伍・第六章 第七話
──何だ、こりゃぁあああああ。
迫りくるその、「巨大」という言葉を使うのが馬鹿馬鹿しくなるほど馬鹿げたサイズの鋼鉄の塊を目にした俺は、思わず内心でそう叫んでいた。
ソレは、今まで俺が数多の世界を旅してきた中でも最大クラス……あの聖樹すらも真正面から切り裂けるだろう鋼鉄の化け物なのだ。
徐々に近くなってくるソレは、高さだけで数十メートル……見上げたことはないが、東京タワーよりは小さい筈だが、横に長い所為で存在感ではあの赤いタワーを遥かに上回っていると断言できる。
その鋼鉄の塊に、凄まじく巨大な砲塔が四基あるのが見えるのだが……それを砲塔と理解出来た自分が不思議なほど、横から突き出たその一つだけでも信じられないほどに巨大な金属の塊なのだ。
何しろ射出口径だけで直径数メートルもあるのだから、あの四基の主砲を喰らった場合、人間どころか機甲鎧すらも跡形も残らないだろう、理不尽な大きさである。
あまりにも巨大な『ソレ』は、どう見ても対人兵器というよりは、対戦車……いや、対宇宙船を想定しているような、文字通りの化け物じみた殺戮兵器そのものだった。
──幾らなんでも、この空間内でアレをぶっ放すなんて……
──って、当然そんな訳ないか。
そうして迫ってきた鋼鉄の化け物は、流石に場所を選んだのか、それともエネルギーの浪費を避けたのか、四基もある馬鹿げたサイズの砲塔を使おうとはせず……本体のあちこちから生えていた作業用と思われるロボットアームを十数本動かしてそれぞれに銃器を構え、周囲に銃弾をばら撒き始めた。
その攻撃力は凄まじく……どうやらメカメカ団が使っているよりも遥かに大口径のそのマシンガンは、コールドスリープカプセル内の肉を美味しく頂いていた小さな蟲共を次から次へ肉塊へと変貌させていく。
その乱射ともいうべき無茶苦茶な破壊力に弊害は勿論あって、撃ち損じた弾がまだ無事だったカプセルや、メカメカ団の連中を撃ち抜いていたのだが……まぁ、その程度の被害など、あのサイズの巨体から見れば誤差の範疇なのだろう。
「がぁああああああああああっ!
足がっ、足が一発で吹っ飛んだぁああああああああっ!
何て、性能なんだ、あの銃はっ!」
「敵味方、お構いなしかよぉおおおおおっ!
人類の味方じゃねぇのかぁあああああああっ!」
「くそがっ!
ありゃ人類の秘密兵器だろうがっ!
何故、俺たちまで攻撃しやがるっ!」
仲間を吹っ飛ばされた鉄くず共が、巨大な鋼鉄の化け物に向かってそう叫ぶものの……その巨体は躊躇うことなくその猛威を振るい続ける。
今度は大きめのロボットアームが巨大なヒートソードらしき物体を……全長十メートルほどの武器と呼ぶのも躊躇われるような、圧倒的質量の赤熱化した鋼鉄の塊を振るい、近くにいた巨大な蟲を縦に両断して見せる。
その犠牲となって数十のカプセルが潰れたが……人類の秘密兵器とやらは全く人類の犠牲を考慮した様子がない。
『プロジェクト【ノア】は終了しました。
現状は外敵の排除を最優先しております。
よって現存人類の保護は、外敵の排除より優先順位が低くなります』
しかも、メカメカ団の連中が放った叫びが聞こえていたのか、そんな回答まで返している始末である。
一切の感情が感じられない、何処までも事務的なその声に、さっきまでやかましかった鉄くず共までもが絶句する始末である。
勿論、それは俺としても同様で……次から次へと狩られていく蟲たちに援軍を送ることすら思いつかず、その巨大な鋼鉄の化け物が繰り広げる暴挙をただ眺めることしか出来なかった。
『ですが、安心して下さい。
貴方たちの犠牲は無駄になりません。
外敵の排除が完了し、【地上】の環境回復を確認した後に、人類を地上に甦らせるプログラムの実行が予定されております』
その巨大な鋼鉄の化け物は、何の感情も感じさせない静かな口調でそんな言葉を紡ぎながら、右へ左へとヒートソードを振るい、蟲共を狩っていく。
圧倒的な質量を前にした蟲共になす術などなく……百を数えない内に周囲にいた全ての蟲たちはただの動かぬ肉塊へと成り果てていた。
勿論、そうして振るわれる攻撃はほぼ災害と同レベルであり……そのあおりを受けた旧人類を詰め込んだコールドスリープカプセルは次々と潰され焼かれ吹き飛ばされていく。
いや、それどころか……まだ五体満足だったメカメカ団の一部までもが巻き込まれていたが、それでもこの巨大な化け物には一切の躊躇いというものが見られない。
『その後、保存していた遺伝データを使用したクローン生成によって、人類は【地上】において元の繁栄を取り戻すことでしょう。
そのための記憶データは保管されております。
貴方たちの人格データも保存されておりますので、貴方たちも破損したカプセルで保管されていた方々も、最低限健康で文化的な生活を送るよう保障いたします』
それどころか、言い訳のようにそんな気休めまで周囲に流す始末である。
──あ?
──それって、どうなんだ?
自分と違う自分が幸せに生きるから、今の自分は死ぬようにと言われて……確かに輪廻転生よりも具体的ではあるが、人間という生き物は果たしてそんな言葉を信じて死を受け入れられるものだろうか。
少なくとも俺は、生き返るのが分かっていたとしても死ぬのなんざ真っ平御免だし……昔に流行った一向一揆とかそういう類の宗教煽動にかかった連中でもなきゃ、来世があるからと言われても素直に「死んでも構わない」とは考えない気がするのだが。
「ふざけるなぁあああああああああっ!
なら、今、ここにいる俺はどうなるんだぁあああああああああっ!」
「俺の身体はっ!
まだっ、五体満足でっ!
此処にあるんだぞぉおおおおおおおおおおっ!」
「おいおいおいおい。
俺の身体、さっきので吹っ飛んだんだけど……
俺、生き返れるのか、なぁ?」
そして、俺の予想通り……あの巨大な殺戮機械の妄言を理解出来ないメカメカ団の連中も大混乱に陥っていた。
やはり未来で生き返れるからと言われても、素直に死を受け入れられるヤツなんざいる訳がない。
幾ら死に慣れているゲーマーだからと言って、現実に自分の肉体が損壊するのを目の当たりにして平然としていられる訳もなく……
「畜生ぉおおおおおおおおおおっ!
死んで、たまるかぁああああああああっ!」
「このっ、化け物がぁっ!
俺を、俺たちを殺すなぁあああああああああああっ!」
それどころか、現状を受け入れられない鉄くず共は、巨大な殺戮マシンへと銃口を向ける始末である。
尤も、そんな携行できるレベルの銃撃なんざ、あの巨体にはただの豆鉄砲……いや、俺の経験に置き換えると、ただ鬱陶しいだけの砂埃に近い。
連中が持つ最大威力のライフルやバズーカでさえも、装甲の一枚にちょっとした傷や焦げ目をつける程度で……あっさりと反撃にあって解体の憂き目に遭っている。
「うぉおお、腕が、腕がぁああああああっ!
武装が、違い過ぎるぅぉおおおおおおおおおっ!」
「な、何で俺までぇえええええっ?
ぎゃぁああああああああああっ!」
二十近く残っていた筈のメカメカ団の連中は、たった十数発攻撃を仕掛けた対価を支払い、その鋼鉄の身体をただのスクラップへと変貌させる羽目になっていた。
実際、蟲を排除した時と同じように、圧倒的力で壊滅させてしまい……はっきり言ってしまうと戦闘にもなってないのだ。
僅か数十秒でメカメカ団は全滅し……このコールドスリープの部屋の中で動くモノは、俺とこの巨大な殺戮マシンのみとなってしまった。
『……潜在的敵性勢力の排除を確認しました。
これより敵性勢力の本命の排除に取り掛かります』
しかも、自らの同類……守るべき筈のメカメカ団を撃ち殺したというのに、この巨大な殺戮機械は作業の一工程が終わった程度の感想しかないのか、ただそう呟くだけで。
どうやらこの巨大な鉄の塊は、意思疎通すらも出来ない……文字通り、ただの機械なのだろう。
とは言え、ただデカいだけの機械なんざ、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つ俺にとっては、脅威ですらない。
ただ……彼我のサイズが違い過ぎた所為で蟲共はあっさりと全滅させられたし、コレをぶっ壊す『爪』なんぞぶちかまそうものならアリサたちまで吹っ飛ばしかねない。
──少しばかり面倒だな。
俺は溜息を一つ吐くと、旧人類の隠し玉らしきその巨大な鉄くずをスクラップに変えるべく、首を左右に曲げて鳴らす。
そうして俺が拳を固め、塩の槍で叩き斬ってやろうかと右手に権能を溜め始めた……その時だった。
『……骨格データ、一致。
今までの戦闘データ、世界各地の変異データと照合完了。
個体認証、完了しました。
前方の個体を【破壊神】と認め、戦闘プログラムを上位に変更。
なお、戦闘を始める前に、本機体の製作者から伝言が御座います』
「……あ?」
旧人類の被害を一切考慮しない、その殺戮マシンは……いきなり拳を握り固めた俺の虚を突くような形で、そんな言葉を発したのだ。
俺がこの世界に来てまだ数日……数ヵ月は経ってない筈で、個体認証が完了したやら破壊神と認めるとか言われても、さっぱり意味が分からない。
それどころか伝言があると言われても、「人違いです」としか思えないのだ。
そうして硬直してしまった俺の動揺を意に介すこともなく……鋼鉄の化け物は言葉を続ける。
「やぁ、初めまして、かな?
本当に『彼女』が言うとおり、君が破壊と殺戮の神という人外の存在だと仮定して、この音声データを録音させて貰っている」
流れてきたのは、そんな二十代後半くらいの……若い男の声だった。
相変わらず何処の言葉かさっぱり分からないが、英語に似ている気がする「さっぱり分からないその言語」を耳にしてそれでも意味が通じるのは、やはりンディアナガルの権能のお蔭だろう。
ただ一つ気になったのは……
──破壊と殺戮の神?
男の声が、その単語を告げたこと、だった。
何しろ、この世界を滅ぼしたンデアナグアとやらを信奉していたあの蟲共でさえ、その存在を「死と滅びの神」と呼んでいたのだ。
だから、つまりこの世界で「破壊と殺戮の神」という言葉が出て来る筈がない。
なのに、この声はンディアナガルの異名を普通に告げた。
そうすると声の告げた『彼女』という存在が気になるものの……そんな俺の疑問など、既に録音されている音声の前では何の意味もなく……
「正直、私は君という存在が実在していることには懐疑的だ。
世界各地を滅ぼす異常現象が一柱の神によって起こされたなんて、科学者として信じられるものではない。
だからこそ、この音声データを録音している今の自分が滑稽極まりなく思えているよ」
声の男はそう自嘲めいた笑みを漏らす。
尤も……実際のこうして滅びた世界を見た俺としては、愛想笑いを浮かべることすら出来やしない。
ただ一つ残念なのは……こうして音声を聞いているのが俺であり、コイツが想定しているだろう、この世界を滅亡へと導いた死と滅びの神ンデアナグアとやらではないこと、なのだが。
「だけど、それでも人類の滅びを前にして、動かない訳にはいかなかった。
この防衛システムには、私の思いつく限りの技術をつぎ込み、更に君がこの世界へと戻ってくるまでの間、自己進化するように設計されている。
計算上、この【地上】に存在する人類全てを喰らったと仮定した場合の君の戦闘力を、それでもなお上回っている筈だ」
男の声は続く。
詳しいことは分からないが、この声の主は出来る限りの能力を注ぎ込むことで、ンデアナグアに勝利するため、見上げることすら叶わないほど巨大なこの鉄くずを作り上げたのだろう。
思いっきり人違いされている最中の身としては、居た堪れないことこの上ないが……まぁ、最期のメッセージとやらを誰にも聞かれずに流れて消るってのは、流石に寂し過ぎる。
こうして俺が意味も分からないままに聞いてやることこそが……せめてもの供養になるに違いない。
「生憎と、私という人格はこの人格データ保存システムとコールドスリープシステム、そして防衛システムを設計したところで限界を迎えるだろう。
精神を加速することで、何とかこれらの救済措置を人類の滅亡に間に合わせたが……無理が祟ったのか、私の精神は正気を保っているのが不思議なほどに摩耗している。
つまり、私の人格を複写することは叶わない」
流れ続ける音声を聞く限り、どうやらこの男は旧人類を滅びから救い上げた、素晴らしい科学者のようだった。
コールドスリープを実用化することで、激変した環境下でも人類が生き延びるように手を施し。
メカメカ団……と言うよりは、コールドスリープ中に不測の事態が発生するのを予測し、人格の電子化なんて無茶苦茶な技術を実用化し。
そして、恐らくそれらの環境を整えるためにアリサたち遺伝子改良による種族を作り出した天才科学者。
「だからこそ、時系列的に考えれば、名も知らぬ君へのこの宣戦布告こそ、私が発する最期の言葉となるだろう。
それを理解した上で、私は此処に告げる」
そんな男が築き上げたのだ。
旧人類にとって最後の砦となったこの地下世界を。
旧人類を滅びから救うため眼前に現れた、この防衛システムを。
「……我々人類は今まで数多の困難に打ち勝ってきた。
君など、その内の一つに過ぎん。
我々は……勝つっ!
君という滅びに打ち勝ち、万物の霊長としての地位を取り戻すっ!」
男は吼える。
この言葉が最後の一言になるという確証を持っているのか、咽喉が枯れんばかりに、自らの命全てをこの言葉へと叩き付けるかのように。
「もし『彼女』が言うとおり君が神だと言うのならっ!
これは、神によって追い出された、エデンの園を、我々の手で取り戻すための戦いだっ!
これこそが、私の最期の一手っ、プロジェクト【エデン】っ!
君が神だと言うのならっ!
全知全能の神だと言うのならっ!
私の全身全霊、人生全てを賭けたこの一手を、人類の英知の全てを叩き付けっ!
君という絶対者を超越し、我ら人類が勝利を掴み取るっ!」
それが彼の……この旧人類の救世主だったかもしれない、名前も知らぬ男から発せられた、メッセージの全てだった。
己の存在全てを賭けて、旧人類を滅びから救おうという気迫に満ちた、魂の底から発せられたかのような凄まじい叫びだったと感じられた。
惜しむらくは……それが人違いだったということだろう。
──責任感のあるヤツに見えたけど……
──恐らく、さっきの男こそが、アリサたちを造った張本人。
だからこそ、コイツら相手に俺が力を振るうのを躊躇う必要など欠片もなく。
たとえ、この眼前の巨大な鉄くずに旧人類が救われる全てが詰まっていたとしても……アリサたちのために戦う俺が、情けをかけて手を止める理由になんざ、なりゃしない。
あっさりとその結論へと達した俺は、塩の権能を使うことで手に矛を……全長五メートルほどの矛の形をした塩の塊を顕現させる。
ぶん殴って壊すのはちょっとばかり面倒なので、コイツで斬り刻んでやろうと考えたのである。
そうして俺が前へと一歩踏み込んだ、その時だった。
『主砲、発射します』
さっきまでの男の声とは打って変わって、感情の欠片も出さない中性的なその声とほぼ同時に、眼前の鉄くずの砲塔の一つが凄まじい光を放つ。
そして……
「ぐっ……がぁああああああああああああっ?」
その光を見た瞬間、俺は半ば本能的に目を閉じ、左手を身体の前へと突き出して庇ったのだが……
創造神の力以外、何もかもを弾き飛ばす権能で護られている筈の俺の左手は、主砲をまともに浴びた瞬間、五指ともに逆さまに捩じれ、塩の結晶で構成された鱗が焼け焦げて弾け飛んでしまったのだった。
2018/02/28 21:37現在
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