陸・第三章 第二話
「何だ、ここは……」
虚無の中から『爪』を振るい、新たな世界に跳んだ俺は、周囲を三度ほど見渡し……状況を理解した後で呆然とそう呟くことしか出来なかった。
何しろ、その新世界に降り立った俺の周囲にある物と言えば焼け焦げた柱と、焼け落ちた梁と……そして人間だったのだろう黒焦げた人型の炭と、そして燃え続けている竹のような植物くらいのもの、なのだから。
──集団虐殺の後、か?
ただ一つなら火事の後と言えたかもしれない。
だけど、そんな木造の家だった残骸が視界の範囲内だけで数十・数百と並んでいて……挙句、それらの周辺に散らばる「人間だったらしき消し炭」も数千単位で散らばっているのだから、どう見てもコレは炎による虐殺の跡だと言うしかない。
……幾らなんでも失火による火事なんかでは此処まで大量に人は死なないだろう。
俺が降り立った周囲は家々が焼け落ちた所為で見通しが良く……そのあり得ないほど広大な範囲で発生した被害者の多さが一目で理解出来てしまう。
「滅んだ後の世界……だな」
そんな焦げ臭い……と言っても、木々が焼ける匂いに人間が生きたまま焼かれたのだろう凄まじい臭いを混ぜた、言うならば「戦場に近い匂い」に顔を顰めながら、俺はその焼け跡の中をゆっくりと歩き出す。
黒焦げた家の部位だった何かを踏み砕き、人間だったらしき消し炭を蹴飛ばしながらゆっくりと歩いて行くと……不意に周囲の街並みのサイズがおかしいことに気付く。
──コレは……小人たちの街、か?
地べたに散らばっているのが、人間だったモノ……いや、正確に言うならば「人間だったモノの残骸」だった所為で気付くのが少しだけ遅れたのだが、どうもそれらは俺の知っている人間の半分くらいの大きさしかないようだった。
そうして興味を惹かれてそれらの小さな「人間だったモノ」の残骸に視線を向けていくと……地面に落ちている物体の一つに妙な既視感を覚える。
「……刀?
こっちは十文字槍、か?」
それもその筈で……地面に落ちているモノは、どう見ても俺の知っている刀や十文字槍に良く似た武器だったのだ。
尤も、どれもこれも焼け焦げていて使い物にはならない上に、小人たちが使うほどにそれらは小さかったため、俺にとっては使えないゴミに違いはなかったが。
「とすると……この世界はよくある和風ファンタジーだったってことか?」
俺は肩を竦めながら、小さくそう呟く。
尤も、この世界が和風だろうと洋風だろうとスチームパンクだろうと、ファンタジーだろうとリアルだろうと、例え日本を超える超科学世界だったところで意味はない。
何しろ……もう全てが焼け落ち、滅んでしまっているのだから。
「で、原因がアレ、か」
そんな死屍累々としか言いようのない風景を見回した俺は、目を背けていたこの光景を作り出したらしき元凶へと視線を向ける。
ソレらは、この街の中に数本と……そして、街の外側に数えるのも嫌になるほどの本数があった。
未だに燃えている……と言うか燃え続けているにも関わらず焼け落ちることなく立ち続けている、まさに「燃える竹」とも言うべき奇妙な植物が街だった区画にちょこちょこと生えていて……恐らく周囲の街を焼き尽くしたのはコレだったのだろう。
──火の世界、か。
少し遠い地平線の辺りには未だに燃え続けている竹の密集地があって……そこから徐々にこの燃える竹が地下茎を辿って生えて来たに違いない。
結果、この街の全てを焼き尽くし……この世界の住人である小人たちをも一人残らず焼き殺してしまった訳だ。
「もしかしたら、焼ける竹を相手に攻防してたのかもな」
それにしては焼死体たちは非効率な装備をしている……彼らが手にしている刀や槍よりも斧やノコギリを持っていた方が燃える竹には有効だろうと考えた俺だったが……すぐさま首を振ってその思考を振り払う。
今までの経験から俺は良く知っているが……どうしようもない絶望的な敵を前にした人間がやることは、「一致団結して立ち向かうこと」じゃない。
誰しもが生き延びようとお互いの足を引っ張り合った結果、奪い合い憎み合い殺し合うという惨めな姿を晒すこと、だった。
つまり……この世界でも同じことが起こったのだろう。
徐々に近づいてくる燃える竹に絶望し、僅かな水や食料を奪うために殺し合い……結果として全員が焼き尽くされた。
──滅んで当然、とは言えないか。
俺はこの世界で生きていたのだろう……この消し炭と化した小人たちを知らない。
それでも、彼らが追い詰められたとしても必死に生きようとしたのだけは分かる。
そして……そんな追い詰められて選択が狭まった彼らが非道外道をやらかしたとしても、それは彼らの所為ではなく……そんな状況にまで追い詰めた世界の所為でしかない。
つまり、これらの悲劇は……全て彼らを救ってやれなかった俺の所為、なのだ。
「……済まない、な。
もっと早く殺しに来てやれなくて」
俺はそれらの死骸を前に、小さくそう呟くと……視線を上げる。
未だにこの世界を焼き尽くしたのだろうあの竹は燃え続けているのを考えると、この世界が滅んでからまだそう時間は経っておらず……つまり、この世界を滅ぼした元凶は生きて近くにいる筈なのだ。
「せめて、仇くらいは取ってやるよ」
俺はそう呟くと、もう仕舞うのも面倒になって出しっぱなしにしている『翼』を大きくはためかせると、上空へと舞い上がる。
そうして直下を見下ろすと、この大量虐殺の元凶と思しき存在はあっさりと見つかった。
──ほぉ、戦闘中、か。
尤も、俺が想像していたのとは少しばかりシチュエーションが違っていて……実のところ俺は全てを滅ぼした悪役が高笑いをしているのだとばかり思っていたのだ。
だけど、どうやら全てを滅ぼした炎の化身と、恐らくこの世界の創造神らしき存在は現在進行形で相争っている最中らしい。
前方に見える、非常に派手な存在である巨大な炎の巨人が恐らくこの世界を滅ぼした元凶で……それと戦っているらしきあの緑色の和風の竜がこの世界の創造神だろうか。
正直に言うと、逆かもしれないのだが……どっちにしろ部外者である俺にそれを確かめる術などない。
「はははっ!
今さら出て来ても遅いわ、神如きがっ!
貴様の全ては、もう儂が焼き尽くしてやったわっ!」
炎の巨人はそう叫びながら、両手に握られてある炎を上げる巨大な斬馬刀……あの巨人サイズで斬馬刀と言うべき巨大な刀を振り回す。
ただ力任せに振り回したその薙ぎ払いの風圧だけで、周囲に散乱していた消し炭の欠片は舞い上がり、辺り一面に飛び散っていく。
「……愚かな。
今は灰になったとしても、いずれ全ては甦る。
貴方の怒りなど、所詮はその程度のことに過ぎないというのに」
相対するその巨大な竜は一切動くこともなくその炎の直撃を受ける。
だけど、その一撃はあまり効果があったようには見えず……一瞬だけ鱗が黒焦げたようにも見えたが、すぐさま新たに緑色の鱗が生え変わったのを辛うじて確認できた程度である。
挙句にそんな説教をするくらいなのだから、本当にダメージはなかったのだろう。
「畜生がっ!
なら、直接鋼をぶち込んでくれるわっ!」
「それを赦すほど私が甘いと思うのか、加治屋義輝長光っ!
いや、もはや人の形を捨てた哀れな化け物よっ!」
次に炎の巨人……加治屋何とかって名前だったらしき男は、大声を上げながらも斬馬刀を肩へと担ぎ、巨大な竜へと強引に突っ込んでいく。
尤も、その試みは上手く行かなかったらしく、竜の尾の一撃を喰らった炎の巨人は思いっきり吹っ飛ぶと近くの街があったらしき場所へと吹っ飛び……その辺りを埋め尽くしていた消し炭にもう一度炎を点していた。
「クソっ!
この程度で終わるかよっ!
我が両親がっ、妻がっ、産まれすらしなかった我が子がっ!
冤罪で意味もなく焼き殺されたあの憤怒をっ!
決して、忘れるものかぁああああっ!」
「その仇を焼き払い、加担した者を焼き払い。
傍観していただけの民を焼き払い……
守るべき民まで焼き尽くした貴方に、まだ怒る資格があるとでも思っているのですか?」
「五月蠅い五月蠅い五月蠅いっ!
何もせずに見ていただけの無能な蛇擬きがっ!
貴様だけは、許せるものかぁあああああああああああっ!」
後はもう大怪獣決戦だった。
叫びながらも炎の巨人は斬馬刀を振り回し、手から炎の竜巻を上げる。
同じように緑の竜は諭すような声を投げかけながらも、その刀を避け、炎を受け止め、尾や牙や雷を使って反撃を行う。
その度に周辺の遺体やら家々の残骸は吹っ飛び、大地は穿たれて……焼き尽くされた灰燼のみが周辺の空を汚していく始末である。
「……はた迷惑だな、コイツら」
その巨大でド派手な最終戦闘を眺めていた俺は、消し炭が焼け切って形すらなくなった灰をまともに被ってしまい……身体にへばりついた灰を払い、口に入った灰を唾棄しながら、ついそう呟いていた。
それが悪かったのだろう。
「何、だと?
一体、貴様……いつから……」
「あ、貴方は……まさか……」
別に逃げるつもりも隠れるつもりもなかったのだが、この寸劇の行く末を見届けてやろうと思っていた俺は、炎の巨人と緑の竜に気付かれてしまったことに何となくバツが悪くなり……肩を一つ竦めて見せる。
「ああ、続けてくれ。
……俺のことは気にしなくても構わない」
「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁああああああああああああっ!」
俺としては気を利かせて復讐を遂げさせるなり、燃え尽きて諦めるなりを選ばせてあげようとそう提案したのだが……どうも炎の巨人は激昂しやすい体質だったらしい。
それが炎の属性の性質かどうかは知らないが……さっきまで緑の竜へと向かっていた刃を俺の方へと向けやがったのだ。
「貴様みたいな化け物がっ!
いつどこから現れたかは知らないがっ!
この世界にいる以上……この儂が焼き尽くしてくれるわっ!」
そんな俺の親切心に唾棄するかのように、炎の巨人……加治屋何某とかいう人間だった存在は、俺に向けて斬馬刀を振り下す。
「……暑苦しい」
尤も、そんな隙だらけの攻撃をわざわざ喰らってやるほど俺は酔狂でもお人好しでもなく……ただ飛んできたゴミを振り払う程度の力で、背中の『翼』を振り払う。
一欠けらの嘘偽りもなく、俺がしたのはただその程度の自衛にも満たない反射的な行動に過ぎなかった。
……だけど。
「……ぁ、馬鹿、な……
この、儂が、こんな……」
俺の『翼』は、たったその一薙ぎだけで巨人の炎の全てを……恐らく憎悪とか激怒とかその手の感情によって燃え続けていた炎をその感情ごとかき消し。
ついでにその巨人の……核となる加治屋義輝長光をも、その身を形作っていた炎ごと消し飛ばしてしまっていたのだ。
──しまった、な。
──けど、ま、大量虐殺者だしな、コイツ。
自分が少しばかり手加減を誤ってしまったのを理解した俺は、内心でそう反省しつつも……どうせ相手はこの世界全てを焼き尽くし、殺し尽くした破壊の神だったのだとすぐさま思い直す。
人を殺したヤツを……人智を超える力を手にしたというだけで大量虐殺を仕出かしたクズなんて死んで当然、むしろ俺が手を下すことこそが新世界の神による裁きとも言える、ような気がする。
まぁ、死んだヤツのことについて考えるだけ無駄だろう。
それよりも今は……新世界の神となる身としては、これから先に続く未来について考えるべきなのだ。
「貴方はっ、やはり異界の……父神様のっ!
ですが、そうやって己の力で何もかも出来ると思ったら……」
「……ああ、そんなことはどうでも構わない」
そうして俺と視線があった瞬間、緑色の竜はそんな説教を開始しようとしたが……俺はその言葉をあっさりと断ち切る。
事実、この創造神とかいう連中は口先三寸で煙に巻くのが大の得意で、話を聞くだけで俺はいつも嫌な気分にされた記憶しかなく……はっきり言って創造神と名のつくヤツらは言葉を交わす価値がない、ただの鬱陶しく害悪をばら撒くゴミでしかない。
「……え?」
「どうせ死ぬヤツの戯言なんざ聞く気にもならないってだけだ。
とっとと死んで、新しい世界の養分になってくれ」
言葉を遮られるとは思っていなかったのだろう。
緑色の竜は動きを止め……その間に俺はただ静かにそう「事実」を突き付けてやる。
「貴方はっ!
貴方という人はぁああああああああっ!」
「そういう意味じゃ、無駄死にじゃないからな。
安心して死んでくれ」
特に感情を込めることなく告げたその事実に、緑色の竜……名前も知らない創造神はそう激昂するものの、生憎と力の差は歴然としている。
この世界の創造神たる緑色の巨大な竜が雷を放ち、竜巻を放ちながらも、巨大な顎で俺を食い千切ろうと接近してきた……その瞬間に、俺はただ左手を上から下へと振り下す。
ただそれだけで、『爪』は雷と竜巻どころか次元と空間の全てを切り裂き……竜の頭部は四つに分割され、創造神は断末魔の一つを上げることもなくその命を断ち切られ、塩の塊となって落下して行った。
「……弱っ。
雑魚が粋がっても滑稽なだけだな」
一瞬前まで竜だったモノが地面に落ちて砕け散るのを見た俺は、そのあまりにも呆気ない幕切れにため息交じりにそう呟く。
実際問題、さっきのヤツは幾ら弱くても一つの世界の創造神である。
別に俺は戦いが好きな訳でもなければ、力を持て余して暴れたいと思うタイプでもないのだが……幾らなんでもアレは歯応えが無さ過ぎた。
「何か理由でも……まぁ、どうでも良いか。
とっとと次へ行くとしよう」
その呆気なさに何か事情でもあったのかと考え込む俺だったが……所詮、この世界を滅ぼすことなんて、俺にとっては「新しい世界を築くための準備作業」でしかない。
そう思い直して思考を打ち切った俺は、この燃え尽きていた世界から次の世界のことへと頭を切り替える。
要するに……この世界もとっとと滅ぼして次の世界へと旅立とうと考えたのだ。
「……そうだな、どうせ下らない世界だったんだ。
最後くらい、ぱーっと燃え尽きて見せろ」
とは言え、ただ世界を潰すだけってのは面白くない。
俺はそんな遊び心半分で新たに手に入れた権能……『加治屋義輝長光』を発動してその炎の形をした斬馬刀を大きく振りかぶると……
世界を滅ぼすに足る権能を込め、直下へと振り下す。
……音は、なかった。
ただ赤い色が青い色へと変わり、直後にただ純白の閃光が視界に溢れたかと思うと……次に目を開いた時、またしても俺は虚空の只中で浮かんでいたのだった。
2019/10/09 22:09投稿時
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