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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
第二章 ~奪還戦~
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第二章 第二話

 ……その所為だろう。目覚めは最悪だった。


 指一本たりとも動かせそうにない疲労こそ癒えていたものの、身体中は筋肉痛によりガタガタ、顔や手足は固まった血で引きつっている。

 身体中汗臭くて痒くてたまらない。

 その挙句、鎧を着たまま寝た所為か、身体中が妙に窮屈で重苦しい。


「くそっ」


 正直、まだ身体の芯に疲労が残っている気がして、二度寝への誘惑に駆られた俺だったが、それでも身体中の不快感と空腹からもう眠れそうにない。

 仕方なく俺は身体を無理やり動かして起きることにした。


「……ててて」


 起き上がるという動作たった一つで、身体中に激痛が走る。


 ──非常に情けない話だが、完璧に筋肉痛だった。


 鍛えてもない人間が血に酔った状態であれだけ暴れ回ったのだから、当然と言えば当然の話ではある。

 そのガタの来た身体を何とか動かしながら、飢えと渇きに突き動かされるまま、俺は自室を出る。


「お目覚めですか、我が主よ」


 恐らく、俺が起きるのを待っていたのだろう。

 寝室から出た俺を待ち伏せていたのは、山羊の頭蓋骨を被った人影だった。


「……ちっ。その陰気な面が出迎えか」


「ははっ。手厳しいですな、我が神よ」


 起きたての不機嫌さも重なって嫌味を口にしてみるものの、やはり全く通じない。


「それよりも、さっさと……」


「それよりも、我が主よ。食事をご用意させておりますが」


 さっさと元の世界へ返せ……と口を開きかけた矢先、チェルダーに機先を制される俺。

 そのままどう対応をするべきかと一瞬悩んでいたものの。


「あ、ああ。食わせてもらう」


 空腹には抗えず、俺は食欲に屈する道を選んだのだった。





「さぁ、どうぞ。我が主よ」


 黒衣の神官に案内された先にあったのはとても豪勢とは言えそうもない、粗末な食事だった。

 鹿か何かの毛皮の上に木で出来た皿があり、その上に干し肉や干した果物、ついでに萎びた野菜らしきものが申し訳程度に並んでいるだけである。

 また、同じように毛皮の上にある銀の深皿には水が並々と入っていた。

 その周囲を黒衣の神官たちが立ち並んで警護している様は、どう見ても食事というより変な黒ミサのような様相である。

 俺はそんな人を寄せ付けない空気に気後れするものの……空腹には抗えない。


「……まぁ、食えば同じか」


 俺はそう呟くと、上座と言うか神座と言うか、案内された毛皮に腰を下ろすと、近くの干し肉を手に取って口に運ぶ。

 そして、吹く。


「なんじゃこりゃああああああ!」


 美味い不味い以前に、『辛い』。


 ──何しろ、塩の味しかしないのだ。


 しかも、硬くて噛み切れずに肉の旨味なんて欠片も感じられない挙句、牛肉らしき臭みがとてつもないレベルで襲ってくる始末である。

 現代日本の和牛を一度でも口にしたことのある人間にとって、それは海辺に落ちていたサンダルの底レベルの食材でしかなかったのだ。


「ほ、他のは……」


 口の中が塩辛いものの、空腹には敵わない。

 俺は近くの干した果物……プラムっぽいものを口に運び。


(……ブルータス、お前もか)


 その塩辛さに顔を歪める。

 少しだけ予想していたお蔭で吹き出すほどではなかったものの、とてもじゃないが美味しいとは言い難い。

 俺はその黒くて丸い塩の塊を必死に飲み込むと、口の中の塩辛さを追いやるために、水の器を掴み一口で飲み干す。

 その水も、生ぬるく酷く皮臭くて美味しいとは口が裂けても言えない代物だった。


「……ったく。何なんだ、こりゃ」


「お、お口に合いません、でしたか?」


「と言うか、コレ、食い物か?」


「……ええ。

 我々に残されている最後の食糧でございます」


 辛辣な俺の言葉に、チェルダーはそう答える。


(……ああ。こいつら敗戦中だったな)


 ──だから、ろくな食糧がないのだろう。


 確か太平洋戦争中もろくな食糧がなかったと聞く。

 塩漬けなのは、腐らさないように保存するためだろう。

 ……言われてみれば、日本も昔は、海の近く以外では干して塩漬けの魚以外は食べられなかったとか。

 戦場は一面塩の砂漠だったから、この連中、塩だけは余りまくっているらしい。


(そう考えると冷蔵庫って偉大だよな~)


 今さらながらにヒタチとかパラソニックなんかの偉大さを思い知る俺。

 しかし、この食事で腹を膨らませるってのはちょっと難しい。


「取りあえず、水っ腹で我慢するか。水の追加を」


「ありません」


「……は?」


 代替案として口にした俺の言葉は、怒気を孕んだチェルダーの言葉に遮られた。

 その言葉が珍しく怒りを含んだものだったことと、飲み水すらないという言葉が信じられず、俺は思わず聞き返していた。


「ですから、先ほどの水が限界なのです。我が主よ」


「……おいおい。冗談だろう?」


「先ほどの水でも、我々の一日分割り当てられた量の三倍はあるのです」


 静かに発せられたチェルダーのその言葉は、もう怒りを宿してはいなかった。

 だからこそ、彼の言葉が冗談でも何でもないということを、俺は嫌が応でも悟ってしまっていた。


「なら、風呂は?」


「……風呂、とは?」


「沸かした湯に肩まで浸かって、身体を洗う、んだが」


「そんな冒涜的な行為が、この世に存在するのですか?」


 真剣な声でそう返された俺はもう何も言い返すことが出来なかった。


 ──ただ、一つだけ分かったことがある。


 突然連れてこられたこの世界は、戦争中で人がバタバタ死んでいく世界で、食事もろくになく、水さえもまともに飲めないところで。

 冷蔵庫を開ければ何かしら食べ物があり、蛇口を開けば水は幾らでも出てくる……そんな現代社会のぬるま湯に慣れた俺にとっては、どうしようもないほど暮らし難い場所らしいということだ。


「……せ」


「……は? 

 如何なされましたか、我が主よ?」


「だからっ! 

 俺を元の世界に返してくれ!」


 その事実に至った時、俺が切実にそう叫んだのも無理もないだろう。

 ……だって、この世界、電気もなければゲームも漫画もテレビも……なんてファンタジー漫画なんかの普通の悩み以前に、真っ当な食事も風呂も水さえもないのだから。

 俺が、生きていけるハズがない。


 ──だけど。


「……無理です、我が主よ」


 黒衣の神官の返事は、そんな冷徹な言葉だった。


「てめぇ! 俺は、帰せと言ってるんだ!」


 その言葉に激怒した俺は、チェルダーの胸ぐらを掴んで持ち上げる。

 神官の身体はまるで資源ごみ袋を持ち上げるかのように軽く、彼の食生活が如何に貧しいのか心配になるほどだった。

 が、今はこの山羊頭の健康を心配している余裕などありはしない。

 殺気と怒気をむき出しにして睨みつける俺。


「……ですから、出来ないことは出来ません。我が主よ」


 それでも、彼の返事は変わらなかった。


「ふざ、けるな、よ」


「ふざけてなど……。ただ、神ならざる我らには限界があるのです。

 召喚の儀は七日間の時間を要しました。

 送還の儀にも同様の時間が必要でしょう」


「……そん、な」


「ふぎゃっ」


 ──一週間は帰れない。


 その事実に俺は愕然と立ち尽くしていた。

 水も電気も食糧もない、戦争の真最中のこんな世界で一週間も生きていかなければならないのだ。

 手から滑り落ちた黒衣の神官が情けない悲鳴を上げていたが、そんなことに構っていられる余裕もなく。


「やってられるかよっ!」


 俺は急いで神殿を飛び出した。

 そして、神殿の前に立ち並んでいたテントを手当たり次第に開きまくる。


「うわぁあああああ」


「な、何かご用でしょうかっ?」


「ひっひっひっぃ」


 追い詰められていた俺は、よほど凄まじい顔をしていたのだろう。

 テントに顔を突っ込む度に、中の人たちが脅え慌てふためき悲鳴を上げる。


 ──だけど、そんなの気にしちゃいられやしない。


 夫婦の団欒も親子の生活も怪我人の療養も何もかも叩き壊しつつ、俺は一つのテントを探して走り回る。


「……いやがった!」


「うぉっ! 何だっ!」


 そして、見知った顔の巨漢……バベルのテントをようやく見つけ出す。

 間が悪いことに、バベルは全裸の女性と抱き合っていた。

 彼女はバベルの女房か愛人か……俺には判断のしようもないが、まぁこの世界の婚姻関係がどういう形で成立しているのかなんて、俺にとっては正直どうでも良い。

 しかし、『真っ最中』だったにもかかわらず、バベルは俺が顔を出した途端、女を放り捨てて近くの大鉈を手に取っていた。

 その動作を見ただけで、コイツは生粋の戦士なのだと分かる。


 ──分かるが……はっきり言って間が悪いことこの上ない。


 普段の俺だったら、この間の悪さに慌てて踵を返していたと思う。

 だけど、今の俺は全裸のおっさんにも全裸の女にも目を奪われないほどに追い詰められていた。


「……少し、聞きたいことがあってな」


「分かった。

 ……が、まぁ、少し待て。

 服くらい着させろ」


 ただ、そこまで追い詰められている俺でも……全裸でいきり勃ったイチモツを放り出した筋肉質の巨漢と向かい合える根性も、そんな趣味もなく。


 ……その言葉に首を縦に振ったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] テントに突撃するところが面白すぎる。
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