第六章 第一話
一度勝敗の決した戦いなどあっけないものだった。
特にそれが……圧倒的恐怖と無力感を相手側に与えてしまったならば、特に。
「ぎゃはははははは!
的が逃げるぞ!
もっと矢を持ってこいっ!」
「畜生っ! また槍が折れた!
新しいのを誰かっ!」
俺が『最後の領主』を討ち取った後、城壁の内部で起こっていたのは……現代社会では虐殺という名の、非難されるべき行為だろう。
(……けど、こっちじゃこれが自然か)
老若男女も戦闘員・非戦闘員をも問わず、べリア族が次々と殺されている惨劇を眺めながら、俺は軽く肩を竦めつつ溜息を吐いていた。
申し訳程度に近くに転がっているレンガを掴むと、べリア族の連中に放り投げて潰す程度の働きはしていたが……積極的に虐殺に加わる気にもなれず。
──と言うか、正直、俺はもう殺戮に飽きていた。
……それでも。
それでも俺は……彼らを非難する気にはなれない。
べリア族がやらかした……『最後の領主』とやらがやらかしたエリーゼに対する蛮行もさることながら、彼らべリア族を生かしておいては、今後サーズ族が滅ぼされるハズだったのもまた事実であり。
(要は、害虫駆除なんだよな、コレ)
──放っておけば人間が刺殺される危険な毒蜂の巣を潰すのは当然だろう。
現代社会でもスズメバチの巣なんかがあれば、「危険だから」という理由で即座に駆除されている。
……その巣の中には毒針を持たない幼虫も、手も足も出せない蛹もいる。
だが毒蜂の巣を駆除する行為を、虐殺行為とは呼ばないだろう。
(そう考えると、コレも当たり前の行為でしかない、か)
内心でそう呟いた俺は溜息を一つ吐く。
ただ、長であるバベルを失った所為か、どうもサーズ族の動きは調子に乗り過ぎているようで……
何処からどう見ても統率の取れておらず……野盗や追剥と変わらない、感情のままにただ殺戮と略奪を繰り返すだけの集団と化していた。
「……ま、どうでも良いことか」
今さら自分が殺した人間を悔やんでもどうにもならない。
虐殺の見学に飽きたこともあり、咽喉の渇きを覚えた俺は、街にあった井戸の水を飲もうと桶を一つ直下に投げ入れ……
──カコンッ。
酷く乾いた音が反響しながら俺の耳に届く。
「……枯れて、やがる」
ここにあるのは街の中心部の井戸であり……結構大きい井戸だったのでいきなり枯れることは考え難かったものの、現に井戸は枯れていた。
俺は一つ舌打ちすると、近くに倒れていた兵士の遺体から水筒を奪い、水を飲む。
正直、皮の水筒に入っている水なんて、井戸水と比べると皮臭くて生ぬるくて不味いから好きじゃないんだが……まぁ、渇いた咽喉を潤すことくらいは出来る。
暴れ回った所為で咽喉が渇いているんだ。
……この際、贅沢は言ってられない。
(もしかして、俺が地震を起こした所為だったり、な)
俺は内心でそう呟いてみるが、欠片も良心の呵責を感じない。
例えそれが事実だとしても、このクソみたいな城壁に囲まれているクズ共が、今後この土地に全く住めなくなるというだけだ。
──そんなことなんざ、もう知ったことか。
「よっしゃ!
これで二〇匹目だ!」
「おい、狩りよりも食糧だろ!」
殺しにもいい加減飽きた俺が懐の干し肉を齧り始めた頃、眼前ではまだ血に酔ったままのサーズ族の戦士たちが『狩り』を楽しんでいる最中だった。