おまけのエンディングIF(ルートG)
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
少女の口からは、自然と呪詛が零れ落ちていた。
それもその筈だろう。
少女にはもう、逃げ続ける以外にはただそれだけしかやれることがなかったのだから。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
だけど、こうして呪詛を吐き続けても……もうどうしようもないことくらい、少女自身にも分かっている。
正直に言って、既に彼女は『詰んで』いる。
こうして殺される両親を見捨て、犯される姉を見捨てたった一人で山の中へと逃げ込んだところで……まだ十を僅かに超えたばかりの少女には生きていく術なんてない。
良くて餓死か枯死、山の中に巣食うという獣の餌になって終わる可能性も高い。
……いや、それ以前に。
「いたか?」
「いや、だが、足跡がある。
近くにいるぞ」
徐々に近づいてくる松明の炎と、野太い男たちの叫びが少女の生の猶予がもう残されてないことを雄弁に語っていた。
「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ」
茂みに頬を叩かれながら、足を棘に引っかかれながら、それでも少女は願いと呪いの込められた呪詛を呟き……逃げ惑う。
見つかってしまう以上、大声で叫ぶことは出来ない。
泣き喚いても何も解決しないことは……その所為で姉が犯され嬲り殺される声を背中で聞かされる羽目に陥った少し前の経験から、嫌というほどに思い知っている。
だから……少女はただ呪うことしか出来ない。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
言葉だけで相手が死んでくれれば……その願いを胸にただ呟くものの、その願いは叶わない。
当たり前の話ではあるが……この世界に生贄を捧げ方陣を描き呪を唱えて発動するという呪術はあっても、言葉一つで何もかもが叶うような魔法なんて便利なモノはないのだから。
──大体……私たちが何をしたってのよっ!
この襲撃自体、彼女にとって……いや、彼女たち一族にとっては完全に予期せぬ出来事だった。
最近は街の方で新たなる神……神子が磔になって無様に殺された磔台を信仰するという、意味の分からない宗教が流行り始め、周囲の信仰を邪教や悪魔や魔女と呼び迫害し始めたのだ。
彼女たちの一族も、名前のない神を信仰する……他の信仰とは馴染めない特殊な一派であったものの、塩の鉱脈を探し出せるという呪術のお陰でそれなりに裕福に暮らしていたのだ。
勿論、少女自身に何かの取り柄があった訳でもなく、呪術も一通り学んでいたものの姉には全く及ばず……そもそも美人と評判の姉への劣等感しか持っておらず、ただ何でもない生き方を続けていただけの、何も出来ない普通の少女でしかなかったのだ。
それが、たったの一夜でこの有様である。
そして……その逃避行も、もう限界が近い。
肺は焼けつくように痛み、咽喉は枯れ、膝は震え、足は身体を前に運んではくれず、ただ全身に疲労が重く圧し掛かってくる。
──もう、走れない。
だけど、何もしなければ姉と同じように犯され嬲られ殺されるか、ただ嬲られ殺されるか、意味もなく殺されるか、抵抗が面倒だと殺された後で犯されるか。
少女自身が選ぶことのできない、最悪最低の道しか残されていないだろう。
──いや、そもそも……
走ったところで、逃げたところで、何になるというのだろう?
逃げ延びても餓死するか枯死するか獣の餌になる程度の未来しか待っていないのだ。
捕まって殺される方が、まだ楽に……
──だったら、せめて……
──パパとママと、姉さんの仇、くらい……
そこで少女が思い出したのは、呪術を教えてくれる母から学んだ禁忌……絶対に唱えてはいけない、使ってはいけない、一族に言い伝えられているという『終焉の呪術』だった。
彼女たちが祀る、異界に存在する『塩と滅びの神』を呼び出す、最期の呪術。
幸いにして、逃げ出す前にたまたま呪術を学んでいた少女は、その神を呼び出すための材料を全て持っていた。
石灰で出来た、岩塩が混じったチョーク。
そして……生贄の血。
後は手順さえ知っていれば……塩と滅びの神は、たったのそれだけで呼び出せるのだ。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
だからこそ少女は、そう呪怨を込めながら……近くの木々に印を描く。
北に『死』を表す文字を、東に『戦』を意味する文字を、南に『疫病』を意味する文字を、西に『飢餓』を意味する文字を。
そして中央である足元には、『希望』と『絶望』を意味する文字を自らの血で重ね合わせて描き……『矛盾』を意味するという文字を描く。
いや、そう伝えられている文字を……少女には読むことも意味すらも理解出来ない、遥か古より形と意味だけが伝わっている文字をただただなぞる。
そうして準備が終わり……後は、祝詞を唱えるだけだ。
『空の彼方、星々の狭間に死を重ねる我らが神よ』
意味も分からぬ古語でそう呟くと、少女は頭上へと右手を伸ばす。
それが彼女たち一族を統べる神が坐わすと言い伝えられている場所。
空の彼方の、如何なる星も輝かぬ空の一点……死座と呼ばれる天空の片隅。
『疫を操り、飢餓を統べ、戦に踊り、屍を抱く我らが神よ』
南に、西に、東に、北に。
それぞれ祝詞を唱えながら、少女はその言葉を告げる。
『この世界に舞い降りて、汝に捧げられし贄を受けとり給え』
実のところ、少女にその言葉の意味は分かっていない。
ただ聞かされ、暗記しただけの単語を並べることしか出来やしない。
『我は汝の贄にして供物、供物にして妻』
だから、平然とその言葉を口にする。
『我が血を神酒とし、我が肉を餐とし、我が心を飾に捧げる』
ただし、これは……使ってはならぬと戒められた祝詞。
ただし、これは……世界の滅びを意味すると伝えられた祝詞。
『脆にして弱なる我らの、最期の願いを叶え給え』
事実、一族が昔暮らしていた南には、都が滅んだ跡が残っているという。
塩に覆われ、未だに草木一本生えぬ地獄のような場所がその証。
屍が積み重なり、未だに腐りもしない悪夢のような場所がその拠。
『全てを滅ぼすその力をもって、我が怨敵たる生きとし生ける全ての者を、今此処に打ち払わんことを』
そうして祝詞が終わり……何も起こらない。
「あ、あはは……」
何も起こらないのを見届けて、少女はただ力なく笑う。
……実のところ、信じていた訳ではないのだ。
ただ何かに縋っていないと正気を保っていられなかっただけで。
「いたぞっ!
邪教の娘だっ!」
「忌々しい儀式の最中だっ!
とっとと殺しちまえっ!」
「いやっ、浄化の炎にくべるべきだっ!
身体から邪悪な血全てを吐き出させた後で、焼き尽くせっ!」
そうして、少女に最期の時が訪れる。
憎悪と欲望と破壊衝動に濁った眼をした、十人あまりの人間が……いや、ただ血と欲望に濁った眼をした獣が、少女に剣と鍬と松明とピッチフォークを向けながら、ただただ怒号をまき散らす。
絶望だけが残された少女は、ただ目蓋を閉じようとした……
その、瞬間だった。
「……俺を呼び出したのは、お前、か?」
いつの間にか、少女の前には、一人の少年が立っていた。
その肩に剣を受け、その頭に鍬が食い込み、その身体をフォークが貫き……明らかな致命傷を受けて傷口からは血が噴き出しているというのに、顔色一つ変えることのない。
その若者は、少年と青年の間だろう年齢で、姉と大差ないように見える。
そんな彼の髪の色は真っ白で、服は粗雑なぼろ切れを纏い、筋骨もさほど発達しているようにない。
だけど、その身に刃を受け止め平然としている彼は、明らかに人間ではないと言うのに……なのに、こうして見るだけでは、ただの若者にしか見えないことが、逆に恐ろしい。
「もう一度、問うぞ?
お前が、俺の召喚主か?」
「……は、はいっ!
この連中を、殺してっ!
潰してっ!
砕いてっ!
斬って刺して刎ねて、八つ裂きにしてっ!
姉を殺した、パパを殺したっ、ママを殺したふざけた神をっ!
どうか、皆殺しにして頂戴っ!」
少年の呼び声に、少女は叫ぶ。
眼前の全てに憎悪を込めて……ただ己の思い通りにならない世界を、神を、何もかもを破壊するように。
「くそっ、何だコイツっ!
不死身の化け物かっ!」
「いや、武器は刺さってるんだっ!
もっと刺せば、少しくらいっ!」
「……了解した、我が召喚主。
対価は、これから積み重ねる死を引き受けることだ」
そうして貫かれながら、斬られながらも、その少年はそんなモノなど慣れているとばかりに顔色一つ変えようとせず……召喚主に問いかける。
「これから横たわるはお前の殺意が作った屍だ。
これから積み重なるのはお前の罪になる。
それでも良いなら……」
その問いは、現れた滅びの神にとっては非常に大事なものだったのだろう。
自らが攻撃を受けていることよりも、少女が窮地にあることよりも遥かに大切な問いかけのようで……少女のこれからを慮るように問いかけてきたのだ。
「構わないっ!
さっさと殺してっ!
こんな連中、一人残らずっ!」
だけど、少女にはそんな配慮は通じない。
何故ならば、明らかに人ではないこの神ならば、少女が救われるのだから。
何故ならば、明らかに人ではないこの悪魔ならば、少女の憎悪を叶えてくれるという確信があるのだから。
だからこそ、少女はそう叫ぶ。
この場にいる獣全てを眼前から消し去って欲しいという願いの……いや、殺意のままに。
「ならば、これからしばらく、共に歩もう。
血と臓物と屍の道を。
憎悪と力で切り拓く道を」
その滅びの神がそう呟いた途端……その何も持たぬ手が、ただ振るわれる。
癇癪を起した子供がただ振るっただけのような、何の武術の痕跡もない、力もそう込められたようにないその手は。
「……えっ?」
剣を持った屈強な男をまるでゴミのように薙ぎ払い、松明を持った男の頭蓋を叩き割る。
その行為は……まさに人外の化け物にのみ許される暴挙だった。
何の殺意もなく、何の感慨もなく、何の気負いもなく……命をただ奪ったのだから。
「そんな場所でも、たったの一人きりよりは……遥かに楽しいからな」
少年は小さくそう呟き……残る生贄に向けてそう呟く。
その顔は力を振るう喜びもなく、命を奪う罪悪もなく、何か善悪どころか人が感じられる全ての感情を投げ捨てて来たかのように表情一つ浮かばないまま。
「う、うわああああああ。
何だこの化け物はっ!」
「に、逃げ、逃げろぉおおおおおおっ!」
少女狩りを楽しんでいた男たちは、狩られる立場になった途端に情けない悲鳴を上げて逃げようとするものの……塩と破滅の神がそれを赦す訳もなく。
すぐさまその悲鳴は静まり……周囲にはただ血と臓物の臭いが漂うだけの、静寂が訪れていた。
「助かったわ、神様。
そう言えば……神様の名前って聞いたこと、なかったわ。
宜しければ、御名前を、窺ってもいいかしら?」
「ああ、俺の名は……」
そうして少女の呪怨と慟哭に導かれ……殲記の幕が、またしても開かれたのだった。
こちらが、もう一つ思いついていたエンディングルートでした。
こっちの方が希望がある……ように見えて、実のところンさんの終わりが長引くだけという救いようのない終わりなのですけれど。
書いていて楽しいのは、やっぱりこっちの方でしたね。
これにて、ンディアナガル殲記、終了です。。。
2021/04/29 08:12 ふと見たタイミング
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2021/06/15 22:12 下三ケタが良い感じだったので。
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久々に確認したので。
2023/06/17 20:28
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2025/10/17 16:14確認時
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