

 昨日の夜、一昨日の夜と同じく、テテニスは眠たそうな顔でスープを口に運ぶばかりで……何の役にも立ちやない。


 ──畜生、何だってこんなことに……


 塩の砂漠で口にした塩まみれの干し肉ほど不味くはないが、それでも吐き気を感じるほどに獣臭く、味付けの足りない肉を口に運びながら、俺は内心で唇を尖らせていた。

 餓鬼どもが鬱陶しいのは分かる。

 だけど……拳で殴り殺す訳にもいかない。

 リリスが鬱陶しいのもまた事実。

 だけど……やっぱり拳で殴り殺そうとは思わない。

 だからこそ俺は、こうして居心地が悪いまま、ただ食事を口に運ぶことしか出来ない訳なんだが。

 と、そんな時だった。


「おい、テテ!

 あと、ガルディアの小僧っ!

 召集だっ!」


 全く遠慮をする気配もなく、ゼルグムのおっさんが玄関から入って来ると……俺たちにそう叫んだ。


 ──また、食事時に……


 俺はゼルグムのおっさんに酷く嫌な顔を向ける。

 その視線に「食事の最中に邪魔をするな」という、あからさまな殺意を込めて。

 ……だけど。


「それどころじゃないっ!

 ここ数日で欠員が出たとかって、赤と青の連中が演習を申し込んできやがったんだっ!」


 ゼルグムのおっさんは興奮しているらしく、唾を散らしながら叫ぶが……俺としては「だからどうした?」という話である。

 硬くて味気のないパンを口に運びながら、おっさんの叫びを適当に聞き流していた。

 ちなみにテテニスはテテニスで、まだ寝惚けているのか機械的にスープを口に運んでいるだけだった。


「分かってないのかっ?

 上手くいけば、赤……貴族の仲間入りできるのかもしれないんだぞっ!」


 ゼルグムのおっさんの叫びを聞いて、俺はようやく事態を理解する。


 ──赤に選ばれれば、貴族になれるって訳かっ!


 それはつまり、貴族のお姫様を戴くという俺の野望が実現する、ということを意味していた。


「大体、黒と赤じゃ死亡率が桁違いだ。

 しかも領地が手に入るという特典付きだ。

 勿論、青になっても今の収入の十倍以上……命令に従いさえすれば、一族郎党全員が二級市民は間違いなし。

 どうだ、やる気が出て来ただろう?」


 長々としたゼルグムのおっさんの台詞でやる気が出たのは、どちらかと言うとテテニスの方だった。

 俺はその前……「貴族になれる」というたった一言でやる気はゲージを振り切っている。

 ……そう。

 貴族のお嬢様を……あの塩の砂漠でヤれなった戦巫女レベルの少女が手に入るならば、俺はそれで構わないのだ。

 収入やら死亡率なんぞ、どうだって構わない。

 むしろ、出撃の度に半分くらいが死亡するくらいの激戦続きの方が、死ぬことも傷つくこともあり得ない俺としてはありがたい訳だが……


「で、その演習とやらはいつから始まるんだい?」


 そして、ゼルグムのおっさんが口にした「報酬の話」に食いついたのは、やはりテテニスのヤツだった。

 興奮に頬を紅潮させ、期待に目を輝かせておっさんに迫って行く彼女の姿は……何と言うか、動機が「金」じゃなかったなら、男なら誰でもクラリと逝ってしまうレベルの魅力を備えている。

 その上、寝起き姿の、子供の教育に悪いレベルの露出度をしていて……前かがみに迫る非常に色っぽいその姿が魅力に拍車をかけていた。

 良い歳をしている筈のおっさんも、そんな彼女の姿……特に胸元辺りに一瞬だけ目を奪われて鼻の下を伸ばし……

 だけど、すぐに冷静に返ったらしい。


「……もう始まっているんだよっ!

 だから、急げって言ってるんだっ!」


 そう叫ぶ。

 ……どうやら今日は、朝っぱらから忙しい一日になりそうだった。




 ゼルグムのおっさんの先導によって慌てて黒機師団本部の隣にある演習場へと向かった俺たちが見たのは……死屍累々と言う他に表現の見つからない、機甲鎧の姿だった。

 ざっと数えただけでも十体以上。

 腕を切り裂かれ胴体を抉られ……青い機甲鎧によってズタズタにされた黒の機体が転がっているのが見える。

 その黒い機甲鎧を見下ろしているのは、傷一つついていない四機の青い機甲鎧と、二機の赤い機甲鎧の姿だった。

 そうして俺たちが演習場へと向かっている最中にも、黒の誰かが青に挑み……速度差に四肢を切り裂かれて地に伏していた。


「うわ、ひでぇ。

 相変わらず青の連中はえげつねぇなぁ」


 思わず言葉が零れ出たような、おっさんのその言葉に嘘はない。

 蟲を食い止める役目を持つ黒機師たちの誇れるものは、ただ一つだけ……その防御力だけである。

 逆に、青機師の連中は機動力を生かして蟲に毒を撃ち込むのが仕事なのだ。

 両者が戦えば……速度差によって黒機師が切り刻まれるのが当然と言える。


「……何だって、こんな演習を?」


 自分たちの乗る黒い機甲鎧が切り刻まれる光景を見せつけられた所為だろう。

 テテニスは少しだけ脅えたような口調でそう尋ねる。


「スカウトもあるが……デモンストレーションも兼ねているんだよ。

 黒機師は……『下』から成り上がった連中は、所詮この程度だと思い知らせることで、反乱を防いでいるんだ」


 おっさんのその言葉は、青の連中の脅威を思い知らされたばかりのテテニスにとっては有効だったのだろう。

 実際、彼女はあの切り刻まれるのが「もし自分だったら」と想像したらしく、咽喉を鳴らしている。

 ……だけど。


 ──ま、機甲鎧がありゃ、反乱もし易いわな。

 ──だったら、こうして反乱する気概そのものを削ぐのも当然か。


 俺はおっさんの言葉に、ただそんな感想を抱くばかりだった。

 勿論、この世界のシステムに異論がない訳じゃない。

 今まで見ただけでも『下』の連中は不遇過ぎるし、『上』は『上』で水と安全を盾に王侯貴族が支配する世の中である。

 そんな不平等で容認できない社会システムを変えるなら……選挙もないこの社会、テロ・革命・暗殺・反乱……その手の手段しか残っていないのだろう。


 ──ま、所詮は他人事なんだけどな。


 とは言え俺は、そんな世の中を変えてやろうと思うほど、俺はこの世界への愛着など持ち合わせてはいない。

 ただ軽く力を見せつけて地位を手に入れ、貴族の美少女と一発ヤることだけを目的に、ちょっとばかりこの砂漠の世界に立ち寄っただけなのだから。

 っと。

 そんなことを考えていた所為だろうか?


 ──おおおお?


 不意に、演習場の奥に美少女の姿が見えた。

 しかも二人……水色のジャケットとパンツに、青いマントを被った、金髪碧眼の美少女が、全く同じ顔をして並んでいるのが見える。

 勿論、あの塩の砂漠で見かけた戦巫女よりは若干落ちるものの……テレビやグラビア雑誌で現代美女を見慣れた俺が見とれるレベルなのは間違いない。


「……あの二人、は?」


 だから、だろう。

 気付けば俺の口からは、そんな声が零れ出ていた。


「ああ。

 青で最強という評判のレナータ・レネーテ姉妹だな。

 二人揃ってのコンビネーションは、あそこにいる『最強』アルベルトを凌ぐとも言われている」


 ゼルグムのおっさんの言葉に、俺は頷く。

 そしてそのまま何とかって男の姿には目もくれず、まっすぐにその姉妹へと視線を向ける。

 ……恐らくは双子なのだろう。

 両者の区別がつかないほど似通っていて……


 ──ああいうのも、悪くないな。


 俺は内心でその場面を想像し、笑う。

 親子丼とは違うから……双子丼とでも言うのだろうか?

 双子を同時に頂くという、そういう感じの初体験なら……超一級の美少女とは言えなくても、そう悪くないんじゃないだろうか?


「何だい、ガル。

 ああいうのが好みってのかい?

 でも……ありゃ高嶺の花ってヤツだよ。

 アンタにゃ、リリがいるじゃないか」


 俺の鼻の下が伸びているのを察したらしい。

 テテが俺の頬を抓りながらそう呟く。

 かなり強く抓ってくれたのか、頬が引き千切れるかと思った俺は、思わず彼女の手を払いのけていた。


「ってぇ。

 ……思いっ切り抓りやがって」


 頬の痛みに唇を尖らせる俺に、テテニスは舌を軽く出しやがった。

 子供のような、今一つ似合わないその仕草に俺はイラッとするものの……彼女のその行動は、あくまでも妹分であるリリスのための行動であって、ぶん殴って制裁を加える類のモノじゃない。

 そうして演習場に着いた俺たちだったが……


 ──何だ、このお通夜みたいな雰囲気は……


 出世を求めて演習に来た筈の周囲の黒機師たちは……気付けば誰もが俯き脅え、誰一人として顔を上げようとしていない。


「どうした、どうしたっ!

 俺に一太刀でも浴びせられるなら、青に迎え入れてやろうぞっ!」


 演習場で黒い機甲鎧を残骸へと変えた青の機体は、調子に乗ってそんなことを叫んでいる始末である。


 ──デモンストレーション、か。


 さっきおっさんから聞いた通りなのだろう。

 ……盾役である黒機師たちは、あくまでも最前線で最も危険な「盾」でなければならない。

 だからこそ、こうして青や赤がほど遠いと知らしめることで、従順な盾で居続けさせる必要がある、という訳だ。

 相変わらず、この世界ってのは下っ端連中を下っ端に留めておくために全力を注いでいる社会らしい。


 ──ま、どうでも良いんだけどな。


 俺としては、美少女を手に入れればそれで良いんだし。

 っと、そんなことを考えながら、美少女姉妹を眺めていた所為だろうか?


「おいっ!

 そこの貴様っ!

 次は、貴様が出て来たらどうだっ?」


 青い機甲鎧に乗った青機師から、そんな呼びかけを向けられる。

 武威を見せつけている演習中に……脅え竦んで下を向くばかりの黒機師たちの中で、不埒なことを考え続けて鼻の下を伸ばしていた俺の姿は、酷く目立ったことだろう。

 そして……

 挑まれた以上、出世できる可能性がある以上、俺がそれを拒否する必然性は見当たらない。

 正直なところ、こんな鉄くずに乗って戦うなんて「茶番」に付き合わなくても、近くに転がっている黒い機甲鎧の残骸……彼らの手にしていた武器で挑んでも、あの青い機甲鎧相手に勝つ自信はあるのだが……

 この演習が機甲鎧対機甲鎧を想定している以上、こちらも機甲鎧に乗り込むのが常識というものだろう。

 俺は周囲を見渡し……少しだけ遠くに鎮座していた、胸のところに×印が入ってある機体へと乗り込む。

 この×印の機体は……前に乗ったとき、肌に馴染んだ記憶がある。


「ちょ、ガル、あんたっ!」


 乗り込む瞬間にテテニスが何かを叫んでいたが……どうせ青機師と戦っても勝ち目がないとか、そういう小言の類だろう。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能がどういうモノかを知らない彼女の、要らぬお節介というヤツだ。

 俺はテテニスの声を無視したまま、機甲鎧を操って演習場へと向かう。

 武器は……近くにあった斧だか剣だか分からない重量級の兵器を手にすることにする。

 いつもの双斧よりは軽いが……蟲相手ではなく機甲鎧相手だと、こっちの方がやりやすい気がするのだ。

 ついでに近くに転がっていた盾を拾い、左手に構える。

 青の連中が素早いと聞いている以上、盾があるとないとでは大違いだろう。


 ──あんまり好きじゃないんだけどな。


 とは言え、いつぞやの生身で戦った戦争と違い、俺が乗っているのは脆くて弱い機甲鎧……敵の攻撃を喰らえば壊れてしまう代物だ。

 演習で良いところを見せつけるためにも、盾を持っていて損はなさそうだった。


「……お?」


 そうして俺がゆっくりと演習場へと向っている間……青い機甲鎧は大人しく待っていてくれたらしい。

 黒の連中を意気消沈させるデモンストレーションを率先している割には、人の良いヤツだった。

 勿論、もう俺以外には彼に挑む人間もいない所為もあるのだろうけれど。


「ふん。準備は整ったか?

 なら、叩きのめさせて貰うぞ?」


 俺が演習場であるサークルへと足を踏み入れたその瞬間。

 ……待ちかねていたのだろう。


 俺が斧剣と盾を構えるよりも早く、その青機師は俺の機甲鎧へと向けて跳びかかってきたのだった。


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