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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第一章 ~砂に呑まれる世界~
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弐・第一章 第三話


 背負った少女が指差すままに歩いてみたところ……どうやらこの少女は貧民街の出身らしい。

 と言うか、この世界の文明レベルがよく分からないのだが、少女の住んでいる街とやらは、巨島の影にあるテントの集合体とでも言うべき場所だった。

 上から落ちてきたらしき巨大な岩々が立ち並ぶ影に、数多のテントが密集している様は、なかなか壮観である。

 岩々の影にテントが立ち並ぶ様は、まるで何かから隠れているかのようで……


 ──道理で遠くからじゃ分からなかった訳だ。


 俺は周りを見回しながらもそんな感想を抱く。

 そして、意外にもテント群に人はたくさん住んでいるようだった。

 周囲を見回す限り、ボロボロの服を着込んだ人たちが右へ左へと歩き回っている。

 こちらをジロジロと見つめているのは、俺の服装が彼らのモノとあまりにも違う所為か、それとも少女を担いだままだからか。


「……おい、あれ」


「テテのところの」


「……確か、借金が……」


 そんな囁き声が周囲から俺へと向けられていた。

 が、そんな視線を集めることなんて前の世界で慣れ切っていた俺は、彼らの中を特に気後れすることもなく歩き続ける。

 何しろ……そんな彼らの態度は、何処となく戦いに敗れて追い詰められたどっかの民族を思い出させるのだ。

 この状況は俺にとって、もはや慣れ親しんだ環境と言っても過言ではなかった。

 ただ一つ、どうしても腑に落ちないことがある。

 こうしてテントや服装を見る限り、彼らは貧しそうで……俺の世界よりも文明は明らかに遅れているのが分かるのだが……

 そんな中、どう見ても周囲の文明レベルにそぐわない、オーパーツのようなモノが存在しているのだ。


 ──何なんだよ、コレは……


 俺は『ソレ』を見た途端、空いた口が塞がらなかった。

 何しろ……俺が歩く周囲にちらほらと見えていたのは、鋼鉄で出来ているらしき、巨大な人型のロボットらしき存在だったのだから。

 鉄板を張り合わせたような形の甲冑を着た、俺の身長の倍ほどもある鋼鉄の騎士が数体、その手に巨大な槍や剣、盾を携えたまま、砂埃を上げて通り過ぎて行く。

 動力はよく分からないが、電気や蒸気などではないのは明白だろう。

 何しろその甲冑は、砂場から『十センチほど浮いて』通り過ぎて行ったのだから。


 ──魔法か、何か、か?


 どう考えても、現代日本より文明が進んでそうなその兵器と、住処であるボロボロのテントとが結びつかない俺は、適当に納得できる理由を脳内ででっち上げていた。

 ……と言うか、原理なんかどうでも良いだろう。


 ──あるものはある。


 ……ただそれだけである。

 異世界に飛ばされるのはもう二度目の俺としては、異世界の風習や文明にイチイチ驚いていては身が持たないと、何となく悟っていたのだ。

 と、俺がようやくその鋼鉄の騎士を見た驚きから脱した。

 そんなとき、だった。


「リリっ!」


 突然、そんな女性の叫び声がしたかと思うと、俺の前に一人の女性が立ち塞がっていた。

 歳の頃は十代後半……二十には届いていないだろう。

 何処となく下品な感じの漂う、思いっきり濃い化粧が、よほど慌てていたのは汗で落ちていて見る影もない。

 服装は、かなり傷んだ裾の短い赤茶けたワンピースと、その上から羽織っているボロボロの白いマントに薄手の長手袋、膝までの皮のブーツと、あまり裕福でなさそうな印象が強い。

 しかも、ワンピースの裾の短さや何故か大きく開いた胸元が妙に扇情的な感じで……女性に慣れていない俺にとっては少しだけ目に毒だった。

 顔立ちそのものは綺麗な方で、身体も出るところは出ていてなかなか魅力的だと思うのだが……何と言うか、全身から漂う品の無さがどうも好みから逸脱している。

 なのに何故か……俺はこの女性を知っているような、懐かしい気分にさせられていた。

 親戚に出会ったような、妙な既視感というか親近感があるのだ。


 ──初めて、見る顔だよな?


 俺は首を傾げるが、そもそもこんな異世界に知り合いなんているハズもない。

 俺は軽く肩を竦めると、正体不明の感情を心の隅へと押しやり、もう一度意識をその女性の方へと向ける。

 気付けば、その彼女はその手に握った短刀を、何故かこちらへと向けていた。

 俺へと突き出されたその短刀は小刻みに震えていて……この女性が荒事に全く慣れていないのが窺えた。


「その娘をっ!

 リリを、どうするつもりっ!」


 その女性は俺を睨み付けると大声で叫ぶ。

 だが、その声も震えていて……何と言うか、無理しているのが見え見えだった。

 以前の世界では俺に刃物を突きつけたヤツは老若男女の区別なく塩塊に変えてやったものだが……

 

 ──ま、仕方ないよな。


 俺は一瞬握りかけた拳を、ため息と共に開く。

 ……俺も、いつまでもそんな餓鬼じゃない。

 と言うか、俺はあの程度の短刀じゃ傷一つ受けないことくらい、分かっている。

 この程度でイチイチ目くじら立てる必要もないだろう。


「アホ。

 ……砂漠で拾ったんだ。

 そんなに大事なら、てめぇで面倒見るんだな」

 

 俺はそう告げると、リリという名の少女を、その女性に向けて軽く放り投げる。


「わわっ」


 俺の暴挙に慌てたのは女性の方だった。

 短刀を取り落とすと、それでも必死にリリという少女を抱きかかえ……抱きしめる。


「……良かった、本当に」


 少女の右足には未だに針が突き刺さっていて、とても無事とは言い難いのだが……それでも生を喜ぶその女性に水を差すのもどうかと思い、俺は黙ってその場を去ろうと踵を返す。

 だけど……どうやら周囲はこういう感動のシーンを歓迎するつもりはないらしい。


「おい、テテ。

 その小娘は俺らが買ったんだぞ?」


 人ごみの中から粗野な男が三人、急に現れてそう告げる。

 ボロボロのマントにターバン、伸ばしたい放題のひげに酷い人相と……一目で悪役だと分かる雰囲気を放っている。


「借金の支払い、まだ残っているのを忘れたのかよ?」


「ったく。

 その娘は蟲の餌に使うって言っていただろうがっ!」


「あんたらっ!

 まだっ!」


 そればかりかその人相の悪い連中は、テテという女性の腕からさっき助けたリリという少女をもぎ取ろうとし始めたのだ。

 必死に抱きしめるテテだが、生憎と男の腕力には敵わない。

 リリという名の少女は声を上げることも出来ず、男たちに奪われそうになっている。


 ──つまり、こいつらは借金取り……恐らくは闇金の類。

 ──で、こいつらにテテという女性は借金がある。


 未だに状況を飲み込めない俺は、話からこの状況を推測してみる。

 下手に腕力を使って物事を解決してもろくなことにならないと……俺はたかが骨一本でクラスメイトたちがガタガタ五月蠅かった経験から、少し考えてから行動しようと心に決めていたのだ。


 ──で、リリという少女は蟲の餌にされかけていた。

 ──あの針は蟲……あの蚯蚓(ミミズ)用の針って訳か。


 俺の見る限り……どっちが正義でどっちが悪とは言えなかった。

 現代人としての感覚で言えば、借金のカタに少女を攫ったり蟲の餌として使うなんてのは論外ではある。

 だけど……あの塩の世界では殺人どころか略奪や虐殺までも肯定していた俺だ。

 今更その程度の『論外の行動』を咎める気にはならない。

 

 ──ただ、俺が助けた少女はまた死ぬことになる、か。


 善悪は兎も角、さっきは少女を助けるために、あの蟲を引き千切って悪臭を放つ体液を顔面に浴びてしまったのだ。

 それが徒労になるのは納得できない。

 それに今も……あのリリという少女は助けを求めるかのような視線を俺に向けている。


 ──これに答えなければ男じゃない、だろう。


「待て」


 気付けば俺は男の肩に手を当て、そう告げていた。


「あ~?

 何だ、小僧。

 正義気取りは早死にするぜ?」


 借金取り共は俺をただの少年だと思ったのだろう。

 顔を歪ませながらそう凄む。

 ……だけど。


 ──バベルの一割の迫力もないんだよなぁ。


 戦場での命のやり取りに慣れ切った巨漢と、堅気を脅すだけの借金取り。

 両者の違いはもう本当に可哀想なほど、格の違いとして表れていた。

 その借金取りの恫喝に、俺はため息を一つ吐くと……


「黙れ」


 その男の肩を、ちょっと強めに『掴む』。

 

「ぎゃああああああああああああああああああっ!」


 効果は覿面だった。

 俺の指はその男の、そう鍛えた訳でもない肩の皮膚と、その下にある皮下脂肪をまるまる引き千切っていたのだ。

 俺としては骨と筋肉を潰すつもりだったのだが……思ったよりもこの男、身体を鍛えていなかったらしい。

 握力が強すぎて、皮膚を『ただ摘まんだ』だけになってしまったようだ。

 ……まぁ、だからと言って効果が薄れる訳でもなく、皮膚を抉り取られた男は悲鳴を上げながら砂地をのたうち回っていたが。

 さっきの蚯蚓(ミミズ)のように砂の上をのたうち回る姿は……まぁ、前の世界で見慣れた光景で、何かを感じることもない。


「て、てめぇっ!

 何しやがるっ!」


「てめぇには関係ないだろうがっ!」


 残った二人の男たちはまだ威勢良く叫んでいた。

 懐からはナイフを取り出し……それで凄んでいるつもりなのだろう。

 だけど、さっきの一幕でだいぶ脅えているらしく、腰が引けている。

 俺は典型的なほど普通の叫びを上げる男たちに、失望のため息を軽く吐くと……

 

「その小娘を拾ったのは俺だ」


 男の一人の、ナイフを持つ手を『そのナイフの刃ごと』優しく握ると、俺はそう笑う。

 そのまま、ちょっと力を込めるだけで……男は顔を真っ青にして震え始めていた。


「……だったら、その小娘は俺のモノ、だよな?」


 ……後は簡単だった。

 俺が握力を徐々に込めていくだけで、男は悲鳴を上げることも儘ならず、ただ激痛にじたばたを暴れる。

 しかし、暴れたところで俺の膂力に敵う訳もなく……男は俺の手を振りほどくことすら叶わない。

 その内に俺の握力が男の骨強度を超えたらしく、乾いた音が響き渡り……


「~~~~~~~~~あぁぁぁあああああっ?」


 男の指……いや、拳そのものが哀れにもあり得ない角度にひん曲がっていた。

 もう二度とナイフを握れないだろう、原型を留めないほどに変形した、血まみれのその手のひらを抱えながら、男は人生の終わりのような悲鳴を上げる。

 実際のところ……腕の一本が無くなったくらいでは、人間は死ぬことなんてないというのに、だ。

 

「てめぇ、覚えてやがれっ!」


 二人も潰されたことで、勝ち目がないことをようやく悟ったらしい。

 残った借金取りの一人はそんな陳腐な叫びを上げると、仲間を放置して逃げ去って行った。


「ひ、ひぃいいいいいいっ!」


「ま、まままま、待って、くれぇえええっ!」


 残された二人も、哀れな叫びを上げながら逃げ出す。

 潰された肩と手を庇いながら、ひょこひょこと不恰好に走るその姿は……さっきまでの威勢良さを見ると笑えるほど滑稽だった。


「……ちっ。

 汚ねぇなぁ、畜生」


 俺はそう呟きながら赤く染まった手を、足元の砂で洗い始める。

 返り血を浴びることにはいい加減慣れていたが……このぬるっとした生暖かい感触は、どうも好きになれない。

 幸いにしてこの辺りは砂らだけで、手の汚れを拭うのに困ることはなかったのだが。


「あ、あのさ……」


 そんな俺に向けて、女の声がかけられる。

 振り向くと……さっき助けることになったテテとかいう女性だった。

 その顔には助けて貰った感謝よりも俺に対する不審と脅えが見えていた。

 何の面識もない彼女にしてみれば、俺なんて『人間を軽々と握りつぶす、訳の分からない化け物』以外の何でもないのだろう。

 ……だと言うのに。


「礼がしたいからさ、うちに来ない?」


 彼女はそんなことを口にしたのである。


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