表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
第六章 ~ 破壊と殺戮の神 ~
35/339

第六章 第五話


「……あっ?」


 俺は、その事態が理解出来ない。

 壊れて物言わぬハズの少女が言葉を発したのも、虚空を見つめるばかりだった少女の瞳が明らかに意思を感じさせる瞳でまっすぐに俺を見据えているのも。


 ──そして……その少女の背後に重なるように、光る金色の六枚の翼があるという事実にも。


「そうそう。僕の渡したそのンディアナガルの調子はどうだった?

 かなり頑丈に創ったから、そう不快な思いをすることもなかったと思うけど?」


「……創っ、た?」


 俺は呆然とそう呟くしか出来ない。


「あれ?

 ……まだ気付いていない?

 破壊と殺戮の神ンディアナガルが存在しているんだよ?

 だったら……」


「……創造神ラーウェアが現世に出てきてもおかしくない、か」


「あったり~っ」


 少女の背後にある存在に×と〇の聖印を見出した俺がそう呟くと、本当に楽しそうな笑みを浮かべながら少女は……いや、創造神ラーウェアと名乗る存在は手を叩く。


「とは言え、この身体はこの娘のモノなんだけどね。

 今の君の状況と同じだよ。

 ま、この少女の心は完全に壊れているから、中枢を破棄してるンディアナガルとは真逆になるんだけど」


「何だ、そりゃ……」


 突然現れ訳の分からないことを告げていく少女の姿に、俺は思わず呟きを漏らしていた。

 だけど、すぐに少女が聞き捨てならない一言を漏らしていたことに気付く。


「まてよ……今、渡したと言ったな?

 ……つまり、お前が俺にこんな力を与えたのかっ?

 何故、俺にこんなものを渡したんだ?

 答えろっっっ!」


 この理不尽な結果と、もうどうしようもない現状を思い出した所為で、俺は自分の声が徐々に荒くなっていくのを止められなかった。

 ……いや、止めようとも思わなかった。


「ははっ。

 それは勿論……この世界を滅ぼすためさ」


 だと言うのに、俺の怒声を浴びても少女は笑みを崩さず、あっけらかんとした言葉で『世界を滅ぼす』と口にしたのだ。


「……まて、お前は、その、創造神なんだろう?

 ってことは、お前が創った世界じゃないのか?」


「そんなの、僕が創ったからに決まってるじゃないか」


 俺の問いに、笑いながらソイツは答える。


「全くもう。

 創ったのは良いけど、全然思い通りにならなくてね~」


 今まで何の表情も浮かべなかったのが嘘のように、少女の顔をしたソイツは表情豊かに笑っていたかと思うと、今度は突然唇を尖らせる。


「世界は徐々に崩れゆくし、生命力は根付かないし、水は上手く循環しないし。

 そんな世界を恨んで死んでいった人たちの邪念が溜まって溜まって……ンディアナガルを暴走させて世界を枯らし始めちゃってさ」


「なん……だと?」


 コイツが何を言っているか、俺にはなかなか理解できなかった。

 確かに俺がンディアナガルの存在に気付いて以降、俺に殺された人々は『何故か塩の塊になって』散っていた。


 ──もし、世界を塩にして枯らすのが破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能だと言うのなら……


 サーズ族が追い詰められていた原因も、べリア族があれだけ残酷になったのも……全てはこの塩に埋もれていく世界の所為だった。

 それはつまり……

 つまり、世界がこんな……塩に埋もれていた原因は……


 ──破壊と殺戮の神、ンディアナガルの所為、だったのか?


 自分の手足を眺めながら、ンディアナガルの周囲に漂っていた漆黒の呪いを思い出しながら、俺は口の中で呆然と呟く。


「ま、そんなこともあって世界が枯れ落ちた所為で……ついには創造主たる僕にまで影響が及んできたんだよ、全く」


 火傷ある顔で笑いなら、更にスカートをめくりあげて漆黒に染まる火傷の痕を見せつけながら、ソイツは呟く。


「だから、一度リセットをしてやろうと思ってね。

 神々の会合では下手な創り方だって馬鹿にされるし……次の世界はこんなフィードバックが来ないよう、もうちょっと上手く創ってみるつもりなのさ」


 俺は、あっけらかんと呟くその創造神の言葉を、ただ呆然と聞くだけ、だった。

 何しろ俺は……彼らサーズ族が必死に生きようともがいていたのを知っている。

 その仇だったとは言え、べリア族も同じように生きようと必死だった。


「てめぇにっ!

 てめぇにっ、そんな権利があるってのかよっ!」


「ああ。うん。

 言いたいことは分かるよ?

 でも、ソレは……キミだけには言われたくないな。

 人々を嬉々として殺して回ったキミにだけは」


「~~~っ!」


 俺はその一言で反論を封じられる。


 ──ああ、そうだ。

 ──俺が、殺した。


 城壁の中にいたべリア族の連中も、この場で俺に祈っていたサーズ族のみんなも。

 ……手段さえ選ばず、必死に生きようとしていた誰もかもを。


「ま、僕自身もちょっとはこうなるように介入したけどね。

 サーズ族の戦士たちの手に聖剣、聖槍、聖鎚が揃うようにしてみたり」


「───っ!」


 ラーウェアの言葉に俺は歯噛みする。

 俺に反逆したロトは確かに叫んでいた。

 ……『三つの聖具が揃ったのは神意だ』と。


「キミの腹の傷跡にわざと手を置いたこともあったっけ」


 ──あれはセレスを引き裂いた直後……我に返った俺がもう大人しく元の世界に帰るのを待とうと決めた時、だったか。


 ……あの痛みに俺は、自分の中の怒りを自覚し、エリーゼを奪おうと戦いを決意した。


「ああ。そうそう。

 一番傑作だったのは一年前。

 べリア族の領主に『お前が最後の領主になる』って神託を与えた時だったな~」


 聞き捨てならない言葉を次々と吐いていた創造神を名乗る少女は、本当に楽しそうな笑みを浮かべたかと思うと……


「あれ以来、あの男は身内でも疑わしいヤツは全て投獄するわ、拷問に目覚めるわ。

 ……小競り合いを繰り返しながらも全面戦争はしてなかったハズのサーズ族を虐殺し始めるわ。

 おかげで終末が百年くらいは早まったかなぁ」


 そんな……この凄惨な戦争の引き金になった出来事を、自分から暴露しやがった。


「──てめぇ……」


 そこまで聞いた俺は、憤りに拳を握る。

 だが、そんな俺の様子に創造神ラーウェアは気付いた様子もなく、


「そういう訳で、もう世界を滅ぼす良いタイミングだと思ったから、さ。

 サーズ族の儀式に合わせて、キミを異世界から呼び出したって訳」


「……何故、俺なんだ?」


「ンディアナガルの中枢が死者の怨念たちに浸食されて暴走したんだ。

 ……お蔭で世界中は塩まみれの無茶苦茶になっちゃってさ。

 だから使えなくなった中枢を捨てたのは良いんだけど……もう世界は手の施しようもなくて、一度終わらせた方が早い有様さ。

 で、そうなると……誰か別の中枢が必要だよね?」


 ラーウェアは俺の問いを無視したまま俺を……いや、俺と重なるように存在するンディアナガルを眺めながら肩を軽く竦める


「……で、サーズ族の儀式に便乗してキミに来てもらったんだ。

 でも正直、ここまで上手くいくとは思わなかったよ。

 キミを選んだ僕の慧眼をもっと褒めてもらいたいくらいさ」


「……だから、何故、俺なんだ?」


 笑みを浮かべたままの創造神に、俺は知らず知らずの内に再びそう尋ねていた。


「いや、別に理由はあまりないんだけどね?」


「~~~っ!

 てめぇっ!」


 必死に問いかけたハズの問いに返ってきたのはそんな答えで、握り絞められていた俺の拳は怒りに震えていた。

 だけど……俺は歯を食いしばり、殴りかかりたい気持ちを必死に抑える。

 何もかもを滅ぼした俺ではあるが……幾夜もの間、同じ寝床で過ごした少女を打ち殺せるほどには、俺はまだ、冷酷になり切れていない。


「ああ。怒らないで欲しいな。

 これでも一応、選んだんだよ?

 破壊と殺戮の神として創ったンディアナガルとの相性が良くて、僕の理想通りの人格を持った人物を、さ」


「……理想通り、だと?」


「ああ。本当にキミは理想通りの人材だった。

 中途半端に臆病者で、中途半端に正義漢で、中途半端に知性的で、中途半端に欲深く、中途半端に理想主義者で、中途半端に夢想家だった」


「……はぁ?」


「分からないかな?

 キミは臆病だったから戦場に立たされた。

 ……前線に立たされた時点で、我を忘れて逃げるほど臆病過ぎもせず。

 だけど、力を手に入れた途端に恐怖の反動で狂暴になるほどには臆病で」


 ──っ。


「キミは中途半端に正義漢だった。

 絶望が目の前に迫っているサーズ族を見捨てられないほどには正義漢で。

 だけど、戦場で人を殺すのを完全に否定するほどには正義を貫き切れず」


 ラーウェアが言葉を連ねる。


「キミは中途半端に知性的だった。

 ……サーズ族の現状を知るだけで彼らの生きる道が戦いしかないと判断してしまうほどに。

 だけど、その戦いの末にあるのがどちらかの絶滅でしかないと気付くほどには知性的ではなく」


 その言葉の羅列に俺は何も言い返せない。


「キミは中途半端に欲深かった。

 ……戦場の最中、力づくで女を手に入れようと考えるほどに。

 だけど、その力を手にしてサーズ族の全権を握り何もかも意のままにしようと思うほどには欲深くなく」


 ──いや、何を言い返そうと言うのだろう?


「キミは中途半端に理想主義者だった。

 ……戦場でお互いが分かり合えると信じ込めるほどに。

 だけど、力を使わずにその信念を貫こうとするほどには理想主義者ではなく」


 彼女の言うとおり……俺が中途半端に頑張った結果が、この世界の人類の滅亡だったのだ。


「キミは中途半端に夢想家だった。

 ……人を救えば誰もが自分を味方と思ってくれるほどに。

 そして裏切られた怒りのあまり、サーズ族を一人残らず殺してしまう程度に。

 だけど、一度牙を剥いたサーズ族が慈悲を乞うてきても、それを許して分かり合う未来を信じられるほどには夢想家ではなく」


 創造神の言葉は、何もかも全て胸に刺さる。

 この世界に来た俺が何を間違ったかを理解させられるようで。


「なら、どうすれば良かったって言うんだ、お前はっ!」


「ははっ。僕としては、この結末には満足しているんだけど」


 耐えきれなくなった俺の叫びに、創造神は肩を軽く竦めてそう一つ呟くと。


「そうだね、もしこの結末を変えたかったのなら」


 神を名乗る少女は軽く考える仕草をすると……口を開いた。


「何か一つでも貫けばよかったんだよ。

 本当に臆病で戦いに参加できなかったなら、サーズ族が滅んだ後でべリア族に拾ってもらえていただろう。

 本当に自分の正義を信じ抜けるなら、絶対的な力で二つの種族を和平に導けたかもしれない。

 本当に知性的ならば、戦争を途中で止め両者が生き続ける未来を必死に模索し続けたに違いない。

 本当に欲深く生きたのなら、べリア族とサーズ族双方を分け隔てなく奴隷にした帝国を築き上げていたことだろう。

 本当に理想主義者なら、お互いが分かり合える何らかの道を探っていたハズだろう。

 本当の夢想家なら、共に戦ったサーズ族が裏切った心情を理解し、語り合って友愛を貫いていたのじゃないのかな?

 そうして戦争がない状態を築けていれば、もしかしたら……」


 ──もし、戦争がなければ……俺はこの世界の誰かと手を取り合って……

 ──この世界が塩の砂漠に潰えていく原因を突き止め……

 ──上手く世界を救えていた。


 ……かも、しれない。


 ──だけど。


「そんなの……そんなのはっ」


「はは。そうだね。

 世界が終ってしまった以上、こんなのはもう、ただの繰り言に過ぎないね」

 

 俺の精一杯の反論は、あっさりとラーウェアに肯定されてしまう。

 その言葉は、俺が世界を終わらせたこの結末を突き付けるもので……

 ……そう。

 その言葉は、もうこうして『起こしてしまったこの結果』がある以上、俺の言葉なんて所詮ただの言い訳に過ぎないと、その現実を突きつけるためのものだった。


「それに何より、どうしてキミはその力を、井戸を掘ったり畑を耕したり、新たな土地を探そうとしたり……平和な方向へと使わなかったんだい?」


「───っ!」


 何気なく呟いたそのラーウェアの一言は、俺にとって本当の致命傷だった。

 少女の口から出たその一言で自分自身の過ちを認めてしまった以上、俺には返す言葉なんてあるハズもない。


 ──そう。


 俺はただ状況に流されるだけで、事態を根本から改善しようとは思ってこなかった。


 ──所詮、俺は元の世界の住人だから。

 ──所詮、いつかは元の世界に帰ると思っていたから。

 ──所詮、この世界なんて他人事だと思っていたから。


「ま、キミが悪い訳じゃないよ?

 キミがそういう人間だからこそ、僕はキミを選んだんだ。

 そして、この結末は、僕が望んだ通りなんだから、さ」


「……ああ、そうだった、な」


 その言葉に、俺はようやく思い当たる。

 この惨状を招いた元凶が、今、目の前にいるということを。

 ……他の誰かの仇という訳でもなく。


 ──ただ、この俺自身が今抱いている苛立ちをぶつける相手がいるということに。


 その殺意という名の感情は、行き場のない感情を抱えた今の俺にとって……まさに救いの女神が指し示した一筋の光明そのものだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ