陸・第四章 第一話
※注意:話の展開上の都合と作者の趣味により、この章は全部閑話になります。
かつては楽園と呼ばれたこともあるその王国が、文字通りの地獄と化したのは……僅かその惑星が十度ほど自転する前の、本当に何もない平穏な一日のことだった。
そんな何でもない一日の中、何の前触れすらもなく……突如として空の彼方から化け物が降ってきたのだ。
ワウという名の、四足雑食哺乳類が進化することで二足歩行と二本の手を手に入れた、美しい毛並みを種族の誇りとする「彼ら」が築き上げたその王国は……その積み重ねられた歴史の、ほんの一万分の一にも満たない僅かな時間に、既に三割が灰燼と化している。
白亜の宮殿を造り上げるほどの技術力を獲得しているとは言え、ワウたちは戦争を好まぬ種族であったし……そもそも楽園とまで言われる平穏で外敵のいない環境は、ワウたちの手に軍事技術という方向性の文明を発展させなかった。
結果、彼らが持つのは鉄爪という名の、その手に括り付ける短い近距離武器であり……空から出現した化け物と、その化け物が率いているらしき中空を舞う数多の船には抵抗する手立てがなかったのだ。
「さて、いい加減に降伏するがよい、原住民共。
俺様の要求は既に伝えていたと思うが?」
そんなワウたちの王宮の正門……僅か一撃で粉砕され原型すら留めていない「正門だった残骸」の上に、翼どころか音もなく浮かんでいる、二対の手足を備えた、醜く毛のない銀色に輝くその化け物は、鉄爪を構えて警戒するワウたちに向けてそう言い放つ。
それはまさに傲岸不遜を具現化したような態度だったが、蹂躙された側のワウたちはその化け物に反論する言葉を持たなかった。
……言語が通用しないという訳ではない。
超越者としての余裕か、もしくは面倒事を嫌う性質故か……この銀色の化け物はわざわざワウたちの言葉を用いて話しかけていたのだから。
ただ、銀色の化け物の頭上には船のような、巨大な何かが中空に浮かんでおり……それらは「たった一隻で家々を焼き払い都市を壊滅させる光の矢を放ってくる、常識外れの恐ろしい存在」だと、ワウたちはこの十昼夜ほどの間で嫌というほどに学んでいる。
それが数え切れないほど……恐らく空を見上げるだけでも、千を超えているだろう数が浮かんでいるのが目に入るのだ。
その絶望的な光景を目の当たりにした、鉄爪で戦うことしか知らないワウたちは……眼前に悠々と浮かぶこの銀色の化け物には抗う術などないという現実を嫌というほど理解させられていた。
そんな絶望的な情景の中では、言葉が通じるなどという気遣いに感動する者など、いる筈もない。
「だ、誰が、貴様のような化け物にっ!
者共、かかれぇえええええええっ!」
そんな絶望の最中、ワウたちの中でも白い輝きを放つ長々とした毛並をした、ひときわ大きな爪と豪華な鎧を身に纏った一人は、化け物の傲慢極まりないその言葉に激しく激昂し……
だけど、その激昂の最中であっても、空に浮かぶ船は無理だとしても「この化け物ならば近づきさえすれば打ち取れる」と冷静に戦術を組み立て……そんな叫びと共に自ら先陣を切ることで、配下のワウたちを絶望から解き放ちながら、眼前に浮かぶ絶望の化身へと飛び込んでいく。
……だけど。
「……雑魚が。
いい加減、鬱陶しい」
その決死の一撃すら、化け物に届くことはなかった。
彼の右手に装着された鉄爪は、文字通り……何か見えない壁のようなモノに阻まれて「届かなかった」のだ。
直後、銀色の化け物の右手の指から光が放たれたかと思うと、白い毛並みをしたワウばかりか……彼と共に決死の突撃をかけた数名の兵士たちの身体が、拳大の太さで焼き穿たれた。
「……くそったれの、チェチェウの牙が」
それが、白い毛並みをしたワウの最期の言葉だった。
ちなみにチェチェウというのは彼らワウたちの食糧庫を荒す小型哺乳類……ワウたちが最も忌み嫌う害獣のことであり、チェチェウの牙と呼ぶのは彼らの中でも最悪の罵り言葉となっているのだが、生憎とその化け物には意味すら通じていなかった。
そうして武装した十名弱のワウたちを片手間で殺し尽くした銀色の化け物は、その光を放った指を適当に振るとそのまま無造作に正面向けて指を伸ばす。
「に、逃げ……っ」
眼前で死を見せつけられた所為だろう、武器を手にしたワウたちが慌てて逃げようとするものの……光の速さにも等しいその攻撃を躱せる者などいる筈もなく、またしても五指の先にいた運の悪いワウたちは身体に穴を穿たれ、その生命活動を終えてしまう。
絶望的な射程と火力の差・星を行き来する機動力に、攻撃を弾くバリア・何よりも圧倒的な物量……文字通り、歯牙にもかからない「文明の差」に、ワウたちはもう勇気の一欠けらも振り絞れなくなっていた。
そんな怯えるワウたちの中を、銀色の化け物は悠然と浮かびながら白亜の宮殿へと進んでいく。
そんな時、だった。
「もうこんな非道はおやめください、【強欲】のマーンモーンよ。
貴方の目的は私、でしょう?」
「……ようやく出て来たか、金色の姫よ」
そう声を荒げて白亜の宮殿から出て来たのは、金色の美しい毛並みをした一人のワウで……マーンモーンと呼ばれた銀色の化け物も、そして武装したワウたちも彼女のことを姫と呼んでいた。
……そう。
彼女こそ彼らワウの王族にして、ワウたちの中でも最も美しいと評判の姫君であり……そして、この銀色の化け物が非道な侵略を仕掛けてきた原因でもあったのだ。
「私が、貴方の下へ行けば……もう民を傷つけることは」
「ああ、他の有象無象に用はない。
七皇たるこの【強欲】の名に懸け、雑魚を無駄に屠殺はしないでおこう」
金色の姫の言葉を聞いた銀色の化け物は、鷹揚に頷いて彼女の言葉を肯定する。
事実、数多の惑星を支配し、欲しいモノは全て手に入れて来たこの【強欲】のマーンモーンと呼ばれる超生命体にとって、ワウたちの暮らす小さな惑星一つなど何の価値もないゴミのような星でしかなかったのだ。
「い、いかん。
レトリーを、行かせては……」
「お父様。
お言いつけに逆らう不幸をお許しください。
私は、王族としての務めを全うし……この方の元に、嫁ぎます」
国王らしき豪華な服装をした一人のワウの声に、レトリーという名の金色のワウはその大きな瞳を伏せ、嘆き混じりにそう呟く。
彼女にしてみれば、それは自分の持つ価値の全てを奪われるという……悲壮極まりない覚悟の下に放たれた言葉だったのだろう。
だけど……彼らワウと価値観を大きく異にするこの銀色の異星人にとって、その言葉は滑稽極まりない戯言に過ぎなかったのだ。
「嫁ぐ?
嫁ぐっ?
はっ、はははっ、はははははっ!
これは傑作だっ!」
大勢のワウたちから憎悪と敵意を向けられているにも関わらず、その銀色の化け物は大声で金色の姫の覚悟を笑い飛ばす。
だが、【強欲】の二つ名を持つこの超越者からしてみれば、それも仕方ないことだった。
「俺様が望むのは、貴様の毛並みだ、金色の姫よ。
はく製にすれば、素晴らしい家具として飾れるだろうからな」
……そう。
この【強欲】マーンモーンが数多の都市を焼き払い、数百万のワウを虐殺した理由は本当にただそれだけ、だったのだ。
たったそれだけのために、星一つを滅ぼすことが出来る……それこそがこの辺りの銀河を支配する七皇という超越者である証拠だった。
「そ、そ、それ、でも……
私が、犠牲に、なれば……他の者たちは、許して、下さります、ね?」
それでも。
例えはく製にされることが分かったとしても……金色の姫の覚悟は変わらなかった。
金色に輝く瞳に涙こそ浮かべていたものの、真っ直ぐに銀色の化け物を睨み付け、途切れ途切れながらも己の覚悟を貫くその言葉を放つ。
「や、やめろ、レトリーっ!
そんな化け物の言葉を信じるなどっ!」
国王と呼ばれていた筈の、今やただの一人の父親でしかないワウは離れた場所で兵士に押さえつけられながらそう叫ぶものの……もはや【強欲】の名を持つ超越者は、そんなちっぽけな権威しか持たない一匹の無力な獣など意にも介すことはない。
「……ああ、良い覚悟だ。
周囲の雑魚共とは違う。
気に入ったよ、金色の姫よ」
だけど、そんな超越者であっても己の身を捨てる覚悟を見せたレトリー姫に関しては少しばかり感じ入るものがあったらしい。
鼻と思しき突起以外には何もないその銀色の顔を近づけて姫を見つめたかと思うと、その身体をむんずと掴み……
次の瞬間には、銀色の身体の真正面に空間のひずみとしか言えない奇妙なもやが発生し……そのひずみを見るや否や、銀色の超越者は慣れた様子でその中へとゆっくりと身を躍らせる。
「馬鹿なっ?
消えた、だとっ?」
たったのそれだけの動作で、【強欲】マーンモーンは半壊したワウたちの城から、突如としてその姿をくらましたのだ。
それがあらかじめ設定してあった座標と使用者周囲の空間とを接続する、所謂「ワープゲート」を作成する……七皇の科学力ではそれなりにありふれた技術ではあったのだが、鉄の爪が主武器であり、王政を何とか維持していただけの科学力しか持たないワウたちからすれば、その超技術はまさに奇跡の一端としか思えなかった。
それ故に、都市を幾つも焼かれ兵も民も百万単位で殺害されたにもかかわらず、ワウたちはただその場にうずくまり……【強欲】マーンモーンという名の神に祈り許しを乞うことしか出来なかったのだった。
「……此処、は?」
「我が旗艦……と言っても分からぬだろうな。
まぁ、空の彼方と思ってくれて構わない」
周囲を見渡したレトリー姫が呆然と呟くのも無理はなかった。
何しろ彼女の立つ透明としか見えない床の直下には、青と緑に輝く球体……即ちワウたちの惑星の全景が望めたのだ。
衛星を打ち上げるような技術力を持たないワウたちにとって、自らが暮らす惑星が球形であるという概念すらなく……王族としての教育を受けているレトリーですら、そう聞かされたところですぐさま納得できる訳もない。
その辺りの面倒事を理解しているらしき【強欲】マーンモーンは、姫に色々と説明するつもりもなく、ただ自らの腕を惑星に向け……すぐさま軽く持ち上げる。
たったのそれだけでワウたちの都市を焼いていた数千の小型機と、それらを搭載する中型の空母艦百隻ほどが大気圏から離脱し、マーンモーンの旗艦周辺へとゆっくりと近づいてくる。
その動作こそ、【強欲】マーンモーンが律儀にも約束を守り、ワウたちの住まう星から全攻撃部隊を引き上げさせた証であった。
「あれ、は……?」
「ああ、貴様らの星に向けていた艦隊を引き上げさせただけだ。
アレ一隻で星一つの文明を消し飛ばすくらいは容易いが……どうせ分かりはしないだろう」
銀光を放ちながら舞う船など、完全に空想の埒外だったらしきレトリー姫は呆然と呟くものの……銀色の超越者ははく製の素に対して細かい説明をするほど気の利いた存在でもなく、ただ適当にそうあしらうだけだった。
その冷たい対応で己の行く末を思い出したのか、金色の姫は震えながらも口を開く。
「わ、私を、殺し、ますか?
……そ、それで、民の命が救われる、なら……」
「ああ、気が変わった。
お前のような稀有な存在をあっさりとはく製にするのも惜しいと思ったのでな」
尤も、超越者にとって一匹のワウ……毛並みが綺麗なだけの、惑星の地表から抜け出すことも出来ない、意思力で物理現象を起こすことも出来ない矮小な知的生命体など、ただのペットでしかない。
事実、【強欲】マーンモーンにとってはレトリー姫の覚悟も恐怖も気にする必要もない「些事」でしかなく……故に、その銀色の超越者は眼前で放たれた金色の姫の悲痛な声に意識を向けることもせず、ただ自らの周囲に浮かべたパラメータ画面を適当に修正することに専念していた。
そうして姫の心臓が百回ほど脈打った頃のことだった。
「よし、終わった。
では、犯してやろう」
「……え?」
【強欲】の二つ名を持つ超越者は、突如としてそんなことを呟き……当然のことながら、そういう貞操の危機からは縁遠かったレトリー姫が、すぐさまその言葉の意味を理解出来る訳もない。
瞬きを数度ほど重ねることで、ようやく意味を理解したらしい金色の姫は、マーンモーンが突き付けたその要求を否定するかのように首を左右に振りながら、後ろに数歩後ずさる。
「ただはく製にするのも面白くないのでな。
毛皮はお前の複製体から剥ぎ取ってやる。
そして、お前は望み通り我が妻に……我が子を孕ませ、産ませた後で親子共々時間凍結させた彫像にしてやる。
俺様の遺伝子情報を持ったはく製か……蒐集家としての俺様でも手にしたことのない珍品だからな、飽きるまで大事に保管してやろう」
「……ひっ、そ、そんな……」
嗜虐的に告げた【強欲】マーンモーンの描く最悪の未来図を聞かされ、己が想像していた政略結婚という名の『最悪』を遥かに超える最悪を突き付けられたレトリー姫は、ただ相手の言っていることが信じられず、首を振ることしか出来なかった。
「ああ、安心するが良い。
この化身の設定はさっきの操作でいじったし、遺伝子情報もちと修正して、しっかりとお前を犯し孕ませられるようにしてあるからな。
くっくっく……雌性体を孕ませるなんざいつぶりだ?」
それはまさに「強欲」としか言えない行動原理だったのだろう。
事実、マーンモーンの持つ科学力であれば雌性体を妊娠させることくらい、母体に傷一つつけずとも可能である。
そもそも、細胞一片があれば複製も遺伝子結合も可能な文明を持っているのだ。
だと言うのに、わざわざ原始的な遺伝子細胞の接合などという手段を取ること自体、知性体から尊厳を奪うのが楽しいという……言わば愉快犯的な意味合いしかない。
「貴方はっ……そんな非道ばかりを繰り返すならっ!
いずれ、貴方にっ、神の裁きが訪れます!」
そんな詳しい事情は知らずとも、相手が愉悦のみで自らを辱めようとしているのを理解したレトリー姫は、精一杯の勇気を振り絞り、牙を剥き出しにしてそう叫ぶ。
「はっ、生憎、生まれてから今まで、神なんて見たこともないがな」
とは言え、【強欲】マーンモーンという名の超越者には、そんな叫びでは一欠けらの痛痒を与えることすら叶わなかった。
ただ力のない知性体を嘲るように笑うのみである。
実際問題……この銀色の怪物が意のままに操る宇宙船は一つ一つが惑星を焼き尽くす規模の火力を持ち、そして数多の銀河系を跳び回れるほどの機動力を持ち、更には生命体としての老いや寿命すらも克服しているのだ。
大した文明を持ってもいない知性体の、迷信からくる戯言に反応するのが無駄なことくらい、【強欲】を名乗ってからの殺戮と強奪の日々で知り尽くしていたのだった。
「ああ、もしかして神って金色に輝く十二枚の翼のアレか?
アレは【傲慢】のルーキフェルの阿呆が、奇跡を起こして崇拝させるというアホな遊びの一環でしかないぞ?
確か……辺境惑星に生命の素になる有機化合物を捨て、進化を見るのが楽しいとか言ってたな」
【強欲】マーンモーンは同じ七皇である【傲慢】のお遊びを思い出し、眉を顰める。
実際問題……彼ら数多の銀河を支配する七皇たちは「お互いがお互いの趣味を全く分かち合わない」が故に、七名でこの星の海の支配を分かち合うことが出来ているのだから、趣味の合わなさを感謝こそすれど厭うべきではないのだろう。
ちなみに、【怠惰】は寝るだけで何もしないのを至上とする意味不明の存在で、【色欲】は数多の生命体との肉体的接触を求めて星々を渡り歩く変態、【暴食】は新たな料理を作るためだけに数多の生命体を誘拐し解体し料理する大馬鹿である。
更に言えば、【憤怒】は文明を覗いては怒り狂って破壊する暴挙を繰り返す幼稚な餓鬼で、【嫉妬】は妬まれるほど優秀な知性体を誘惑し、破滅する様を見て悦ぶという常軌を逸した行為を続ける狂人だ。
そんな各々の趣味を超文明の技術力で楽しむのが七皇という名の……ここいら一帯の数多の銀河系を支配する超越者たちだった。
「もし、違っていたとしても、必ずっ!
いつか、必ずっ、その報いを受ける時がっ!」
そういう事情など、貞操を奪われそうなレトリー姫には一切関係なかったし……金色のワウである彼女自身、そう吼えることだけが唯一出来る抵抗だったと理解していた。
「ああ、生憎と俺様は、もうそんな戯言なんざ聞き飽きてる。
出来れば今すぐに呼んでくれ。
この星を軽々と焼き尽くす我が艦隊を滅ぼし尽くし、お前の言う『裁き』とやらを与えてくれる素晴らしい存在をっ!」
そして、レトリー姫のそんな無力さを知りつくしている【強欲】マーンモーンはそう笑うと、手を大きく振るう。
両者が載る旗艦の周囲には、数百を超える超文明の宇宙船があり、恐らくマーンモーンと同じ七皇同士であったとしても、そう容易く突破できない……これは力を見せつける軍事力そのものだった。
だと、言うのに……
「……ぁ?」
マーンモーンの周囲に空間震を知らせる警告が映し出されたのとほぼ時を同じくして。
突如として、その宇宙船一隻に突如として異形の化け物が衝突し、易々とその一隻は砕かれたのだった。
2019/12/05 23:21投稿時
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