表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
陸 第二章 ~石化世界~
303/339

陸・第二章 第二話


 ──コレは、もしかして……

 ──もしか、するのか。


 城壁周囲に群がっている数十数百数千という石像を見下ろしつつ……俺は何の脈略もなく自分の中に浮かんだ『その思い付き』を否定しようと首を振る。

 だけど……肯定する根拠がないのと同じように、その思い付きを否定する材料もない。


 ──普通では、あり得ないよなぁ?

 ──人が、石になる、なんて。


 勿論、あり得ないとは思う感情はある。

 科学的に考えた場合、たんぱく質の塊である人間が無機物である石になる訳がないのだから。

 尤も……それを言ってしまったら、死者を塩へと化す破壊と殺戮の神ンディアナガルの存在意義がなくなってしまうのだが。


 ──つまり、コレはまた『お仲間』の仕業、って訳か。


 その結論に至った俺は、ため息交じりに内心でそう呟く。

 事実、この人間を石化する現象は真っ当な物理法則から外れた存在……つまりが超常現象であり、恐らく俺の……いや、破壊と殺戮の神ンディアナガルの同類がやらかしていると推測出来る。

 迂闊に殺せば世界が呪われて死が蔓延し、放っておけば放っておいたで世界を滅ぼそうとする厄介な連中で……その面倒臭さに俺は溜息をもう一度吐く。

 そうしてこの世界を救うために何をすれば良いかを考えながら人間そっくりの石像を眺めていた俺は、そんな結論に達したところで視線を石像群から外してその周辺へと巡らせ……思わず驚愕の声を上げていた。


「……っ、人だけじゃない、のか」


 ……そう。

 眼下に広がる光景の石と化しているのは城壁周囲の人だけではなかった。

 足元にある雑草や、少し遠くの木々……そして山羊のような巨大な家畜でさえもが、城壁周囲の人々と同じように石となっている。

 この街を覆う城壁についてもそれは同じらしく、外側の城壁は石化した人々と同じく灰色に染まっていた……内側はもう少し褐色じみた巨石を積まれていた上に、内側で城壁に絡んだ蔦までも外側では石化していたのを考えると……城壁の外側に「何か石化させる原因」があると考えるのが自然だろう。

 

 ──いや、全てじゃない、か。


 よくよく見てみると、遠くの森……周辺全てが石と化しているど真ん中に、何故か緑色のままの異彩を放っている場所がある。

 まるで聖域か何かのようにそこだけが石とならずに緑色を保っているのだ。

 勿論、この場所が少し城壁の瓦礫を上った程度の高所ということで、その緑色が見えるのは僅かにはみ出た高い木の数本程度ではあるが……そこに石化現象から逃れられる『何か』があるのは確実だった。


「……行ってみるか」


 このまま街に留まっていたところであまり良い思いをしそうにないと判断した俺は、そのまま城壁の外側へと出ようと身をのり出し……


「ちょ、おいっ。

 死ぬ気か、あんたっ!」


 唐突に足元から聞こえて来たそんな声に、俺は思わず足を止める。

 振り返ってみれば……そこには十歳くらいの少年と、八歳くらいの少女の姿があった。


「……死ぬ?」


 反射的にそう訊ね返した俺だったが、俺の視線はその少年の両手と……そして少女の顔へと向けられていた。

 少年の両手の手首から先は明らかに人と違い……肌が鉱石に覆われ、爪はまるで恐竜の化石のソレのようにごつく尖っていて、俺の左腕に似ていると言えないことはない。

 そして異形と呼ぶならば、少女の顔も同じだった。

 まるで石仮面に覆われたかのような少女の顔は、だけどそれが皮膚が盛り上がったモノだと明らかに分かる。

 正直、肩まで伸ばしたその赤茶けた髪とほっそりとした身体つきがなければ女の子とすら分からなかっただろう。


「ああ、そうだよっ!

 城壁の外は『禍風』が吹くんだっ!」


 そんな俺の視線に気付いたのだろう。

 少年は手を一瞬だけ背後へと隠そうとし……すぐさま意味がないと気付いたのか拳を握りしめてそう叫ぶ。


「見ただろうっ、あの外の石像をっ!

 ああなりたくなかったら、とっとと降りてこいっ!」


 少年は口調が荒っぽい割には人がいいらしく、明らかに他人だろう俺にもそんな言葉を向けてくれる。

 俺は未練がましく石像群をざっと見渡し、石像と化した森の中の緑色の木々を眺め、そしてさっき追い出された街中の方へも視線を向け……少しだけ考えて踵を返すと瓦礫の上から飛び降りて少年たちの方へと向かう。


 ──ま、俺に石化が通じるとは思わないが。


 ただの想像でしかないが……恐らくアレは自分より格下のヤツだけに効果のある系の技だと思われる。

 ンディアナガルの『天啓』が導き出した答えには、権能を薄く広く放出することで人間程度の雑魚なら抵抗一つさせることなく殺傷することが出来る、らしい。

 ちなみに俺がソレをやると四方数千キロの人間を苦痛なく塩の塊へと変貌させられるという答えも一緒に返ってきて……今更ながらに自分の強さが核兵器並になっているんだと実感させられていた。

 それは兎も角。


「悪いな、少年。

 少し緑の森が気になってな」


「妖精の住処が気になるのは分かるけどよ……幾らオレたち(・・・・)でも『禍風』を浴び続けると連中と同じになっちまうぜ、ったく

 つーか、子ども扱いするなよな、兄ちゃん。

 オレにはベニグノって名前があるんだ。

 あと、コイツはチャロだ」


「……ああ、俺はラーディだ。

 よろしく」


 個人的にはベニグノとか名乗る少年の口にした「妖精の住処」ってのが非常に気になったのだが……取りあえずは自己紹介の雰囲気だと感じた俺は、すぐさま適当な名前を名乗る。

 実際のところ、俺の世界で創造神とか名乗っていたラーディヌゥクオルン=ヴァルサッカラーヴェウスとかいうクソ長い名前のアホの、最初の方をむしり取っただけなのだが。


「ふん、あんた、「なり立て」だろう?

 『超越者』に……ああ、あっちじゃ『禍憑き(まがつき)』なんて呼ばれてるか。

 歳はこんなんでも俺はあんたよりゃ先輩だし、ま、面倒見てやるよ」


 少年は俺を人畜無害だと思ったのか、それとも無知な俺に先輩風を吹かしたかったのか……自慢げに胸を叩きながらそんなことを言い放つ。

 血が繋がっているかは分からないが、明らかに妹分らしきチャロという名の石仮面少女が必死に止めようと袖を引いているようだったが……当の兄貴分は全く聞く素振りを見せなかった。


 ──ま、行く当てもないしなぁ。


 子供が調子に乗っているとしか言えない、ベニグノ少年のその様子に若干の苛立ちを覚えなくはないが……俺自身がこの世界で頼る術を持たないのも紛れもない事実である。


 ──自尊心(プライド)では飯は食えないし、雨風をしのぐことも出来やしない、か。


 瞬き一つの間にそんな結論に達した俺は、年下の餓鬼共のヒモになることを決意する。

 尤も、ヒモと言うよりは用心棒扱いで……暴漢とか強盗とか来たら撃退してやろうとは思っているが。


「よろしく頼むぜ、先輩」


「ああ、任せろ、ラーディ。

 お前を一人前にしてやるからなっ!」


 口先で調子を合わせただけの俺に、ベニグノは少年らしくあっさりと騙されてそう安請負してみせた。

 そんな俺に不信を抱いているらしく、石仮面を被ったようなチャロは少年の背後に隠れて裾を引き続けていたが……この少女にはあまり発言権はないらしくその訴えはあっさりと無視され、俺は少年少女と共に街へと逆戻りすることになったのだった。





「ほら、こっちだラーディっ!」


 先輩であるベニグノ少年が叫ぶその声に引っ張られ、俺がたどり着いたのは城壁の内側ぎりぎりをぐるっと回った先にある、石と古い木で造られたボロい廃墟、だった。

 昔はそれなりにしっかりした家だったのだろうが……この街が寂れるにつれて放棄されて空き家となり、それを彼らが使っている、らしい。


「ここが、オレたちの家だっ!

 お前の部屋も用意してやるからなっ!」


 らしい、というのは……どう見ても掃除をちょっとした程度の廃墟をそう自慢気に紹介するベニグノの子供らしいその態度を前に、俺は詳しい話を聞く気力を奪われてしまったから、である。

 その上、この周辺はスラム街というか街の中心部から見て下流になって汚水が流れてくるらしく、周辺を糞尿の発行した動物園みたいな匂いが蔓延していて……それも俺の気力を奪った原因の一つでもあったのだが。


 ──住めば都とは言うが……


 ちなみにその廃墟は平屋建てで夫婦部屋と便所、少し大きめの、足が一つ折れているボロいテーブルがあったダイニングらしき部屋と、狭い物置部屋がある……そんな何処にでもありそうな家、だった。

 そうして案内された俺の部屋は案の定、物置であり……それに比べてベニグノ少年とチャロの二人が使っている夫婦部屋は広々として大きなベッドが備え付けられていたのがちょいと不公平感を覚えるのは仕方ない。

 ……とは言え。


 ──ま、雨風凌げるだけで十分か。


 結局、そう判断した俺は特に抗議することもなく、物置の中から要らないモノ……もう使われてないらしき何かの農具らしき幾つかの木材と錆びた鉄とを組み合わせたソレを、窓があったのだろう壁の穴から、力任せに外へと放り出す。

 ソレはしばらく使われていなかった所為で酷く腐っていたのか、放り出すだけで三度ほど握り砕いてしまったが……まぁ、もう使えない道具なのだから誤差の範囲内だろう。


「コレは……枕の代わりには、なるか」


 もみ殻でも入っているらしき袋を残してゴミを放り出した俺は、それを枕に部屋に大の字で寝転がると、大きく一つ欠伸をする。

 この世界に来てから既に数時間が経過し、周辺はそろそろ暗くなってきている。

 時差ボケという感覚もなく、周囲が暗くなったことで眠気がやってきたので、やることもない俺はとっとと眠ろうと目を閉じ……

 

「おい、晩飯だぞ、ラーディ」


 そんな少年の声に眠気を放り出して飛び起きる。

 正直、俺は今朝方から……あのボロ小屋で飛び起きてから今まで、何一つ食事をしておらず、飢えるとはとても言い難いものの、お腹は空いていたのだ。


 ──それに、食事事情は大事だからな。


 この人が石化していく世界が俺の安住の地になるかどうかは分からない。

 だけど、さっさと旅立つか定住するかの判断基準に、料理が美味いかどうかってのはかなり重要なポイントになる筈だ。

 そう判断した俺は眠気と気怠さを振り払い、ベニグノ少年に呼ばれるがままにダイニングらしき部屋へと足を運ぶ。


「……ぁ」


 既にテーブルについていたチャロは相変わらず俺を見て怯えたように眼を背けるものの……まぁ、それは今はどうでも構わない。

 それよりもテーブルの上にあった夕飯こそが、俺の意識の全てを奪っていたのだ。


「コレが、夕飯……か」


「ああ、今日は良いのが手に入ってな」


 ソレは、どこからどう見ても芋と豆、だった。

 拳大の大き目の黒っぽいジャガイモっぽい芋が三つ……蒸かしたのか茹でたのかは分からないが、まだ湯気を発しているのが各々に一つずつ。

 そして茹でたらしき茶色い豆が皿に大量に盛り付けられている。


 ──意外と、豪華だな?


 それらの食事を見た俺は、感慨深く内心でそう呟いていた。

 事実、一つ前の世界での俺の食事はほとんど魚の干物だけ……もう一つ前は超能力者の血肉によって創られた木の実のみ。

 浮島世界ではそれなりに豪華なモノを食べていた記憶があるが、腐泥の世界では木の実や腐ったワニの肉である。

 ……現代日本で暮らしていた人間とは思えないほど、俺の食生活に関する基準は「腹が膨れればそれで良い」というレベルまで落ちていたのだ。

 そうして豪華なそれらの食事を、俺はベニグノ少年とチャロの食事の仕方を真似て、手掴みで……まずはジャガイモっぽい芋を無警戒に一口齧る。


 ──う、ぐっ。

 

 ソレを一口食べた時、思わず俺はガキの頃を思い出していた。

 小学校の頃、「うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、どっちを食べたい」なんて下らないことを叫んだ、あの記憶を。

 今、このジャガイモを口にした俺は、迷わずこう言うだろう……「味なんてどうでも良いからうんこの臭いがしないヤツをくれ」と。

 ……そう。

 どんなに美味しい食べ物だろうと、臭いがクソなら料理としてもクソに成り下がってしまうのだ。

 はっきりと言ってしまうと、このジャガイモは口にするまでは芋のような甘い香りが漂っていたくせに、口に含んだ瞬間に糞便の臭いを塗りたくったような臭いを発し始めやがったのだ。

 ……恐らく味そのものはほかほかで微かな甘みがして美味しいのだろうが、生憎と臭いが全てを破壊している。

 それでも、何とか吐き出さずに呑み込めたのは、恐らく今まで数多の異世界を旅したお蔭でそれなりに耐性が出来ていたお蔭、だろう。


「おお。すげぇなラーディ。

 まさか『成りたて』のヤツがクソ芋を喰えるなんてな」


「……ぁ?」


 だと言うのに、そんな俺の必死の思いを嘲笑うかのように、ベニグノ少年はそんなことを口にする。

 わざと「食えないもの」を用意されたのだと判断した俺は、眼前のクソ餓鬼を肉塊にするべく左手に力を込めて殴り掛かるために腕を振りかぶった。

 ……だけど。


「へへっ。

 オレも『超越者(こう)』なった時は、吐かされたからな、コイツには。

 慣れたら意外と美味い……あ~、食えないことはないんだけどな」


 眼前のベニグノ少年にあったのは純粋な善意……多少の悪戯心はあったにしろ、俺に飯を喰わせてやろうという善意だった。

 ……事実、ベニグノはそんな酷い評価を下しながらも、自分で呼んだそのクソ芋に平然と齧りついて食べ始めたのだから。

 その餓鬼っぽい善意を前にした俺は、溜息を一つ吐き出すことで湧き上がっていた殺意を何とか抑え込む。

 そして殺意を覚えた自分を抑え込むように、ついでに言えば口内にまだ残っているクソのような後味をかき消すために、もう一品である茹でた豆を掴んで口に入れ……


 ──今度は、土の味、か。


 その豆の臭いにもう一度閉口することになっていた。

 尤も……クソの臭いしかしないジャガイモよりは遥かにマシ、だったが。


「『超越者(オレたち)』は『禍風』のお陰で強くなったとは言え、数が少なく……街に住む弱々しい奴等に追いやられてるからな。

 クソ溜まりや荒れ地から勝手に生えてくるこんなのしか食えないのさ。

 それでも……飢えるよりはマシ、だろう?」


「……違いない」


 ベニグノ少年が語るその言葉に、俺は思わず頷きを返していた。

 事実、飢えというのは人間から意思も尊厳も正義も愛も……何もかもを奪い尽くしてしまう。

 喰えなくても何々があれば、なんて言葉があるが……滅び敗れ飢えに直面した世界を旅してきた俺は、そんなものは口先だけの戯言だと素直に言える。

 少なくとも塩の荒野ではサーズ族全員が飢えて乾いて死ぬよりはと破壊と殺戮の神ンディアナガルを召喚した訳だし、蟲の砂漠では汚水に混じる肉を喰って島外の連中は生き延びていた。

 腐泥の世界では腐った肉や木の実を口にして人間たちは生き長らえていたし、浮島で戦いが尽きなかったのも元はと言えば作物を作る土地が足りていなかった所為である。

 そして、一つ前の水没世界が滅んだのは、思わぬ事故によって海中の塩分濃度が上がり、魚が一切獲れなくなり……飢えに耐えかねた人々が暴動を起こして殺し合ったからだ。

 そんな日々を生き延びてきた俺だからこそ……このクソの臭いしかしないジャガイモも、土の味しかしない豆も、吐き出すなんてもっての他の大事な大事な食糧だった。

 とは言え……


 ──だからと言って、美味いかと言われると話は別なんだけどな。


 そう内心で呟いた俺は、吐き気を催すその臭いに顔をしかめながらも、その食い物からは遥かに逸脱した香りを放つジャガイモを、何とか胃の中へと流し込んだのだった。


2019/05/22 23:02投稿時


総合評価 19,465pt

評価者数:697人

ブックマーク登録:6,591件

文章評価

平均:4.5pt 合計:3,123pt


ストーリー評価

平均:4.5pt 合計:3,160pt

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ