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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第四章 ~最強の「赤」~
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弐・第四章 第二話



「……で、どうするんだ、これ?」


 気分がすっきりした後……部屋に残されたのは我が権能によって塩と化した三体の亡骸と、返り血まみれの俺の身体で。

 好き放題やらかした俺を半眼で睨み付けてくるゼルグムのその問いは、どうも教師に説教をされているようで居心地が悪い。

 それもその筈、このおっさんは俺よりも年上で、しかも感情的に理不尽な言葉を喚き散らす訳でもなく、ただ静かに理を説くから……

 戦闘能力とは裏腹に、精神的にはただの高校生でしかない俺は、おっさんの言葉に何一つ反論できず……だからこそ居心地が悪くて仕方ない。


 ──何故、返り血は塩にならないんだ?


 おっさんの放つ威圧感に耐えかねた俺は、現実逃避気味にそんな疑問を抱くものの……生憎とその答えが出たところで何の解決にもなりゃしない。

 と言うか、何かを言い訳したところで無駄だろう。

 何を語ったところで……死んだ人間は、生き返りはしないのだから。


「取りあえず、残った五人で報酬を山分けするか」


 結局、俺の口から出て来たのはそんな言葉だった。

 ……取りあえずこの場所から逃れたい一心、とも言う。


「で、どう分けるつもりだ?

 ……二千八百の内、二千はお前が蟲を狩った分で、八百ってのが作戦参加報酬、だと思うんだがな」


 ゼルグムのその解答は理に適っていた。

 つまり……俺が二千を取り、残り八百を残った五人で分けようと言うのだろう。

 ……だけど。


 ──生憎と、金なんざ欲しいとも思えないんだよな。


 機甲鎧以外の全てで文明レベルが劣っているらしきこちらの世界では、俺が欲しいものなんて何一つありゃしない。

 いや唯一欲しいと思っているのが「女」なんだけど……残念ながら俺が抱きたいのは一晩を金で買える娼婦ではない。

 ……そもそも、娼婦とヤって満足出来るんだったら、とっくに「ただで良い」と言ってくれるテテニスを抱いているところである。


 ──衣食住はテテニスに寄生している身で、困らないからなぁ。


 将来出世するのに袖の下が必要になるかもしれないけれど、その時はその時。

 それに……俺にとってはあの蟲なんざ、たった一刃で屠れる、ちょっと臭い程度の雑魚なのだから。

 ……金を必死に溜めこむ必要なんて、何処にもありゃしない。


「ん? 残った五人で分けようぜ。

 一人頭、五百……六十か」


 俺は何気なくそう呟いたつもりだった。

 だけど、周囲の人間はそうは思わなかったらしい。


「……マジか、お前」


 唯一言葉を吐き出せたゼルグムは、信じられいモノを見たと顔全面で訴えながら首を左右に振るだけだったし、テテニスは妙に熱っぽい視線を俺に向けている。

 そして……名前も知らない黒機師団の残り二人は、土下座をして俺に祈り始める始末である。


「ま……口止めを兼ねて、な」


 敬意を向けられるという久々の待遇に、慣れない俺は思わずそんな……偽悪的なことを告げていた。

 幸い、その一言でゼルグムは俺の意図を理解した気になったらしい。

 ……どうもこの世界に住む人間は、誰かの善意や公平さというものを全く信じられない連中ばかりのようだった。


 ──と、すると……


 ふと思いついた俺は、土下座を続ける黒機師二人に顔を向け……


「ああ、お前たち。

 このことを誰かに言えば……分かっているよな?

 ついでに、この床も、掃除をしておけ」


「「は、はいっ!」」


 口止めと証拠隠滅を兼ねて脅しておく。

 俺自身、まぁ、証拠隠滅なんざ不要だとは思っているし……もしあの団長が文句を言って来ても、軽く捻ってやればそれで良いとも思っている。

 ……だけど。


 ──ま、敵を作るのもバカバカしいからな。


 俺のその意図が通じたのか……男二人は何度も頷いたかと思うと、その場に跪いたまま素手で床の掃除を始めていた。

 どうやら自分たちの報酬が大きいのは、俺が優しい所為ではなく、共犯者として口止めを図ったから……と思ったのだろう。

 二人の黒機師は、まるで自分たちが彼らを殺してしまったかの如く、必死に床を掃除し続けている。


「……さて、取り分を適当に取るとするか」


 そんな二人から視線を外すと、俺はそう呟く。


「そうだな。

 ……こんなところに長居しても仕方ない、か」


 ゼルグムがそう告げたことで、俺たちは自然と解散することになった。

 結局……テテニスは頬を上気させたままで何も口を開かず。

 俺とテテニスの二人はそれぞれの報酬である五百六十ダカットを手にし、連れ立って黒機師団の本部を離れたのだった。




 その、帰り道。

 太陽が沈み始め、色が変わり始めた空の下を、俺とテテニスの二人はゆっくりと歩いていた。

 ……会話は、ない。

 と言うよりも、あの屋敷で三匹の雑魚を屠って以来、彼女は何かを考えているらしく、ずっと俯いたままである。

 そうして、千歩ほど歩いた頃、だろうか?


「……やっぱさ、ガル。

 アンタは、凄いね」


 不意にテテニスが口にしたのは、そんな……神妙な口調で俺を持ち上げる声だった。

 畏れの視線や怨嗟の声を向けられることは多くあっても、褒められたことは久々だった俺は何となく居心地の悪い気分で頬を掻き、顔を逸らす。

 ……だけど。

 後に続く声が、彼女が単純に俺を褒めた訳じゃないことを教えてくれた。


「今までアタシが見てきた男ってのは、あんな連中ばかりだった。

 アタシを買った金をケチるヤツ。

 アタシの儲けを掠め取るヤツ。

 そんな連中、『下』だけだと思っていたんだけど、ね」


「……そうだな」


 テテニスの声に何も言い返せない俺は、ただそう頷いただけだった。

 確かに、世の中とは下らない連中が多い。

 勝手に召喚し、勝手に神と持ち上げ、勝手に人様に期待して、勝手に裏切られたと牙を剥き、勝手に反乱しておいて死ぬ間際には慈悲を請う。

 残念ながらそれは……何処であっても同じだろう。


「けど、『上』でもやっぱり同じ。

 やっとたどり着いた機師の世界でも……その命がけの報酬でさえ、あんなクズが上前を撥ねて……」


 テテニスの声は段々と感情が込められてきたのか、掠れてきた。

 その声から滲む感情は……紛れもなく「悔しさ」だろう。

 女の身である彼女は……『下』で辛酸を舐め続けてきたのだ。

 恐らくは、あの金貸しを始めとする、理不尽なルールを押し付けてくるクズ共に。

 彼女の身体という報酬を味わった後で、金払いをケチるようなクズ共に。

 彼女の儲けを力ずくで掠め取ろうとする、最悪のクズ共に。


 ──日本でも、同じだったな。


 勝手に善意を振りかざし、勝手に悪意を向けて来て、ちょっと捻れば勝手に社会常識を持ち出して糾弾するばかり。

 そもそも自分たちが他者を攻撃していたというのに、自分が攻撃されるとなるとすぐに被害者ぶるクズ共。

 ……思い返すと腹が立ってきた。

 

 ──この世界でそういうヤツらを蹴散らせば、テテニスたちを救えるのだろうか?


 ふと元の世界……日本を思い出した所為か、俺はこの世界へ来たばかりの頃に抱いていた『初志』を思い出していた。

 ……そう。

 この世界に俺が足を踏み入れたのは、「誰かを助けたかった」のだと言うことを。

 そして今、俺は……隣で涙を浮かべる一人の女性を助けたいと、何となく思ってしまっているらしい。


 ──いや、子供たちを、かな?


 やっぱり男なら、助けると言えば女子供などの……か弱い存在だろう。

 勿論……可憐で処女で俺に惚れている美少女と一発ヤるという目的も捨てた訳じゃないんのだが。

 今のところ、彼女を救いたいという志と、美少女が欲しいという欲望は特に相反している訳でもない。

 ……そう気にする必要もないだろう。

 俺がそうして自分の目的を再確認している間にも、テテニスの言葉は続く。


「だから、さ。

 やっぱり、『力』が要るよね。

 生きていくには……奪われないためには、さ」


「……そうかも、な」


 そう告げるテテニスの方を向くこともなく、俺は上の空でそう答えていた。

 と言うよりも、彼女に対して言い返す言葉を、俺は持っていない。


 ──悪いけど、そういうの……分からないんだよな。


 力がなくて嘆く人の気持ちとか。

 弱くて震えるだけの人の気持ちとか。

 そういう感情、俺はもう……忘れてしまっている。

 この凄まじい権能を持つ、破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身になってしまった時から、ずっと。

 少し前の俺は、ただひたすらに周囲を恨むばかりだったような記憶もあるけれど……それも今はもう、思い返しても何の感情も湧かない、ただのデータでしかない。


「だからさ、やっぱり『力』だよ。

 私も、アンタみたいに、さ」

 

 テテニスの呟きを聞き流しながら、俺たち二人はまっすぐに歩く。

 ……それ以上の言葉はない。

 持て余すほどの『力』を持つ俺は、彼女に対して告げる言葉がなく……ただ『力』を欲している彼女も、何かの言葉を求めている訳でもなかったらしい。

 そんな俺たちは特に言葉を交わすこともなく、ただひたすら煉瓦敷きの道を歩き続ける。

 周囲に響き渡るのは、風の音と……俺たち二人の靴が煉瓦の上の砂を踏み鳴らす音だけという、静かな道行が続き……


 ──居心地、悪っ!


 俺は内心でそんな悲鳴を上げていた。

 いつも感じることではあるが、俺はこういう……腕力でどうにもならないことは、相変わらず苦手なのだ。

 幸い俺が居心地悪さを味わった時間はそう長くなく……俺たちの新しい家は、すぐに見つかった。

 井戸の近くの、隣には小さな畑がある、それなりに広い一軒家。

 気の滅入る道のりから逃れられた安堵と、無事に家に帰り着いた安堵、そしてやっと水と食事にありつける安堵に、俺は少し早足になってその一軒家へと飛び込み……

 玄関のドアを、開ける。


「あ、お帰りなさい。

 テテ。ガル、さん」


 そんな俺たちを出迎えてくれたのは、リリのそんな明るい声だった。




 リリの……いや、三級市民としての三音節の名前を手に入れたリリスの作った料理は、前に食べたモノよりは格段とマシになっていた。

 やはり『下』で食べた料理は、味付け云々以前に素材そのものが酷かったのだろう。

 彼女たちに話を聞けば、この三級市民街にはあちこちに市があるらしく……リリスと子供たちは『下』とは格段に質の良い食材をそこで買ってきた、ということらしい。


「アンタたちだけで、大丈夫だったのかい?」


 心配性のテテニスは、子供たちが買い物を済ませたこと自体が未だに納得いかない様子だったが……


「大丈夫だって、テテ。

 ここは『下』とは違うんだから」


「そうそう。

 みんなやさしかったよね」


「おかね、とられなかったもんね」


 俺たちが半日ほど戦っている間に、子供たちはもうこの三級市民街という場所に慣れ親しんでいる様子だった。

 ……まぁ、それだけ『下』が酷い場所だったのだろう。

 道を歩けば罵声を浴びせられ、お金を持っていれば奪われ……そういう地獄にも等しいところで。

 ……子供たちがこんなに素直に育っているのが不思議なくらい、酷い環境だったのだろう。

 しかしながら、そんなに危険な『下』から出て、たったの半日でこの街に馴染む辺り……子供たちの順応性というものは恐ろしいものがある。


「あ、あの、どう、ですか?」


「ん?

 まぁ、悪くない、かな?」


 顔を真っ赤にして俯いて尋ねるリリスの声に、俺は適当に返事をしていた。

 事実……悪くはないものの、美味いとはとても言い難い。

 何よりも塩味が足りない、ような気がするし、肉も薄っぺらくて臭く、野菜が妙に萎れている。

 あくまで『下』にいた頃の、腐ったドブの味がするアレと比べれば格段に良いというだけなのだ。


 ──ちゃんとした青椒肉絲、食べたいよなぁ。


 リリ……もといリリスの出した料理が野菜炒め擬きな所為か、俺は不意に望郷の念に駆られてしまう。

 日本で色々と食べていた、しっかりと味のついた、新鮮な肉と野菜で作られたちゃんとした料理を食べたいという、食欲絡みの欲望は……風呂に入りたい、ゲームをしたい、甘い菓子を食べたい、ゆっくりと布団で寝たいという欲望のトリガーとなってしまう。

 ……だから、だろう。


「あの、もっとうまくなりますから、その……

 お側に、その……」


「あ、ああ」


 上の空だった俺は、リリの告げたその声に適当に言葉を返していた。


「……ん?」


 ふと気付けば、子供たちは何故かじ~~~~っとこちらを見ているし、テテニスはテテニスでニヤニヤした顔で俺たちを見比べている。


 ──なんか、ものすごく居心地が悪い。


 どうも……何か嫌な感じで話が進んでしまったらしい。

 そう悟った俺は、野菜炒めらしきその料理を一気に口の中に押し込み、ジョッキくらいの水を一口で飲み干すと……


「じゃ、寝る」


 そう告げて、席を立つ。

 まるで居心地の悪さから逃げ出すかのように。

 ……だけど。

 逃げ去ったその先に凄まじく大きな罠が仕掛けられているなんて……

 その場から逃げ出したばかりの俺には、全く想像もつかなかったのだった。


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