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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
陸 ~破壊と殺戮の神~ 第一章~水没世界~
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陸・第一章 第五話


「ははっ、今日も大漁っと」


 カサゴのような根魚……海底近くにいるだろう魚を釣り上げた俺は、自分の釣り技量の向上に一つ頷くと、またしても近くのフジツボを抉って餌を針につける。

 実際問題、釣りなんてろくにしたことのなかった俺がこの世界に来て早くも一週間余り……既に俺は、釣りだけならプロ級の腕前だと言えるほどに成長していた。

 何しろ浅いところにいる小魚からそれを狙っている中型魚、そして海底に暮らしている根魚まで狙って釣れるようになっているのだ。

 最近は餌を取られることも減ってきて、釣果も毎日魚籠いっぱいになるまで釣れている。

 この辺りの魚は全く警戒することを知らず、楽勝で釣れる所為ってのも大きいのだが……もしかしたら俺は、あの現代日本では釣り師になれば才能を発揮できていたのかもしれない。

 ……まぁ、今さらそんな「もしも」を考えたところで、もう何の意味もありゃしないのだが。

 そんなことを考えながら竿を振るい、餌が沈む位置を少しだけ手前に寄せることで底近くに餌が寄るように工夫する。

 最初の方はワカメっぽい何かを釣ったり、岩にひっかけて針をなくしたりと散々なものだったが、今となってはさほど苦労することなくこういう芸当も可能となっている。

 自分でも修練速度があまりにも早過ぎると思ってはいるが……恐らく破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって死んだ誰かの剣術が扱えるようになった、アレと同じようなもの、だろう。

 修練速度が剣術と違って遅かったのは、戦闘に関するものでない場合、俺と存在を重ね合わせているンディアナガルの方にやる気があまりないから、に違いない。


「よっと。

 ……そろそろ限界かな?」


 そうして楽に釣果が上がるようになれば、十数匹しか入らない魚籠なんて半日も経たずに一杯になってしまい……一日の労働はおしまいとなる。


 ──気楽なものだ。

 ──こういうスローライフも悪くない、な。


 そうして本日最後の一匹と思って竿を振りながらも俺は、インターネットを漁っていて読んだ記憶を思い出していた。

 釣り人と投資家の話だったか、投資家が釣り人に「若いころに怠けず金を稼げ」と説教し、その結果数十年の努力の結果得られるものは、釣り人が今している生活と全く同じものだった……というオチがつくヤツである。

 詳しく覚えている訳ではないけれど、こうして釣りをしていると……必死に何かを手に入れようという気概は消え失せ、こんなのんびりとした生活も悪くはないと思えてくるから不思議なものだ。


 ──これで、同居人が俺にべた惚れしている美少女なら言うことはないんだが。


 だと言うのに、何の因果か……この世界では、何故か同居人は毒しか吐かないクソ婆である。

 一生とまでは言わないものの、十数年くらいならこんなのんびりした生活を送っても良いと思えるのだが……それだけにクソ婆が同居人という事実が、本当に残念極まりない。

 どうせなら、この世界で誰かを娶り……人脈だけはあのクソ婆に頼ってでも、のんびりとスローライフに飽きるまでこうして釣りをして暮らしても良い、かもしれない。


「っと……今日は偉く騒がしいな」


 そうして釣り糸を海に垂らし……一日のノルマを半日以下で終わらせた所為で時間が有り余っていて、必死に釣ろうとすら思えない所為だろう。

 丘の上にある王城の向こう側での騒ぎに妙に意識が向いてしまう。

 尤も、騒ぎと言っても俺が慣れ親しんでいる虐殺や戦争という負の騒乱ではなく……遠くでお祭りが行われているような、賑やかな感じでしかないのだが。


 ──お祭り、か。


 考えてみれば、俺はお祭りというのをあまり経験した記憶がない。

 戦勝の宴には何度か参加したような記憶があるが……どの世界のものも、ただ飲む喰う騒ぐ程度の宴会でしかなく、イベントとしてのお祭りってのは味わった覚えがない。

 いや、蟲の砂漠では王族たちのパーティには出たが、アレはあくまでも護衛としてで、ついでに同僚を殺す羽目になったのだから、ろくな経験じゃないだろう。

 ついでに言うと、現代日本でのお祭りは友人たち、もしくは恋人と共に出かけるためのイベントである。

 断じて言うが、友人も恋人もいない俺が一人でわざわざ出歩く労力を費やしてまで足を運ぶような……そんな楽しそうな代物ではないのだ。


 ──こういうところで好感度を稼ぎに行かなきゃ。

 ──女の子と出会う機会ってのは……滅多にないから、な。


 そう決断した俺は、さっさと最後の一匹を釣り上げて祭り会場へと向かうべく、竿を仕舞おうと左手を突き出して……


「……ああ、畜生。

 無理、だろうな、コレじゃあ」


 今更ながら、異形と化したままの自らのその左手に気付く。

 恐竜のような鋭い無色にして万色の爪と、頑強な漆黒の鱗……泳ぐのも困難となるようなこの化け物の腕は戦いには便利であっても、日常生活ではあまり役に立つ代物ではない。

 と言うか、女の子にもてる・もてないの世界では明らかにマイナスでしかないだろう。

 そもそも城の方へと出向いても、こんな腕のままじゃもてる筈もなく……最悪、化け物として石を投げられる可能性まである。


 ──はぁ、仕方ない、か。


 今までの経験上、どの世界でも非常に大きな問題を抱えていて、人同士での争いがあり……いずれ巻き込まれることでそれなりに出会いがある。

 その中には、俺の左手を見ても怖がらない奇特な相手がいてくれるに違いない。

 特に戦禍が拡大し、誰もが武器を持たないと生き延びれないような惨状が広がってくれたなら、俺のこの左手も恐れられなくなるに違いないのだ。

 尤も……今のところはあの毒しか吐かないクソ婆一匹しかいないのだが。


「それまでは、我慢するか」


 俺はため息混じりにそんな結論に達すると……そのまま釣り道具を仕舞い込み、婆のボロ小屋へと帰ることにしたのだった。





「ああ、そりゃ解放の宴さ」


 ボロ小屋に戻った俺による開口一番の問いに対し、クソ婆からの返答はそんな鼻で笑うような一言だった。


「……解放?」


「ああ。

 この一週間ほど、海龍の姿が見えない。

 延々と続いていた海水の上昇も、ここ一週間ほどは収まってる。

 ついに海龍が力尽き、我々は解放されたってお祭り騒ぎ。

 ……馬鹿馬鹿しい」


 俺としてはお祭りごとってのは特に理由がなくても楽しいものだと思っていたが……この毒しか吐かないクソ婆にとってはそうではなかったようで、文字通り吐き捨てるかのようにそう呟く。

 尤も、その毒は俺に向けてと言うよりは、あの丘の上にあった城……そして、その向こう側に見えていた街全てに向けてだろうが。


 ──よくいるんだよな、この手のクソ婆。


 婆と言うよりは、人が楽しそうにしているのに意味もなく水をかける厭味ったらしいヤツ、と呼ぶべきか。

 そういうのは現代日本の学校にもいて……よく集団からはみ出て嫌われていたものだ。

 とは言え、俺はそういうのに関係なく友達の一人すらいなかったのだが……


「大体、海龍の死体が上がった訳でもないのに、あの馬鹿騒ぎ。

 鱗やヒレなんかが浮かび上がったのは事実かもしれないが、まだはっきりしたことは分かっておらん。

 あの性格悪い海龍のことだ。

 ぬか喜びさせるためなら死んだふりくらいは平気でやるだろうて」


「……でも、この晩飯なんだな」


 そう毒を吐くクソ婆の出してきた昼飯は……普段は朝晩の二食だというのに何故か出て来たその「昼飯」は、白身魚のすり身を海鮮出汁で煮込んだ滅多に出てこないほど豪華な食事だったのだ。

 そればかりか、小麦を練った団子や白菜らしきモノの茎まで入っている始末である。


 ──確か、野菜は貴重なんだっけか。


 この世界は海によって水没しかけている。

 である以上、魚や海老・貝などの魚介類に加えてワカメや昆布などの海産物は豊富であるが、水没しかけている土地に避難民が一斉に押しかけているため、土地全く足りておらず……人が住む土地すらないのだから、耕作をするための土地もろくにないのが実情である。

 ついでに言うと木々も減っていて燃料もないらしいのだが……その辺りはランプで使っていたように魚の脂を使って上手く生活している、らしい。

 らしい、と言うのはそういう「生活の知恵」らしきものはクソ婆の専門であって、俺は釣りしかしていない……要するに家事類の全てを婆に任せっきりにしているからだ。

 

 ──ま、正直に言って無理だし、な。


 キッチンにはガスコンロと蛇口があって、ボタン一つでお湯が沸く現代日本であっても、カップ麺しか作れず、掃除機はたまに汚した時に動かすだけで、全自動洗濯機に至ってはボタンに触れたこともないのが俺の炊事洗濯の経験値だ。

 そんな俺が、こんな未開の地で真っ当に家事なんて出来る訳がない。


 ──つまり……コレは単なる役割分担に過ぎないっと。


 俺はそう自分を納得させると、つみれ汁らしきものを腹へと流し込む。

 味は相変わらずの海鮮系ではあるものの、昆布と魚のあらで煮出された味は素朴ながらも意外と奥深く……後は麺か米でもあれば十分にこの世界で暮らしていけると確信できるくらいには美味かった。


 ──水も、貴重なんだよ、な。


 俺はスープを呑みながら、この一杯の汁を造るのにどれくらいの手間暇がかかったのかを何となく計算してしまう。

 海龍によって水の底へと沈みゆくこの世界で、此処は唯一水没を免れている孤島であり……当然のことながら、湧水や川なんてろくにありはしない。

 人はただ海水をろ過……正確には直射日光による蒸留を経てようやく飲み水を確保している状況なのだ。

 そのために周囲に海水は腐るほどあるってのに、真水は馬鹿みたいに高く……勿論、水がなければ人は生きていけないため、それなりの値段で取引されているらしいのだが。

 そういう背景もあり……この手のスープってのは此処では凄まじい貴重品なのである。


「別に、嬉しい訳じゃないさ。

 ただ、確証も持たずに祝うなんて馬鹿馬鹿しいだろうっ!」


「あ~、はいはい」


 クソ婆は相変わらず毒を吐いているものの、海龍とやらが退治されたことで喜んでいるのは紛れもない事実で……この豪華な料理が何よりの証拠である。

 恐らく、このクソ婆の息子は海龍を滅ぼすために死んでいて……だからこそ、如何なる理由であってもその仇敵が死んだのをこの婆が喜ばない筈はなく。

 それを知っている俺は、適当に婆の毒を聞き流しながら……


 ──まぁ、実際、海龍ってのは死んでるんだがな。


 この世界に降り立ってすぐに戦う羽目になった、あの巨大な海蛇の死に様を思い出しつつ、内心でそう呟く。

 恐らく、と言うか間違いなく、この世界を滅ぼそうとしている海龍ってのは俺が此処へと跳んで来たときに見た、あの海蛇のことだろう。

 どうやらその残骸が今になってこの島に……人気のないクソ婆のボロ小屋がある方向ではなく、城を挟んだ反対側の、人がたくさん住んでいる方に流れ着いたに違いない。

 とは言え、俺がアレを殺したと証明する術なんてなく……「俺の手によってこの国に平和が訪れた」なんて彼らからしてみれば荒唐無稽な事実を無理に主張する気にもならないのだが。


「しかし、祭りをするくらいだ。

 街には人がたくさんいるんだろうな」


 そして、迂闊に海龍の話をしても要らぬことを口走りそうな気がした俺は、取りあえず話を逸らすためにお祭りへと話を向けてみる。

 実際のところ、こんなしけた滅びかけの世界でやるような祭りなんざに興味がある訳でもないのだが……

 それでもこんな人気のないクソ婆の家に居候するくらいなら、いっそ街の方へと跳び出た方が美少女との出会いもあって、もっと色気のある生活が出来るんじゃないだろうか?

 ……そんな疑問が脳裏の片隅に居座っていたのである。


「はっ、もうろくに残ってやしないさ。

 男手は殆どが海龍退治で藻屑に消えて、後は女衆ばっかりが残されてる。

 ……男が死んだ所為で、女衆が猿同然の縄張り争い。

 以前の乱痴気騒ぎのがまだマシさ、全く」


 そう思って適当に話を振った俺に返ってきたのは、相変わらず厭味の効いたそんな一言で。

 クソ婆のその返答を聞いた俺は、厭味ったらしい言葉自体は理解出来ても『ソレが意味しているところ』を全く理解出来ず……ただ鸚鵡返しのように問い返すことしか出来なかった。


「……どういう、ことだ?」


「まぁ、ここは王領で街の連中が来ることはないさ。

 私はこれでも現王の乳母だったこともある。

 お蔭で王国がこんな有様になっても、人気のない僻地で何とか生きていけるんだけどね」


 俺の問いを誤解したのか、婆が自分の経歴をさり気なく主張しながらそう言葉を返すが……生憎と俺が知りたいのはそんなどうでも良い情報ではない。

 

 ──女ばかり、だと?


 ……そう。

 この世界が滅びかけようが、クソ婆が死のうが王国が滅びようがどうでも構わない。

 ただ俺は女が……誰か俺と共に暮らしてくれる女が欲しかっただけだった。

 そして、男女比が凄まじく狂っている世界なら、こんな俺でも……左手が異形と化している俺でも、誰か愛し愛される彼女が出来るかもしれない。

 そう上手く行くはずがない……そう頭では理解してはいても、そんな期待が微かに脳裏を過ったことは、別に恥ずべきことでも責められるべきことでもないだろう。


「ま、あんたも真面目に働き続けるんだね。

 人柄に信頼が置けたなら、その内それなりの嫁も紹介してやれるだろうよ」


「けっ、クソ婆が。

 余計な御世話だ、ったく」


 上から目線で言い放ったクソ婆のその一言に、食事を終えて椀を突き返しながらも俺は、婆から顔を背けてそう毒を返す。

 返しながらも……顔がにやけるのを止められない。


 ──これは……この世界は、イージーモードだ。


 そんな期待があったから、だ。

 大体、俺が旅してきた世界は総じてハード以上……ハーデストやインフェルノレベルの惨状ばかりで、女の子と恋愛なんて期待するだけ無駄のような、過酷で地獄のような世界ばかりだった。

 だが、この世界なら……

 世界自体は過酷過ぎるものの、その原因は既に取っ払われていて、更に男女比が俺に有利な形でトチ狂っているこの王国なら、ハーレム……とは言わずとも、誰か一人くらい妻や彼女や愛人くらいは作れるんじゃないか、という期待を俺はどうしても止められない。


「ま、まぁ、取りあえず仕事の続きだ。

 釣りにでも行ってくる。

 後は頼んだ、婆さん」


 とは言え、この狭いボロ小屋の中では流石に緩み始めた表情筋を抑えるのは厳しいだろう。

 そして、これほど下心に緩んだ情けない顔を見られると、クソ婆が女の子を紹介してくれる可能性が酷く下がるに違いない。

 だからこそ俺は、自分が真面目で仕事が出来る好青年だと示すために……いや、青年というには少しばかり若いものの、その辺りは将来性を見い出してくれると期待して、真面目に働く姿を見せつけるために本日二度目の釣りへと向かうことにする。


「……分かりやすい若造だね、ったく」


 後ろから聞こえてきた、クソ婆のそんな呟きは聞こえないふりをしつつ……俺は今度こそハーレムの期待に、鼻の穴を膨らませるのだった。


2019/03/13 22:44現在


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