陸・第二章 第四話
「これを、運ぶのか……」
翌日。
まだ石仮面の少女チャロが眠っている間にベニグノ少年に連れられて住処を抜け出した俺は、相棒曰く「ヤバい仕事場」へと出向いていた。
その「仕事」とは、ベニグノの話を簡単に要約すると……どうやら宅配業の一種のようだった。
荷車に載せられた荷物を、指定された時間までに指定された場所へと持っていけば良いだけの、言葉にすれば実に簡単な仕事である。
ただし……運ぶその荷物とやらが少しばかり特殊である、という条件付きではあるが。
「ああ。
オレたちにも出来て、飯が食える。
……いい仕事だろ?」
ベニグノ少年はそう笑うものの……彼自身がその笑みが引き攣っているのを隠せてはいなかった。
それもその筈で……俺たちが運ばされるのは、荷車一杯に詰め込まれた、『首のない死体の山』なのだから。
──処刑された罪人、か。
俺が死体の山をそう結論付けた理由は単純で……それらの死体全ての首がなく、両手は手枷で身体の後ろに固定されていたからである。
そんな死体が男女問わずに七体もある。
俺の荷車には五体積んであり、ベニグノ少年の荷車には二体が積まれている。
冷静に考えると不平等極まりない重量配分ではあるが、それでも死体二つで運ぶ重量はざっと百キロ近くもあり……幾ら荷車が重量の大半を受け持ってくれるとは言え、まだ成長期途中の少年には大変な「仕事」だと思われたからだ。
俺の場合、五人分……二百五十キロ超だろうと片腕で持ち運びできる膂力があるので、荷車が壊れる心配だけしていれば良い寸法であり、出発前に少しだけ頼み込んでちょっとだけこちら側の重量配分を多くして貰った、訳だ。
「そら、行くぞ。
コレを城壁の外まで運ぶんだ」
ベニグノはそう声を上げると、顔を真っ赤にして必死に荷車を牽き始めた。
行先と言うか、周辺の土地も詳しく知らない上に、まだ早朝で周囲が薄暗いこともあり、方角すらもさっぱり分かってない俺は、先輩にして相棒の少年の背を追いかけるべく荷車を頑張って牽くふりをする。
実際問題、バランスが取りづらいという問題はあれど、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つ俺にとって、頭のない死体が五つ積まれた、この二百五十キロほどあるだろう荷車そのものは、そう重いと感じるほどではなかったのだ。
「……ぬぐぐぐぐ」
前方でベニグノ少年がそんな呻き声を上げながら必死に働いているのを眺めつつ、俺は周囲を見渡して欠伸を一つ噛み殺す。
──楽な仕事だな。
──荷物の臭いは最低だけど。
……そう。
正直に言って、荷物の重さを全く感じない人間を完全に超越した膂力を持つ俺にとって、この仕事は天職と言っても過言ではないほど、楽な仕事だった。
尤も、荷台に積まれた首のない死体からは乾いてても漂う凄まじい鉄錆の臭いと……処刑後に死体を洗いもしてないのか弛緩した下腹部から零れただろう糞尿の臭いが漂い、更には内臓や眼球などが若干腐りかけているのか腐敗臭まで漂ってきているのには流石に辟易してしまう訳だが。
「しかし、こいつらは何故首を斬られたんだ?」
黙っていれば流石に悪臭に耐えかねるため、俺は何とはなしに先を進む先輩に向けてそんな話題を振ってみた。
「そりゃ、当然、さ。
こいつらっ、例のっ別荘のっ、持ち主っ、だからなっ!」
ベニグノ少年は荷車を運ぶだけで必死なのにもかかわらず、息を切らしながらも俺の問いに答えてくれる。
──例の、別荘?
その単語を耳にした俺の脳裏に浮かんだのは、先日、俺が召喚されたあの血まみれの別荘だったが……恐らく間違いではないだろう。
あんな凄惨な現場が幾つもあるような世界なんて、もっと殺伐として道端にも死体がゴロゴロしているに違いないのだから。
「ったく、身内がっ石になったのを、嘆くのはっ、分かるけどっなっ!
妖精を狩ってきて、呪いに手を染めるのはっ、流石にやり過ぎたって訳だっ!
だがっ、そうした挙句っ、兵士たちが来てっ……あっさりこのザマっ、って訳、だけどなっ!」
俺が要らぬことを考えている間にも、少年は息を荒げながらもそう言葉を続ける。
そう言われて背後を振りかえり良く見てみると、これらの死体はただ首を斬られただけではなくて、服の下にあざや矢傷、手足が骨折して曲がっているなどの傷があり……言われてみれば精一杯抵抗した挙句に制圧されたのだと分かる。
まぁ、どんな馬鹿でも首を斬られるのを粛々と受け入れる筈もなく……斬首刑の死体というのはこうなって当然なのかもしれないのだが。
そんな俺の動きを察したのか、それとも単純に疲れただけか……ベニグノ少年は荷車を牽く手と足を止めて、こちらへと振り向く。
「ははっ、貴族だったらしいがっ、このザマ。
やっぱっ、旧人類はっ滅ぶだけさっ。
オレたち、『禍風』の中でも生き続けられる『超越者』だけが、今後も生き続けるのさっ」
「……お前な」
迫害され、こんな糞尿の臭い漂うスラムに押し込められているから仕方ないとは言え……ベニグノ少年の差別意識丸出しのその台詞に、俺は少しだけ眉をひそめる。
尤も、だからと言って特に何かを言おうとは思わないが。
──石を投げられたんだ。
──石をいつか投げ返そうと思うのは当然だろう。
やられたらやり返すなんて当たり前のことを、色々と口出しするのはおかしいことだろう。
少なくとも俺はそうやって刃を向けられる度に相手を叩き殺してきた訳であり……それ以外の解決法を知らないのが現実である。
いや、それよりも……
──妖精、って何だ?
予期せぬ単語だった所為もあり、思わず素で流してしまったが、そんな……日常生活を営む上では聞き慣れない単語をベニグノ少年が口にしたのも確かで。
俺は一瞬だけ悩んだものの、知らないままだと後々に困るという結論に達し……すぐさまその疑問を口にすることにした。
「……妖精?」
「ああ、おとぎ話のアレさ。
どんな病をも治す妖精の鱗粉は、『禍風』の呪いまでもを治してしまうってな噂が、流れたことがあっただろう?
アレを未だに信じているアホが時々いるのさ」
ベニグノは肩を竦めながらそう嗤う。
その声には、完全に旧人類という『禍風』とやらに耐えられない連中……いや、自分たちを街の中心部から、社会から追い出した連中へと嫌悪が籠っていて、聞いている俺もが少しばかり不快になってしまうような口調だった。
「とは言え、王が勅令で妖精に関わることは禁じられている。
尤も、妖精のためなんかじゃない。
一時期、妖精を求めて城壁から外へと跳び出して行ったアホ共が、全員石になったこともあって……王はこれ以上の生産人口が無為に減るのを恐れているのさ。
って言ってもオレも詳しくはなくて……これは全部、大人の受け売りなんだけどな」
「……なる、ほど、な」
続けてそう告げるベニグノ少年の言葉は、やはり『超越者』以外の人類……要するに街で暮らしている普通の人たちへの侮蔑を隠し切れていない口調であり、最後に付け加えた冗談っぽい口調では誤魔化し切れない嫌悪を感じてしまう。
とは言え、多少の差別意識を持っているとは言え……この少年が悪いヤツじゃないのは間違いないのだ。
「つーか、妖精なんて狩れるのか……」
「お前も行こうとしてただろ?
ほら、石の森の中にある、緑の場所さ」
そう言ってベニグノが視線を向けたのはスラムのある場所から少し角度を変えた辺りの……城壁の向こう側にある妖精の住処、だろうか。
確かに昨日、城壁が崩れた先に見つけた石化した森の中にある緑の場所はまだ記憶に新しい。
つまりアレが、妖精の住処という訳だ。
「妖精って連中は、『禍風』を防げるらしく、連中の棲む森は未だに緑を保っていて……その所為で噂の信ぴょう性が増しているって訳さ。
ま、生憎と妖精を使ったところでで……石になった連中が治ったなんて噂、聞いたことがないんだけどな」
俺が妖精とかいう「物語の中にしかいない筈の生物」に思いを馳せている間にも、ベニグノはそう言葉を続ける。
──治らないのか。
その迷信のために妖精とやらは狩られている訳だから、完全に殺され損じゃないかとも思ったが……実際のところ、迷信ってのは馬鹿にしたものじゃない。
もう誰一人いなくなっている筈ではあるが、二十一世紀の地球でもアフリカ辺りでは処女と性交すれば治るという迷信のために幼女が強姦されてたり、アルビノの子供を呪術に使うとかいう理由で殺されてたりと……そういう情報を目にしたことがあったくらいだ。
そう考えると、人間でもない妖精とやらを狩ることはそうおかしな話じゃない。
しかし、その迷信が信じられているのだとすると……城壁の外にあれほど分かりやすい目印があるのだから、迷信に駆られたこの街の住民は一斉に妖精の住処を目指してもおかしくはないのだが……
「それに、連中を捕まえようとしたら『禍風』がいつ吹くか分からない中、城壁の外を歩かなけりゃならない。
……文字通り、自殺行為って訳さ」
「……道理で」
俺がそんな疑問を胸中で抱いていたところ、相棒の少年はソレをあっさりと打ち砕いてくれた。
考えてみれば、自分以外の誰かを助けるために自分の命を賭けるってのはそうそう出来ることじゃない。
たとえそれが家族や身内や恋人であったとしても、だ。
だからこそ妖精たちは狩り尽くされることなく、あの石の森の中にある緑の木々の住処で暮らしていけるのだろう。
──しかし、『禍風』っていつ吹くか分からないのか。
──四六時中吹いているかと思っていたが…・・
ベニグノ少年がさり気なく口にした、恐らくこの世界の常識だろうその知識を脳裏に刻み込みつつ、俺は驚きを隠してポーカーフェイスを必死に保つ。
こんなことも知らなかったと悟られると、俺がこの世界出身でないとバレかねず……最もバレたところで、面倒になる前に知っているヤツを皆殺しにすれば良いだけで、俺自身、それほど顔芸は得意ではないのだが。
「さて、休憩もそろそろ終わりだ。
……今日中にこの仕事、終わらせるぞ、相棒」
「ああ、了解だ」
そうして話している間に息も整ったのだろう。
ベニグノ少年がそう告げると共にまた唸り声と共に荷車を牽き始め……俺もそれに頷くと自分の身体の前にある荷車を牽くための棒を持つ手に少しだけ力を込めたのだった。
「やっど、着いだっ!」
そうして荷車を牽いて二時間程度を経た俺たちは、ようやく目的地へと辿り着いていた。
休み休みだったとは言え、かなり厳しい全身運動を続けたベニグノは息も絶え絶えで身体中は汗だらけという有様になっていたが。
俺自身は特に疲労もなく、さほど重くもない荷車を牽いてただ散歩しただけという程度だった訳だが……それはまぁ、先輩の立場を慮って口に出さないのが礼儀というヤツだろう。
「お疲れみたいだなぁ、ベニグノ君よぉ」
「はははっ、俺たちはもう準備万端だぜ?」
「ご苦労だなぁ、餓鬼の癖にいっちゃんダルい仕事をなぁ」
「……でめぇら」
俺たちの仕事場……先日見た場所とは別の、崩れた城壁の側で俺たちを待っていたのはそんな嘲るような三人の声だった。
汗だくのベニグノが疲労を追い出すように歯を食いしばりながら拳を構えたのも当然で……そこに待っていたのは、先日クソ溜まりに叩き込んだ筈の角野郎、甲殻腕、石顎の三人組だったのだから。
「おっと、てめぇの仕事を奪う気はないぜ?
今日は俺たちも城壁修理の労働者様だ」
「昨日でクソ芋の貯蓄は出来たからな。
そうすると美味い物が喰いたくなるんだよな、不思議と」
「だから、さっさと死体を寄越せ。
あ~、働きたくねぇ」
三馬鹿共は口々にそんな毒を吐きつつ……躊躇うことなく俺たちの荷車の上に積んであった首のない死体を肩に担いだかと思うと、城壁の方へと歩き始める。
俺は公然と人様の運んできた『荷物』を奪っていくコイツら相手に抵抗するべきかどうか悩むものの……相棒であるベニグノが特に暴れようとしていなかったことから、連中をぶん殴るために握りしめた拳を振るうことはしなかった。
「くせぇんだよ、この馬鹿共。
死んでまで人様に要らぬ手間取らせやがって」
「ははっ、もう聞く耳もねぇぞコイツは」
「ぎゃははっ、ちげぇねぇ」
連中は相変わらず人を馬鹿にしたような態度で、正直に言ってぶん殴りたくなる言動ではあったが、それでも耳どころか首から上がない死体を担ぎ、ボロボロの城壁だった瓦礫を登って……その挙句、城壁の外へとそれらの死体を投げ捨てやがった。
「お、おいっ?」
「いや、アレで良いんだよ相棒。
オレたちの仕事は、ああやって死体を門の外へと捨てること、なんだ。
そうすると死体も腐ることなく、『禍風』のお陰でただの石になるからな」
人様の仕事を無駄にするようなその行為に、俺は思わず連中を血祭りに上げようと一歩前へと踏み出したのだが……ベニグノ少年のその言葉を聞いて、仕方なく足を止める。
──要するに、死体処理役、って訳か。
クソ芋以外の食料……恐らく街の人たちが食べている普通の食料という「安価な賃金」で死体処理という誰もがやりたくない仕事を、被差別者である『禍憑き』もとい『覚醒者』にやらせる。
死体処理や糞尿の処理、屠殺業など「人のやりたがらない稼業」を被差別者たちに押し付ける……それ自体は恐らくどこの社会にでもあるシステムであって、俺が口出しするべきことじゃないのだろうが……
──気に食わねぇな、クソが。
労働力を安価に搾取されているという事実が、俺の中の……破壊と殺戮の神ンディアナガルが取り込んだのだろう誰かの記憶が、酷い反発心を掻き立て始める。
尤も、そのイライラも三馬鹿の連中が次に始めた行為を目の当たりにして、すぐさま霧散していったのだが。
何しろ……
「あ~、畜生。
何で俺たちがこんなことをっ!」
そんな叫びを上げつつも角野郎が身体に綱を巻きつけた後、指を舐めて城壁の外に突きだすことで城壁外側の様子を確かめたかと思うと……俺たち二人と三馬鹿の残り二人が見守る前で、『禍風』が吹いて人が石化するという城壁の外側へと、跳び出していったのだから。
2019/06/19 22:47投稿時
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