陸・第三章 第三話
世界を滅ぼした後の虚空の中で『爪』の権能を使って次の世界へと辿り着いた俺を待っていたのは、『何か』が俺を拒む感覚だった。
……見えないバリア、とでも言うのだろうか?
今までにないその奇妙な感覚は、残念ながら俺を阻むには少しばかり力が弱すぎたらしく……ほんの少しだけ不愉快に思った俺が「ほぼ無意識の内に微かに権能を込めるだけ」でそのバリアはあっさりと砕け散ってしまったようだったが。
──何だったんだ、一体?
遊びに行ったゲーセンでいきなり立ち入り禁止を言い渡された時のような、道端を歩いていて美味しそうな匂いに屋台に近づいて行ったら、店主がいきなり屋台を捨てて逃げ出した時のような……全く身に覚えのない理不尽な理由で排除される、別に大した出来事ではないにも関わらず、胸の奥にヘドロのようにへばりついている気分の悪さに、俺は少しだけ眉をしかめながらもその新たな世界へと辿り着く。
「……すげぇ」
そうして大地へと降り立った俺は周囲を見渡し……この新たな世界の『異様さ』に思わずそんな呟きを零していた。
俺がそんな反応を見せたのも無理のない話で、何しろ周辺は今まで数多の異世界を旅してきた俺であっても一度も見たこともない異様な景色……辺り一面が全て「鉄」で出来ていたのだ。
鉄パイプのようなモノが縦横無尽に入り乱れ、巨大な鉄の塔……煙突らしき場所からは黒煙がモクモクと吹き上がる。
その所為で空は排気ガスで曇っていて、どうにも空は天気が良くない……流石に霧の街とは呼べないものの、薄っすらと霞がかっていて遠くまでは見通せない。
それらの工場やら家やらの壁は鉄板を鋲で打ちつけているし、あちこちに鉄パイプで造られている梯子が見えているような……この街並みを一言で言うならば「鉄で出来た近代都市」という表現が一番近いに違いない。
「本気で異世界って感じだな、こりゃ。
……サイズがちょっとばかり小さいが」
ただし、問題が一つだけあって……どうにもそれら近代都市は小人が暮らせるサイズに造られたミニチュアサイズの街らしく、俺には少しばかりサイズがあっていない。
幸いにして俺の足元は何本かの鉄道が行きかう線路のようで……街中を歩こうにも、街のあちこちは足の踏み場がないほど小人やモノで溢れており、迂闊に歩くとこの模型のような街を蹴り壊してしまうのが目に見えていた。
尤も、俺が立っている線路もそう大きくはなくて、それほど大柄ではない俺であっても「歩くのがギリギリ」という細い道程度の幅しかなく……当然のことながら、その上を走る汽車も俺が載るには少しばかり小さく、模型以上、遊園地にある小さな列車未満の大きさしかなく。
要するにこの世界は、本当に何もかもがミニチュアサイズの、所謂「小人の世界」だったのだ。
──街並みも、馬車擬きも、街灯まであるし。
──他人事ながら良く出来てるな、コレ。
俺はそれらの街並みを眺めながら……右手の工場らしき場所を窓から覗いたり、近くに転がっていた馬車っぽいのを持ち上げて眺めたり、街灯らしき鉄の模型を引き千切って調べたりと、半分以上物見遊山の気分でこの世界を調べて始める。
──ブリキ模型の街かな、この世界は。
──ここの創造神とやらはそういうのが好きなヤツなのか?
周辺を調べ終わった俺が出した結論は、ソレだった。
そう結論付けた理由は簡単で……この鉄の街には何処をどう見ても生物が一切いないのだ。
いや、正確に言うと少しだけ違う。
膝の丈くらいの大きさの、小人らしき存在はあるのだが……それら全てが何故か全く動かない人形でしかないのだ。
それら模型の人形たちは、ほんのさっきまで生きていたかのように躍動感に溢れていて……まるで時間を切り取られたかのようにそのまま動きを止めているのだから、ここの創造神、もしくはコレを造った存在は凝り性が人間の域を超えている気がする。
──しかも、事故まで上手く表現したものだ。
そうして通路として唯一歩ける線路の上を歩きながら、のんびりとその模型都市を観察していた俺が最も感心したのがその事故の情景だった。
まるでついさっき事故して、その直後に時が切り取られたかのような、人形たちの悲痛な顔から事故した馬車擬きのひしゃげ具合まで、細緻に至るまで素晴らしい出来で、こういう細工物が苦手な俺としては感心するしかないのが実情だった。
「って、よく見てみれば、凄い出来だな、ホント」
まるで神の御業、と皮肉混じりに言えば良いのだろうか?
こちらの野菜売りも出店は葉野菜の葉脈までくっきりと見えるほどに見事な出来だし、こちらにはスリらしき少年が走っている動作までしっかりと表現しているし、こちらの馬車擬きは車輪の凹凸まで……
──あれ?
そうして見回している最中にふと気付く。
こちらの少年っぽい恰好をした人形の一つは、どうも不安定な場所……工場の外壁周辺を通る通路辺りに置かれていたらしく、その所為で見事に直下へと落ちてしまったようだった。
まぁ、これだけ細緻なものを造り上げる訳だから、そういうミスくらいあるのだろうが……どうも落下の衝撃によって手足が砕けたソレを見る限り、ミニチュアの癖にあまり丈夫でない物質で造られているようで……
──待て。
その壊れた人形を眺めていて、ふと気付く。
この人形……神が造ったと言ってもおかしくないほど、砕けた指の先から髪に至るまで凄まじい精度で出来ているのだが……
──この材質、もしかして、塩、か?
それらの破片を軽く眺めてみただけでそう直感出来たのは、やはり俺と存在を重ね合わせている破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能が塩に関連するものが多い所為、だろうか。
「待て。
待て待て待て待て」
そして、これらが塩であることに気付いてしまった時点で、俺の脳裏を「二つの可能性」が過っていった。
一つ目は簡単で……この世界に巣食う破壊の神が、俺と同じく塩の権能を持ち合わせていて、この世界を既に滅ぼし終わっている場合。
ただそのパターンだと、ちらっと視線を上げた時に見えた、霞の向こう側に僅かに見えた、この鋼鉄の都市を浸食しているらしき謎のすり鉢状の巨大な穴……鋼鉄の都市を溶かし続けているらしき、あのアリジゴクの巣みたいなものの説明が出来なくなってしまうが。
──すると、二つ目の可能性……
──俺がこの世界に降り立っただけで、この小人たち全てが死に絶えた。
勿論、そんなことはあり得ないとは思う。
幾ら俺が凄まじく強いからって、別に竜巻やら雷やら地震やら津波やらの天災そのものではない、一個の知的生命体に過ぎず……ちょいと力を込めて殴るだけでほとんどの人類をひき肉に変えることは出来ても、ただ降り立つだけで世界中の人間たち全てを殺すような真似は……
「……いや、出来る、のか?」
そこまで考えたところで、俺の権能でソレが絶対に出来ないかと言われるとそんな訳もなく……事実、二つ前の『禍風』の世界では権能を薄く周囲にまき散らすだけで人々を石化させるカマキリ婆こと石神ンスゥメラディなんてヤツも存在していたのだ。
そして……アレから世界を二つも喰らい成長した今の俺の存在は、明確な殺意を持たなくてもただ存在するだけで人間程度の「下等生物」如きを塩と化してしまうと……ンディアナガルの『天啓』が囁いてくれる。
しかもこの世界に降り立つ寸前に、バリアっぽいモノが俺の行く手を阻んだ所為で、少しばかり権能を振るい……要するに、その余波だけでこの世界の全ての生きとし生ける者は滅び去った……ようだった。
──って、じゃあ、コレは……
その結論に至った俺は、自分の脳みそが導き出した答えを確かめるように周辺を見渡す。
塩と化すまでは人々が動き笑い生きていたと分かる……時間によって人々の営みが切り取られたような、ミニチュアのような眼下の景色。
それらを眺めながら、俺は……
「……手間が、省けたな」
無意識の内に、安堵の溜息と共にそう小さく呟いていた。
事実、数多の世界で苦難の中生きている人々を救うには、世界中の全ての人類を皆殺しにして『一時保存』し、世界をぶち壊した上で新世界を再生させなければならないのだ。
つまり、この世界の人類はどうせ滅ぼす必要があったのだから……俺が降り立っただけで死んでくれたのなら、それは省力化とか人件費削減なんかに成功した好例でしかない。
別に俺は自らの手で人々を虐殺しなければ気が済まないような、殺戮に自尊心を抱いている意識の高いタイプではないし……ましてや誰かを殺すことで性的快楽を覚えるような頭のおかしいタイプでもないのだから。
──なら、次にやるべきことは……
周囲を見渡して……ついでに権能を使うことで周辺一帯に探りを入れて、それでも誰一人生存者がいないことを確認した俺は、首を軽く左右に振って少しだけ気合を入れると、『翼』の権能を使って中空へと飛び立ち、誰もいない鉄の都市の外側へと視線を向ける。
霞がかって見辛いものの、そこにはアリジゴクでも住んでいそうな巨大なすり鉢状の穴が地面に開いていた。
……そう。
この鋼鉄の都市を浸食し、恐らくは人の社会を滅びに向かわせていただろう『コレ』は、今まで数多の世界を渡ってきた俺の経験から予測すると、明らかに俺の同類が巣食っているに違いない。
──面くらい、拝んでやるかな。
この世界に滅びを齎していた破壊の神がどんな性格かは分からない以上、俺のやらかしたことを「手間が省けた」と喜んでくれるのか、それとも「横合いから手柄を奪った」と怒り狂うのかは分からない。
だけど、まぁ、似たような境遇の、一応は同類と言えないこともない間柄のヤツである。
こんな遠くから『主砲』で世界ごと消し飛ばすのは流石に礼を失するというものだろう。
そう考えた俺は、『翼』の権能を使って空を飛ぶと、溶けて抉れて出来たらしき巨大な穴の縁へと降り立った……その瞬間だった。
「貴様ぁあああああああああああっ!
貴様がっ、横合いからっ、貴様がぁああああああああああっ!」
突如として穴の底から出てきた巨大な顎を持つ醜い化け物……軒下に巣食っているアリジゴクの牙と足を左右非対称の醜い異形と変形させた上で、硝子状の鉱物を身体中に張り付けた『ソレ』は、そんな怨嗟の声を上げながら俺をその顎に生えた牙で噛み砕こうとする。
──いや、アリジゴクってのは顎の牙で蟻の体液を吸うんであって。
──砕くような顎は持ってなかったっけか?
アリジゴクの牙を身体に受けながら、俺は呑気にそんなことを考える。
実際問題、コイツ程度の攻撃力では俺と存在を重ね合わせているンディアナガルの防御力を突き破ることは出来ないらしく……どうやら俺とほぼ同じか、少し小さいサイズのそのアリジゴクはただ俺にへばりつくのが精いっぱいのようだった。
「貴様のようなっ巨大なっ、醜い化け物にっ!
我が復讐をっ横合いからっ、奪われるなどっ!
この我がっ、滅びの神ンサッドサヌルの力を手に入れたというのにっ!
こんなのがっ、許される筈がぁあああああああっ!」
「……ぶち切れるパターンだったか」
俺に恨み言とも嘆きともつかない呪怨をまき散らしているそのアリジゴク……ンサッドサヌルとかいう神を眺めながら、俺はため息と共にそう吐き捨てる。
そんな俺の態度を前に更に怒りを増したのか、ンサッドサヌルとかいう化け物は大きく顔を振ることで、俺を吹っ飛ばしやがった。
別段、その程度の攻撃で今更ダメージを喰らうことはないものの、小人たちのミニチュア……じゃなく、誰かが住んでいた鋼鉄都市の中へと吹っ飛んで行った俺は、工場に上体が突き刺さったまま、周囲の小ささに視線を移す。
──まぁ、確かに……醜いかどうかは兎も角として。
──この小人たちから見れば俺も巨大なんだろう、な。
紡績とか言うんだったか、蚕の繭から糸を造っていた最中の……ご婦人方だったらしき人影が散らばるその工場内の光景に、俺は再び溜息を吐き出す。
勿論、それらの御婦人がたらしき人影は全て塩の塊でしかなく、しかも吹っ飛んできた俺の身体や壁の破片やらにぶつかって砕かれ、「原型を留めなくなったモノ」も数え切れないほど転がっている始末である。
それでも……彼女たちが生きていた証拠であるこれらの痕跡がこうもあっさり砕かれた事実に、俺は少しばかり浮かんでくる苛立ちを隠せない。
「我はっ、我が故郷のみんなをっ、我が子を殺したっ、この毒を吐き出す街をっ!
この世界を破壊するのだっ!
我がっ、この手でっ!
この世界の全てをだっ!」
尤も、アリジゴクの化け物は俺に反撃や反論をさせるつもりはないらしく、すり鉢状の巣から飛び出て来たかと思うと、俺に向かって上空から毒液を噴き出す。
──酸っぱ臭ぇっ。
──コレは……酸、かっ!
その強酸の液体の直撃を喰らい、あまりの臭いに顔を歪める俺だったが……周囲を見ると、液体を浴びた鋼鉄で出来ている工場が地面も小人たちの残骸も、何もかもが溶け始めている。
ちなみに顔面に喰らうのは流石に嫌だったので、もはや人のそれとは大きく異なっている右腕で受け止めたのだが……特にダメージどころか、皮膚への刺激すらない。
「貴様のようなクソが横合いからしゃしゃり出て来てっ!
この世界はっ、ここの連中全てはっ、我の獲物だっ!」
「好き勝手言いやがる」
もうとっくに正気を失っているのか、このアリジゴクの化け物はそう叫びながらも暴れ回り……俺の身体を右へ左へと強打し続ける。
ろくにダメージがないこともあり特に反撃もしていなかったのだが……そろそろ飽きてきた。
「我はっ、この世界を滅ぼすのだっ!
この世界と共に滅ぶのだっ!
それ以外にもはや何もない我のっ、この激情をっ、行き場のない怒りをっ!
貴様如きに……」
「……なら、死ね」
そして、新たな世界を創り出さなければならない俺には、こんな私情だけで暴れるゴミなんかに使う時間などありはしない。
ただ静かにそう告げると、『紅石』の権能を発動させ、槍というか杭の形をした塩の結晶を創り出し、真正面から襲い掛かってきたアリジゴクの化け物に向けてソレを突き出す。
「……ぁがが」
その巨大な杭はあっさりとアリジゴクの化け物……ンサッドサヌルとかいう変な生き物の頭を潰し、頭と同じサイズの胸からその数倍もある巨大な腹部を貫き、腹の半ばから内部を突き破ることで、鋭利な先端部が姿を現す。
要するにンサッドサヌルとやらを一撃で串刺しにした俺は、巨大な化け物が塩の結晶へと姿を変え始めた、ある意味神秘的なその光景から視線を外し……次の獲物へと視線を向ける。
【貴様はっ、貴様だけはっ!
私の世界を滅ぼした貴様だけはっ!】
そんな凄まじい音量の叫びと共に現れたのは、鋼鉄で出来ていた都市部全てが絡み合い融合して小人たちの百倍以上……今の俺の数十倍ほどの大きさの巨人だった。
いつぞやに見た地球防衛システムとやら……少し名前がうろ覚えではあるが、アレよりもまだ数倍ほどもある、何と言うか非現実的極まりない化け物なのだ。
「……ははっ、次は巨大ロボットってか」
その巨大ロボというか鋼鉄のゴーレムというか、何やら原理すらも分からない創造神の力で生み出されたものだろうソレを見上げた俺は、ただそう小さく笑うことしか出来なかった。
何しろ……派手に現れた癖にただデカいだけで遅く、権能の密度というかそういうモノがあまりにも薄っぺらいのだ。
図体の大きさで相手を上回っていれば勝てると勘違いしたヤツがよくやからかすミスであり……要するにコレは正直に言ってしまうと粗大ゴミ以外の何物でもない。
その挙句、脳みそを直接揺さぶるほど声がデカくて鬱陶しいのだから、本当に救いすらない存在である。
【よって、貴様に神罰を授けるのは、この私……ランビェー……】
「……五月蠅い、黙れ」
その大音量に耐え切れなくなった俺は、『翼』の権能を使って瞬時にそのデカブツの頭上へと跳び上がると、手元にあった巨大な塩の結晶で創られた杭……『紅石』を肥大化させて適当に放り投げる。
音速どころか亜光速ほどの速度に到達したその一撃は、この鋼鉄世界の創造神……名前すら聞いてやらなかったソイツを余波だけで蒸発させると共に、地面へと突き刺さり、この世界の全てを粉砕し、消滅させる。
──少し、やり過ぎたか。
創造神を殺すつもりだったのに世界までぶっ壊してしまった俺は、虚空の中で声にならない声を放つものの……まぁ、終わった以上はもうどうでも良いだろう。
──じゃあ、次へと向かうか。
──いい加減、この作業にも飽きてきたけどな。
俺は首を左右に傾けることで音もなく首を鳴らすと……『爪』の権能を使うことでまた次の世界へと旅立つことにしたのだった。
2019/10/23 21:44投稿時
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