陸・第五章 第三話
──何だ、こりゃぁ。
声というか音というか……取りあえずその「何か」に引っ張られるように三日ほど飛んだ先で俺を待っていたのは、一面の星空よりもまだ凄まじい、とてつもない数のUFOの群れ、だった。
もう魚とは言えないのは……めっちゃ尖った短剣みたいな形の船やら、天使の羽根だか孔雀の羽根だか分からない妙な飾りを付けたヤツやら、巨大な人型兵器みたいな浪漫の塊やらが群れの中に混ざっていたから、である。
──すっげぇなぁ。
──大歓迎、ってヤツだ。
またしてもンディアナガルの自動操縦に任せ、気付いた時はこの状態であったため完全に包囲された形になった俺だったが……この期に及んでも俺は、このUFOたちを敵だとは思っていなかった。
そもそも「敵」という存在は、俺にダメージを与えてくる凶悪な連中のことであって……ドクターフィッシュにいくら足の裏を啄まれようが、アレを敵と見做す人はいないだろう。
……要するに俺にとってこの連中とは、その程度の存在でしかなかったのだ。
と言うか、ンディアナガルの直感が警戒を鳴らすこともない以上、この連中は数だけ揃った雑魚でしかないのは間違いない。
──さて、何をしてくるかなぁ?
である以上、コレは俺にとってはただの見世物か大道芸に近い。
すぐさま飽きてしまった宇宙の旅の、未知との遭遇というお題目の芸術だ。
そうして俺が少しだけワクワクしながら連中の動きを眺めていると……一つだけ残っていたボスっぽい人型兵器がこちらへとまっすぐに突っ込んできた。
それどころか、その俺の半分程度の大きさの人型兵器っぽいヤツは、右腕を大きく振りかぶると……何の技術もなく、ただ力任せとしか思えない拳を叩きつけて来たのだ。
──ん?
──殴って来たぞ、コイツ。
その拳を顔面で受け止めた俺だったが……殴られた顔は別に痛くないものの、顔に拳を突き付けられる若干の鬱陶しさの所為で、俺は半ば反射的にその腕を払っていた。
問題は……その適当な動作だけで人型兵器は腕が取れてしまうほど、脆い玩具のような存在だったことだろう。
──マジか。
──軟弱にも程があるだろう?
お菓子の箱に割り箸を突っ込んで出来た子供用の玩具よりもまだ脆いソレに、俺は内心で驚くものの……人型兵器を操っている何者かは全く怯まなかったらしい。
何しろ触れただけで壊れるような脆い身体にもかかわらず、圧倒的強者である俺に向かって残されたもう一本の腕や二つの脚を使って殴る蹴るの暴行を続けてきたのだから、その根性は凄まじいモノがあると言えるだろう。
個人的に、腕がもげても戦い続けるその闘志は認めてあげたいものの……生憎と、一方的に殴られ続け、蹴られ続けるというのは、痛くはないものの非常に面倒くさい。
──あ~、鬱陶しい。
だからこそ俺は、軽く振り払うくらいのつもりで腕を横薙ぎに払ったのだが……運悪く爪が変に引っかかってしまったらしく、UFOたちの最終兵器っぽいこの巨大ロボは真っ二つに裂けた挙句、塩の塊へと化して砕け散ってしまう。
──あちゃ~。
個人的に肉弾戦専用巨大人型ロボットという存在に浪漫を感じていただけあって、若干鬱陶しかったとは言え、反射的に人型兵器をぶっ壊してしまったことに、俺は僅かながらの罪悪感を覚える。
尤も……そんな感傷など次の瞬間にはもう何処かへ吹き飛んでしまっていたが。
──ぉおおおっ?
人型兵器に目を奪われていた所為で忘れていたが……周囲には数え切れないほどの銀色のUFOが群れていて、それらが一斉に俺に向かって光る何かを放ってきたのだ。
その輝きがあまりにも眩しかった所為で、俺は一瞬だけ立ち眩むものの……その程度の光を浴びただけで、今の俺が痛みなんて感じる筈もない。
ちょっと啄まれるような……身体にスポイトを当てて吸う程度の微かな感触があった程度である。
ただ、この宇宙旅行の間にいつの間にか生えて来た蛸足や蜘蛛脚はその光に耐えられなかったらしく、ちょこちょこ千切れてしまっていたが。
──別に痛くもない、な。
──髪の毛とか、爪とかと同じか。
もしくは、かかとの角質が取れた程度だろうか?
取りあえず痛くもなければ不快感もなかった光だが……その輝きが何らかの合図だったのか、直後に近くの宇宙が割れ、巨大な黄色い口が現出してそれらの千切れた触手や蛸足へと喰らいついたと思うと、その大きな口はまた何処かへと消えていってしまう。
──何だっけか?
──そんなレトロゲームをネット動画で……
黄色い口だけのソレに記憶野を刺激された俺は、該当データを脳みそから引っ張り出そうと必死に首を傾げていた。
その間にも遠くのUFOが何やら飛ばしてくるが……破壊と殺戮の神ンディアナガルと存在を重ね合わせている俺には、何の影響もありやしない。
ただ、これだけ集中的に狙われたお陰か、流石の俺も「もしかしてコレって攻撃されているんじゃないか?」という疑問を今更ながらに抱いていた。
直後……下の方から、何か尖った形をしたUFOが俺の股間付近を目掛けて飛んできているのを察知する。
──おまっ、馬鹿っ?
──そこは、狙っちゃダメだろうがっ!
股間の急所……未だにソレが残っているのかちょっと疑問ではあるが、俺は男性だった頃の本能で、「そこ」への攻撃を躱そうと身体を動かそうとして……
──うわっ、何だコレっ?
思うように身体を動かせなかった俺が視線を下すと、黒い髪の毛のような不気味な触手が知らない内に俺の身体へと絡みついていて……どうやらコレが俺の動きを妨げていたらしい。
幸いにして、絡みつかれた状態でも何とか僅かに身動ぎ出来たお蔭で尖ったUFOの「直撃」だけは避けられたものの、ソレに気を取られている間に、眼前から気色悪い奇妙なイソギンチャクやらクジラっぽい生き物の群れが、こちらへとまっすぐに突っ込んで来ているのが目に入る。
──鬱陶しいっ!
──いや、気持ち悪いっ!
流石にイソギンチャクの触手に舐られて喜ぶような性癖を持ち合わせていなかった俺は、慌てて周囲全体攻撃の権能を本能的に選び……『翼』を大きく動かす。
たったのそれだけで、俺の周辺には突風というか真空波のような「何か」が発生し……こちらへと向かってきていた巨大生物は、その「何か」の影響によってあっさりと吹き飛んでいた。
どうやら背中の翼が増えたお蔭で威力も増していたようで、思った以上の効果に俺は呆然を周囲を見渡していたが……この大量のUFOの群れたちは、まるで俺に凄まじい恨みを抱いているかのように、そんな僅かな隙すらも見逃してはくれないらしい。
──おわっ?
──ここで、スライムかっ?
俺が呆けている間にスライムっぽい粘体が眼前に迫っていて……完全に反応が遅れたことと、まだ身体に髪の毛っぽい何かに巻きつかれていて避けることも出来なかった俺は、その生き物を身体中に浴びてしまう。
尤も……俺の身体を覆うンディアナガルの権能は「塩」であり、粘体とは非常に相性が悪かったのだろう。
瞬時にそのスライムは塩の塊と化して、砕け散っていた。
──アホか、コイツ。
要するに、なめくじに塩ぶっかけたようなものだ。
……死ぬのが当たり前、だろう。
まぁ、何もない宇宙空間だから、何だろうが喰ってやろうと思うほどに餓えていたのかもしれないが。
そうして後先考えないアホが勝手に一匹散ったことで何となく気が抜けてしまい、軽く息を吐いた俺だったが……その気が抜けたところへと狙いを定めたかのように、またしても下方から尖ったUFOたちが襲い掛かってくる。
──くそっ、人様が動けないのを良いことに……
──流石に、鬱陶し……って、あれ?
いい加減、消え失せろと心の中で念じた所為、だろうか?
どういう理屈か、さっきの『翼』では吹き飛ばなかった千切れた蛸足やら蜘蛛脚などが、突如として変形を始め……今までに何度も目の当たりにした忌々しい蟲たちへと姿を変え、俺に襲い掛かってきている尖ったUFOたちの方へと突き進み始める。
尤も、短剣のように尖ったUFOと噛みつくだけの蟲では軍配はUFOに傾くらしく、蟲は次から次へと斬り殺されていっているが……まぁ、UFOも自爆して果てているから俺にとっては悪くない結果と言えるだろう。
それどころか、蟲たちは更にファインプレーを見せてくれた。
──お、巨大な口。
──ぱっくまん、だっけか?
非常に古いレトロゲームを実体化したような、さっきちらっと出てきて人様の蛸足やらを喰った変な生き物が、何故か現れ……どうやら蟲たちに身体を口内から齧られているようで、その苦痛に耐えかねて飛び出してきたらしい。
そのままソイツは食い尽くされて死んでいったが……一体何がしたかったのだろう?
──やっぱ宇宙って食糧難なのか?
さっきのスライムもそうだし、巨大なイソギンチャクやクジラ擬きも……もしかしたらまだ生きている大量の魚型UFOも、飢えに耐えかねた挙句、俺に向かって襲い掛かってきているのかもしれない。
事実、UFOたちはまたしても妙な光線を放ってきていて、その光線が皮膚に吸い付く感じが妙に鬱陶しく……ひょっとしたらコレは「この魚擬きの食事」なのかもしれない。
とは言え……流石の俺も、黙って喰われてやるほど聖人君子な訳もなく、いい加減この大量のUFOにも飽きてきた。
──コイツも、そろそろ消さないと、なぁ。
俺はそう念じながら、さっきから身体に巻きついたままの髪の毛っぽい何かを引き千切るべく力を込める。
たったのそれだけで、髪の毛は千切れて塩へと化し……俺はようやく身体を自由に動かせるようになっていた。
そうして俺が身体の自由を確かめている間も、先ほどの光でまたしても千切れた蛸足から蟲たちが溢れ、気付けば周囲の魚型UFOたちへと逆襲を始めており、次々に周囲の輝きが消えていくのを俺はのんびりと眺めていた。
──こりゃ、放っておけば終わる、か?
正直、ちまちま小魚を狩るのも面倒だった俺は、周囲の掃討を蟲たちに任せようと大きく欠伸を噛み殺……
したところで、またしても巨大な人型ロボが真正面から堂々とこちらへと向かってきている姿が目に入る。
──お、二号機。
──今度は、分解してみるか?
蟲たちに喰らいつかれながらも、俺へと真っ直ぐに飛び込んでくる人型巨大メカを眺めた俺は……ちょっとだけ好奇心を抱いてソイツを捕まえる。
ガンプラとか子供の頃に組み立てた記憶のある俺だったので……実は、ちょっとだけ関節部とか興味があったのだ。
尤も、軽く掴んだだけでその人型ロボは崩壊を始めていて、更にソイツがジタバタと暴れる所為で各部がますます壊れていくという悪循環に陥っていたが。
──しゃーない。
──逃がすか。
言っちゃ悪いが、これは俺にとってはただ手に取っただけで壊れるような安っぽくて脆い玩具……いや、操縦手がいるのだから、弱々しい小鳥か小魚みたいなモノでしかない。
ちょっとだけ学術的な興味があったのだが……こうも抵抗される以上、無理に掴んでぶっ壊すというのは、漢の浪漫的に何かが違う気がする。
そう判断した俺は、惜しみつつも人型ロボから手を離し……
──うぉわっ?
──目がっ、目がぁあああああああああっ?
手を離そうとした瞬間、巨大人型ロボは自爆したらしく………眼前でソレを喰らった俺は、あまりの眩しさに顔を押さえて悶え苦しむ羽目に陥っていた。
尤も……その爆発は思ったよりも激しかったらしく、周辺のUFOどころか蟲たちまで全滅してしまったようだったが。
──あ~、何がしたかったんだ、コイツ?
味方全てを撒き込んで自爆した巨大ロボの壮絶な最期に、俺は首を傾げるものの……答えなんて出る訳もない。
と言うか、味方と連携も取らずに突っ込んで来て、ただ掴んだだけでボロボロになった挙句、味方を巻き込んで自爆した訳だから……どれだけ考えてもその行動原理は理解出来る気がしない。
そんな結論に至り思考を放棄した俺は、この宙域から少し離れた場所に残されている巨大な戦艦っぽい建造物に視線を向ける。
そこは何かの工場だったのか、巨大なクレーンっぽい腕が右往左往していたが……先ほどの爆発でかなりの部分が壊れたらしく、ただ自己修復を繰り返しているように見える。
──さっきの人型兵器、此処から出てきたんだっけか?
そう思った俺は、軽く外壁を剥ぎ取って調べてみるものの……もう巨大メカのロットは完了してしまっていたのか、あの銀色のUFOをたくさん作っているだけの工場にしか見えない。
それらも俺が中身を調べるために強引に開いた所為で宙域に放り出されることとなり……ンディアナガル本体がDHAを欲しているのか、俺から生えている触手に次々と破壊された挙句に吸収され、破片の一つもこの宙域に残らなかった訳だが。
──呼び声?
──あっちから、か……
そうして大きな工場を予期せぬ形で大破させてしまった俺は、他に取り残しがないかを確認した上で、寒くならないように近くの恒星エネルギーを喰らい尽くした上で、その声の方へと翼を羽ばたかせる。
幸いにして次の呼び声の場所は、近くにあるどこかの星系の巨大ステーションだったようで、俺はその人工物も拳の一撃で大破させ……そうして喧しい人工物を破壊し終えてすぐに、どうやらその妙に不快な呼び声は、周囲の惑星群からも響いてきているようだと気付く。
──鬱陶しいっ!
俺は苛立ちに任せて近隣の惑星群を『爪』で薙ぎ払って粉砕し……まだ鳴り止まない呼び声の響いてくる方向へと向かう。
そうして声に導かれるように、次から次へと二十ほどの星系を破壊した時のこと、だった。
──あった。
俺はようやく、呼び声の中で最も音のデカかった、不快感の元凶と思しき場所……その巨大な、肉で造られたような惑星を発見していた。
その巨大な肉塊は、俺が近づくのを待ち構えていたかのように、ゆっくりと形を変え始め……奇怪な化け物の形を取り始める。
変化した後のソレは、女性のようなフォルムをしただけの、下半身は六本も脚が生えていて背中には六対の翼があり……何よりもあちこちから触手が生えてうねうねしている気持ち悪い化け物と化したのだ。
俺は自分とほぼ同じサイズだと思われる、その奇怪な化け物の異様さに一歩退くものの……両手を広げて迫って来るソレは、どうやら敵意がないように見える。
──和平交渉、か?
──降伏するのかも、な。
ちょっとばかり気持ち悪い外見をしている、俺と同サイズのその化け物は、何を考えているのか良く分からないものの特に敵意は感じられず……別にコイツらを滅ぼしてやろうという確固たる意志を持っていなかった俺は、何となく様子を見ることとした。
事実、ソイツはただこちらへとゆっくりと迫って来るだけで……飢えに飽かせて俺を喰らおうとする気配は見当たらない。
──何が、したいんだ、コイツ?
妙に扇情的な……まるで愛を語ろうする化け物の仕草に、俺は首を傾げながらもその様子を眺め続ける。
実際問題、流石にこんな化け物が愛を語ろうとしているとは思えないが……徐々に近づいてくるソイツを眺めながら、俺はびっくり箱を眺める心持で待ち構えていた。
その時、だった。
──あれ?
突如、俺の右腕が勝手に動いたのだ。
しかも、勝手に動いた筈の右腕は見事に眼前の化け物の胸をまっすぐに貫いていて……正直、俺の意思とは無関係に動いたという割には、その動作は妙に殺意が高すぎた。
──あ~、俺じゃないってことは。
──本体の方か。
俺は面白そうで嫌いではなかったのだが……俺と存在を重ね合わせている破壊と殺戮の神ンディアナガルはこの化け物をお気に召さなかったらしい。
嫁姑問題でも、同居人の相性が大問題になるご時世だ。
今現在進行形で塩の塊と化して滅んでいるこの化け物がもし俺と仲良くなっていたとしても……ンディアナガルと相性が悪いのならば、どの道長くは続かなかっただろう。
──友人、いや、ペットにくらいはなれたかも、な。
そもそも意思の疎通が出来ないのでそれも怪しかったが……まぁ、だからと言って仲良くなれたかもしれない相手だ。
一応、手を合わせて冥福を祈ってやることとする。
──それにしても……鬱陶しいな、この音はっ!
意図せぬ形ではあったものの、このやかましい呼び声の発生源だと思われた、巨大生物をうっかり殺してしまったが……それでも呼び声は鳴りやまず、近くから遠くからとあちこちから聞こえてきて非常に鬱陶しいことこの上ない。
──取りあえず、この鬱陶しい音を止めるとするか。
俺はそう決めると……少し遠くの惑星の近くから聞こえてきているような、このやかましい呼び声を消すために、背中から生えている六対の翼に力を籠め……
その声の元へと大きく羽ばたく。
近くにあった、呼び声の響いてくる天然の惑星を三つほど潰し、連星となっていた金属の惑星を叩き潰し、連なっている巨大な衛星を潰し、恒星にくっついて光線を放ってきた巨大な人工物を殴り壊し、輪っかの形になっていた金属塊をへし折り……
途中に呼び声の響く恒星近くの何かを潰し、恒星そのものを潰し、惑星を潰し衛星を潰し船を潰し人工惑星を潰し……
ようやくその鬱陶しい音が聞こえなくなってきた頃には……俺の知る限り、近くにあった人工物は何もかもが消え失せていたのだった。
……残り四話(本当に終わるんだろうか?)
2020/03/04 23:02投稿時
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