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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第一章 ~砂に呑まれる世界~
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弐・第一章 第四話



 集落の外れにあるテテの家は酷くみすぼらしいものだった。

 他の家がテントであるのに比べ、彼女の家はしっかりと木材を使った『家』である。

 とは言え、柱はひしゃげているのを鉄板で補強した跡があり、壁はひび割れたところを応急で塗り直したような跡がある。

 天井には大きな穴を無理やり塞いだような継ぎ接ぎがあり……ボロボロになった家を無理やり使っているという印象が拭えない。

 何よりも……家の中にろくな家具がないのがそのみすぼらしさに拍車をかけていた。

 使えるだろう家具は、十名ほどが使えるだろうテーブルが一つだけ……部屋のど真ん中をドンと陣取っている。

 とは言え、そのテーブルは継ぎ接ぎだらけの上に、脚が非常に短く……ちゃぶ台ほどの高さしかなかったが。


「悪いね、狭いところでさ」


 彼女がそう言うのも無理はないだろう。

 いや、家そのものは二階建ての少し大きめの館、という感じで……二階は崩壊して使えないらしいものの、あの集落に立っていたテントと比べると格段に大きいと言える。

 ……だけど。


「テテ姉、これだれ?」


「おきゃくさんだ」


「あたらしいかれしかも」


 ……これだけ人数がいれば、話は別だ。

 その頭数、凡そ二十名。

 よくもまぁ、これだけの数の子供を集めたと言わんばかりの大行列である。

 

 ──小学生低学年から幼稚園児まで、男女選り見取りで……やかましいこと、この上ない。


 しかも、この大広間を寝屋としているらしく、あちこちに毛布やら着替えっぽい布切れやらが所狭しと積み重なっている始末である。

 ……足の踏み場もないとはこのことだ。


「さて、リリの脚、治療しないと……

 ほら、あんたたち、邪魔しない邪魔しない!」


 テテはそう告げると、視線を奥の部屋へと向けながら、子供たちをあしらっている。


 ──保母さんか、何かか?


 そんな彼女の様子を眺めつつ、俺はそう内心で首を傾げつつ……

 リリという名の少女を担いだまま、テテの示した奥の部屋へと歩みを進める。

 ……足元に絡みついてくる子供を蹴とばさないように細心の注意を払いつつ。


「……なるほどな」


 その奥の部屋とやらは、治療とやらを行うには十分なスペースだった。

 部屋の真ん中に据え付けられたベッドは大人が二人寝転ぶのに十分なほど広く、枕元には大きなテーブルが、その周囲には衣装棚がいくつか並んでいた。

 分厚いカーテンが外の光を遮断している所為か、ちと薄暗いのが欠陥と言えば欠陥だろう。

 だけど、天井の梁からはランプが釣り下げられており、治療に支障は来たさない程度の光量は確保できると思われる。

 そう判断した俺は、担いだままだった少女をそのベッドの上へと静かに横たえる。

 リリという名の少女は傷口の所為か、それとも体力を消耗している所為か……熱を出していて、意識も朦朧としているらしく、特に応えはなかった。


「さて、と」


 少女を心配そうに見つめていた俺は、背後から聞こえたテテの声に振り返る。

 ……どうやら子供たちを振り切ったらしい。

 その手には包帯や針、そして何故か巨大な鉈を持っていた。


「悪いね、賑やかで。

 これでも一応、客の前では静かにするように言い聞かせてるんだけどさ」


 テテは手に持っていた荷物をベッドの脇に置きながら、そう語っていた。


「……いや、別に」


 俺はそんな彼女の……酷く短いワンピースの裾から必死に目を逸らしつつ、ぶっきら棒にそう答える。

 視線の先には、洗濯物か何からしい赤や青の小さな布切れがあり……俺はまたしても視線を移し、天井の梁へと視線を向けることとなった。

 ……どうやらこの部屋は俺と相性が悪いらしい。


「っと、失礼」


 だけど、テテはそんな俺の挙動を気にすることもなく、そう軽く告げると、部屋の片隅に置いてあった大きな壺にバケツを突っ込み……

 水を汲み上げ、バケツから直接その水を飲み干した。

 物凄く行儀の悪かったが……今の俺はそんなこと、気にもならない。

 屈んだ時に突き出されたお尻や、口から零れた所為で濡れ透けたその胸元さえも。

 何しろ……俺はここへ来るまでに砂漠を横断してきたのだ。

 俺の本能は、色気より食い気より……何よりも水を欲していた。


「あ、飲む?」


 どうやらこの世界は、豊富とは言わないまでも水くらいはある、らしい。

 俺はその事実に安堵しつつ、手渡されたバケツに飛びつくと中の水を必死に平らげる。


 ──美味いっ!


 いつぞやに味わった時以来の、最高に美味いその水の味に、俺は思わず目を閉じていた。

 実際は錆びかけたバケツの所為で鉄臭く、その上、壺に入れた置き水は生温く幽かに変な臭いと味を発していたにも関わらず、だ。

 そんな些細なことが気にならないほど、俺は乾き切っていたということなのだろう。

 そうして俺がバケツ丸々一つの水を飲みほした時、だった。


「そうそう、あたしゃ、テテって言うんだ。

 あんた、名前は?」


 俺がバケツを床に置くのを見計らったかのように、テテがそう尋ねてきた。

 

「……俺は……」


 俺は自分の名前を、元の世界で普通に使っている自分の名前を口にしようとして……

 ……固まる。

 

 ──そうじゃない、よな?


 俺が人を助けたいのは……

 俺が誰かを助けようと思ったのは、俺がそうしたいからじゃ、ない。

 前の世界で誰も救えなかった結末を、滅ぼしてしまったあの結末をやり直したいからに他ならないのだから。

 ……だから。


「俺は……俺の名は、ンディアナガル」


 だから、俺はそう名乗る。

 破壊と殺戮の神であるハズの、その名前を。

 あの塩に埋もれていく世界で誰一人として救えなかった、道を誤った俺の名を。


「……変な名前だね。

 ガルって呼ぶけど?」


「……ああ」

 

 自分のもう一つの名前を『変』と一蹴された俺は、頷くしかない。

 事実……俺自身も最初に聞いた時は、あり得ない変な名前と思ったのだから反論する余地もなく。

 そうして咽喉も潤して一休みが終わったところで、おもむろにテテは起き上がると、軽く伸びをして……

 

「さ、とっと……足、斬らないと、ね。

 ガル、頼むから、抑えておいて」


「……は?」


 こともなげにそう告げるテテの言葉を一瞬理解出来ず、固まった俺だったが……


「ちょ、ちょっと待てっ!」


 意味を理解した瞬間、気付けば俺は慌てた声を上げていた。

 ……当たり前だ。

 医者でもない人間が、四肢切除なんて大手術、出来る筈もない。


「いきなり切るって何だよ。

 針を抜くんじゃないのか?

 それに、医者はっ?」


「そうは言ってもねぇ。

 ……その脚、もう壊死してるから、医者でももう無理だ。

 そもそも医者を雇う金なんてありゃしないし。

 何より……このまま放っておいたら、リリは死んじまう」


 そう言うテテの視線を辿ると……少女の脚が見えた。

 針が突き刺さり、肉が抉れ皮膚が捲れ血と膿が滲み……周囲はもう紫色に変わっている。


 ──数時間前まではここまで酷くなかったのに。


 その余りの変貌が信じられなかった俺は、自分の目を擦り、もう一度傷口を見つめ……そして舌打ちする。

 何のために、俺はこの少女を……


「別にあんたの所為じゃないさ。

 ただ針に……蟲用の毒が塗っていただけさ。

 アイツらにとっちゃ動きを鈍らせる程度のものだけど、ね」


 テテはそう気軽に告げる。

 口先だけは気軽な彼女だったが……手は震えているし、顔は青ざめている。

 どうやらこのテテという女性、威勢が良いのは口先だけ、らしい。

 ……まぁ、家族がこうなっているのに平静を保てるような人間なんて、いるハズもないだろうけれど。


「解毒剤とかは、ない、のか?」


「ああ。薬は高くて手が出せないし……こうなったらもう無理だ。

 そりゃ可哀想だけど……死ぬよりゃ、脚一本で済んだ方がマシだろ?」


 テテはそう言うと……震える手のままでリリという少女の口に布を押し込む。

 ……ショックで舌を噛まないようにするためか。

 次にその大鉈に、ベッド脇のテーブルに置いてあったアルコールらしきものをぶっかけ、まだ壊死していない少女の太股に包帯を巻きつける。

 消毒と、止血帯のつもり、なのだろう。

 針と糸は……傷口を縫い付けるつもりなのか。

 その手際はしっかりしているようで、何処となく危なっかしい。

 ……いや、現代医学に慣れきった俺だからそう思うのかもしれないが。


「じゃ、ガル。

……押さえておいて、お願い」


 テテはそう指示すると、その大鉈を震える手で持ち上げ……


「ちょ、ちょっと待った!」


「~~~っ?」


 その余りにも危なっかしい手つきに、俺は慌てて制止をかけ……その所為で振り下ろされた大鉈を手で受け止める。

 事実、あのまま大ナタを振り下ろしていたとしても……あんな手つきじゃ少女の骨すら断てなかっただろう。


「ちょ、指っっ?

 い、いや、それより……何で邪魔をっ!

 このままじゃリリがっ!」


 鉈を受け止めた手を一瞬だけ不思議そうに眺めていたテテだったが、すぐに現状を思い出したのだろう。

 その声は悲痛な叫びへと変わっていった。

 そんな彼女に俺は首を横に振ると……

 

 ──覚悟を決めた。


 医者はいない。

 テテは役に立つとは思えない。

 だったら……この幼い少女を助けられるのは……


 ──俺しか、いないじゃないか。


「……俺が、やる」


 俺は息を軽く吐き気合を入れると……俺は少女の脚に手を置く。

 ……大鉈は少女の傍らに置いたままで。


「……あんた、何を?」


 大鉈を使おうともしない俺に、テテが訝しげな声を上げていたが……俺は彼女に注意を向けることなく、目を閉じる。


 ──ンディアナガル、頼む。


 そして、俺の中の破壊と殺戮の神に呼びかける。

 俺自身でもあり、俺の戦友でもあり、俺の守護者でもあり、俺の力の源である破壊と殺戮の神に。


 ──俺たちは確かに殺した。

 ──殺し壊し奪うばかりで、ろくな生き方をしてこなかった。


 呼びかけつつも俺が思い出すのは……あの砂の砂漠に覆われた世界。

 生きとし生ける者全てを薙ぎ払った、今はもう滅ぼし世界。

 ……俺が、殺し尽くした、世界。

 ……俺が、滅ぼした、世界。


 ──けどよ。

 ──俺たちはただ、殺して壊すばかりじゃないだろう?


 俺は、まるで祈るかのように呼びかける。

 前の世界では一切の救いをもたらさなかったハズの、破壊と殺戮の神に。


 ──俺たちなら、やれる。

 ──殺すばかりじゃなく、壊すばかりじゃなく……

 ──誰かを、助けることだって!


 だから。

 ……だから。


 ──この少女の脚だけを、上手く殺してくれっ!


 そう心の中で叫びながらも俺は、何となく脳裏に浮かんできた「そうすれば良い」という直感に従い、手のひらにゆっくりと力を込める。

 俺の握力は少女の脚だったものを、意図も容易く握り潰していた。

 ……だけど、祈った効果はあったのだろう。

 握られた俺の手のひらの中で、少女の肉片や血が飛び散るようなことはなかった。


 ──少女の右足は……その膝から下の壊死していた部分全てが塩の塊へと変化していたのだから。


「……奇跡、だ」


 その『手術』はテテが呟いた通り……まさに神がかり的な何かだったのだろう。

 リリという少女は、自分の脚が無くなったことすら気付かないまま眠り続けていたし、毒か怪我にうなされていた少女の呼吸もあっさりと静まっていたのだから。

 もしかしたらンディアナガルの権能は少女の壊死した脚ごと、彼女の体内に回っていた毒をも殺したのかもしれない。


「……あ、あれ?」


 その神がかり的な、まさしく奇跡と呼ぶべき光景に……知らず知らずの内に俺の瞳からは涙が零れ落ちていた。

 涙が流れたのは……その少女を助けられた奇跡こそが、俺自身が何かを壊し誰かを殺すだけの存在じゃないと……

 ……自分自身が『この場所に存在して良い』と、そう世界から認めてもらった証のような気がしていたから、かもしれない。


「……ガル。

 あんた……やっぱり機師様なのかい?」


 涙に戸惑う俺に、テテは恐る恐るそう尋ねてきた。


「……機師?」


 聴き慣れない単語に、俺は首を傾げる。


「……とぼけてんのかい。

 そんな無茶苦茶な技を使える連中、機師様以外に存在するもんか」


 だけど、どうやらテテにとって俺がその『機師』とやらであるのは決定事項らしい。

 首を傾げたままの俺に構わず、彼女は言葉を続けていた。


「だったら、頼みがある。

 手を、貸してほしい。

 彼らを……子供たちをせめて……壁の中で暮らせる、ように」


 テテの言葉は必死で……あのボロボロの神殿に召喚されたばかりの頃の、あの山羊頭の神官を思い出すほどに切羽詰まっていた。

 だからこそ俺は……彼女の言葉に……


 ──頷けない。


 これほど真剣に頼んでいる彼女に……そんな適当なその場しのぎが許される訳がない。


「機師なら……それくらいの権限、ある、だろうっ?

 ただで幾夜でもサービスしてやるっ!

 だから、だからっ!

 頼むから、あたしに……手を貸してくれっ!」


 頷けないままの俺は、そんなテテが差し出してきた右手を……

 ……避けることが出来なかった。

 彼女に手を握られたまま……彼女に懇願されるがまま、俺は……

 首を縦に……


 ……振ろうとした、その時、だった。


「こらぁっっ!

 さっきのガキ、出てきやがれぇっ!」


 突如、そんな粗野な叫びが辺り一面に響き渡ったのだった。


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