表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
陸 第四章 ~星々を喰らう災厄~
325/339

陸・第四章 第六話


「~~~っ、【暴食】っ、おい、【暴食】ぅうううううっ!」


 同胞が死んだことが……死を超越していた筈の、同類たる七皇の死が理解出来ないのか、【傲慢】ルーキフェルがそんな叫びを繰り返すのを、【強欲】マーンモーンは呆然と聞くことしか出来なかった。

 ただ同胞の死を信じれずにモニターに何度か触れて再確認を取るものの……やはり【強欲】の旗艦が持つ全ての機器は、【暴食】バァルゼブルの意思力がこの宙域から完全に途絶えたこと。

 そして、戦艦『プルデンティウス』の内部からも【暴食】の化身(アバター)作成に失敗したというエラーメッセージが届き……更には七皇の本体が安置されてある、虚数宙域に隠された要塞艦『ゲーヒンノーム』内部からも、【暴食】バァルゼブル本体の生命反応が途絶えたという情報が無慈悲にも送られてくる。


「クソがぁあああああああああっ!

 負けて、たまるぁああああああああああああああっ!」


 それらの情報を目の当たりにしてようやく同胞の死を受け入れたマーンモーンが行ったことは、ただそんな叫び声で恐怖を押し殺すと同時に、ようやく溜まった主砲の一斉射を行うことだった。

 

「待て、【強欲】。

 ソイツは……」


「五月蠅いぞ【傲慢】っ!

 たとえそう(・・)でもっ!

 撃たねばっ、勝てる訳がないだろうっ!」


 マーンモーン艦隊の一斉射を目の当たりにして【傲慢】ルーキフェルが叫んだのは、あの化け物の外殻から環形生物が湧き出てきたことを危惧してのこと、だろう。

 当然のことながら、そうなることを予期した上で【強欲】マーンモーンは一斉射を敢行したのだから、その忠告は全くの無意味だった。

 事実、攻撃の度に雑魚が湧いて来たとしても、本体を討たねば延々と戦いは続く以上……降り続ける隕石の被害を必死に埋め戻すばかりの、重力を振り払うことも出来ない未開な知的生命体のような、不毛な作業に終始することになるのは目に見えているのだから。


「この、馬鹿野郎っ!

 どうなっても知らんぞっ!」


「てめぇこそ、意思力腐ったのか、【傲慢】っ!

 ここでっ、最低でも痛みを与えて怯まさなければっ、俺様はっ!」


 戦局を加速させるのを厭ったらしき【傲慢】の悲鳴に、【強欲】は怒鳴り声を返して無知なる同胞を叱咤する。

 ……そう。

 他者を支配し慣れて、同等の敵と相対することがなくなった【傲慢】ルーキフェルは、己が置かれている状況を理解出来ていないのだ。

 【憤怒】は手も足も出せずに化身(アバター)を砕かれ、【色欲】は指一本触れることなく配下と化身(アバター)を砕かれた。

 【強欲】と【傲慢】の一斉射で相手のダメージは軽微……いや、触手と脚を奪ったものの、あの化け物は痛みすら感じていない。

 一応、【嫉妬】の足止めは成功しているようだが、【暴食】に至っては本体が殺される始末である。

 つまりが、既に七皇は何も出来ないままに戦力が半減しているのだ。

 せめてこの第二射目で相手に痛打を与えて怯まさなければ……この化け物の侵攻を僅かでも遅くすることが出来なければ、この宙域における七皇復活の拠点である戦艦『プルデンティウス』まで破壊され、七皇の支配域が酷く後退する羽目に陥りかねない。

 要するに……ここが、勝敗の決する分水嶺なのだ。


「……良いから、撃てぇっ!

 あの化け物が動かない、この間にっ!」


「……待て。

 何故、あの化け物は動かない?」


 何とかこの場で勝負を決めたいという思いから必死に叫んだ【強欲】だったが、その叫びこそが【傲慢】ルーキフェルにそんな疑問を抱かせる結果となっていた。

 そして、同胞からその疑問をぶつけられたことで、マーンモーンはあの星を喰らう化け物が一度進行を止めてから全く動いていない事実に今更気付く。


「……まさか、【嫉妬】の足止めが通じている、のか?」


 自分でそんな思念波を放ちながらも、【強欲】は首を左右に振って自らのあり得ない思考を振り払う。

 実際問題、最も膂力のある【憤怒】セイタンの渾身の一撃さえもあの化け物には通じなかったばかりか、本能的な欲求に訴えかける筈の【色欲】アエーシュモも粘膜の一欠けらが触れることさえ叶わなかったのだ。

 七皇の中で【怠惰】を除いて最も攻撃力に欠ける【嫉妬】レヴィアータ如きに、あの化け物の足止めなんて出来る訳もない。

 そんなマーンモーンの思考を破ったのは、突如として化け物の方角から響いてきた、怯え狂ったかのような【嫉妬】の歓喜の思念波だった。


「まさか……こんな……。

 私が……この私が……」


「お、おいっ、【嫉妬】っ!」


 怯えながら・狂いながら・喜んでいるという理解し難いその思念波に、マーンモーンは戸惑いながらも同胞に向かって呼びかける。

 正直なところ、【嫉妬】レヴィアータはマーンモーンからしてみれば最も理解から程遠い、不気味で訳の分からないヤツだったのは事実なのだが……それでもここまで相反して意味不明な思念波を無分別に放つほど、狂気に囚われた存在ではなかったのだ。


「この化け物の中……

 数え切れないほどの知性体が……死んだ時のままで……保存されている……

 苦痛と、恐怖と、絶望の中で……」


 マーンモーンの戦艦が放った主砲の余波が消えていくと、そこには相変わらず外殻と触手が剥がれただけの……ほぼ無傷にしか見えない化け物の姿が現れた。

 そんな星を喰らう恒星間()生物()に絡みつく形で【嫉妬】レヴィアータも健在ではあったのだが……その様子が明らかに異常を来している。

 事実、【嫉妬】の二つ名を持つ七皇は、何やら訳の分からない思念を放ちながら、化け物に巻きつけたまま複雑怪奇に絡まってしまった触手を必死に引き千切ろうともがき続け……その様子は、自らが担っている筈の『足止め』の役割も忘れ、あの化け物から全力で逃げ出そうとしているようにしか見えなかった。


「嫌っ、嫌……ああ(・・)はなりたくない……

 あああああああ、あり得ない……

 ……この私が……羨むことなく……

 そうなってないこと(・・・・・・・・・)に安堵する……なんて」


 その支離滅裂な思念波故か、それともその形状があまりにも不気味だった所為か……マーンモーンの突撃艦の進路に身を投げ、【暴食】を喰らい尽くした環形生物さえも、【嫉妬】レヴィアータの化身(アバター)には喰らいついていない。

 だと言うのに……化け物は特に何かをする訳でもなく、不気味な動きを繰り返す【嫉妬】に危害を加えている訳ですらないと言うのに……


「あああ、消える……私の力……

 この私より……あの昔より……遥かに悲惨な……

 あんなモノを見た所為、で……」


 それが、【嫉妬】レヴィアータの最期の台詞だった。

 マーンモーンが七皇の中で最も理解出来ないと感じていた同胞は、やはり【強欲】の感性ではさっぱり理解出来ない理由で、自らの意思力を放棄して果てた、らしい。

 当然のことながら、【暴食】が辿った「超越者が意思力を失う」という末路と全く同じ(・・)であった以上、【嫉妬】は化身(アバター)だけでなく本体までもが潰えたと考えるべき、だろう。


「……何が起こったんだっ、畜生っ!」


 全く理解が及ばない事態が眼前で推移していくその状況に、【強欲】マーンモーンは苛立ちの叫びを上げる。

 実際のところ、マーンモーンの【強欲】には知識欲や支配欲も含まれていて……だからこそ【強欲】の名を持つこの七皇は、自分の理解出来ない事態を嫌う性質があった。


「恐らくだが……【嫉妬】は、安堵したんだ。

 あの化け物から何かを感じ取って、な」


 そんなマーンモーンの叫びを感じ取ったのか、【傲慢】がそんな答えを返してくる。

 尤も、【強欲】が欲しかったのはそんなありきたりの返答ではなく……である以上、その答えに対するマーンモーンの返答は自然と罵声に近いモノとなってしまう。


「何かって、何だよっ!

 あの訳の分からない不気味なヤツが、意思力を放棄するなんざっ!」


「この我にも分からぬっ!

 だがっ、アヤツは死んだんだっ!

 【暴食】と同じようにっ、存在の根底から消滅させられたっ!」


 【強欲】と【傲慢】が苛立ちをぶつけ合っている間にも、両者の操る戦艦群は敵性勢力に対して全力で攻撃を仕掛け続けている。

 だけど……化け物本体には攻撃の効果は見られないばかりか、既にあの化け物の破片から生み出された環形生物共は凄まじい数となって周囲を埋め尽くしており……


「ちぃっ!

 【憤怒】のクソ野郎っ!

 早く戻ってきやがれってんだっ!」


「同感だっ、このままじゃ戦線を維持出来ねぇっ!」


 七皇が支配する戦艦群は総数が凄まじいため、環形生物との混戦となった今、その戦局の推移がどうなっているのかを完全に把握するのは困難極まりないモノとなっている。

 だけど……そんな混戦の中であっても上限数が決まっている戦艦群が徐々に撃沈されていく一方で、あの化け物が放つ(ワム)は次から次へと増えていくばかりである。

 勿論、本体も少しは損傷を受けているようではあるが……痛覚がない所為で攻撃が通じているようには思えない。

 そうして戦況は互角ながらも、七皇の軍勢が徐々に劣勢側へと傾き始めている……その傾向が明らかになった、その時だった。


「クソがぁああああああああああああああっ!

 よくも、オレを殺しやがったなぁああああああああああああああっ!」


 そんな劣勢を挽回するかのように、まるで質量を有しているかのような大きな思念波が戦場へと響き渡ると同時に、凄まじい巨体をした【憤怒】セイタンの化身(アバター)が光速の数倍の速度で戦場へと舞い戻ってくる。

 その速度を維持したまま、拳一つで数百の環形生物を肉片へと変え続け……ようやく速度エネルギーを使い果たした頃、反撃を試みたらしき(ワム)共の鋭い牙は、残念ながらその強靭な意志力に護られた装甲を破ることは叶わない。

 数々の攻撃の余波によって【強欲】と【傲慢】の手勢まで砕かれることに眼を瞑れば、この上なく最高の援軍だと言えるだろう。


「待て、【憤怒】っ。

 ここは足並みを……っ」


「鬱陶しいぞぉおおっ!

 雑魚共がぁあああああああああっ!」


 その怒りのままに暴れ狂う【憤怒】の様子に、【傲慢】ルーキフェルは慌てて共闘を呼び掛けるものの……激情に狂ったセイタンは全く耳を貸そうとせず、真正面から一度殺された相手へと殴り掛かっていく。


「くそっ、全戦艦をサポートに回すぞ、【傲慢】っ。

 俺様も突っ込むっ!」


 その単細胞な同胞の突撃に、ここが勝負時だと悟った【強欲】マーンモーンは安全な遠距離戦を放棄し、更には旗艦をも乗り捨てて、単身、弾戦を挑むべく化け物へと突っ込んでいく。

 実際問題、戦艦の主砲とはマーンモーンの脳細胞を培養して意思力を増幅するためのものであり……それは使い方を変えれば【強欲】自身の意思力を強化するブースターとして使えることに他ならない。

 そして、意思力とは距離の累乗に比例して減衰していくものであり、己の身体に触れる部位こそが最も効率的に意思力を発揮できる場所なのだ。

 ……要するに、威力だけを求めるならば接近戦こそが最も効率的な戦い方であることに間違いはないのである。

 尤も、その意思力の法則は相手にとっても同じである以上、接近戦は効率も増すが危険性も同時に増すという、文字通り「捨て身の戦法」であり……安全な位置から一方的に相手を排除するのが最高という【強欲】にとって、あまり選びたくない選択肢であることに違いはない。

 それでもこの場で接近戦を選んだのは……このまま消耗戦を挑んだところですり減らされるのは自分たちの方だと悟っていたから、だった。


「……畜生がっ!

 野蛮な肉弾戦などっ!」


 当然のことながら、マーンモーンが導き出した理論など、【傲慢】ルーキフェルもほぼ同じ瞬間に同じ結論へと達しており……一瞬だけ遅れてそう毒づきながらも旗艦から飛び出して行く。

 そうしてほぼ真空に等しい宙域を、ただ意思力のみを推進力とする両者が化け物へと向かって突っ込み……一つ頷き合うと、眼前で佇むばかりの、星を喰らう強大な化け物へと突っ込むべく、各々の腕へと破壊の意思力を込める。

 マーンモーンは奪う意思を形にした拳を、ルーキフェルはどんな相手だろうと指一本で撃破出来るという自負をそのまま己の武器とし、お互いの数千万倍どころではない巨大な化け物に向けて飛びかかっていった。

 ……だけど。


「くそがぁあああああああああっ?

 オレではっ、勝てないっ!

 このっ化け物っ!

 強いっ、強っ過ぎるっ!」


 【強欲】と【傲慢】が相手に飛びかかるその前に、既に眼前では【憤怒】セイタンの巨大化身(アバター)が片腕を失い、化け物に鷲掴みにされたまま、唯一出来る抵抗とばかりに必死に罵声を上げていた。

 とは言え、【憤怒】の抵抗はただそれだけでしかなく……七皇随一の意思力で強化されている筈の化身(アバター)の装甲は、ただ(・・)掴んでいる(・・・・・)だけの指(・・・・)さえも受け止められず、気泡を含んだ比重の軽い凝灰岩のようにあっさりと砕かれていく。


「……コイツっ、好奇心、だとっ?

 またしても、敵としてすらっ!」


 そして、眼前の化け物の意思力を検測することで反撃に繋げようとしていた【強欲】マーンモーンは……無慈悲なその検測結果にそう悲鳴を上げることしか出来なかった。

 顔面に直撃した筈の【憤怒】の一撃は痛痒すら与えられず、それどころかあの化け物は珍しい何かを見つけたかのように……いや、状況から察するに「久々に触れられた」物をちょっと調べてみよう程度の感覚で、【憤怒】の巨大化身(アバター)ただ掴んだだけ(・・・・・・・)なのだ。

 たったのそれだけで、【憤怒】セイタンは死の縁へと叩き込まれていて……その有様を再度目の当たりにした数多の銀河を支配している筈の七皇である【強欲】と【傲慢】の両者も、恐怖に足が止まってしまって動けない。


「ふざけっ、ふざけるなぁあああああああっ!

 オレの怒りが、何でもないってのかっ!

 珍しいだけのっ、ただの玩具に過ぎないとっ!

 だったらっ、オレはっ!」


 そんな状況でも【憤怒】は未だに諦めず四肢をばたつかせて怒りを言葉にして放つものの……この化け物に言葉なんて通じる訳もない。

 捕食者に襲われた小動物が幾ら鳴いたところで、肉食獣がそれを意にも介さないように、星を喰らう化け物は暴れ喚く【憤怒】に慈悲の欠片も見せず、暴れ回るその小動物をただ興味深そうに眺めるだけ、だったが。

 その態度に【憤怒】セイタンも、己が「敵として殺される」訳でもなく「餌として喰われる」訳でもなく、この化け物は「ただ興味本気で玩具に触ってみた」だけの感覚しか持ち合わせておらず……そして、たったのそれだけで自分が殺されるのだと理解したらしい。


「馬鹿なっ、敵ですら、ない、だと?

 だったら、何だったんだっ!

 オレのっ、万物を滅ぼしてきたっ、この憤怒はっ!

 七皇最強のっ……このオレはっ?」


 そんな脆い玩具程度でしかない自分を、【憤怒】を司る七皇がどう思ったのか……【強欲】マーンモーンには理解する術は持たなかった。

 誇り高い七皇として、そんな自分が許せなかったのか……それとも、自らを構成する【憤怒】の向かう先が情けない己自身に向かったのか。


「うがぁあああああああああああああああああああああああああああっ!

 オレはっ、オレはぁあああああああああああっ!」


 理由は兎も角、動けない玩具と化した【憤怒】セイタンの巨大化身(アバター)は、そんな絶望と激怒の入り混じった、行き場のない思念波を周囲一帯に響き渡らせたかと思うと……

 次の瞬間には、【憤怒】の化身(アバター)はその内部から、超新星爆発よりも凄まじい破壊力を有した振動波を発し……自らごと、周辺宙域の全てを吹き飛ばしたのだった。


……恐らく完結まであと七話(予定)。

(※いきなり目算が狂いました)


2020/01/29 22:28投稿時


総合評価 20,478pt

評価者数:727人

ブックマーク登録:6,964件

文章評価

平均:4.5pt 合計:3,257pt


ストーリー評価

平均:4.5pt 合計:3,293pt

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >…恐らく完結まであと七話 あと1年ぐらい完結まであと七話で続けていただけると嬉しいのですが、終わるのが悲しい
[良い点] 欲望の方々の滅し方が 前の空中庭園でのコロシアムで 相手が自殺してしまったのと同様なのだなと [気になる点] ンさんはゴミ掃除をしている気分なのかなあ 虫が飛んできたあっめずらしいーコレク…
2020/01/30 11:37 さすらう若人
[良い点] 塩にならないだけ頑張ったよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ