弐・第一章 第五話
突然の叫びに驚いた俺は、慌ててカーテンの隙間から外を眺める。
気付けば、今日集落へ来る途中で見た鋼鉄の騎士……妙に手足や装甲がチグハグな印象のある赤と青と灰色と三体の鋼鉄の騎士が、並んでいる。
そしてその周囲にガラの悪い連中二〇名ほどは揃っている。
そんな連中が雁首を並べ、この家を取り囲もうと移動しているところだった。
……囲んでから脅さない辺り、軍隊や警察ほど手際が良くないのだろう。
所詮は借金取りで、練度はあまり高くないらしい。
「テテ、テテ~~っ!」
「なんか、こわいひとたちがまわりにっ!」
物音に慌てたらしき子供たちが部屋に走り込んできて口々に騒ぎ始めるが……
正直、今は彼らに構っている暇はない。
俺は子供たちを無視したまま子供たちの保護者らしきテテの方へと視線を向ける。
「アイツら、昼間の……」
「ありゃ……やられた、仕返しってところだね」
そういうテテは、この絶体絶命とも言える危機に……
──全く慌てていなかった。
彼女はただ顔に余裕の笑みを浮かべたまま、子供たちを抱きかかえ。
どういう訳か、俺に向けて「何かを期待する」視線を向けている。
その視線を受けてようやく俺は、何故彼女がこの家に俺を誘ったのか、その意図に気付いていた。
「……てめぇ、計算してやがったな」
「ま、ね。
でも、ガル。
あんたが機師様だったら……あの程度の連中、楽勝でしょ?」
そんな強かな彼女に、俺は怒る気も起きず、ため息を吐き出す。
確かに少し考えてみれば分かるだろう。
……力ずくで追い散らした借金取りがどう出るか、なんて。
その結果として、頭数そろえて彼らが襲い掛かってきたのは、ある意味必然とも言えた。
とは言え、俺はこんな事態には慣れていて……借金取り程度に囲まれた程度では別段慌てるほどでもない。
ただ一つ懸念があるとすれば……
──あんなデカブツ、どうすりゃ良いんだ?
俺は自信なく拳を開閉させる。
武器を握った剣士なら数百までなら相手が出来る自信はあるが……ロボット相手に戦うなんてのは……正直、初めてなのだ。
「でも流石に『機甲鎧』を相手にするのは、機師様でも難しいから……
まず、どれか一つ、あの機甲鎧を奪わないとね」
そんな状況でもテテは自信を崩した様子もなく、俺に向かってそう告げていた。
その作戦に……俺は頷く。
確かにどんな兵器であろうと……人の操る兵器である以上、奪ってしまえば怖くも何ともないだろう。
……だけど。
「奪うのは良いが……
アレ、動かせる、のか?」
「ああ、前の客で……機師崩れのヤツが散々自慢してたのを聞いてる。
『乗ってしまえば、動かすなんて誰でも出来る』って。
ただ、緋鉱石の力を上手く発揮できるヤツの方が、強いんだとか」
──客?
──緋鉱石?
──機師ってのは、あのロボを動かす人のこと、か?
俺は彼女の言葉がさっぱり理解出来ずに首を傾げるが、今はそれをいちいち気にしている場合じゃない。
首を振って眼前の敵へと意識を戻す。
「取りあえず、操縦席には操珠って宝玉が二つ刺さっている。
それに触れると、後は思い通りに動かせる、らしいんだ」
テテはそうして俺に色々と説明するに連れ、ようやく自分の計画が如何に穴だらけだったのかを理解し始めたらしく、少しずつ顔に不安が浮かび始めていた。
──いや、もしかしたら……
彼女は俺を連れ込んだ時から、俺のことをその『機師』とかいう存在だと思っていたのだろう。
だからこそ、こんな説明など不要で、俺が彼女たちを颯爽と現れたヒーローの如く助けてくれる未来を思い描いていた、のかもしれない。
……いや、追い詰められていた彼女は、その救われる唯一の未来に縋ったのだ。
あまりにも俺が無知だから、どう見ても『機師』とやらじゃないから、テテという女性は今さらながらに不安になったのだろう。
それでも……そうして不安を抱きながらも、子供を抱きしめるその手は一切震えていない辺り、保護者として一級と言えた。
──ったく。
そんな姿を見せられて……奮起しない訳がない。
──さっき一人の少女を助けたばかりなのだ。
誰かを救うためにこの世界に来て、いきなり誰かを救うことに成功したのだ。
俺の力は思い通りになる。
非力を言い訳に、諦めなくて済む。
──だったら……今度も彼女たち全員を助けられるに決まっているだろう。
俺はそう心を決める。
……自然と俺の手のひらは握られ、拳を作っていた。
「早く出てきやがれっ!
いい加減、家ごと潰すぞ、こらぁっ!」
外からはいい加減焦れたらしき叫びが聞こえてくる。
何も言わずに実力行使をしなかったのは……この家を潰すのが惜しいのか、それとも子供たちを『蟲の餌』として最大限利用しようという考えなのか。
──ま、どうでも良いか。
……この場所に俺がいる以上、連中の企みなんて全て水泡と帰したのだから。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺は覚悟を決めると渾身の叫びを上げ、窓から飛び出す。
狙いは……正面に見えている、巨大な剣を手にした一番近くにいた赤い色の鋼鉄の騎士。
「……馬鹿っ!
真正面からなんてっ!」
背後ではそんな叫びが聞こえたが……。
俺はテテの叫びを気に留めることもなく、まっすぐにその鋼鉄の騎士へと突っ込むべく地を蹴り続けた。
……だけど。
──走り難いっ!
俺の脚力はただ足元の砂を蹴るばかりで、身体が思うように進まない。
自分の脚の遅さに焦れば焦るほど、俺の脚はますます砂を掻くばかりで……
「……あ」
そうして砂に四苦八苦していたのがいけなかったのだろう。
彼らからしてみれば、俺は良い的だったに違いない。
「はっ! バカがっ!」
「餓鬼が恰好つけるからだっ!」
そんな野卑な叫び声に俺がふと顔を上げてみれば……機甲鎧という名の、鋼鉄で出来た人形がその巨大な剣を真上へ振り上げ……
──俺目がけて叩き落すところだった。
(……あ、死んだ)
その人間を遥かに超える巨大な鋼鉄の塊が落ちてくるのを見て……俺は素直に、そう感じた。
今まで早い斬撃や巧い打撃は喰らってきたし、そういうのには慣れている。
……だけど。
その一撃を眺める俺の脚は、まるで影を縫い付けられたかのように動けない。
『質量』という名の、どうしようもない絶望的なその一撃は、恐怖によって俺の身体を硬直させるのに十分すぎるほどの脅威を誇っていて……
「うぉおおおおおおおおおおおっ?」
……それでも。
それでも俺の身体は、まだ死を望んでいなかった、らしい。
知らず知らずの内に、俺は渾身の叫びを上げながら身体中に力を込め……その鋼鉄の斬撃を両の腕で必死に受け止める。
そして、凄まじい重量の鋼鉄が俺の身体へと叩きつけられる。
「……ぐっ?」
重い。
硬い。
痛い。
受け止めた両腕に、まるで辞書を叩きつけられたかのような、ズシリとした痛みが走る。
──あれ?
……だけど。
その凄まじい鋼鉄の騎士の一撃を受け止めたのに……俺の身体へのダメージは、たったのそれだけ、だった。
鋼鉄の騎士が振り下ろした一撃の剣風が砂埃を上げ、更にその質量を受け止めた俺の両足から砂煙が上がっているが、身体の調子を確かめてみる限り、そう大きなダメージもなさそうだった。
そうしてダメージを確認している内に、風に運ばれ砂煙が散っていく。
「……馬鹿なっ?」
「ば、化け物だぁあああああああっ?」
俺がミンチになるのを期待していたらしき周囲の借金取り共は、巨大な剣を受け止めている俺を見るや否や……口々にそんな叫びを上げていた。
彼らが己の目を疑うのも無理はないだろう。
事実……俺自身、自分の身体が如何に常識外れなのかを今更ながらに思い知ったところである。
とは言え……
「脅かし、やがってぇええええええええっ!」
一度は死を覚悟しただけに、一度はその鈍重な一撃に恐怖しただけに……その反動は凄まじかった。
安堵の直後、俺の脳裏を凶暴な衝動が埋め尽くす。
「ぉおおおおおおおおおおおっ!」
その衝動に任せて叫びを上げながら、俺はその巨大な鋼鉄をもぎ取ろうと、両の腕に力を込める。
……俺の膂力が凄まじかったのか、それとも剣の造りが雑なのか。
意外にも「ぐにゃ」という感じに、その鋼鉄の剣はあっさりと折れ曲がっていた。
「~~~~っ?」
借金取り達はその光景を目の当たりにして、もう声も出せないらしかった。
だが……驚くのはまだ早い。
「これだけ近づけばっ!」
俺は折れてもう使い物にならなくなっただろう剣を手から離すと、そのまま鋼鉄の騎士の懐へと飛び込んでいた。
腕を振るう距離もなければ攻撃も届かず、そして同時にそれは俺の手が届く距離だという計算からである。
ただの少年としか見えない俺に、剣の一撃を受け止められたばかりか、その剣をへし折れられた操縦者は、よほど動揺していたのだろう。
俺の射程内に入ったというのに、棒立ちのままで抵抗すらしようとしない。
「ぉおおおおおおおおおおおおおっ!」
そのまま俺は、叫びながらの渾身の右フックを、機甲鎧とやらの胸部甲冑へと横合いから叩きつけていた。
ガァンという凄まじい金属音と共に、機甲鎧の胸甲が吹き飛び……中に乗っているおっさんと俺の目が合う。
「……なんなんだよ、おまえ」
おっさんはそんな……この世の終わりを垣間見たような、絶望的な呟きを吐くが、身体は未だに硬直しているのだろう。
指一本動かすことなく固まっている。
……だけど。
例え脅えていようが竦んでいようが……俺は、自分を殺そうとしたヤツに向ける慈悲なんて持ち合わせていない。
「どけっ!」
俺はそのおっさんの頭蓋を掴むと、そのまま操縦席からおっさんを放り投げる。
投げようと力を込めた時、「ゴキッ」という変な感触があって……ひょっとしたら脊椎がへし折れたり、頭蓋骨が陥没したかもしれないが……
……まぁ、知ったことではない。
俺は飛んで行ったおっさんのことなどコンマ一秒で記憶から締め出すと、そのまま機甲鎧とやらのシートに座る。
金属の椅子にただ牛の皮みたいなのを貼り付けただけのそのシートは、正直に言って座り心地が非常に悪かった。
──っ、くさっ……
しかもさっきのおっさんの所為か、この世界が砂漠ばかりでクソ暑い所為か……コクピット内は酷く汗臭くて、もの凄く居心地が悪い。
正面胸甲を吹っ飛ばしたお蔭で匂いが籠らないのが、唯一の救いだろう。
とは言え……まだ借金取り共の機甲鎧とやらは残っている。
俺はその鼻を突く刺激臭を必死に意識から締め出す。
「よし、これか」
周囲を見渡し、テテの言っていた『操珠』とやらを見つけると、俺はその二つの珠に手を載せる。
後は念じるだけで……この機甲鎧とやらは動いてくれる、らしい。
気付けば、俺に乗っ取られたことに気付いたらしき、もう二機の機甲鎧がこちらへと向かい近づいてきている。
──アイツらで、コレの使い勝手を試すとするかっ!
青と灰色の二機を睨み付けながら、俺は自分の乗る機甲鎧を動かすべく、叫ぶ。
「動けぇえええええええええええええっ!」
俺の叫びが届いたのだろうか。
俺の乗る機甲鎧は俺の意思に答えるかのように、その右手をまっすぐに上へ突き出そうとして……
──グシャ。
次の瞬間。
その鋼鉄の腕は……
……何故か、胴体から逃げ出していた。