~ 弐 ~ プロローグ
「どうしてこうなるどうしてこうなるどうしてこうなるどうしてどうしてどうして……」
路地裏のゴミ箱の影で頭を抱えながら、俺はそう呟いていた。
「どこに隠れやがったっ?」
「畜生、こっちじゃないのかっ!」
ポリバケツ一つ分離れたところでは、数時間前まで俺と同じ教室で同じ授業を聞いていたハズの連中が大声を出して騒ぎながら、誰かを探すかのように走り回っていた。
「くそっ!
教室からこっちへ逃げるのは見たんだ」
「そう遠くへは言ってないっ!」
彼らは口々に叫びながら、教室からこの辺りへ逃げ込んだらしき獲物を探していた。
……そう。
連中のその標的とはこの俺である。
──俺は今、クラスメイトたちに追われている最中だった。
「くそっ。理不尽だ」
自分の身に訪れた理不尽に、俺はそう舌打ちをする。
事実、俺は別に悪いコトなんて何一つしていない。
いじめという社会問題にもなっている不愉快な行為をやめさせようと、俺はただいじめられていた一人のクラスメイトを助けただけである。
「あの野郎!
見つけ出したらただじゃおかねぇっ!」
「たー坊の仇は取ってやる!
アイツ、甲子園が夢だったのにっ!」
……ただ、いじめを止めるために俺が『ちょっとそのクズの腕を握ったら』、骨粗鬆症だったらしきその少年の腕はあっさりとへし折れてしまい……
粉々にへし折れた腕はもう二度と回復せず、彼自慢の剛速球は二度と投げられないのだとか。
その所為か、間違った正義感を募らせたクラスの男子全てが、どういう訳か俺を狙って来ている、というのが現状だった。
──そもそもいじめなんざするから悪いんだろうがっ!
俺のその心の叫びは……生憎と誰にも届かない。
かと言って暴徒と化した彼らを片っ端からぶん殴って正気付かせるのも面倒だった。
──どこで間違えたかなぁ。
ポリバケツから漂ってくる腐敗しかけの生ゴミの匂いと、酔っ払いの吐瀉物らしき悪臭に顔をしかめながら、俺はそう自問する。
……人助けは、悪いことじゃないだろう。
うっかり腕の骨がへし折ってしまったけれど、殺してないんだから別に問題ないハズである。
「やっぱり……受け答えを間違えたんだろうか?」
クラスメイトに糾弾されたあの時、「生きてるんだったら別に良いじゃん」と答えたのが拙かったのだろうか。
ちゃんと理由を……彼がいじめに加担するようなクズだったというのをしっかりと話すべきだったに違いない。
……だけど。
──今更、もう何を言っても遅いのだろう。
俺には未だに……何が悪かったのかは分からない
ただ、俺のクラスメイトたちは全員目を血走らせて……俺が助けたヤツまでも一緒になって俺を追いかけ回しているのだから、やはり何かが間違っていたのだろう。
──こんなハズじゃ、なかったのだ。
前の世界で……あの塩に埋もれていく荒野の世界で、誰一人助けられなかった顛末を悔やんだ俺は、こちら側でもう一度やり直そうと……
──せめて誰かを助けようとした、ただそれだけだったのに。
俺はそう考えると天を仰いで嘆息する。
正直……もう逃げ回るのもいい加減鬱陶しくなってきたのだ。
──二・三人くらい血反吐を吐かせれば、アイツらも大人しくなるだろう。
俺はそう心を決めると拳を握っていた。
本気でぶん殴ると頭蓋を叩き潰し、内臓を破裂させるだろうから……なかなか手加減するのが難しい。
ただ……
──俺はこんなことをするより……誰かを助けたいんだけどな~。
まるで弁解するように、俺は内心でそう呟いていた。
破壊と殺戮の神ンディアナガルと呼ばれ、戦場を駆け巡ったあの世界では結局叶わなかった願いを胸に、俺は脚に力を込め立ち上がる。
……いや、立ち上がろうとした、その時だった。
「っ!」
眼前に、突如……魔方陣が描かれ始めたのだ。
ソレは、前回見たのとは少しだけ形が違う……赤茶けた色の文字が並ぶ、前回のヤツとは並びも文字そのものも全く違う魔方陣で……。
一度は魔方陣と呼ばれるソレを見たことのあった俺は、それが異世界への入り口であると、直感的にそう理解していた。
前回はその所為で……水も食料もない戦場に飛ばされ、酷い目にあったものだ。
……だけど。
──今度、こそは。
──今度こそは、救いのある結末を迎えてみせるっ!
その願いは……俺の躊躇なんてあっさり吹き飛ばしてしまうほどに、大きく。
俺は一瞬だけ躊躇したその後。
その赤茶けた魔方陣に、まっすぐに手を伸ばしていたのだった。