陸・第五章 第二話
──それからは、宇宙を飛び回る日々の始まりだった。
何しろ宇宙は寒いのだ。
恒星を喰らい尽くせば一時は寒さを忘れるものの、また数日……太陽すらもない宇宙空間で一日という概念が正しいとは思えないが、大体それくらいの日数が経った頃に、俺の身体はまた寒さを覚え始め……
寒さから逃れようと、俺はまたしても近くの恒星へと飛び込み、その熱さにもだえ苦しみ……熱さを忘れる頃、またしても寒さに耐えかねて暖かな場所を求めて新たな場所へと旅立ち……の繰り返しである。
そうして、右へ左へと一体どれくらい旅をしたことだろう。
「ああ、宇宙は広かったなぁ……」
虚空に漂いながら、自分で創り出した空気が充満した空間の中で、自分の声を聴いて正気を確かめるように、俺はそう呟く。
事実、そうして旅立った後に見聞きした宇宙は、本当に面白いことでいっぱいだった。
星々の間を縫うように糸を張り巡らせる馬鹿デカい蜘蛛に、海水を周囲に散らばらせたブラックホールの奥底にいた巨大な蛸。
こいつらを叩きのめしたら何故か俺の身体……ンディアナガルと同化して異形と化している俺の身体から触手やら脚が生えてきて吃驚したものだ。
他にも、恒星間を飛び交っているらしき巨大なクジラに、大量の奇形の山羊の群れとその母体、沸騰するような肉の惑星、生きているように燃える恒星など……本当に破壊と殺戮の神ンディアナガルとして数多の異世界を旅した筈の俺でさえ、驚きを隠せない生き物と大量に出会えたのだ。
──中でも、あの銀色の群れは凄かった。
星の中に飛び込んだのが何度目かなんて既に数えもしなくなった頃に、あの銀色と金色の凄まじい群れは今でも印象に残っている。
あれはそう……いい加減恒星の中に飛び込むのにも飽きて、完全に作業化した日々の中で、いつしか細かいことを考えなくなった……そんな日のこと、だった。
──ん?
銀河系を幾つ喰らったか分からないものの、宇宙を飛ぶ旅路を繰り返していた俺は、不意に身体にぶつかった何かの感触にふと我に返る。
──いつものような……隕石じゃない?
身体に当たった感触が、隕石群に突っ込んだ時の、霧の中に入っていくようなスカスカとした感触じゃなく、もうちょっとマシな……綿菓子程度の実体があるような感覚、とでも言った方が正しいだろうか?
勿論、そんなのは比喩でしかなくて、隕石にぶつかった時も一応の衝撃を喰らうのは事実であり……正直、ただの感覚でしかないので言葉にはし辛いものの、今回の衝撃は何というか「ダメージの中身が違った」のだ。
兎に角、そんないつもとは違う衝撃に意識を取り戻してみれば、そこにはキラキラと輝く未知なる魚っぽい何かが大量に浮かんでいた。
──何処だ、此処は?
記憶にあった、もう見飽きるどこじゃないほど目に焼き付けた「周囲に星空しかない宇宙空間」とは酷く食い違っているその光景に、思わず目を奪われた俺は、現状把握のため必死に周囲を見回してみる。
どこぞの惑星の周りを、銀色の魚か船か……よく分からない何かが取り囲んでおり、その銀色の何かに俺はぶち当たってしまったらしい。
──完全に、寝てたな、くそったれ。
俺はそう反省混じりに溜息を吐く。
事実、宇宙という知覚すら出来ないシャレにならない規模の、延々と何もない空間の中で旅を続ける最中に、俺は居眠り運転……と言うか、全自動運転に近いやり方を身に着けていた。
まぁ、正直なところ……中枢である俺じゃなく、本体の方であるンディアナガルの方に身体の操縦を預けているだけなのだが。
──しかし……何だこれ?
眼前に浮かんでいたその銀色の魚っぽい何か……完全に未確認飛行物体っぽい物体なのだが、何となく気になった俺は、ソレに手を伸ばして調べてみることとする。
尤も、ソレはよっぽど脆い物体で出来ているのか、俺が触れただけでパリンとまるで砂糖細工のように砕けて散ってしまったのだが。
──おおお?
──何だコレ、何だコレっ?
そうして触ってしまったのが契機となったらしく……周囲のUFOたちは突如としてキラキラと輝き、こちらに何か光を放ち始めた。
ぱちぱちと身体に何かが当たってる感触はあるのだが、痛いとも思わず、ぶつかってキラキラ光る訳だから、歓迎されているようにも思える。
その輝き……久々に見た人工物っぽい光に目を奪われていると、突如として周囲のUFOたちが一斉に何かを放ち……その何かが俺にぶつかった瞬間、それらは俺の皮膚の周囲でまるでイルミネーションのように輝きを放ち始めたのだ。
──おお。
──面白いな、こいつら。
そうして周囲の銀色たちを眺めていると、何故か数々の銀色UFOたちが透明の壁っぽいものを展開し……光がぼやけてしまう。
さっきまでキラキラと輝いていたイルミネーションがボヤけてしまったことに不満を覚えた俺は、その透明っぽい壁が創造神が使っていた空間の歪みっぽいものだと悟り……取りあえずその壁っぽい何かを取り払おうと、腕を伸ばし……どうやら無意識の内に『爪』を放ってしまったらしい。
効果は抜群……を通り越して、少しばかりやり過ぎたようだった。
俺が半ば無意識下で放った『爪』は、透明の壁をあっさりと切り裂いたばかりか、その背後にいた銀色のUFOを真っ二つに切り裂いて砕いてしまったのだ。
──あちゃ~。
──距離感も掴めないし、相変わらず制御も無茶苦茶だ。
別に殺す気もなければ壊す気もなかった俺は、その結果に少しだけ反省するものの……まぁ、別に知性もなさそうなただの銀色の魚擬きでしかない相手を殺したところで、今さらべつに罪悪感を覚えることもない。
ただ、このスカスカのクソ広い宇宙の中で、小さいなりに光り輝く綺麗なものが一つなくなってしまった、という程度の感傷を抱く程度である。
と、そんなことを考えつつ、周囲の銀色に輝く魚擬きたちを眺めていた時のことだった。
──ぅげ。
突如として、周囲の魚擬きたちが「ひらき」になったかと思うと……どういう仕組かは分からないが、その割れた部位からカタツムリのように妙な触角っぽい突起が突き出してきたのだ。
ただし、問題はそうして魚擬きのUFOたちが真っ二つに割れたこと、ではなかった。
破壊と殺戮の神ンディアナガルの視力だからこそ捉えられたのだが、開かれた魚擬きの中には非常に小さな試験管というかメスシリンダーというか、そういうガラスっぽい容器が入っていて……その中身は培養されているような『脳みそ』だったのだ。
──何だありゃ。
──趣味が悪いというか……何というか。
そのちっぽけな脳みそを見た俺は、内心でそう呟きながら……大きく溜息を吐き出す。
何しろ、もしもこの銀色の魚が知的生命体だったとしても、こうして脳みそだけしかないのだから、俺の恋愛的相方にはなり得ない。
──っつーか、雄と雌の区別、あるのかコイツら。
この連中の性別がどっちであったにしろ、同性愛が御免とかいう以前の問題で「雌雄の区別すらつかない脳みそ」と性的にどうのこうのする欲求なんて俺には微塵も存在せず……よって、コイツらの存在は、俺にとって価値のないものでしかない。
そうして俺がせっかく出会えた知的生命体の残念さに溜息を吐いている間にも、銀色の魚たちは突き出した角から良く分からない「何か」を凄まじい勢いで放ち……
──うぉっ?
その角から放たれた「何か」は、俺に向けて飛んできた筈なのに……ぶつかった場所が「引っ張られる」という訳の分からない感触に襲われるという、奇妙なもの、だったのだ。
──意思疎通の方法か何かかな?
──いまいち、この生き物が分からん。
この連中がこちらに興味を持っているように……俺も先ほどの一撃を喰らったお蔭で、この連中に興味が湧いてきた。
──ちょっとばかり捕まえて、調べてみるか。
それに、所詮は魚擬きでしかなく……しかも、これほど凄まじい数がいるのだから、ちょっとばかり潰してしまったところで大勢に影響はないだろう。
そう決めてしまえば、後は簡単だった。
翼を動かして中空を飛び、ぴかぴか輝き続けている銀色の魚を捕まえて調べる。
二度三度とちょっとばかり力を込め過ぎた所為で砕いてしまったが、三匹目辺りでようやく爪に突き刺して捕まえることに成功する。
……とは言え、はっきり言って調べた結果は非常に面白みのないモノだった。
──鉄くず……機械じゃないか、コレ。
──なら、脳みそは培養されただけの、部品の一つか。
要するに、コレは魚でもなんでもなく……文字通りUFOだったらしい。
文明の形式が地球とはかけ離れていた所為で、すぐさまコレらが機械だと思えなかったのが判断ミスを招いた原因だろう。
ついでに言うと、ンディアナガルの権能のお陰で餓えることはないものの、食べるものが何一つ見当たらない……実は、この食べ物一つすらもない宇宙の旅に飽き飽きしていた俺は、このこのDHA豊富な気がする奇妙な脳みそ含有金属魚をちょっと齧ってみたのだ。
とは言え、当然のことではあるが、これらの銀色の魚はやはりただの鉄くずでしかなく……美味しいどころか味すらもしない。
そして……
──そうと決まればもうコレらに用はない。
俺がそう心の中で呟いた、次の瞬間だった。
突如として俺の身体から生えていた、巨大蜘蛛の脚と、ブラックホールの奥で寝ていた蛸の化け物の足が動き出したかと思うと、近くのUFOたちを叩き潰し始めたのだ。
まるで俺ではない何者かの意思があるような、その動きを見た俺は……
──変な権能、手に入れてしまったなぁ。
そんな、どうでも良いような感想を内心で呟きつつ……自動で動くそれらの蜘蛛脚と蛸足とを眺める。
銀色魚は次から次へとこちらに何やら光る物体を飛ばし、その代わりに蛸足や蜘蛛脚に潰されていくのを繰り返し続けている。
どうにもこの奇妙な銀色UFOは変な性質を持っているようで……どの角度からどんな攻撃をしても、何故か粉々に飛び散っていくのだ。
それが何となく面白くなった俺は、蜘蛛の脚やら蛸足を自分で操って適当に殴る刺す払う潰す押すと様々な攻撃方法で試していた。
そうしてどう攻撃しようが粉々に飛び散るこの変な銀色魚を潰すのにも飽きてきた頃……俺の目に、不意に群れの中で跳びぬけて一つ大きな個体が写り込む。
──おおお?
──あのデカいのがボスか?
そろそろ雑魚狩りにも飽きて来ていた俺は、大技を放ってボスを潰すことで、この雑魚狩りという単純作業を終えようと、口を軽く開くと権能をコンマ一秒で溜め……口から『主砲』を放つ。
当然のことながら出力を落し、軽く一匹だけを狙ったその『主砲』だったが……何故かソイツは一撃で崩壊せず、半分ほどが残っていたのだ。
──へぇ。
──中身は何で出来ているんだろうな?
もしかしたら食べられるかもしれないという、微かな好奇心と期待を込めて俺はその銀色の大きな魚に爪を突き立て……何か中身に銀色の小人がいたような気がしたが、それもンディアナガルの『爪』の前ではあっさりと潰れて消えてしまったが。
──お、ボス撃破したからか?
そうして期待外れだったとは言えデカいボス魚を潰したお陰か、周囲のUFOたちは急速に動きに精彩を失い……と言うか、さっきまでインチキかと思えるような質量を感じさせない奇妙な動き方をしていたのだが、それが瞬時に消え失せる。
それが原因だったのか、縦横無尽に動いていた銀色の魚たちは突如として慣性の法則に従うこととなり……結果、各々が次から次へと空中衝突して砕け散る羽目に陥っていた。
まぁ、密集陣形を取りながらも器用にぶつらからない動き方をしていたものだから、一気に動きの連携が取れなくなれば、そうなるのも当然なのだろう。
勿論、半数以上は空中衝突を免れて生き残っていたものの……俺の蜘蛛脚が急に四方八方に何かを放ち、それによって全ての銀色UFOたちは真っ二つから三枚おろし、ぶつ切りなど色々な形状に切り裂かれ、散っていく。
──糸の、権能か。
──使う機会、ないだろうなぁ。
そもそも破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能は、もうかなり凄まじい数になっていて、正直なところ、俺は全ての権能を使いこなせるなんて考えてもいない。
と言うか、糸を飛ばすなんてあの腐泥に生えていた聖樹での戦いでは使えただろうが……こんな触れる物すら何もない宇宙の中でどうやって使えと言うのだろう?
──ん?
──何だ、こりゃ?
そうして俺が新たな権能について考えている間にも、周囲に飛び散っていた破片たちが、蜘蛛の脚から飛び出た糸によってくっついて引っ張られ……俺の身体へと貼りついていく。
──回収、している?
ンディアナガル本体がこれらの破片を欲しがっているのか、それとも単純にキラキラして綺麗なものを集める性癖をこの蜘蛛が持っていたのか。
まぁ、理由はどうあれ、俺の意思とは無関係に……ほんの数秒ほどで周囲に飛び散っていた数え切れないほどの破片たちは蜘蛛の糸によって引き寄せられ、それら全て俺の身体の中へと吸収され消えてしまっていた。
勿論、特に何か問題がある訳でもないので、俺はその動きに抵抗することなく、静かに脚たちが動きたいようにさせていたが。
と、そうして欠伸を一つ吐いた時のことだった。
──っと、何だこの音?
──呼んで、いる?
その音の出所なんて分かる訳もない。
と言うか、声なのか音なのかすらも分からない。
だけど、何か……こう、惹きつけられるような何かの音が宇宙の彼方から響いてくる感覚に、知らず知らずの内に俺は、その音の方へと視線を向けていた。
──罠、か?
──いや、俺と同レベルの異種族、かもな。
尤も、結果がどちらであろうとも知ったことじゃない。
罠なら敵を皆殺しにすればいいだけだし、同レベルの異種族ならば交流くらいは出来るに違いない。
ただの音だったにしろ……どうせ俺には急いで行くような当てもないのだ。
そう結論付けた俺は、景気付けとばかりに近くに転がっていた知的生命体すらいない、地表の半分ほどが消し飛び、残り半分も灼熱地獄となった惑星を手で掴んで握りつぶすと……背中に生えた六対の翼を大きく広げ、音の鳴る方向へと飛び立ったのだった。
……残り五話(思ったより進まなかった)
2020/02/26 21:17投稿時
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