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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
陸 第三章 ~天と地を喰らう化け物~
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陸・第三章 第一話


 ──これが、全てを滅ぼし終わった後の世界、か。


 『禍風』が人を石化させる世界に住んでいた全ての人間を殺戮し、その大地どころか世界を構成する次元そのものまで破壊するという……まさに破壊と殺戮の神ンディアナガルの化身に相応しい行いを遂げた俺は、周囲を見渡して内心でそう呟く。

 そんな俺の目に写る周囲の景色は、大地の欠片も人の死骸すらもなく……一言で言い表すならばまさに『虚無』という言葉が相応しい。


 ──宇宙空間、ってヤツか?


 俺はそう呟いたものの……その声は音にならずに口の中だけで消えてしまう。

 恐らく、周囲には音を伝達する空気すらないのだろう。

 それで何故息が苦しくならないかと言えば、間違いなくンディアナガルの権能のお陰としか言いようがないが。

 兎に角、周囲には星が輝いているのが目に入るものの、それらは圧倒的に遠く……どれもこれもが文字通り何光年、何十光年、何百光年も遠くにあって、手を伸ばして触れられるようなものではなさそうだった。


 ──宇宙ってことは……

 ──まさか、戻ってきた、のか?

 ──地球のあった……あの世界に。


 詳しいことはよく分からないが、それでもンディアナガルの『天啓』が語るところによると……太陽系から少し離れた「何もない空間」に権能を使ってちょいと『空間を折り畳んで』閉鎖宇宙を生み出し、そこに創造神の力で創り上げた大地を浮かべていたのが、あの『禍風』の世界らしい。

 そうして折り畳んだ空間にも光は届き……だからこそ、今まで旅してきた数多の世界でも星々は見えていた、のだとか何とか。

 これら全てを創り出した創造神ラーディヌゥクオルン=ヴァルサッカラーヴェウスと同等以上の権能を持つ今の俺でも、やろうと思えばコレと同じことは出来るのだろうが……

 とは言え、天地創造という奇跡は一朝一夕で出来るような真似でもなく、『天啓』が語るのを信用するならば最低でも六日間働いて一日休むほどの労苦を要するらしく……そんな雑事よりも今はまず、歪んだ世界の中で苦しんで生きている人々を何とか『救済』するのが先決である。


 ──なら、次はっと。


 俺はその辺りのどうでも構わない創世神話を脳裏から追い出すと、次にやるべきこと……即ちこの数多の世界に住まう全人類の殺戮と世界そのものの破壊へと意識を向ける。

 幸いにして『天啓』はソレを実行するのに最も効率的なルートを……最も移動が楽な近い世界を教えてくれる。

 尤も、完全に破壊と殺戮の神ンディアナガルと融合した今の俺にとっては次元移動なんて「生身だった頃、家の中で便所に行くほどの労力」よりも楽のだが……それでもやはり無駄に労力を使うよりも近い場所から効率的に回った方が面倒がないのは間違いないだろう。


 ──一番近いのは、海に沈むあの世界。

 ──行きがけに、ぶっ壊して行くか。


 俺はまたしてもそんな声にならない呟きを零すと、左手の『爪』を使って次元の狭間を跳ぶことにしたのだった。




「……久しぶり、だな」


 俺が降り立ったのは、あの海に沈む世界の……ラティーファを見送ったあの焼け落ちた城跡だった。

 あの日からそう何日も経ってないってのに周囲の海に囲まれた景色が妙に懐かしく思えるのは……それだけ色々な出来事を経験している所為、だろう。


 ──二つ目がこの世界ってのも、まぁ、当然か。

 

 何しろ俺は、この水没世界から一番近い世界だった『禍風』の世界へと渡ったのだ。

 である以上、『禍風』の世界から最も近い場所へと向かえば引き返すことになるのは当然の話でしかない。

 そんな俺の足元には去りがけに殴りつけた所為で塩の結晶に覆われた大地と……同じく塩に包まれ腐ることもなくなった、俺が最期を看取ったラティーファの亡骸と、俺と共に暮らしたクソ婆の生首が転がっていた。

 それらを視界に収めると同時に、俺の脳裏にはこの世界で過ごした短い間の穏やかな日々が走馬灯のように流れ始め……その感傷に意味を見いだせなかった俺は、すぐさま瞳を閉じる。


 ──もう、ここには用はない。

 ──とっとと、終わらせよう。


 島は塩に覆われて生き物は全て死に絶え、世界の殆どを占める海さえも塩が結晶化して浮かぶほど絶望的な塩分濃度となっており……此処は生命活動すらなくなった、もうどうしようもない「終わった」世界なのだ。

 だからこそ俺は、創造神の力で無理矢理創られたこの世界を叩き壊す必要がある。


「……じゃあな、ラティーファ、クソ婆」


 俺は『翼』の権能を使って島だった場所の上空へと飛び立つと、右腕に権能を集中させて『主砲』を創り出し……

 『天啓』の告げるままの権能を注ぎ込むと、そのまま直下へと放つ。

 海に沈みつつあった世界は、ただその一撃で島も海水もその折り畳まれた次元すらも崩壊し、全てが無に還っていた。

 あっさりと全てを終わらせた俺は、その呆気なさに何となく不完全燃焼を感じ得ない。


 ──『禍風』の世界では、もうちょっと権能が必要だったような。


 とは言え、こうして何もかもを破壊してしまった以上、使った権能の大小などという細かいことなんて、もうどうでも構わないだろう。


 ──ま、良いか。次だ次。


 俺は相変わらずの虚無の中で、そんな声にならない声を呟くと……『爪』を使って次の世界へと旅立つことにしたのだった。





「……二つ目、か」


 俺が次に訪れたのは、腐泥の世界に戦乱の浮島が堕ちたこの場所、だった。

 尤も、あの戦いの中で墜落した浮島はもはや瓦礫以外の何物でもなく……そして、世界を滅ぼそうとしていた腐泥すらも、腐神ンヴェルトゥーサとの戦いで塩の棘へと変貌を遂げ、もはやこの世界は当時の面影すら残していない。

 それでも、こうして大地に降り立つと当時の暮らしと戦いとを思い出してしまい……少しばかりの感傷を抱くのは避けられない。

 

 ──酷い世界、だった。


 腐泥に浸食されつつある世界で、ミルとミゲルのミリア兄妹と出会った。

 兄も妹も蟲に脳を喰われて操られるという最期だったが……それでも二人に出会って、聖樹というデカい樹の上で木の実ばかりを食べる質素な生活を共に送ったのは紛れもない事実だった。

 仮面の一族のベールとべス……ベルグス兄妹を助けるべく、聖樹を奪う戦いに身を投じ……聖樹の上での戦いでは、デルズ=デリアムの知略に悩まされたものだ。

 尤も、最後には腐泥のもたらす病に誰も彼もが倒れてしまい、この世界の住人達は苦しみながら最期を迎えることになってしまったのだが。


 ──そして、浮島でも戦い続けたっけか。


 次に俺は、堕ちて砕けた島の残骸へと視線を向ける。

 あの島では、(リァン)たち子供を救うべく、一介の戦士だった(チェン)と共に成り上がった。

 言いだしっぺの堅は『黒剣(ヘイチェン)』という名の王に討たれたものの、その仇を取って王となった俺は、『雷帝(レイディ)』という王と共に、この世界を滅ぼそうとしていた『无命(ンーミン)公主(コンツゥ)』と戦おうとして……

 結局、子供たちは全員が死に絶え、戦いによって家臣は全て死に、敵も全て滅んでしまうという最悪の結末を迎えたのは、今でも記憶に新しい。

 

「……来世では、幸せになってくれ」


 俺はもういない彼女たちへとそう小さく祈りをささげると、人の形を成していない右手を大きく天に翳し……


「……(チャオ)(レイ)


 この世界を滅ぼせるだけの権能を込めながら、そう小さく呟く。

 次の瞬間、電撃を放つその権能によって、眼前にそびえ立つ塩の棘も足元の大地も頭上の大気も何もかもが電離してプラズマと化し……この世界全てが光の塊へと成って、一気に次元そのものまでもが焼き切れ、その存在全てを消失してしまう。

 その世界の内側にいて、世界が滅ぶほどの電撃を共に喰らった筈の俺は、熱さすら感じず……もう自分という存在が、今や完全に「人間とは別物へと化している」事実に気付き、今更ながら自嘲する。

 いや、むしろこうして世界を喰らう度に、権能はますます強化されているという自覚があるが……それでも世界を滅ぼすこの作業を止めることなど出来やしない。


 ──さて、次だ。


 俺はそう虚空へと消えるように呟くと、またしても『爪』を使って次の世界へと移行するのだった。




 三つ目に俺が足を踏み入れた世界は、一面の砂漠だった。

 蟲皇ンガルドゥムによって砂に沈もうとした……テテとリリ、孤児たちと共に貧しい家で暮らし、水に困りながらも機甲鎧に乗って蟲たちと戦い、その戦いの中でアルベルトと競い合った思い出が甦る。

 

「ははっ、今だったら普通に勝てそうだな」

 

 何となく権能『紅石ランウェリーゼラルミア』を使って剣を創りだした俺は、『黒剣(ヘイチェン)』を斃した時に得た技量を使いながら、上段からの振り下し、下段からの切り上げ、横薙ぎに突きと剣技を繰り出す。

 あの当時の……機甲鎧での動きと比べても遜色ないレベルの剣をひとしきり振るって満足した俺は、軽く頷くとその剣を地面へと突き立てた。


「……次は、もっと幸せに生きられる世界を、創ってみせるからな」


 墓標という訳でもないがその剣に向けてそう呟いた俺は、超能力者だったマルガリータも地球からこの世界へと連れて来てしまったっけなぁとか思いだしつつも、二秒ほど黙祷を捧げ……右手で地面に突き立てた剣に触れ、権能を操る。

 直後、権能を注ぎ込まれた紅石ランウェリーゼラルミアの剣は、一瞬で機甲鎧が操る剣よりも遥かに肥大化し……この砂の大地を突き破って、まだまだ大きく長く鋭く成長し続ける。

 僅か五秒後には、その剣はこの折り畳まれた次元を突き破るほどに肥大化し……その時点でシャボン玉を割ったかのように世界は砕け散って、一切の光も大地も消え失せていた。

 紅石の剣が世界を粉砕したと言うよりも、この世界を構築していた次元そのものを破壊と殺戮の神ンディアナガルが『喰らった』というのが近いのだろうが……取りあえず、この世界でやるべきことはもう全て終わっている。


 ──次へと、向かうか。


 何もかもがなくなったことに一瞬だけ寂寥感を覚えた俺だったが……すぐさま頭を振ってその要らない感情を払い飛ばす。

 まだ世界は残っていて……この作業を負えないことには、ンディアナガルの権能をもって新しい世界を創ったとしても、またしても歪んだどうしようもない世界しか創れないのだ。

 つまり俺には、感傷に浸る暇もなければ躊躇う必要もないということである。


 ──今、この瞬間にも誰かが死んでいるかもしれない。

 ──だからこそ……俺が早く殺して(・・・)やらなければ(・・・・・・)ならない(・・・・)


 俺はそう決意を新たにすると……『爪』の権能を使って次の世界へと移動することにしたのだった。




「……ああ、懐かしいな」


 そうして俺がたどり着いたのは、塩に覆われた一つの集落だった。

 その集落のあちこちには、人の形をしたような塩の塊が転がっており……尤もソレらは人の形とは言っても砕かれ抉られ壊され、人の形をしていたらしき塩の塊と言うべきだが……兎に角、そういう塩と化した惨殺死体が転がっている場所に俺は降り立ったのだ。

 この集落の周囲は塩に覆われた荒野で、岩の塊と砂しかなく……木々も水も一切見えやしない。


 ──サーズ族の、拠点、か。


 ただの一般人だった俺を召喚し、破壊と殺戮の神ンディアナガルと融合させ……まぁ、それはこの世界の創造神ラーウェアが暗躍していたのだが、兎に角コイツらの所為で俺は無敵とも言える破壊の力を得て、そして人間らしさを失うこととなった訳だ。

 それの是非は今となってはどうでも良いだろう。

 俺はこうして世界全てを破壊し、再生させる超越者となり……コイツらはもう何も言わぬ塩の塊と成り果てているのだから。


 ──おかしいな。

 ──何か、違和感が……


 それらサーズ族の集落だった塩の塊を眺めている内に、不意に俺は違和感を覚え……そうしてしばらく周囲を見渡している内に、俺は自分の覚えた違和感の正体に気付く。


 ──コイツら、こんなに小さかったか?


 集落が、死体が、武器が……何もかもが小人、とは言わないものの、記憶と比べて全体的に小さくなっているような気がするのだ。

 尤も、だからと言ってこの拠点が塩で創られた偽物という訳でもなく……ただ単に俺の記憶違いというだけで、さほど気にする必要もないのだろうが。


「……そう思えば、コイツが全ての世界の救世主かもな」


 そんな死体の中でも、山羊の頭蓋骨を被った死体……チェルダーこそが、俺という救世神話を始めた救世主そのものとも言える。

 まぁ、当の本人は息子の仇を討つために同族の子供を肉として俺に食わせていた所為で同族に殺された、言わば悪逆非道の存在という扱いだったのだろうが。


「安心してくれ。

 ……俺は、全てを救う神となる」


 それらの死体だった塩の塊に向けて俺はそう小さく宣言すると……左腕に権能を集め、大きく『爪』を同時に振り下す。

 七つの世界そのものを喰らったンディアナガルの権能は凄まじく、たったのそれだけでこの塩の荒野の世界は砕け散っていた。

 俺と存在を重ね合わせているンディアナガルの生まれた世界だから、だろうか?

 理由もなく俺は今まで以上の感傷……郷愁的な何かに一瞬だけ息が詰まる。

 とは言え、やることに変わりはない。

 世界を壊し、生きる者全てを殺し尽くし……完全で豊かで幸せな新たな世界を創り出し、この俺こそが、その世界の創造神として君臨するのだ。


 ──さて、ここからが本番だ、な。


 俺はまたしても虚無の中でそう呟くと、『爪』の権能を振るい……今までのように人々を滅ぼし終えた世界ではなく、まだ生きている人々がいるだろう新たな世界へと旅立ったのだった。



2019/10/02 22:25投稿時


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― 新着の感想 ―
ずっと他責思考他力本願、更に色々中途半端だった 故の愚かしさで覚悟すら持ち合わせて無かったけど ようやく吹っ切れて新生した感じだね 力も今まで神って割に創造神も含め弱いな思ってたから、ようやく神ぽくな…
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