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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
陸 第五章 ~破壊と殺戮の行く末~
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陸・第五章 第一話


 ──どうして、こんなことになったんだ……


 俺は虚空をただ意味もなく浮かびながらそう自問自答するものの、答えなんてある筈がなく……そもそも宇宙空間では音すら響かないのだから、自分の呟き一つ耳に届かない。

 いや、その前に、今の自分は真っ当に日本語を話せるのだろうか?

 既に自分の身体の大きさを比較するモノすらなくなった……俺が生まれ育った地球も、見慣れた月も、夏には鬱陶しく見上げた太陽すらも、もう既にこの宇宙には存在していない。


 ──それどころか……


 四方八方上下左右どう見渡しても、既に光の輝きすらない宇宙空間しか目に入らない今となっては、太陽も地球も月も「ただの記号」以外の何もでもなくなってしまったが。


 ──どうして、こんなことに……


 そんな虚無の中、俺は再度そう自問自答したが……やはり答えなんて出る訳もなく。

 仕方なく俺は、精神の安定を図るためと、久々に自分が言葉を離せるかを確認するためだけに、自分の周囲に三百キロ半径くらいの空気の層を創り出し(・・・・)……この宇宙へと飛び出した日のことを思い出す。


「……最初は、順調だったんだ」


 幸いにして俺はまだ言葉を……日本語を忘れていないようで、多少声質は野太くなった気はしたものの、その声はまだ俺のものだと分かる声だった。

 そうして自分の声を聴きながら思い出すのは、あの日……もう名前も忘れた創造神のクソ爺が創った置き土産を全て破壊し、ついでに太陽と太陽系の惑星までもを全て吹き飛ばし、宇宙へと飛び出た日のことだった。




 ──さぁて、次の世界……いや、星か。

 ──一体、どんな場所だろうな?


 宇宙……最後の(ファイナル)開拓地(フロンティア)とまで呼ばれるほどの、誰も見たことのない世界へと飛び出すのだ。

 男子たるもの、一度は憧れる新世界への旅立ちに……あまりその手の冒険心とは縁のない筈の俺でさえ少しばかり胸が高鳴っていたのだろう。

 知らず知らずの内に俺は、そんな独り言を呟いていた。

 尤も、音を伝える空気すらない宇宙空間では、その独り言すら聞こえてこない無音の世界でしかなかったが。

 そんな浮かれたままの俺は、宇宙空間を闇雲に飛んで……翼の権能を使って飛び、『爪』の権能を使って虚空を掴んでは跳ね、同じように両手で犬かきクロール平泳ぎとさほど意味もない動作を繰り返し、加速し続けて進んでいた。

 そうして好奇心だけを頼りに、何もない宇宙空間を体感時間で三時間くらい経った時のことだった。


 ──いつまで続くんだ、コレ?


 恐らく地球上では考えられない程の速度で進んでいるにもかかわらず、眼前の星……確か恒星とか言って太陽と同じように燃え続けている星は、一切近づいてくる気配がない。

 ……そう。

 旅立った俺を待っていたのは虚無、だった。

 何処まで飛んでもたどり着けない恒星……食べ物どころか岩石、酸素すらも見当たらない宇宙空間、そもそも恒星の大きさも色もまちまちで距離すらも掴めないのだから、どれだけ進んだかすらも分からない。

 『翼』を使って加速しようが、『爪』を使って虚空を掴んで加速しようが、ただ権能を無駄に使っているような……そんな徒労感に襲われるばかり。

 何かのゲームであるように、ワープとワープに挟まれて無限ループに囚われてしまったかのような、ただ無駄な努力を繰り返している恐怖にも似た感覚が湧き上がってきて……それでももう戻る場所もなくしている俺は、ただただ前へ進むことしか出来ない。


 ──しかし、寒い、な?


 その挙句……宇宙空間という場所は非常に寒く、虚空に漂って生活しようとは思えないほどには不快な場所だった。

 いや、コレは破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能があるから「この程度」で済んでいるのであって……もし俺が普通の人間でしかないならば、とっくに凍え死んでいたことだろう。


 ──いや、その前に窒息しているか。


 そんな当然のことに気付いた俺は、何となく笑い……声が出ない事実に少しだけ苛立ちながらも、何とか恐怖に囚われかけていた平常心を取り戻す。

 実際の話、そうして独り言でも呟かなければ、普通に精神が死んでしまいそうになるほど、この宇宙空間という場所は何もないスカスカの……本当に酷いところだった。

 しかも、だ。


 ──どうすればいいんだ、これから……


 今になって気付いたのだが……この凄まじく広い宇宙空間には、休む場所もなければ、寒さを凌ぐ場所もない。

 暖を取るための焚き火もなければ、身体を温める食べ物もなく、日に当たろうにも暖かい太陽すら距離すら分からないほど遠くにある始末である。


 ──『爪』を使って空間を跳ぼうにも……

 ──距離感すら掴めないのだからどうしようもないぞ、コレ。


 勿論、ンディアナガルの権能によって護られている……いや、もはやンディアナガルと同化してしまっている俺だからこそ、死ぬことはないだろう。

 だけど、死ぬことはないからと言って、寒い中、先が見えない道を延々と孤独と徒労感と恐怖に耐えながら進み続けられるかと言うと……まず無理だと判断できる。

 加速する体力があっても、お腹が空かなくても寒さに凍死しないとしても……この虚無を前にしてしまったならば、まず最初に心が死んでしまうのだ。

 事実、寒さの所為か幾ら進んでも徒労感しかない所為か、時間の感覚すらもないどころか、身体の感覚がぼんやりとしてきて……俺は心の何処かで「このまま永遠に眠り続けたい」なんてどうしようもないことを考え始めている。

 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能はかなり便利で融通が利くので、下手に「永遠に眠りたい」なんて考えてしまったら……そのまま起きられないんじゃないだろうか?


 ──このまま、こんな場所で、永久に、眠り続ける?

 ──冗談じゃないぞっ!

 ──俺が旅立ったのは、そんな終わり方をするためじゃないっ!


 寒さと孤独という恐怖の中、俺が下した決断は……「寒いなら暖かい場所へ急げば良い」という至極真っ当なモノだった。


 ──まずは、『翼』をっ!


 自分が現在持てる権能を無理矢理使って出来る限り速度を上げ、この寒さと孤独と虚無感に襲われ続ける宇宙空間を脱出しようと考えた俺が、最初に行ったのは『翼』の改造だった。

 背中に生えている二枚の翼に権能を強引に集めて改造……この辺りは俺と同化してしまった破壊と殺戮の神ンディアナガルに任せ、俺はただ早く飛ぶというイメージを思い浮かべる。


 ──ははっ。

 ──これなら、六倍速が出るって訳かっ!


 そうして改造した結果、俺の背中にあった二枚の翼は六対十二枚の翼となり……知らない内に自分の身体が人間だった頃から随分と変わってしまったのだと今更ながらに気付く。

 とは言え、常人であれば気が狂うような、自分が変貌を遂げてしまったという事実に対しても、今の俺は何ら思うことがない。

 どうやら俺は、自分という存在は既に「人間ではない別の生き物だ」と……とっくの昔に諦めてしまっていたらしい。


「さぁ、行くとするかっ!」


 それでも人間的な感覚を全て無くした訳ではない俺は、自分の周囲に酸素と窒素と……適当に空気を創り出すと、その中で無理矢理声を出す。

 音すらも響かない宇宙空間では、こうして独り言を呟いて精神の均衡を図るのにも結構な手間がかかり……事実、無から空気を創り出すってのは多少なりとも手間がかかった訳だが、それは俺自身の精神的安定を図るための、必要な経費だったと思いたい。

 そうして、久々に自分の声を聴いて落ち着きを取り戻した俺は、自分の声に背中を押されるかのように新たに背中に生えた六対の翼を大きく羽ばたかせると、全力で眼前にある光目掛けて突っ込むこととする。

 

 ──う、ぉっ?


 そうして一刻も早く飛ぼうとした所為、だろうか?

 それとも俺の権能が思っている以上に強化されていた所為か?

 もしくは、俺自身がここが宇宙で、空気抵抗なんてものが一切なく、慣性がモロに働くというのを忘れていたのも理由の一つかも知れない。

 兎に角、十二枚の翼を手に入れた俺はソレらを全力で羽ばたかせ……先ほどまでの六倍となった加速は完全に俺の意想定外であり、その動揺が加わったことで、俺は完全に自らの身体の制御を失ってしまっていた。

 と言うか、その動揺の所為で知らない内に思ったより近くなっていた新たな太陽……青白く輝く恒星に気付くのが遅れ、制動をかけるのをすっかり失念しただけなのだが。


「うぎゃぁあああああああっ?

 あちぃいいいぃぁぁっぁあああああっ?」


 結果として俺は、青白く燃え盛る恒星に真正面から突っ込むこととなってしまい……絶望的なその熱量を皮膚で味わってしまった俺の口からは、知らず知らずの内にそんな悲鳴が零れ出ていた。

 声が耳へと伝わったのは、純粋に燃え盛る恒星周辺には水素を始めとした燃料があったお蔭、だろう。

 尤も、その事実なんて俺には何の助けにもならず……事実、それらの燃料の所為で俺は生きたまま焼かれるという地獄を味わうこととなったのだが。


「あじじじじじっちぃぁあああああああっ!」


 何しろ数分前までの俺は、全身の体温を奪われてしまうような、極寒の世界で必死に暖を求めて彷徨っていたのだ。

 それが、気付いた途端に燃え盛る炎の中に放り込まれたのである。

 ……寒暖差に悲鳴を上げるのは当然だろう。

 尤も、俺の身体は破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって護られているお蔭で、燃え盛る恒星に飛び込んだというのに、良く沸かせた風呂にいきなり飛び込んだ程度の感覚で済んでいて、焼け死ぬような兆候は一切見られなかったのだが。


「……くそがぁっ!

 畜生がぁぁあああああああああああっ!」


 そのあまりの熱さに俺は悲鳴を上げながら、四肢を全力で降り回し……ついでに翼を羽ばたくものの、恒星の重力に囚われてしまった以上、そう容易く抜け出すことは叶わなかった。

 その事実に気付いた俺は、じたばたと暴れるついでに権能を発動し……『爪』で恒星の一割を削り取り、『主砲』で中心核付近に大穴を空け、ついでに『翼』の権能で大嵐を生み出して恒星表面から燃え盛る竜巻を噴き上がらせたりと、恒星の重力から抜け出すために必死で努力を行ったのだ。


「……はぁっはぁっはぁっ。

 畜生……流石は、恒星規模ってことか……」


 結局のところ、正攻法を使って恒星の重力圏から抜け出すことは叶わなかったが……それでも俺は、ンディアナガルの権能を使って恒星のエネルギーを重力や熱量ごと「喰らい尽くす」ことで、ようやく灼熱地獄から抜け出すことに成功する。


 ──もしかして、『爪』で跳べば良かった、のか?

 ──空間を跳べば、重力なんて関係ないし……


 そして、抜け出し終えた直後にそんな解決法が脳裏を過るが……まぁ、人間の脳みそなんてそんなモノ、だろう。

 いつだって必死に頑張って暴れもがいている頃にはいい案なんて浮かばなくて、全てが終わった頃になって「ああすれば良かった」なんて思いつくのだから。


「……ぁ」


 恒星の最期を見届けて感傷に浸った所為か、そんな人生哲学的なことをぼんやりと考えていた俺の視界の縁に、一つの惑星が入って来る。

 ソレは恐らく先ほどの恒星の周囲を回っている、地球に似たような惑星で……ただし、一つだけ地球と違っているところは、ソレは完全に死の星だという点だった。

 地表は高熱の溶岩状になっており、海などは一切存在せず、生命体の一つもいない……恐らく恒星が近すぎて生命が生まれて来なかったのだろう。

 惑星に生命体が発生する条件が整っている確率なんて本当にごくわずかで、何らかの人為的な作為がない限り、惑星なんてのはこんなものだそうだ。

 そんな考察が不意に脳裏を過ったのは、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって得られた「誰かの知識」の所為だろうか。

 ……だから俺が先ほど暴れて『翼』で恒星のガス状物質をまき散らしたのと、この惑星に生命反応が一切ないことの間には何の関係もないに違いない。


 ──さっき、ちょっとだけ力が増えたのも……

 ──多分、気のせいだな、うん。


 俺は自分の中でンディアナガルの確信がとある答え(・・・・・)を示しているのを、無理矢理そう納得させる。

 実のところ、もしさっきのアレで惑星一つを死の星に変えてしまったとしても、逃れるためとは言えもう恒星のエネルギーを喰らい尽くしている以上、惑星が生きていたとしても突如光を失った惑星上の生物はただ死を待つことしか出来ない訳で……ある意味では、俺が恒星を失い寒さと飢えと暗さからくる苦痛と絶望から解き放ってあげたとも言える。

 それに、俺が暴れたのは言わば正当防衛というか緊急避難的な行動であって、俺自身が生きるための行動だから、不可抗力とも言えるだろう。


「……ああ、俺は悪くない」


 結局、俺はそう言い訳するとこの恒星系における一切を脳裏から追い出すこととした。

 ちなみに、空気すらない真空にほぼ近い宇宙空間の中で俺の呟きが音となって聞こえたのは……単純に恒星をかき消した余波で僅かながら周囲に気体が存在しているから、らしい。

 その手の要らない知識が脳裏を過って鬱陶しいのは、ンディアナガルの権能を所持した最大の問題だと俺は思っているのだが……たまにありがたい時もあるから一長一短というヤツだろうか。


 ──それは、そうと……

 ──のんびりしていると、また寒くなりそうだ。


 恒星を吸収して少しマシになったとはいえ、状況は何も変わっていない。

 このままぼんやり過ごしていると、さっきみたいに寒さに震え、またしても太陽へと跳び込む羽目に陥ってしまうに違いない。

 俺はそう結論付けると……新たな光を目指して六対の翼を大きく羽ばたかせたのだった。



……完結まであと五話、で終わるかな?


2020/02/19 21:08投稿時


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― 新着の感想 ―
[良い点] もしや前回からすれば少し過去のお話なのか? まだ少し続きそうですね [気になる点] なんで上記のように思ったかと言えば 前回までの顛末で既に100天文単位(太陽系全体)位の大きさになってい…
2020/02/21 10:59 さすらう若人
[一言] 姿形は変わってもンさんの根本的な部分が全く変わってないとこに妙な安心感を覚えますなw
[気になる点] もう地獄でしかないよ
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