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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第二章 ~棄てられし聖女~
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弐・第二章 第二話

 奥の部屋に入った俺は、静かに眠るリリという名の少女を見つめていた。

 ……他にやることがなかった、とも言う。

 事実、この部屋は下着やら何やらの、女性の生活臭に溢れて下手に触れるのも躊躇われる有様である。

 そうして俺が見守る中、リリは静かに眠り続けていた。

 よほど疲れ切っていたのだろう。

 塩の塊と化して消えた足が……痛々しい。

 ……例え彼女を救うためとは言え、彼女の足を奪ったのは紛れもなくこの俺なのだから。

 俺がその幽かな悔恨を胸に、眠り続ける少女へと指を伸ばした、その時だった。


「待たせたね」


 背後の声に俺が振り返ってみると、いつの間にかテテが部屋の中にいた。

 ちょっと疲れた様子があるのは……流石に慣れている彼女でも、あれだけたくさんの子供を相手するのは苦労する、ということなのだろう。

 俺は肩を軽く竦めることで、特に気にしていないと示す。

 そんな俺のジェスチャーを見たテテは、軽く笑みを浮かべると……


「じゃ、始めようか。

 ベッドはリリが寝てるし、外は砂が入るから……この辺でも構わない?」


 その裾の短いドレスを脱ぎながら、そう告げた。

 白いぼろ布の下着ながらも赤い刺繍によって華美にも見えるその下着は、彼女のプロポーションをますます魅力的に見せていた。

 惜しむらくは……そう感じる筈の俺自身が事態を全く理解出来ず、その魅力にさっぱり気付かなかったこと、だろうか?


「……は?」


 眼前に下着姿の女性に現れたというのに……俺の口から出たのは、そんな間抜けな一言だった。


 ──情けないと思うなかれ。

 

 人間誰しも想像していない事態には弱いものだ。

 お化け屋敷やホラー映画が怖いのは、思ってもいない場所から想像を超えた『何か』が突如現れるからである。

 人間同士の殺し合いに慣れた、ほぼ不死身とも言える俺であっても、蟲に襲われたらビビってしまったように。

 ……そう。

 俺は眼前の女性が突然下着姿になるなんて、欠片も想像していなかったのだ。

 あちこち日に焼けて褐色気味になっているものの、肌はまだ十分に張りがあって美しく、触れれば柔らかいだろうその身体は、細身ながらも要所要所は飛び出しているという、女性の魅力に富んだ身体つきをしている。

 そんな美女が……予期せず下着姿になったのである。

 だから、固まってしまった。

 だから、眼前に突如現れた『据え膳』に対して、手を出す前に疑問を口から出してしまったのだ。


「……何で、何でこんなことを?」


「……ん?

 まさか、こういうのが嫌い、な訳ないでしょ?」


「いや、そうじゃなくて……」


 胸を覆う下着……現代社会ではブラジャーに相当するだろう、布の下着を外そうと背中に手を回しながら、テテは「それが当然」とばかりに答える。

 ……だけど。

 俺は、この眼前の……女性が下着姿になっているような光景は当然ではないのだ。

 首を振りながら、目の前にある『目の毒』な光景を直視しないようにしながら、そう呟いていた。


「……え?

ヤリたいから、あたしらを助けてくれたんでしょ?」


 そんな俺にかけられたのは、そんなテテの言葉だった。

 助けられるという行為に善意なんて存在しないことが当然という声で、そう語る。


「だから、良いって。

 普段なら金取るんだけど、あんたならただで構わないからさ」


 テテは気軽な様子でそう告げながらも、その大き目の胸を覆う下着を外そうと手を動かし始め……

 

 ──お金を取るってことは、娼婦、か。


 その言葉で俺は、テテがどうやって生計を立てているかを理解してしまう。

 彼女は隠そうともしていないらしく、あっけらかんと告げていたが……


 ──娼婦ってことは、色んな野郎とその、ヤってんだよなぁ。


 これから念願の初体験を迎えようとする俺の脳裏にふと浮かんだのは、そんな当たり前の……だけど無視できないその一つの事実だった。

 その事実に俺は、ベッドの上で他の男に抱かれているテテを想像し、何と言うか嫉妬に近い怒りと、身勝手な落胆を感じながら……

 それでも俺は、テテの魅力的な身体から目を離せない。


 ──だって、しょうがないだろう?


 幾ら無敵の力を得た俺であっても、所詮は男子高校生である。

 前の世界でハーレムを築いていながらも、彼女いない歴=年齢という……女っ気のほぼない人生を歩んできたのだ。

 俺は、美女の身体の内臓(なかみ)を見た記憶はあっても、美少女だった全裸の残骸を見た記憶は合っても……美女の裸をまともに見た経験はない。

 だから、例え娼婦という職業で生計を立てていて、その身体に数多の野郎が触れているのが分かっていたとしても……

 俺は、目の前で裸を見せようとしているテテから目を離せない。

 そうして、これからその彼女とヤるのだと想像し、知らず知らずの内に俺の身体は緊張に震えていた。

 

 ──やっと、か。


 ようやくあの塩の世界で果たせなかった……美女で初体験という、あの世界で頑張って頑張って、結局は果たせなかった願いを実現できるのだ。

 そう考えると……こう、感無量というか。

 だけど……ふと思う。

 思ってしまう。

 

 ──それって、素人童貞じゃないのか?


 ……なんて、余計なことを。

 

 ──前の世界で俺があれだけ頑張ったのは何故だ?

 ──胸が結構あってだけど身体はすらっと細くてだけどスタイル良くて、美女で男を立ててくれて処女で金持ちで俺にべた惚れって感じの相手を侍らすため、だろう?


 だから、ダメだった。

 ……俺は、最強なのだ。

 この無敵とも言える破壊と殺戮の神の権能を手にしているのだ。

 どうしてその好き勝手出来る俺が、その無敵で最強の俺が初めて抱く女性が……


 ──初めての相手が、娼婦なんてダメだろう?


 もっと美しくて、もっと可憐で、もっと理想的で、処女で俺に惚れている、お姫様みたいな高貴な女性じゃないと。

 それに……『力』を手にして初めて助けられた少女の隣で初体験なんて……悪趣味にもほどがある。

 そう考えた瞬間に、俺の手は自然と全裸になろうとしているテテの手を抑えていた。


「……え、脱がしたいの?」


「違う。

 ……服を着ろ」


 その俺の言葉を聞いて、テテはどう思ったのだろう。

 俺の目をまっすぐに見て……すぐに軽く肩を竦めると特に気にした様子もなく、すぐにその辺りに脱ぎ捨てていた服を頭からかぶり始める。

 ……職業柄、袖にされるのも慣れているのだろう。

 

「娼婦はダメな人って訳?

 ……まぁ、しないならしないで構わないけど」


「えっと、その、だな」


 何気なく尋ねてきたテテの言葉に……俺は言い訳を探して部屋中に視線を走らせ、ベッドの上に寝たままのリリを見つける。

 ……そう。

 俺はただ、足を失ってまだ目覚めない少女の隣でヤるなんて、気が乗らないという『言い訳』に使おうと思っただけである。

 ……だけど。


「あ~、ま、そういう趣味ね。

 分かった分かった。

 目覚めたら、リリに話しておくから」


 どう解釈したのか、テテはそんなことを言い出した。


「……は?」


 当たり前だけど、さっぱり理解出来なかった俺は、首を傾げて聞き返す。

 ただ何と言うか……彼女が『酷い勘違い』をしているような予感だけはひしひしと感じていたが。


「だから、リリみたいなのが好きなんでしょ?

 この子もそろそろ客が取れる頃だし」


 テテの言葉は続く。

 そして、俺が感じていた『勘違いの予感』は徐々に『確信』へと変化していた。


「ほら、この子も女の子なんだし。

 初めての相手が恩人なんて幸せでしょ?

 そりゃ高く売るのもアリだけどさ……」


「待て、待て待て待て待て」


 ようやく彼女の勘違いに気付いた俺は手を上げて彼女の言葉を遮る。

 どうやらテテは俺のことをロリコンと勘違いしていた、らしい。


「は?

 何かおかしい?」


 そう首を傾げるテテの瞳は、純粋に疑問しか浮かんでいなかった。

 ……つまり。

 彼女は、俺がリリを助けたのは、「この十歳そこそこでしかない、未発達な少女の身体を狙ったからだ」と本気で信じている、らしい。


「でも、この子もこんな身体じゃ客を取れそうにないし。

 あんたの愛人として囲ってくれないかな?」


 だからだろう。

 ……彼女の口からそんな言葉が普通に出て来たのは。

 彼女の目は真剣で……俺がリリを助けたのは、この幼い身体を狙った下心からだと本気で信じている、らしい。

 ついでに言うと、テテの目は……俺の愛人として囲われることが、この幼い少女が幸せになれる確実な選択だと信じ切っている目でもあった。


「いや、待て。

 その前に、どうやって子供たちを救えってんだ?」


 その眼を見た俺は、説得を諦めて話を逸らすことにした。

 ……情けないと思うなかれ。

 あの視線は……あの塩の砂漠でンディアナガルの信者たちが放っていた、その間違った倫理が絶対の真理だと信じて疑わない視線である。

 話して通じるような相手じゃないのは経験上良く知っている。

 事実、話して通じなかったからこそ、サーズ族は俺と意思疎通すら出来ず、滅びの道を歩んで行ったのだ。


「あ、ああ。

 そう……説明、してなかったっけ」


 話題転換は思ったよりも効力を発揮してくれたらしい。

 テテは一つ頷くと、部屋の隅にあった水瓶に手を突っ込むと……そこから大き目の革袋を引っ張り出した。


「ここに、金がある。

 三日後にある、機師になる試験を受けるために必要な、資金だ」


 彼女はその革袋を俺の手に押し込みながら、俺の視線をまっすぐに見つめながら、言葉を続ける。


「あたしが、借金取りを躱しつつ、延々と溜めた額だ。

 機師になるには試験を通らなきゃならない。

 本当はアタシが試験を受けるつもりだったんけど……アンタなら確実だろう?」


 その濡れた革袋はずっしりと重かった。

 小銭ばかりの所為か……それとも、こんな大所帯で暮らす彼女が、それでも必死に溜めたお金だからこそ、俺の手に重かったのかもしれない。

 そうして俺の視線が金を確認したのを見て、彼女は再び口を開く。


「機師様になれたなら、かなり大きな額の給金と共に、親類縁者を塀の内側に……本島の市民権が手に入るんだ。

 それで、あたしたちを……せめて、こうなってしまったリリだけでも『内側』で暮らさせてあげたい、のさ」


 ──つまりは、特権階級を得たいという訳か。


 そこまで聞いた俺は、ようやく彼女の策とやらを理解していた。

 この世界は……あの砂漠に突き刺さった島は、現在あの『蟲』に襲われている。

 で、戦うために機師という存在を募集しているらしい。

 とは言え、誰でも良い訳じゃなく、あの『機甲鎧』を動かす能力を持った機師を集めているのだろう。

 

「機師様は出自も犯罪歴も問われない。

 そもそも、壁の外側には法すりゃありゃしない」


 テテがそう告げた一言で、俺はこの世界の住人があの『蟲』にかなり追い詰められていることを知る。

 人類が追い詰められているからこそ……機師とやらには数々の特権が与えられているのだろう。

 逆を言えば……機師として『蟲』と戦うことはそれほどまでに過酷だということでもある。


「だからこそ……あんたの助けが欲しいんだ」


 涙を滲ませた彼女の懇願は、俺の胸へとまっすぐに突き刺さっていた。

 彼女の仕事がどういうものかを理解している俺は……その革袋がどれだけの苦労の上に成り立ったものかということをも理解してしまったのだ。

 ……だからこそ。


「済まないが。

 ……この金は、受け取れない」


 気付けば、俺の口は自然とそう開いていた。


「ちょ、何を言い出すんだい、ガルっ!

 あんたが助けてくれなきゃ……」


「違う。

 その金は、お前が使うべきだ。

 ……テテ」


 慌てる彼女を、俺はそう諭す。

 ……そう。

 こんなに必死に溜めたような金、昨日今日でこの世界へ召喚されたばかりの俺に使える筈もない。


 ──これは……使ってはいけない金だ。


 現代日本で、それなりに映画や漫画にも目を通して生きてきた俺だからこそ、ここは空気を読むところだと理解してしまう。


「でも、アタシじゃ受かるかどうか分からないんだっ!

 だから、アンタに……アンタに託すしかっ!」

 

 提案を蹴られたテテは必死にそう叫びを上げる。

 ……まるで、唯一自分を救える神に縋りつくかのように。

 そんな彼女に、俺は首を左右に振ると……


「俺は俺で、金を稼いでくるさ。

 二人で試験を受ければ、どっちかが受かるだろう?」


 彼女の肩に手を置きながら、そう告げたのだった。


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