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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第二章 ~棄てられし聖女~
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弐・第二章 第四話

「……ここ、か」


 ボロボロのテントや屋敷が並ぶ貧民街を抜けた先にある、大きな巨石の上にある豪華な屋敷を見て、俺はため息を一つ吐いていた。

 ため息の理由は二つある。

 一つ目は、ここまでの道のりが意外と怠かったことだった。

 何しろ、巨島の影に隠れているとは言え、この周囲一帯は砂漠なのだ。

 鬱陶しいほどに熱い風が周囲から吹き付けてくるし、その上、巨岩が転がっているとは言えあちこち砂だらけで歩くのが思った以上に重労働である。

 事実、今も靴の中が砂だらけで歩くたびに違和感を覚え……それが俺の不快指数を思いっ切り上昇させていた。

 二つ目は……情けないが緊張の所為だった。


 ──アルバイト、かぁ。


 ……そう。

 生まれてこの方働いた経験のなかった俺は、この『労働』という初体験を前に、緊張して落ち着かなかったのである。

 勿論、俺だって兵士として破壊神として最前線に出て戦ったこともある。

 虐殺の指揮をしたことも、略奪の指揮をしたこともある。

 ……だけど。


 ──働くって、何をすりゃ良いんだ?


 だけど、俺はそんな大人ならほとんどの人がこなしている筈の、労働という行為を全く理解していなかったのである。


「ここに行きゃ、仕事が貰えるだろう、か」


 だからこそ、俺はテテから聞き出した通り、この貧民街の顔役が住んでいるというこの大きな屋敷に足を運んできたのである。

 しかし……


 ──どんなに悪どく稼げば、こんな家に住めるのやら……


 その大きな屋敷を見て、俺は思わず小さく呟いていた。

 実際、周囲のテントよりは遥かに豪華だと思ったテテの屋敷と比べても、この屋敷はまだ桁違いに大きいのだ。

 しかも巨岩の上……蟲に襲われる危険がほぼない場所に居を構えている。

 それに比べれば、あのテテの半壊した屋敷なんて、集落の外れでいつ蟲に襲われてもおかしくない場所だった。

 ……だからこそ、孤児を大量に抱えた一介の娼婦でもあんな大きな家に住めるらしいが。


 ──とは言え、何故か貧民街は蟲に襲われ難いらしいと言ってたな。


 テテから聞き出した情報を頭の中で反復しつつ、俺はその屋敷へと再び視線を向ける。

 高い外壁、三階建てほどもありそうな屋敷には、あちこちに銃眼が空いていて、蟲への守りは十分らしい。

 その上、屋敷の正門前には対人間を警戒しているらしき、四人もの武装した屈強な男たちが直立している始末である。


「……物々しいじゃねぇか、クソ」


 その門番たちを見た途端……俺はやや気後れして、そんな弱音を吐いていた。

 尤も、あんな連中、殴り殺すのは大した手間でもないが……働き口を貰う以上、暴力を振るう訳にもいかないだろう。

 つまり、彼らに礼儀正しく話しかけて屋敷内へと通して貰わなければならないのだ。

 である以上、敬語を使う必要も出てくるだろう。

 ……畑違いにも程がある。

 だが、テテの手前、恰好をつけてしまった以上……もう退く選択肢もあり得ない。


 ──ええい、出たとこ勝負っ!


 大体、今さら何かをしても所詮は付け焼刃に過ぎない

 俺はそう覚悟を決めると……堂々と真正面から歩いて行くことにした。

 別に俺はやましいことなど何一つないのだ。

 である以上、正面入り口からまっすぐに入っても問題ない、筈で……


「~~~っ! てめぇはっ!」


 だと言うのに、俺が正門に近づいた途端、門番たちは酷く警戒した叫びを上げて、正門の内側へと逃げ込んでしまったのだ。


「……えっと?」


 彼らの反応を全く予期していなかった俺は、首を傾げていた。

 居丈高に偉そうな態度を取られるかもしれないのは覚悟していたのだが……まさか逃げられるとは。

 だけど、このまま帰る訳にもいかないだろう。


 ──稼いでくると約束したから、なぁ。


 退くに退けない俺は一つため息を吐くと……強引でも何でも仕事を貰うために屋敷内へと足を踏み入れることにした。


「……っと、不用心だなぁ」


 門番たちは慌てて逃げたらしく、正門は半開きになったままになっている。

 その正門をくぐると……そこからは広い庭になっていた。

 巨岩の上だというのに、足元に砂が舞っているのは相変わらずだった。

 だが、辺り一面には裸婦やら鳥やらの彫刻や、木々や池など……さっきまで通ってきた貧民街では見かけないような品が幾つも並んでいる。

 ……金持ちというのは別に嘘偽りはないらしい。

 そうして周囲を眺めながらゆっくりと歩き、屋敷まであと十数歩という頃……


「死にやがれぇぇええええええええっ!」


 突如、そんな叫び声と共に、彫像の影から大男が三人ほど俺に槍を突き立ててきたのだ。


「っと」


 粗相が許されないだろうと思っていた俺は、慌ててその槍の穂先を掴み、相手へと押し込む。

 例え攻撃されたからって、働く前から職場の人間を殺してしまうなんて、そんな暴挙……間違いなく許されないだろう。

 そう思った上での行動だった。

 ……そう。

 俺は、誰一人として殺すまいとは思っていたのだが……


「うぁあああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ?」


 俺が軽く突き出した槍の石突は、たったのそれだけで何故か襲い掛かってきた男の腹を軽く突き破っていたのだ。

 虫ピンで磔にした昆虫のように、男はジタバタと暴れて血を周囲にまき散らし始める。


「……あっちゃぁ……」


 その見慣れた光景を前に、俺は珍しく頭を抱えていた。

 殺すのはもう慣れた。

 血の匂いも激痛と恐怖の絶叫ももう慣れた。

 だけど……働くための心象が悪くなるというのは、今の俺にとってはちょっとばかり避けたい事態である。

 学校の宿題を忘れてきたかのような、居心地悪さと後ろめたさに苛まれた俺だったが……


「……襲い掛かってきたのはコイツだし、俺は悪くないぞ?」


 残った二人に向けて言い訳をしつつ、俺は男が突き刺さったままの槍をその場に放り捨てる。


「あぁああああああ……た、たす、たすけて……」


 残る二人組は足元で血を噴き出しながら泣き叫んでいる男と、俺とを見合わせたかと思うと……脅えた顔をして手にした槍を突き出してきた。


「やりやがったなぁっ!

 こん、ちくしょうがぁああああああああああっ!」


「ちょ、ちょっと待ってくれって!」


 敵意剥き出しに槍を構えて突っ込んでくる二人の男の姿に、何か誤解があると感じた俺は、彼らを押し留めようとしていた。

 先に突っ込んできた男の槍を身体で受け止めながら、その頭を掴む。

 ……だけど。

 慌てていた所為だろうか?

 俺の五指はちょっとばかり力が入り過ぎていたらしく、その男の頭蓋を押し潰してしまっていた。

 指の突き刺さった穴からは血と何かぶよぶよしたモノが噴き出していたし、眼孔から目玉と血液がポンと飛び出て……

 どう見てもこの男は、もう助からないだろう。


「……あれ?」


 その光景を前に、俺は首を傾げていた。


 ──塩の砂漠の時よりも、握力、上がってないか、これ?


 事実、あの頃はもうちょっと力を込めないと、人間の頭蓋を握り潰すなんて真似、出来なかった筈、なんだけど……

 俺がそうして悩んでいるのを隙と見たのだろう。


「死にやがれ、化け物がぁああああっ!」


 残る一人の男が、背中から槍を突き刺してくる。

 その刺突を脇腹に喰らっても、俺には何の痛みもない。

 ただ、思考を途中で邪魔された……テストを受けている最中にハエが耳元を飛んだような、そんな不快感は拭えない。

 ……だから。


「ちょっと黙ってろ、アホがっ!」


 俺はその背後の男を振り払うべく、右拳を横薙ぎに振るっていた。

 それが、いけなかったのだろう。

 見事に俺の拳はソイツの脛骨をへし折り……崩れ落ちた身体は痙攣してすぐに動かなくなってしまう。


「……やっちゃったなぁ」


 一瞬で三人の男たちを蹴散らしてしまった俺は、後悔のため息を吐いていた。

 働くために来たというのに、この結末は……ちょっと取り返しがつかないような気もしていて……だけど、俺は稼ぐまで退く訳にもいかないのだ。


「ぁぅぁ、たす、たすけ、たすけ、いた、いたいいたいいたいいたいいたいいたい」


 どうやらまだ串刺しにされた男は生きているらしく、何か呟いていたが……今はそれどころじゃない。


「……黙れ」


 これ以上、雇い主の心象を悪くしては拙いと思った俺は、その男の頭を踏み砕いて黙らせる。

 血液と脳漿と脳みそが辺りに飛び散るが、まぁ、静かにはなった。

 ついでに、俺は周囲に散らばっている三つの死体の足を掴んでその辺りの池へと次々に投げ込む。

 ……当たりに散らばっている血痕には砂をかけて誤魔化した。


 ──これで少しは、バレないだろう。


 そのまま俺はまっすぐに屋敷の中へと向かって歩く。

 歩いていると何故かあちこちから矢が飛んで来たが……まぁ、そんなモノ、俺にとっては別に痛痒にも感じない。

 ……今は仕事を貰う方が大切である。

 無視して屋敷のドアへと手をかける。


 ──ガチャッ。


 何故かノブを回しても、ドアはそんな硬い音を立てて開かなかった。


「……ん?」


 おかしいと思った俺は、もう一度力を込めてドアノブを回す。

 グチャという鈍い感触と共に、ドアノブは見事に潰れひしゃげてしまったが、幸いにしてドアは開いてくれたらしい。

 ……何故かドアごと取り外すタイプの、珍しい扉だったことに首を傾げつつ、俺は屋敷の中へと足を踏み入れる。


 そこには……数十人の男たちがまるで俺がアルバイトの面接に来るのを知っていたかのように、こちらに矢や弩を向けて俺を待っていてくれたのだった。


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