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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
弐 第一章 ~砂に呑まれる世界~
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弐・第一章 第一話



 ──魔方陣を通り抜ける感覚は、あっけないほど『何もなかった』。


 向こう側が見えない暖簾を通り抜ける感覚、が一番近い。

 陣をくぐりながら前へ一歩踏み出すと、もう既にそこが異世界だったのだから、それ以外に表現のしようもないだろう。

 ……ただ、魔方陣を通り抜けるのは簡単でも、その異世界に問題がないとは限らない。


「~~~~っ?」


 俺は「あると思っていた階段がなかった」感覚に抗えず、前につんのめる。

 いや、身体がただ傾いてバランスを失ったというだけなら、そう問題はない。

 慌てた俺が間抜けだった、というだけの話なのだから。

 ……だけど。


「何なんだよ、これはぁあああああああああっ!」


 まさか踏み出した先が『何もない空間である』とは、流石の俺も想像していなかった。


 俺はそのまま虚空へと投げ出され、真っ逆さまに落下する。

 せめてもの抵抗にと、俺は真下を……自分が重力によって叩きつけられるだろう地面を睨み付け……


 ──あ、死んだ。


 ……絶望した。

 高さにして、凡そ六〇〇メートルほどだろうか?

 最近出来たと話題のスカイツリーから放り投げられたら、恐らくはこうなるだろうという感覚が俺を襲う。

 その万有重力という何物も逃れられない力を前に、ただの一少年でしかない俺は抗うことすら出来なかった。

 何一つ掴むものもないその虚空の中で、どうすることも出来ないと悟った俺は「今度召喚された世界はどんなものだろう」と周囲を見渡す。

 

 ──島?


 眼下の世界を一言で説明するならば、そう表現するしかない。

 何しろ砂漠のど真ん中に、凄まじく大きな、徳利みたいな形の島が斜め三〇度くらいの角度で突き刺さっているのだ。

 その島には畑やら城やら街並みやらが色々と見えていて、人々が暮らしているらしい。

 少しだけ特徴的だったのは……傾いたその島の、砂漠に突き刺さった辺りには一面が迷路のように区切りされていて、恐らくは城壁が幾重にも連なっているのだろう。

 ただ、一言で島と言っても……ゴマの粒ほどにしか見えない城や城壁、畑の区画を考えると、あの島は一体どれだけ大きいのやら……

 一瞬で観察を終えた俺はその島から視線を外し、次に周囲を見渡す。

 見渡したものの、周囲には島以外何もない砂漠が延々と……


「……あれ?」

 

 ふと、俺が砂漠のど真ん中に『何か』を見つけた、その瞬間だった。

 自由落下という感覚は、短いようで長かったらしい。


 ──その間、凡そ一〇秒強。

 ──体感時間にして凡そ数分。


 生憎と走馬灯なんてものを見る暇もなく、俺は凄まじい速度で砂地へと叩きつけられる。

 あの高さ……冷静に測った訳ではないが、恐らく六百メートルどころではない、常時なら地面に赤い華しか残らないような高度から落ちたのだから、流石に死ぬかと思った俺だったが……

 ……幸いにして命はあったらしい。

 とは言え……助かったのと無傷であるというのは大きな差があった。


「ぐがぁぁっっ……ぁぁぁあああああああああああっ」


 俺は砂地に叩きつけられた激痛に、のたうち回る。

 全身がバラバラになったような感覚ってのは、冗談抜きでコレだと実感できるほど凄まじい激痛に、俺は悲鳴を上げ続けていた。

 幸いなことに、もしくは不幸なことに……俺の身体は六〇〇メートル自由落下にも耐えられるほどの強度だったらしい。

 一分ほどのたうち回っていた俺だったが、少しずつ痛みが引いてきた。


「畜生、がっ!」


 いきなりフリーフォールをかましてくれた、まだ見ぬ召喚主を内心で罵倒しつつ、俺は軋む身体を無理やり動かして立ち上がる。


「……ここ、は?」


 周囲を見渡すと、一面の塩・塩・塩だった。

 どうやら俺が落ちてきた場所は、いや、俺を受け止めたのは塩の塊だったらしい。

 塩の塊は俺を中心に周囲数百メートルに渡って、幾重もの塩で出来た薔薇の花びらが作られていた。

 

 ──こんなの、あったっけ?


 自由落下の最中に見た限り、ここら一帯は延々と続く砂漠で……こんな塩の塊には気付かなかった。

 ……いや、気付かなくて当たり前だろう。

 この塩の塊は……俺を受け止めるために発動した、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能そのもの、なのだから。


「……まだ、いたんだな、お前」


 その事実に気付いた俺は、呆然とそんなことを呟いていた。

 ……いや、薄々とは感づいていたのだ。


 ──級友の腕を軽々とへし折った時点で。


 だけど……見ない振りをしていたのだろう。

 現代社会に戻ってきた自分が……もう『常人でない』という事実から目を逸らすからのように。

 もはや自分の身体が、人間に混じって生きていくのは不可能なほど、根本的に『違うモノ』へと変貌したことから目を逸らすために。

 ただ……俺が、助けてもらったのは事実なのだ。


 ──破壊と殺戮の神であり、俺と重なり合う存在……ンディアナガルに。

 

「また、よろしくな、相棒」


 その事実に俺は軽く肩を竦めると、見ることも存在を感じることも出来ない相棒にそう笑いかけ……


「さて、これからどうするかなぁ」


 周囲を見渡し、ぼやく。

 ……正直、今の俺が置かれた状況はそれどころじゃなかったのだ。


「まずは、何とか人里までたどり着かないと……」


 ……そう。

 落ちてきたばかりの俺の周囲にあるのは、俺を受け止めた一面の塩の華と、空と砂と砂の地平線のみ。

 ……いや、違うか。

 上空から見えた、砂漠のど真ん中に突き刺さっている巨大な島が、唯一陽炎の向こう側に揺らめいているのが見える。

 上空から見た限り、あの突き刺さった島は巨大な城や畑があるほどの、とんでもなく巨大な代物である。

 それが、あんなにも小さく見える、と言うことは……


「あそこまで……歩けってか?」


 延々と続く砂漠を眺め……俺は呆然とそう呟くのだった。


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