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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第三章 ~機師~
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弐・第三章 第二話

 二日後。

 俺とテテの二人は機師になるための試験会場とやらに足を運んでいた。

 前には長々と列が出来ていて……俺たちはどうやら最後尾らしい。

 やはりテテの家は郊外にありこの試験会場まで遠い分、他の連中よりは少しばかり出遅れたのだろう。


「や、やっぱり、き、緊張、する、わね。

 初めて、お客取った時と、同じくらい」


 隣ではテテが震えながらそんなことを言っていて……どうもリアクションに困る。

 と言うか、あちこちが結構成長しているテテにそういうことを言われると……ついお客を取っている状況を頭に思い浮かべてしまうのだ。

 正直、俺も普通の高校生。

 当然のことながら、「そういうこと」をしてみたいという欲求はあって、そしてそれを見透かされそうで、非常に居心地が悪い。


 ──ちっ。


 だけど、俺は初体験の相手は最高の相手と決めてある。

 この欲望の赴くまま、手ごろにヤれるだろうこの娼婦……テテを相手にするつもりは欠片もない。

 それでも欲望は膨れ上がる一方で……

 俺は際限なく膨らんで行きそうな欲望を振り払うために、テテから視線を逸らすと、周囲を……試験会場とやらを見渡してみる。

 だが、生憎とこの辺りに見るべきものなんて、そう多い筈もない。

 巨島が大きく迫り出した日陰に試験会場がある所為で、一方は見上げるほどの岩盤しか見えず、他三方は全て砂なのだ。

 周囲には巨岩がゴロゴロと転がっているだけで、景色と言えるほどのものもない。

 と、その時だった。


「お、でかっ」


 その遠い砂漠の向こう側には、巨大な蟲らしき生き物が大きく砂漠で跳ねたところだった。

 その蟲は凄まじいサイズで……距離が今一つ掴めないから適当ではあるが、鯨を数匹ほど縦に繋ぎ合わせたくらいの長さがあるんじゃないだろうか?


 ──アレに出くわさなくて良かったなぁ。


 砂漠を横断していた頃にあんなのに遭遇していたら……武器もなくアレと戦えと言われるとゾッとしない。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの力を持っている以上、自分が死ぬとは思わないが……かなり本気を出さないとアレは殺すことも儘ならないだろう。

 歩くだけでしんどかったあの砂漠のど真ん中で、もしアレと戦って体力を浪費していたら……確実に野垂れ死にしていた自信がある。


「……っと、蟲はどうでも良い」


 俺は遠くの砂漠から近くへと……俺の前に並んでいる人たちの列へと視線を戻す。

 並んでいる連中はずらずらと大きなテントへと続いていて、どうやらあのテントが試験会場らしい。


「……ざっと百人、くらい、か」


 こうして見渡す限り、どうやら並んでいる連中は殆どが男のようで……酷くむさ苦しい光景だった。

 しかも荒事に慣れている様子の、荒んだ雰囲気の男たちが多く、鎧姿や曲剣を差した姿もちらほらと窺える。

 まぁ、たまには例外もいて、テテみたいな扇情的な服装をした、恐らくは娼婦らしき女性も数名ほど並んでいたが。

 そして、彼らの全てが……これから試験を受けるのだ。

 

「……これ、何人通るんだ?」


 学校では中の下ほどの成績しか取れない俺は思わずそう呟いていた。

 もし筆記試験などがあったとしたら……俺が受かる筈もない。

 何しろ俺は、この世界の文字すらも読めないのだから。


「大体、半年に一回の試験で、五人くらい、だな」


 俺の問いに答えたのは、俺が尋ねたつもりのテテではなく……前に並んでいた変なおっさんだった。

 髭面で太い眉、ゴツい身体、右の頬に走る大きな傷……どっからどう見ても兵士崩れの、なかなか強そうに思える男である。

 そのおっさんは俺の顔を見てニヤリと笑みを浮かべたかと思うと……


「お前だろ、あのブタンを殺ったのは。

 なかなか凄まじい有様だったらしいじゃないか」


 野太い声でそう俺に告げたのだった。


 ──コイツっ!


 そのおっさんの言葉に、俺は冷や汗を浴びせられた気分になっていた。


 ──この試験……殺人と強盗を告発されると不利になるかもしれない。


 その判断した俺は、右拳を握りしめると、男の頭蓋を叩き割るべく腰を落とし……


「おいおい。別に殺しが悪いなんて言わないぜ?

 どうせ『下』にゃ法なんてありゃしない。

 あんな悪どい商売していたんだ、因果応報因果応報。

 そう……殺される方が悪いんだよ」


 そのおっさんの言葉を聞いて、拳を下ろす。

 ……俺が殺意を鎮めたのに気付いていたのだろう。

 おっさんは安堵のため息を大きく吐くと、肩を軽く竦める。

 

「ったく。狂犬みたいなヤツだな。

 テテ、お前が今度咥え込んだヤツは凄まじいなぁ、おい」


 そして、何か妙に馴れ馴れしい口調でテテへと話しかけていた。

 その態度や口調、下劣極まりない表現はちょっとムカついたが……当のテテはこの馴れ馴れしいおっさんに不快感を示している様子もない。

 ……顔見知りと言うのなら、敢えて殺すほどのこともないだろう。


「ったく、相変わらず品のない男だね、ゼグ。

 彼……ガルはアタシの男じゃないよ。

 リリの旦那なんだ、良い男だろ?」

 

 テテの紹介に俺は反論しようと口を開く。

 だけど、それよりも早く、ゼグとかいうこのおっさんが声を出す方が早かった。


「リリってあの嬢ちゃんか?

 あ~、もう客を取るようになったのか。

 早いもんだなぁ」


「客じゃないって。

 旦那だよ……専属の愛人ってところだね」


 二人の会話は何故か妙な形で弾んでしまい、リリ云々に対して俺が反論する間もなく進んで行く。


 ──まぁ、どうでも良いか。


 どうやらこの二人は旧知の仲らしく、俺が会話に入り込む余地なんて何処にもありゃしない。

 あっさりとそう悟った俺は、反論を諦めるとため息を軽く吐く。

 俺はこういう……顔見知りが知らない誰かと話し始めるというのは、疎外感を感じてしまい、どうも苦手なのだ。

 幾らンディアナガルの権能を手にしたと言っても、会話スキルや社交性が増している訳ではない。

 そして元々、友達一人すらいない俺には……社交性なんてある筈もなく。


「……そうか、お前はやっぱり『上』を目指すのか」


「あんたは諦めたって言っていたでしょ? 

 どういう風の吹き回しよ」


「いや、悪徳の金貸し……いや、雇い主が突如死んでな。

 やっと自由になれたのさ」


 俺は話を続ける二人から視線を外すと視線を前へと向ける。

 どうやら行列は進み始めたらしく、ちらほらと試験に落ちたらしき連中が肩を落としながら集落の方へと帰って行くのが目に入った。

 それを見る限り……どうやら試験とやら一瞬らしい。

 次々に列は前へと進んで行く。


「……早いな。

 そんなに簡単に試験って出来るものなのか?」


 現代日本の意味もない筆記試験を思い浮かべていた俺は、思わずそう疑問を口にしていた。

 いや、別にテスト形式だったとしても、この場にいる人間全てを皆殺しにすれば普通に合格になる訳で……


 ──って、何を考えているんだ、俺は。


 テテたちを助けようと思ってこんなところまで来ているのだ。

 そういうやり方は、あまり褒められたものじゃないだろう。


「そりゃ簡単さ。

 緋鉱石に手を翳して数値を計るだけ、だからな」


 危険思想を振り払っていた俺に声をかけたのはゼグとかいうおっさんだった。

 どうやら二人の会話はいつの間にか終わっていたらしい。


「……計るだけ?」


「そう。

 それで一〇〇以上の数値が出れば合格って訳」


 おっさんに続いて口を開いたのはテテだった。

 何と言うか……この二人の息が合っているのが微妙に気に入らないんだが、まぁ、いちいち目くじらを立てるほどでもないだろう。


「ま、それ以下だと機甲鎧を上手く動かせないんだよ。

 俺は『上』にいた頃には一四〇はあったから、ま、楽勝だ」


「あたしは今まで三回受けて、九五・九七・九九だった。

 だったら次は一〇〇を超える、筈よね?」


 ──なるほど。


 二人の言葉を聞いて俺はようやく理解した。

 どうやらこの世界では本当にあの大きなロボット……機甲鎧とやらを『動かせる』人材を欲しているらしい。

 それはつまり……


 ──コレ、かなり戦況がヤバいんじゃないか?


 巨島に住んでいる連中が、こんな島から外れた……ゴミを拾って生きる連中をも登用しているくらいである。

 状況が最悪に近いことくらい、あまり頭の良くない俺でも容易に理解できる。

 ……だけど。


 ──成り上がる、チャンスだな。


 幾らなんでも前の世界のサーズ族ほどに追い詰められている訳じゃないだろう。

 だったら、俺の力が……破壊と殺戮の神ンディアナガルの力さえあれば、戦果を上げたい放題。

 お姫様や貴族の娘なんかの、超絶美少女でスタイル良くて高貴で処女のお嬢様に惚れられて、頂くことも可能だろう。

 つまり……身も蓋もなく言うと……


 ──やっと、ヤれる。


 テテの所為で欲求不満が続いているのだ。

 リリもリリで妙に懐いて来て、子供のくせに柔らかさはやっぱり女の子をしているものだから、どうにも落ち着かなかった。

 でも、そうして我慢する日々も終わりが近い。


 ──ここから、俺の出世街道が始まるんだからな。


 そうこうしている間にも列はドンドン進んで行き、一時間ちょっとで一〇〇人以上はいた筈の行列はもう影も形もなくなっていた。

 しかも、帰って行った連中がほとんどで……試験とやらはかなりの難関であると予想される。

 それでも俺はそう悲観していなかった。


 ──ま、落ちたら落ちた時のことだ。


 試験官の腕一本くらい貰えれば、「特例」くらいは貰えるだろう。

 所詮、俺にとっては異世界の試験である。

 ……学校のテストほど切羽詰まっている訳でもない。

 俺はそう考えて前へと足を運ぶ。


「しかし、今年はやけに多いわね。

 当たり年ってヤツ?」


「いや、ブタンがくたばったからな。

 ……借金から解放された連中が『上』を目指して集まっているんだろう」


 隣でテテとおっさんが会話をしているのを聞き流している内に、俺たちの番がやってきたらしい。

 係りの人間に誘導に従い、俺たち三人は既定の試験料を支払うと、一緒にテントの中へと足を踏み入れる。


 ──ショボいなぁ。


 適当に張られたテントの中には、机が一つと変な機械が一つあるだけ。

 足元は砂のままだし、テント自体もあちこちに継ぎ接ぎがされているみすぼらしい代物である。

 しかも試験官らしき黒い服を着た男が二人ほど並んでいるだけという、『下』の人間が救われる唯一の方法にしては、どうしようもないほど雑な試験会場だった。

 どうやらこの試験自体、『上』の連中はあまり力を入れていないらしい。


 ──妙だな?


 こういう試験方法を取っている以上、あの巨島の連中は、機甲鎧を扱えるなら誰でも良いほど追いつめられていなければならない。

 なのに、肝心の試験会場はやる気が全く感じられない。


 ──どういう、訳だ?


 俺はその矛盾に首を傾げる。

 そうしている間に、計測する準備が出来たらしい。


「では、九十六番、始めたまえ」


「っしゃぁああああああっ!」


 最初に呼ばれたのはゼグという名のおっさんだった。

 やる気満々の叫びを上げたかと思うと、腕をぐるぐると振るいながら机の真ん中の測定器へと向かう。

 ……測定機。

 そう言うしかないソレは、変な作りをしていた。

 文字が浮かぶだろうパネルが四枚ほど組み込まれた鋼鉄製の機械で、真ん中にはめ込まれているのは赤い拳大の石……緋鉱石とやらだろう。

 それにゼグが手を翳したかと思うと……機械のパネルがパタパタと動き出す。


 ──レトロだなぁ。


 凄まじく古い、昭和にあったような時計に似ている測定機に俺は思わずため息を一つ吐いていた。

 どうやらこの世界は……機甲鎧のようなロボットがある癖に、文明レベルは現代日本よりも遥かに劣っているらしい。

 あの数字は読めないものの……四桁まで計れるような仕様になっているらしい。

 そうして機械を眺めていた俺がため息を吐き終えた、その時だった。


「九十六番、百四十七点。

 合格」


「っしゃぁっ!

 見たか、テテっ!」


 どうやらあのおっさんの測定がいつの間にやら終わっていたらしい。

 格好つけていた割には、自信がなかったのだろうか?

 ゼグというおっさんは合格判定を貰った途端に満面の笑みを浮かべていた。


 ──いかん、ちょっとムカついているな、俺。


 ……どうも俺は、あのおっさんが気に喰わないらしい。

 それが生理的な……リアルが充実しているような、社交的な雰囲気の所為なのか、それともテテと親しげな雰囲気が気に喰わないのかは分からないが……。

 そうして俺が自分の内心を掴めずにイライラしている間に、次はテテの番になっていた。


「九十七番、前に出なさい」


 テテは恐る恐る測定機の方へ近づくと……両手を翳す。

 流石の俺も彼女の合否は気になっていて……緊張してその様子を見つめる。

 そうして体感時間で数分間、恐らく時間にして数秒というところだろう。

 機械のパネルがカタカタと妙な音を立てたかと思うと……


「九十七番、四百六十九て……

 ……ちょ、何だこの数値っ!」


 テテの弾きだした数字はあまりにも非常識だったらしい。

 係の連中までも故障がないのか機械の点検を始め出す始末である。


「お、おい、テテ。

 お前……何をやらかしたんだっ!」


「い、いや、何も……

 しいて言えば、寝る前にあんたに教えて貰った、緋鉱石との共鳴率を上げるってあの呼吸法を毎日……」


 ゼグというおっさんも、そして数字を叩き出したテテ自身もその数字には度肝を抜かれたらしい。

 あからさまに動揺した様子を見せて、妙に騒いでいる。


 ──ったく、次は俺の番だってのに。


 放っておかれたままの俺は、どうにも落ち着かない気持ちで周囲を見つめていた。

 係員は機械の故障を疑っているらしく、計測機をバラし始めたし、テテとおっさんは何やら言葉を交わしている。

 ……居心地が悪い。

 そもそも破壊と殺戮の神として崇められていた前の世界は兎も角、知り合いが僅かにしかいない異世界で暮らすというのは……そしてその中で人との繋がりを作っていけないタイプの人間は、こうして疎外感を味わい続けることになるのだろう。

 そうして俺が所在無く待っている間に、機械は故障していないという結論が出たらしい。


「九十七番、ご、合格です……」


 係りの黒服はテテにそう告げる。

 敬語になっているのは、どうやらテテが弾きだした数字がかなりとんでもないモノだった証なのだろう。


「ご、う、かく?

 あたし、が、かい?」


 当のテテ自身は自分が合格した事実に納得できないらしく、固まったまま呆然と呟いていたのだが。


「さて、と」


 このままでは忘れ去られそうだと気付いた俺は、呼ばれる前に急いで机へと向かう。

 そして、その緋色に輝く緋鉱石とやらに手を翳すと……


「これで、良いんだよな?」


 恐る恐る俺はその緋鉱石とやらに手を翳す。

 だと言うのに……数字は変化しない。


 ──あれ?


 何も動作しないその機械を前に、俺の出来ることと言えば……ただ首を傾げることだけだった。


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