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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第三章 ~機師~
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弐・第三章 第七話

 痛みは……なかった。

 ただ突如視界が鋼鉄の腕に覆い尽くされたかと思うと……次の瞬間には並んでいる機甲鎧が天井から生えているように見え……

 身体中に浮遊感を感じたと思ったその直後に、俺はその中の一機に頭から突っ込んでいた。

 どうやらテテ、もといテテニスの操縦する機甲鎧に殴られてしまったらしい。

 そう気付いたのは数秒後……痛みというより吹っ飛ばされた衝撃を身体が知覚した頃のことだった。


 ──あの、クソ売女~~っ!


 瞬時に俺の脳内は怒りで焼き切れる。

 恨まれているつもりはなかったし、数日間は一緒に暮らしていたこともあり、正直彼女の職業が職業だけに恋愛対象とはならないものの、それなりに情も移ってきた自覚がある。

 それだけに……こういう形で恩を仇で返されるのは納得がいかなかったのだ。


 ──んなに突っ込まれるのが好きなら、コイツをぶち込んでやるっ!


 俺は内心で獰猛に叫ぶと、近くに落ちてあった機甲鎧用の長槍……鋼鉄製らしき五メートルくらいはある十字槍を掴むと、テテニスを『縦に』串刺しにするつもりで彼女の乗る機甲鎧を睨み付け……


「うっ、ぎゃっ、たっ、でっ、ほわぁっ」


「……何やってんだ、あのバカ」


 一瞬で殺意が吹っ飛んでしまっていた。

 何しろ彼女が乗る漆黒の機甲鎧は、起き上がろうとしてはバク天をして頭から地面に転がり、受け身を取ろうとして腕を地面に叩きつけて吹き飛ばし、その反動で近くの機甲鎧を薙ぎ払い、バランスを取ろうと足を動かしたところで自分の胸甲を蹴飛ばし……

 そんな感じに、訳の分からない踊りを続けていたのだから。


「良いから、一回動かすのを止めろっ!

 動けば動くほど事態は悪化するだけだっ!」


 ゼルグムがそんなことを叫んでいるが、完全にパニック状態に陥っている彼女は聞く耳を持たないらしい。

 ……いや、それどころじゃないのだろう。

 陸に打ち上げられた魚のように、ぴちぴちと跳ねまわっている。


「……っと、それどころじゃねぇなっ!」

 

 以前に乗ったから分かっているが、この機甲鎧という乗り物はどう言い繕っても乗り心地の良い代物じゃない。

 あんな動きを繰り返していれば、その内、彼女の身体がぶち壊れてしまうだろう。

 そう結論を出した俺は、まっすぐに彼女の操る機甲鎧へと走り寄り……


「お、おいっ!

 お前、何で無事なんだっ?」


「まず、腕っ!」


 ゼルグムの叫びを無視したまま、暴れ回るテテニスの機甲鎧の、その腕目がけて渾身の拳を叩きつける。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つ俺の拳と、ただの鋼鉄製の機甲鎧の腕のぶつかり合いは、当然のように俺の方に軍配が上がっていた。

 一メートルほどありそうな鋼鉄の腕は、俺の拳によってひしゃげ、真紅の液体をまき散らしながら吹き飛んでいた。


「まだ、まだっ!」


 その一撃でテテニスの操る機甲鎧はもう動くこともなくなっていたが……さっき殴られた意趣返しもある。

 俺は全く容赦の欠片もせず、鋼鉄の右太股付近を踏み砕く。

 残る左足を拳でへし折ると、俺はもう動かない機甲鎧の胴体の上へと飛び乗ると、その胸甲を力任せに引き剥がす。

 その中には……暴れ回る内にどこかをぶつけたのだろう。

 額と唇と鼻から血を流し、ついでに恐怖の所為かズボンを濡らしたテテニスの姿があった。


「……この、馬鹿がっ!」


 俺はもう意識のない彼女にそう一言怒鳴りつけたものの、そんな無様な彼女にこれ以上何かをする意欲も湧かず……

 そのまま彼女の腕を掴んで引っ張り上げると、俺は彼女を掴んだまま地面へと飛び降りていた。


「テテは……彼女は大丈夫なのか?」


「介抱してやれ。

 ……まぁ、大怪我はしてないだろ」


 そんな俺のところへゼルグムが寄ってきたので、彼女の身体をそのまま手渡す。

 正直、幾ら成熟した女性の身体を介抱するという役得を一瞬だけ考えたのは事実だが……流石に小便臭いのは好みじゃない。


「……先が思いやられるな」

 

 ゼルグムのおっさんが彼女の怪我を確かめているのを横目で見ながら、俺は思わずそう呟いていたのだった。




 幸いにもテテ、もといテテニスのダメージは脳震盪と軽い打撲程度で……意識を取り戻すのに十分もかからなかった。

 意識を取り戻した彼女は、すぐに訓練を希望したが……ゼルグムのおっさんは休憩を取ることを勧め……

 テテニスとおっさんは先ほど残骸と化した機甲鎧に座り込んで休んでいる最中だった。

 俺は二人が休んでいる間に、機甲鎧操縦の訓練をしようと思い立ち、自分の機体を探しているところである。


「見た目は、安っぽいロボットと変わりないよなぁ」


 適当な機甲鎧をこうして見上げてみるものの、やはりただの鉄くずの塊にしか見えない。

 何と言うか……現代日本のロボットのような、精密機械という雰囲気がないのだ。

 実際、さっきテテニスがぶち壊した機甲鎧の残骸に目を向けても、ただ鉄の塊を繋ぎ合わせて人型にしただけとしか思えない。

 違いと言えば、真紅の液体がその鉄くずの間を通っているという点、だろう。

 ……しかし。


 ──こんな液体だけで動くもんかなぁ?


 今一つこの世界のテクノロジーが理解できない俺は、首を傾げながらも機甲鎧へと乗り込み、胸甲を閉鎖する。

 周囲が暗闇に閉ざされてしまったが……一度乗ったことがあるし、扱い方は簡単だ。

 こうして左右から突き出た『操珠』に手を載せるだけで動くのだから。


「……ん?」


 そうして緋鉱石に手を置いた途端、暗闇だった操縦席に光が満ち、周囲の景色が見えるようになった。

 前の時は無理やり乗っ取ったから知らなかったが、こういう仕組みになっているらしい。

 とは言え、前方胸甲の辺りくらいしか見える範囲はなく……そういう意味では、頭はただの飾りらしい。


 ──人間の形をする意味、あるのか、これ?


 俺が内心で呟いた、その時だった。

 ふと視界の隅……数十メートルほど先で座ったままの、ゼルグムのおっさんとテテニスの二人が、何かを話しているのが目に入ってしまう。


 ──何を、話しているんだろうな?


 ちょっと気になって、意識をそちらに向けた、その時だった。

 絶対に会話なんて聞こえない筈の距離だと言うのに、その声が何故か俺の耳へと入ってきたのだ。


「しかし、テテ……テテニスだったか。

 お前、なんてヤツを拾いやがったんだ」


「なんてって……ああ、ガル、ガルディアのことかい?」


 どうやら機甲鎧にはそういう集音装置も組み込まれているらしい。

 相変わらずその原理はさっぱりだが……こうして遠く離れているというのに、二人の会話が耳に入ってきてしまう。


「……ありゃ、普通じゃない。

 素手で暴走した機甲鎧に殴られて、怪我一つないなんてあり得ないんだ」


「そりゃ無茶苦茶強いのは知っているけど……

 偉い機師様だったらそういうこともあるんじゃないのかい?」


 どうやら二人の話は俺についてのことらしい。

 聞き耳を立てるのもどうかと思ったが……耳に勝手に入って来るものは仕方ない。

 これも訓練の内と内心で言い訳しつつも、二人の会話に意識を向ける。


「いや、機師だって普通の人間だ。

 機甲鎧に殴られたら普通に死ぬさ。

 いや、ひょっとしたら……」


「……何か、心当たりでも?」


「いや、眉唾の話だがな。

 酒場で聞いたんだが……昔、実験で緋鉱石を身体に埋め込まれた機師が、化け物じみた身体能力を得た、とかって噂がな」


「……何だいそりゃ。

 本当に眉唾だね。

 人間がそんなことで簡単に強くなれりゃ苦労しないよ」


 二人の話を聞いていた俺は肩を竦める。

 まぁ、おっさんの話の真偽がどうあれ、こういうファンタジー世界では何があっても不思議じゃないだろう。

 大体……破壊と殺戮の神ンディアナガルを植え込まれた俺が、こういう存在になっているのだから。

 俺がそう内心で呟いている間にも、二人の会話は続いていた。


「いや、それがそうでもないんだよ。

 ……まぁ、見てろよ?」


 ゼルグムのおっさんはテテニスにそう呟くと……彼女が乗り潰した機甲鎧の残骸へと歩み寄り……手のひら大の石を取り出す。

 その砕けた結晶の一部のような塊は、真紅に輝いていて……


「そりゃ……緋鉱石、じゃないか。

 そんなんで、何を」


「まぁ、見てろって」


 テテニスの訝しげな顔を笑い飛ばすと、おっさんは目を閉じる。

 その次の瞬間、だった。

 おっさんが握ったままの真紅の石から、突如……紅蓮に輝く炎が噴き出したのはっ!


「おわっ?」


 乗り出して緋鉱石を眺めていたテテニスは、突如噴き出したその炎にひっくり返っていた。

 ……さっき濡らしたズボンと下着を脱いでいたから、まぁ、真正面で眺めていれば色々と目に毒な光景だろう。

 こうして遥か遠く、機甲鎧の操縦席から見ていたのは、果たして幸いだったのか不幸だったのか。


「な、な、な、何なんだい、そりゃ」


「意思の力を現実に反映させるという緋鉱石を応用すりゃ、ま、こんなことが出来るようになるんだよ。

 俺みたいな下っ端じゃ、精々炎を吹き出す程度だが……」


 ゼルグムのおっさんの言葉はそこで途切れていた。

 だけど、言っていることは理解できる。


 ──試験で計った数字が大きければ大きいほど、色々なことが出来る、か。


 そして同時に、あんなしょぼい造りの機甲鎧が何故動くかも俺は理解していた。

 早い話が、「意思の力を現実に反映させる」緋鉱石が動力になっているのだろう。

 鋼鉄の人形を自分の身体のように動かそうと考える心こそが、緋鉱石を介在する形で機甲鎧を動かしているに違いない。


 ──ま、詳しい理論はさっぱりなんだけど。


 そうと決まれば、この機甲鎧を動かすことも簡単だった。

 この血液のような真紅の液体が通っている鉄くずを、自分の身体と同じだと思えば良いのだ。


 ──前みたいなことは、ないようにしないとな。


 恐らく、以前に乗った機甲鎧がぶち壊れたのは……不良品か、それとも何も知らない俺が適当に操縦したのが悪かったに違いない。

 ……実際、あの時は原理も何も知らなかった訳だし。

 俺はおっさんがテテニスに緋鉱石の欠片を手渡しているのを横目で眺めつつ、自分の目的のために訓練を始めるようと決意する。


「よし、動けぇええええええええええええっ!」


 俺は叫びながら『操珠』を握り、この鋼鉄の塊が動くようにと捻じる。

 前回のようにいきなり戦おうとはせず、慎重に、慎重に。

 ……まずは一歩、歩いてみようと。

 その次の瞬間、だった。



「なっ?」


 踏み出そうとした機甲鎧の右足が、突然、何の前触れもなく破裂した。

 真紅の液体を周囲にまき散らし、鋼鉄の装甲が内部からめくれあがっている。


「なななななっ」


 片足が無くなってバランスを崩した機甲鎧は、当然の如く倒れようとしてしまう。

 だからこそ、俺がバランスを立て直そうと両手を動かそうとしたのは自然の成り行きと言えるだろう。

 ……だけど。

 そう考えた途端、右手の五指は吹き飛び、肘は逆さまにへし折れ。

 挙句、左手は肩から先が空へと脱走していた。

 そうして両腕と片足を失った俺の機甲鎧は、真紅の液体を周囲にまき散らしつつ、そのまま地面へと崩れ落ちる。


「……ぅがっ」


 地面に叩きつけられた衝撃で、俺の口からはそんな悲鳴が零れ出る。

 ……いや、ンディアナガルの権能のお蔭で、別に痛くはないんだけど。

 そして無茶なことをした所為か、さっきまで見えていた景色は消え去って周囲は真っ暗になり、あれだけ聞こえていた周囲の音もさっぱり聞こえなくなってしまっていた。

 どうやら機甲鎧の機能も同時に死んでしまったらしい。


「くそったれっ!」


 俺は真っ暗な場所に閉じ込められた怒りに任せ、眼前の鉄板を蹴り剥がす。

 機甲鎧の胸甲だった部位はそれだけであっさりとひしゃげ、操縦席の中にも太陽の光が差し込んできた。

 その僅かな隙間から、俺は何とか外へと這って出る。

 歪んだ胸甲の合間からは塩が零れ落ちて来ていて……さっき転んだ拍子に俺の権能が変な具合に働いたらしく、この機甲鎧の中枢らしき場所が死んでしまったようだった。


「おいおい、何やってるんだよ、お前は」


 すると騒ぎを聞きつけたのだろう。

 ゼルグムのおっさんが駆け寄ってきた。

 その背後にはテテニスの姿もあり……今の四つん這いの姿を見られたと思うと、情けないことこの上ない。


「……不良品だ。

 動かそうと思ったら、壊れた」


 だからだろう。

 気付けば俺は唇を尖らせながら、そんな言い訳をしていた。

 情けないとは承知の上だが……まぁ、俺も訳の分からない力を手に入れているとは言え、これでも一応は高校生男子である。

 女の前で格好つけたいという願望くらいは残っている。


「……さっきもテテ、テテニスに話したけどな。

 お前らみたく、凄まじい適合値を出した連中は、普通に動かそうとしても適合し過ぎてぶっ倒れるんだよ」


 そんな俺の態度を見たおっさんは、軽く肩を竦めるとそう告げた。

 俺の言い訳を聞こうともしないその態度が、学校の教師連中を思い出して……妙に腹立たしい。


「……要は、動き過ぎるらしいよ?

 だから、『操珠』を回して、出力を絞る必要があるんだってさ」


 おっさんの言葉を継いだテテニスの声に、俺はため息を大きく一つ吐いていた。


 ──真っ先にそういうことは教えやがれってんだ。


 その非難じみた視線に気付いたのだろう。

 ゼルグムのおっさんは首を左右に振ると……


「仕方ないだろう。

 滅多にそんなヤツなんざいないんだ。

 俺が知っているだけでもそんな騒動を起こしたヤツなんざ、赤の『最強』アルベルトと『狂剣』エルンスト、青のレナータ・レネーテ姉妹くらいだしな」


 ……そう言いながら肩を竦める。

 どうやら、破壊と殺戮の神が重なっている俺は兎も角としても、テテ、もといテテニスの叩き出した数値も凄まじいモノらしい。

 テテニスはその言葉を聞いても実感がないのか、首を傾げるだけだった。


「ま、だから最初は自分に一番合う出力が出せるように、調整して行けば良いのさ。

 出力を絞って動きを鈍くしても、膂力の最大値は前のままだからな。

 要は、適合値が高ければ高いほど強いんだ」


「ややこしいねぇ。

 ……ガル、あんたは分かる?」


「……何となく、な」


 説明を聞いてもテテニスはさっぱり分かっていないらしい。

 と言うか、俺自身も良く分かっていない。

 ただ、『操珠』とやらをいじくれば、動かせるようになるのだろう。


「ま、色々と動かしゃ分かるだろ。

 取りあえず、別のヤツに乗って試してみるか」


「……それしかない、んだろうねぇ」


 俺の適当な呟きに、テテニスが諦めのため息を吐いた。

 ……その時だった。


 突如、下側にある壁から突き出た尖塔の一つから、辺り一面に響き渡るような、鐘の音が響き渡り始めたのは。


「……あれは?」


「蟲が、来やがったんだよ、畜生っ!

 先日も来たばかりだろうがよっ!」


 ……そう。

 忌々しげにおっさんが吐き捨てた通り……その鐘の音は俺とテテニスの、蟲を相手にした初陣が始まったことを知らせる音だったのである。

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