第五章 第七話
玉座のある部屋は、凄まじく広かった。
何十メートルはありそうな広間に、垂直に立ち並ぶ巨大な数十もの柱。
周囲には声を漏らさないように必死に口を塞いでいる、宮女や貴族らしき人々が並んでいる。
俺がその真ん中の一番奥に顔を向けると、玉座に座っている一人の男と目があった。
「よくぞここまでたどり着いた、破壊と殺戮の神よ」
その瞬間、ソイツが『最後の領主』だろうというのはすぐに分かった。
──他の連中とは威厳が違う。
──気配が違う。
──眼光が違う。
──身なりが違う。
鷲鼻で白髪混じり、猜疑心が強く誰にも気を許していないような眼光の、だからこそ生き延びてきた戦国武将のような風貌をした、細身の男だった。
「だが、聖具を持っているのが戦巫女だけだと思っているのか?
我が聖鎚の一撃で滅びるが良い!」
そう言って男が手にしたのは、俺の戦斧と似た長さの、鎚と言われる打撃武器だった。
「ほら! 隙だらけだぞ!」
その『最後の領主』が振るった聖鎚の一撃は戦巫女の斬撃よりも速く、そして以前の俺ならば確実に痛打を与えていたほどに十分に重い。
恐らくは……あの二人の戦巫女よりも遥かに凄まじい使い手、なのだろう。
──だからと言って、自分が何者かに気付いたこの俺に、そんな棒切れが通じる訳もない。
「ば、馬鹿なっ!」
俺はその聖鎚とやらの一撃を側頭部で受け止めたまま、『最後の領主』とやらの右腕を掴み、そのまま床へと叩き付ける。
「が、はっ」
……たったのそれだけで勝負は終わっていた。
幾ら使い手だろうと、幾ら凄まじい武具を手にしていようとも……この男も所詮は「人間」でしかない。
俺の渾身の力をもって、凄まじい速度で大理石らしき床に後背を叩き付けられた『最後の領主』とやらは、たったの一撃で呼吸困難に陥り……もはや立ち上がることすら出来なかったのだ。
その倒れたままの『最後の領主』の右膝を、俺は……何の躊躇もなく踏み砕く。
「ぎゃ、ぎゃあああああああああああ!」
……ああ。
──やっぱりダメだった。
膝を踏み砕かれ、もはや逆転の目すら奪われたことを理解した『最後の領主』の、絶望と激痛の悲鳴を間近で聞いた俺は……内心で溜息を吐いていた。
──このクズの、人生の終わりのようなその悲鳴を聞いても……
──欠片も心が晴れやしない。
「お、お前、俺は、もう……ぐぎゃぉおおおおおおぁあああああああああああああ!」
何やら耳に入ってきた雑音すら意に介さぬまま、俺はソイツの右腕を掴み……
──力任せに引きちぎる。
屠殺される瞬間に豚があげるような悲鳴を上げながら、ソイツはまるで足をもがれた虫けらの如く暴れ回る。
傷口から吹き出した血が、ソイツが暴れ回るのと合わせて周囲に……俺の身体にも飛び散る。
──だが、それでもダメだった。
あの、エリーゼの最期を見てしまった俺には、やっぱり欠片も心が痛むこともない。
ただ、未だに晴れない残酷な衝動に身体が突き動かされる。
次に俺はソイツの左手を踏み砕き、踵ですり潰す。
「ぎゃ、ぎゃあうぉぉぁああああああああああああ?」
もはや立ち上がる術すら失って豚のように這いずりながらも必死に逃げようともがくそのクズに、俺は溜息を吐く。
もう『最後の領主』を名乗るほどの威厳も尊厳もありやしない。
──普通ならトドメを刺すのを躊躇ってしまうほど、情けなくも哀れなその姿に俺は。
「ゆ、ゆるし、ゆるして、ゆるして」
涙と鼻水と涎をたれ流しながら、哀れに首を振るそのクズに俺は笑みを一つ浮かべると。
「そう言った戦巫女に、貴様は何をした?」
──一欠片の憐憫も与えてやる気にはなれなかった。
そして、その言葉を告げながら残り一本の脚を踏み砕いてやったそのクズの顔は見ものだった。
今まで虐げ奪う側だった人間が、屠殺されるのを待つ豚の立場に転落した瞬間の、人生全てが終わった時のその表情。
「う、うわぁあああああああああああああああああああ!」
「わははっはははははははははははははははは」
この世の終わりと言わんばかりの『最後の領主』の悲鳴と、笑い過ぎで訳が分からなくなるほどの俺の笑いが王座に響き渡る。
そのまま笑いながらソイツの腹に手を突き入れる。
凄まじい膂力を有した今の俺の指は、ソイツの皮膚も腹筋をあっさりと突き破っていた。
そのまま俺は適当に指に当たった小腸らしき物体を握り、引きずり出す。
「ぎゃ、ぁぁあぁぁあああああああああああああ!」
「ははっ! 踊れよ!
そうだ! 逃げろ!
ほら! どうした!」
腸を握り引っ張るたび、『最後の領主』とやらが激痛で踊る。
……その無様な姿を見ながら俺は笑う。
それを数分間繰り返していると、流石にその玩具も体力と気力が尽きたのか、悲鳴も上げず踊りもしなくなってきた。
顔を見ると、白目を剥いて泡を吹いてやがる。
──なぶっている最中に尿と糞便を漏らした下半身は見るに堪えない有様で……
──周囲には血と臓物と骨と皮と肉が飛び散って凄まじいことになっている。
……汚らしいこと、この上ない。
「くそがっ!
もっと俺を楽しませろよっっ!」
俺はそう怒鳴ると、欠片の躊躇もなくソイツの顔面を踏み砕く。
顔面を踏み砕かれた残りの胴体は、ミミズのようにビクビクッと痙攣を起こし、すぐに動かなくなり……真っ白な塩の塊へと変わっていく。
「……さて」
玩具に飽きた俺が周囲を見渡すと、部屋の片隅には宮女に混じってえらく豪華な格好をした女が、赤子を抱きかかえて震えていた。
俺はのんびりと歩きながらその女の群れに向かうと、戦斧を叩き付けて脅える宮女を三人ほど肉塊に変える。
「ひ、ひっ、ひぃぃぃいいいいい!」
その一撃で逃げ出そうとした三名の宮女の一人を拳で潰し……
残るはその豪華な女一人きりになっていた。
彼女は恐らく『最後の領主』とやらの妃なのだろう。
……ならば、胸に抱いているのはその子供か。
「お、お願い、します。どうか、子供だけは……」
そう言っている母親の懇願に、俺は慈悲深い笑みを一つ浮かべると。
──何の躊躇もなく、母子ともに戦斧で叩き潰したのだった。