第五章 第五話
「何考えてやがるんだ、アイツらはっ!」
作戦が失敗した怒りに任せて俺は怒鳴る。
怒りついでに城壁内に岩を放り投げるが、やはり音沙汰はない。
どうやら徹底的に籠城するつもりらしい。
「ですから、『最後の領主』は猜疑心が強く慎重で残虐と申し上げたでしょう?」
怒鳴り散らす俺に向けて、バベルは静かにそう告げる。
俺は苛立ちのままに巨漢を睨みつけ……すぐに溜息を吐いて怒りを鎮める。
彼自身、数本の矢を受けて身体を赤く染めていたからだ。
「……何人殺られた?」
「一〇名程度で済みました。
……が、怪我してない人間を数えた方がマシなくらいに酷い状態ですな」
バベルの冷静な言葉が、俺に突き刺さる。
実際、サーズ族の戦士たちからは猜疑の視線が向けられていて……正直、居心地が悪いことこの上ない。
死にかけているところを救ってもらったのにその態度は何だ、と叫びたくなるが……彼らを怒鳴りつけたところで何も変わりはしない。
……逆に不和の種を蒔くだけだろう。
「しかし、厄介だな、あの城壁は。
どうにかして叩き壊す作戦を考えないと……」
サーズ族の連中から視線を逸らし、ついでに話題を逸らす意味で、俺はそびえ立つ城壁を眺めながらそう呟く。
その時だった。
「もう目的だけを果たされては如何ですか?
ほら、あのエリーゼという戦巫女を……」
「……なるほど」
ロトがこの場を宥めるように告げたその言葉に、俺は思わず頷いていた。
(確かに、アレを無理に攻める必要はない訳か)
何故ロトが俺の目的を完全に知っていたのかは兎も角……
あの難攻不落の、凄まじい城壁を屍の山血の河を作ってまで無理に破るよりは、エリーゼ一人を略奪する手段を考えた方が遥かに簡単だった。
──俺一人で忍び込むか?
俺一人ならあの城壁をよじ登るのも、大軍を薙ぎ払いながらエリーゼを見つけることも出来ないことはないだろう。
──流石にちとキツいな。
そもそも俺の身体は膂力が増したというのに、跳躍力や走力が増していない。
つまり無敵で怪力なところ以外はただの高校生である俺に、そんな忍者や怪盗みたいな真似が出来るとは思えなかった。
かと言って力ずくで突っ込もうにも、中にどれだけ雑魚が潜んでいるかすら分からない中に一人で突っ込むのはちょっとばかり骨が折れそうだ。
下手すれば数日前と同じく、邪魔が入ってエリーゼそのものを引き千切りかねない。
──上手く中の連中を相手せずにエリーゼだけを手に入れる方法は……
「……っ?」
その瞬間に、ふと俺の頭の中に閃くものがあった。
──中の人間に向けて、和平交渉のためにエリーゼを差し出せと脅すのはどうだろう?
……そうして守るべきものから裏切られたエリーゼは、容易く俺のモノになるに違いない。
ふと思いついたその案を俺が告げると、ロトは首を傾げて。
「それで上手くいきますか?
あの戦巫女のことですから、諾々と従うフリをして、破壊神さまの首を狙おうと……」
「それこそ、望むところだろう?」
「……確かに」
戦巫女の襲撃を事もなげに笑う。
……要は、あの面倒くさい城壁から小娘一人を追い出せば良いだけなのだ。
そうして、次の作戦は決まっていた。
ロトのヤツが降伏のための文を書き、槍に結んだソレを俺が城門の中へと放り投げるという、単純極まりない代物である。
バベルの方は俺たちには関わろうとしておらず、負傷兵の治療に専念している。
彼にしてみればここまでの被害が出た以上、将来を考えてべリア族に打撃を与えるどころではなく……俺の趣味も目的も、もうどうでも良いことなのだろう。
──ま、止めようとしないだけ、ありがたいと思うべきなんだろうな。
軍ってのは動かすだけで、水も食料も浪費する究極の無駄飯喰らいである。
こうしている時間と手間を使って彼らが狩りをすれば……塩に埋もれていく土地だとしても僅かながらの獲物が得られるかもしれないし、集落の家々や施設の補強、道具の手入れなど男手が必要な仕事は幾らでもある。
そんな大事な労力をこうして俺の趣味のために、言わばサーズ族にとっては完全に無駄な遊びのために使わせてくれるのだから……バベルという男が如何に俺の価値を認めてくれているのかが分かる。
そんなことを考えている間に、ロトのヤツは文を凡そ書き終えたらしい。
「では、期限は如何しますか?」
「一昼夜くらいで良いだろう。
それくらいの食糧は残っているからな」
「はい、これを結び付けて下さい」
「よし、んじゃ、行くか!」
ロトの書き上げたその降伏文章を俺は槍に結ぶと、全力でその槍を投擲する。
俺の人並み外れた膂力で吹っ飛んで行った投槍は見事に城壁を越え、恐らく中の人間の目に届いたことだろう。
同じものを他にも数本投げ入れたから、誰かの目には留まるハズ、だった。
そうして作戦を終えた俺が視線を向けると……サーズ族の連中はもはや我関せずという感じで座り込んでしまっている。
それどころか、野営の準備を早々に始めたヤツもいる始末だった。
まぁ、確かに村を襲撃するのに時間をかけたから、もうちょいとで陽が暮れる訳だが。
(あ~あ、コイツら、士気が落ちまくってやがるな~)
そんな戦士たちを見て、俺は内心で溜息を吐く。
怪我していることもさることながら、どうやらこの難攻不落の城壁を前にして戦意が挫けてしまったらしい。
そもそもがこの戦いは今すぐという危機に迫られての戦いではない。
──言わば一〇年後に来るだろう滅びを遠ざけるための、予防線でしかない。
そんな来るかどうか決まってもいない一〇年後のために、今日残っている命を捨てる気にはならないのだろう。
──もし夜襲でも受けたら……
あまりにも士気の落ちたサーズ族を眺めた俺はふとそんな危惧を抱くが……よくよく考えてみれば、夜襲を受けるということはあの城壁から外へ出て来てくれるということで。
実のところそれは大歓迎の展開である。
「ま、あちらさんもそれくらいは分かってるか」
そう結論付けた俺は肩を竦め溜息を一つ吐くと……そのまま地べたに寝転んだ。
降伏勧告の返事が来るまで一昼夜もある。
(……果報は寝て待て、だな)
俺は内心でそう呟くと、眼を閉じて明日を待つことにしたのだった。
 




