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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
陸 第六章 ~完璧な世界~
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陸・第六章 第二話


「……は?」


 少女の口が放ったとんでもない言葉……眼前の少女がンディアナガルを名乗ったことと、俺自身とラーウェアの子供という更に突拍子もないその言葉に、俺は返す言葉を持たず……ただ唖然としてそう呟くことしか出来なかった。

 とは言え、それは当然だろう。

 俺自身、ラーウェアに唆されて召喚された……あのくそ長い名前の髭爺の言葉が正しいのなら、記憶にある俺自身はあの召喚時に死んでいて、今の俺は記憶にある『俺』の複製体に過ぎないらしいが……その辺りの「我思う故に我あり」的な哲学を放棄しても、俺自身の記憶ではラーウェアと子供を創るような行為をした覚えが全くないのだから。

 そんな俺の疑問を読み取ったのか、こともあろうにンディアナガルを称する少女は笑顔のままに言葉を続ける。


「実のところ、パパが認識している本体(・・)のンディアナガルとはちょっと違ってて。

 説明すると、ちょっとややこしいんだけど」


 その言葉で俺の混乱が更に増したことに気付いたのだろう。

 少女は小首を傾げて数秒ほど悩んだ後……ようやく言葉が整ったのか、軽く手を叩いてから説明を始める。


「取りあえず……最初は、ラーウェアママの計画から始まったんだよ、パパ。

 自分の因子を本体の中で育て……パパと共に永遠を生きるという計画が、ね」


 そう言いながら少女は、右腕の上部に創造の権能を纏い……どこかで見た記憶のある少女の肉体を創り出す。

 ソレは、ラーウェアの……正確に言うと、ラーウェアの憑代になってしまった、身体の半分が火傷で覆われている心が壊れた少女の身体だった。


「そして、ラーウェアママが自分の因子を植え付けたのは、ンディアナガルの……ボクの本体の、壊れて捨てられた中枢の残滓みたいなモノだったんだ。

 そして、ボクはパパと一緒に数多の世界を旅して、こうして成長して……やっと具現化することに成功した。

 だから、正確に言うとボクはラーウェアでもあり、ンディアナガルでもあり、パパに育てられた娘でもある、って訳」


 そんな言葉を続けながらも少女は、左手の中に巨大な怪獣っぽい生き物を……あの塩の荒野で俺の背後に幻視した、恐らくはンディアナガル本体だと思われる生き物の姿を創り出す。

 そして、そう説明を終えた眼前の少女は、その二つを混ぜ合わせ……自分の姿のデフォルメだと思える形を創り上げる。


 ──なる、ほど?


 だからこそ少女は自分自身をンディアナガルと呼んだのだろう。

 本当にその説明が正しいのなら、彼女はンディアナガルの中枢だったモノが混ざり合っていることになり、俺と存在を重ね合わせ数多の世界を旅してきて、俺が心の中で幾度となく『相棒』と語りかけてきた存在も眼前の少女となる訳だ。

 である以上、彼女の名はンディアナガル以外にあり得ない。

 尤も……その名乗りに俺が納得できるかどうかは別として、だが。


「それにしても、悪意に呑まれて苦痛に耐えきれなくなったからって、わざとパパに殺されるしかなかったのは理解出来るけど。

 そうして殺された自分の因子を、ボクの内部に……『死者を取り込む権能』を使って保存するなんてあざとい真似をする辺り、ホント腹が黒いと言うか、抜け目ないと言うか」


 そう言いつつ、ンディアナガルを自称する少女は手持無沙汰なのか、再びラーウェアの……母の似姿を創り出したかと思うと、その直後に思念で砕いて近くの床へと放り捨てる。

 ラーウェアの似姿を模っていた肉片は、砕かれた直後にあっさりと塩の塊へと姿を変え、大地に吸収されて消えて行く。

 その一連の創造の権能を無駄遣いする様を見て、俺は今さらながらに眼前の少女が「俺と完全に同じ権能を持ち合わせている」のだと理解する。

 ついでに言うと、自らを生み出した……自らを創り出した因子でもあり、ママと呼ぶラーウェアに対して、あまり良い感情は持っていないということも。


 ──そりゃそうか。


 本来のンディアナガルは、世界の憎悪に浸食され世界を枯らした挙句、創造神ラーウェアによって中枢を破壊されたのだ。

 たとえ創造主であろうとも、自らを破壊したラーウェアに対して良い感情を抱ける訳がない。

 俺がそう納得している間にも、この二人きりの完全な世界の中、少女は笑顔のまま俺に向けて言葉を続ける。


「そうして埋め込まれたラーウェアの複製体は、数多のおばさんたちを……祖父を含めて創造神たちの能力を食べることで、成長したんだ。

 元々中枢を失っていたこの身体……破壊と殺戮の神ンディアナガルの本体を苗床として、数多の命を食べ、長い時間を貴方と過ごすことで。

 ……こうやって自我を持ち、パパの前に姿を現せるほどに。

 ラーウェアママの計画通りに、ね」


「……そんな、馬鹿、な」


 少女の語る……恐らくは創造神ラーウェアが組み立てたのであろう計画の全貌を聞いた俺は、首を左右に振ってそう呟く。

 実際のところ……あり得ないだろう。

 浸食された自分の身体を殺されることで放棄した挙句、殺されることで自分のコピーを相手に植え付け、しかも、相手にそれを育てさせるなんて無茶苦茶な真似……


 ──いや。

 ──あり得なくはない、のか。


 寄生虫の一種ではあるが、自分自身が寄生している宿主を捕食者に食わせることで、捕食者の体内に移動してその身体の中で育つ……そんな生き物が地球上では存在していた、らしい。

 それもンディアナガルの持つ『天啓』……もしくは、俺が取り込んだのだろう、生物学者の誰かの知識だったのかもしれないが、そういう生き物が地球上にかつて居たのは紛れもない事実だそうだ。

 創造神として数多の権能を持ち万能にも近いラーウェアが、そんな地球の一生物の生態を真似して見せたところで何の不思議があるというのだろう。


 ──そう言えば、あの時……


 氷に閉ざされていた地球の地下で、『不滅の心臓(イモータルハート)』として存在していたラーウェアは、確かにこのンディアナガルを自称する少女の存在を示唆していた。


 ──『それに、もう十分『育って』いるんだから、僕が此処で殺されたとしても役割は果たせること、だろう。』

 ──『僕とキミとの、その子(・・・)を、よろしく。』だったか。


 あの時、ラーウェアの残骸が何を言っていたのかは理解出来なかったが……こうしてわが身の内にンディアナガルを名乗る少女が存在していたと仮定すると、俺を召喚した創造神が何を言っているか、辻褄が合ってしまう。

 つまり、ああして『不滅の心臓(イモータルハート)』となって俺の眼前に存在している時点で、アイツはこうしてンディアナガルが具現化することを予測していたのだ。 

 だからこそ、俺が彼女を受け入れようが俺に殺されようがどっちでも構わなかったのあろう。

 俺がラーウェアを受け入れればソレで彼女の願いは叶うし……俺が彼女を殺せば、ラーウェアの因子はンディアナガルの中に取り込まれ、養分となってンディアナガルを成長させることに繋がるのだから。

 事実、ラーウェアの残骸は「残骸でしかない僕を取り込み、僕本体の望み通り、思うがままに生きると良い。そうして増した力で僕らを創った父神様を討ち、その『創世』の権能ごと、全ての世界を(・・・・・・)呑み込もう(・・・・・)」と語っていた。

 アレは……自分自身の死すらも計算に入れていた証だったのだ。

 そして、その結果としてこうして地球を滅ぼし、周辺世界を滅ぼし、銀河系を滅ぼし、全宇宙さえも全てを呑みこんでしまった現状がある。


 ──要するに、こうなったことは創造神ラーウェアの計画。


 彼女の話を聞き終えた俺は、ようやく納得すると……内心でそう呟く。

 つまり俺は、ラーウェアの立てたその計画とやらの所為で、人々を殺し、創造神を殺し、地球を破滅させ、銀河系を喰らい……


「つまり、俺は、ラーウェアと……お前とに、操られていたのか。

 だからこそ、幾つもの世界を滅ぼし……」


「……ああ、違う違う。

 ボクもラーウェアママも、パパを操ったりしてないよ?」


 そんな俺の呟きは、あっさりとンディアナガルを自称する少女によって否定される。

 いや、正直なところ俺自身、本当に自分が操らていたなんて思ってなんておらず……ただ理由が欲しかっただけなのだ。

 こうやって数多の世界を旅してきて、創造神の力を使って色々なシュミレーションを行って……どうやっても上手く行かなかったのは、俺自身が原因じゃないのだと思いたかっただけ、だった。


「大体、ボクが自発的にやったことなんて、ママの残骸の首をへし折ったのと……

 パパに欲情してた気持ち悪い宇宙怪獣を抉り殺したくらいだし」


「……ああ、あの時か」


 両方とも……いや、宇宙怪獣とやらは今一つ印象が薄いが、ラーウェアの残骸だった『不滅の心臓(イモータルハート)』を俺の手が勝手に突き殺したあの瞬間の、あの絶望は未だに覚えている。

 全人類のデータと引き換えに……いや、全人類を人質に取られた俺は、潔く敗北を受け入れ……

 そんな覚悟も、人類の復活も何もかもが全て水泡に帰してしまった……あの時、腕が勝手に動いた絶望感を、俺は未だに覚えている。

 その所為か、俺の右腕はいつものように知らず知らずの腕に握られ……眼前の少女にあの時の怒りを叩きつけようと、俺が最も信頼できる『拳』という名の武器の形を取っていた。

 ……だけど。


「でも、パパは要らなかったでしょ、あんなの?」


「……なん、だと?」


 俺のその憤怒を知りつつも、ンディアナガルを自称する少女はそう笑う。


「だって、すぐにパパはラーディヌゥクオルン=ヴァルサッカラーヴェウスの……お爺様の持つ『創世』の権能を手に入れたじゃない。

 だったら、あの時ラーウェアママを殺して人類の因子とやらがなくなっても……その直後、何もかも思うが儘に創造出来るようになったんだから、問題なんて起こらなかった、でしょう?

 それに、あんな腹の黒い女の脅迫に屈するパパなんて見たくなかったし」


「……お前、は」


 最後にぼそっと呟いた言葉こそ、この少女の本音だったのだろう。

 とは言え、俺はそれに怒りを覚えることもなく、ただ静かに唸ることしか出来なかった。

 このンディアナガルを自称する少女は、言っていることは確かに正しいのだ。

 あの時……クソ爺の権能を手に入れた俺は、確かに万物を創造出来るようになった。

 いや、なっていた、が正解か。

 万物を創造できる筈の権能は、ンディアナガルの『天啓』が告げるところの「世界が分断されている所為」で、何もかもが上手く創れず……ただ人の形をしていない壊れた死体と出来損ないばかりを創り上げるだけで、俺の目的とする新たな世界には程遠く。

 

 ──もし、あの『天啓』が嘘偽りを告げていたのなら?

 ──もし、『創世』の権能に妨害がかけられていたら?


 ……答えはない。

 それが真実かどうかなんて分からないし、確かめる術もないものの……破壊と殺戮の神ンディアナガルに創造神ラーウェアの残滓が残っていたとしたら、そういう細々した選択肢の節々で、俺の行動が操られていた可能性は否定できない。

 そう結論付けた俺は、眼前の少女に対して覚える不思議な不快感とその「全てを操っているかのような言動」に警戒を若干高めつつ……それらが無意識の内に動作に出てしまったのか、俺は知らず知らずの内にンディアナガルを名乗る少女から半歩ほど距離を取っていた。

 そんな俺を見た少女は、満面の笑みを浮かべながら……警戒の欠片もない、完全に無防備な様子で俺に向けて両手を広げて見せた。


「そんなことなんて、もうどうでも良いじゃない、パパ。

 もう終わったことなんだから」


 少女は警戒の欠片もない様子で俺に向かって歩み寄りながら、そう笑う。


「それよりも、こうして新たな世界が出来たんだから、新しい世界を育もう?

 これからは、無限の時間をボクとパパ、二人だけで暮らすんだから」


 俺に触れるか触れないかの位置で、少しだけ躊躇いながら……まるで本当に初めて出会った父と娘のように少女は警戒心の欠片もない笑顔でそう呟く。

 勿論、初めて出会った父と娘なんて俺は目の当たりにしたことはなく、適当にそんな気がしているだけに過ぎない訳だが。


「一応、意識と身体は女性にしたから……新たな命を産むのはボクの方。

 つまり、妻はボクってことで問題ないよね?」


 そんなことを呟く少女は、自分の胎を……どう見ても成長し切っているとは思えないその新たな命を育む器官の上を触れながら、幸せそうに微笑む。

 未だに彼女が俺の相棒だと……その化身だと信じられない俺は、少女の仕草に全く現実味を感じられず……そもそも娘と名乗った癖に妻とはどういうことだなんて疑問すら抱くことも出来ず、ただ少女の言葉を右から左へと聞き流しているだけに過ぎなかった。


「そう思って創造の力をボクに、破壊の力をパパに配分してるから、逆になりたくなったら言ってよね。

 ボクは、パパがママになったとしてもちゃんと愛せるんだから」


 とは言え、聞き流していてもその台詞だけは本能的に頷けないモノがあり……気付けば俺は首を左右に振っていた。

 現代日本でアニメや漫画などの創作に触れていた頃、たまに女体化とか見た覚えがあるが……流石に通常の恋愛経験すらない現状では、そちら側の性経験(・・・・・・・・)を積みたいとは思えない。

 ……少なくとも今のところは、だけど。


「さぁ、愛し合おう、パパ?

 新たな世界と、幸せのために。

 これから始まる、完全な世界のために」


「……俺、は」


 少女のその提案を聞いた俺は、静かに目を閉じ……



残り二話。


2020/04/21 22:03投稿時

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、これいつもの流れで行くと確実に殴りますよね…… 『その所為か、俺の右腕はいつものように知らず知らずの腕に握られ……眼前の少女にあの時の怒りを叩きつけようと、俺が最も信頼できる『拳』と…
[良い点] 最後にきて思春期の少年の憧れのあんなことやこんなことのチャンスが到来ですなあ 今までの流れだとおじやじゃなくておじゃんになるんですが 最期の最期は最期らしく願いを叶えないと [気になる点]…
2020/04/22 13:43 さすらう若人
[一言] これだけ長期間相棒ポジションにいた人外系ヒロインなのに信頼感欠片もないの酷い
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