伍・第六章 第二話
「やったやった。
生きてた生きてた」
「アタシたちの【あし】もすてたものじゃないね。
こうしてよくきこえるんだからっ!」
絶賛生き埋め中だった俺を救ってくれたアリサたちは、俺の無事を確認するや否や、お互いに顔を見合わせながら手を叩き合って喜びの声を上げ始めた。
誰かが自分の無事を祝ってくれる……少女たちの騒ぐを声を聞いた俺は、そんな「平和な国であれば当たり前のこと」を喜んでいる自分を自覚する。
こういう関係を『友達』というのだろう。
ほぼ同じ顔と言っても過言ではないアリサたちが、ずらっと並んだまま喜んでいるのを見て、俺は軽く肩を竦めてみせる。
こんなに何人もの友達が出来たのだから、俺はもう友達が少ない訳じゃないな、なんてことを思いつつ。
──しかし、「足が捨てたモノじゃない」って何だ?
完全に生き埋めになっていた俺を発見した以上、アリサたちは「視覚以外の探査能力」を持っているのだろうが……だからと言って足なんかで何かを探せる訳もない。
生き埋めの人間を探す場合、災害救助犬なんかが使われるらしいのだが……爆発の直後、落盤によって完全に閉じ込められていた以上、匂いも途切れていると考えるのが自然だろう。
そんな状況で俺を探すとなると、俺が発した声や物音を聞きつけたか、それとも思念派を受信したか……そのくらいしか可能性を思い浮かばないのだが。
──恐らくは、聞き取った、んだろうな。
昆虫類の聴覚は人間の耳とは違う場所にあったというのを、小学校の理科で聞いたことがあるようなないような。
それがアリサたちの場合「足にある」のであれば、彼女たちが何気なく発していた先ほどの言葉とも辻褄が合う。
と言うか、それ以外にはないだろう。
そもそも、アリサたちが思念を拾っていたならば……内心で結構邪悪なことを考えている俺が彼女たちと友達関係が築けるとは思えない。
「さささ、こっちこっち。
すずきくん、さぁ、こっちへきてよ」
「つかれたでしょ。
ごはんもあるよ」
そんな要らぬことを考えている間にも、アリサたちは俺の右へ左へとまとわりついて来て、俺を洞窟の奥へと連れて行こうとする。
久々に異性と触れ合った俺だったが……流石に昆虫類の甲殻の、中途半端に硬い感覚にドギマギする訳もなく。
──でも、ま、コレってハーレムになるのか?
周囲をアリサたち十数人に固められた俺は、妙にべたべたしてくる彼女たちに首を傾げながらも、何となくそんな感想を抱く。
甲冑を着込んだような彼女たちは、女性らしさなんて声質くらいしかないのだが、それでもこうして異性に囲まれた経験なんてない俺としては、やはり少しだけ嬉しいのは事実で……
などと要らぬことを考えていた俺だったが……
──と言うか。
──こんな大勢で探しに来たのか?
不意に、そんな疑問が脳裏を過る。
そもそも巣の奥深くで小型核が爆発したアリサたちは今、洒落にならない事態に陥っている筈だ。
以前、メカメカ団の特攻核自爆で巣が半ばまで吹っ飛んでいた時、巣を直そうとアリサたちが右往左往しているのを目の当たりにしたものだが。
あの中尉とか呼ばれていた超能力者が自爆した場所は、その爆発して崩壊した窪みだった筈で……要するに、かなり中心部に近い位置で核が爆発した可能性が高い。
となると、前回と同じように……いや、今回は前よりも遥かに被害が大きい以上、彼女たちは前回以上に、巣の修繕に労力を費やす必要があるだろう。
……だけど。
今、アリサたちは十数人も集まって俺の周囲を固めている。
今までは一人だけが俺との会話を担当し、他のアリサたちは別の仕事をしていたというのに、だ。
いや、この場所にいるのが十数人というだけで……もしかしたら巣全体を探すために、数百人・数千人規模での動員を行っている可能性もある。
──つまり、巣を直そうとしていない?
──いや、巣よりも俺を探す方を優先した?
そんなバカな話はないと首を左右に振るものの……状況証拠としてはそんな結論が出てきてしまう。
そうして考え込んでいる俺を何処かへ誘導したいらしく、アリサたちはやんわりと、だけど明確な意図を持って俺を引っ張っていく。
──ええい、鬱陶しい。
──無理やりでも引き剥がす、か?
自分の意思を無視したまま、無理矢理に行き先を決められる……その力のない頃によく味わった感覚に苛立った俺は一瞬だけ身体に力を込め、彼女たちを振り払おうとするが……
──ま、良いか。
腕力を振るう前にそんな結論に達した俺は、すぐさま身体の力を抜いていた。
何しろ、彼女たちは俺を友達と呼んでくれたのだ。
害意や悪意を持って接してくるとは思えない。
それに……
──そうなりゃ叩き殺せば良いだけだし、な。
あの砂の世界で友達を……アルベルトを信用せずに死なせてしまった前科のある俺としては「友達を疑う」という選択肢は存在しない。
そもそも、信じて問題なければそれで良いし。
だけど、そうして信じた挙句に相手が裏切ったのならば……それはもう友達でも何でもないのだから殴り殺すことを躊躇う必要もないだろう。
そんな完璧な論理を打ち立て終えた俺は抵抗の一切を放棄すると、アリサたちに引っ張られるがままに足を運び……だけどただ歩くのも暇だった所為もあり、俺は単なる好奇心から軽く口を開いてみる。
「なぁ……俺は何処へ行けばいいんだ?」
そんな問いを俺が口にした瞬間だった。
周囲を固めていたアリサたちが一斉にこちらを振り向き……そのタイミングが機械的なまでに揃っていた所為か、酷く不気味なものを感じた俺は思わず足を止めてしまう。
幸いにしてアリサたちはそんな俺の様子を訝しむ様子もなく、ただ俺の様子に小首を傾げ、各々の顔を見合わせ始める。
「ん~?
いわなかったっけ?」
「あれ?
いってない……かも」
「え~、いってないの?」
同じ顔をしたアリサたちが口々にそう言い争う姿は、何と言うか……非常に間抜け極まりないもので、俺は何となく肩の力が抜けてしまう。
しかも、言い争っている内容が映画とかで良く見るダメな軍人……報告を怠って叱られたのを同僚に責任転嫁しようとしている様子にそっくりだったのだから。
ただ、流石は同一人物……というか記憶を共有しているアリサたち、というべきか。
一分ほどで良い争いは終わり、またしても全員が一斉に俺の方へと視線を向ける。
「おねがい。
あたしたちについてきて」
「あたしたちの、ママのところにっ」
「すずきくんに、ママをたすけてほしいんだっ!」
彼女たちが異口同音に告げるその言葉は必死そのもので……紛れもなくそれは彼女たちにとっての真実なのだろう。
そして、友達にそう頼まれた以上、俺に否と言える訳もなく。
「分かった。
……案内してくれ」
俺はただ彼女たちの言葉に頷き、そう告げたのだった。
──酷い有様、だな。
アリサたちに周囲を固められた俺は歩きながらも周囲を見渡し、内心でそう嘆息する。
小型核による爆発の所為、だろう。
通路だったと思われる場所は瓦礫と土くれが散らばり、土くれが高熱でガラス化していたり、内壁だったらしき破片が散らばっているなど……もはや道ですらなくなっている。
それでもアリサたちによって一応は片づけられているのか、人一人が歩くくらいの空間が確保されていた。
「……本当に凄まじいな、核兵器ってのは」
歩いている内に通路が終わり、空洞部へと出た俺は周囲を見渡し……呆然とそう呟くことしか出来なかった。
地下空洞……つまりがアリサたちの棲んでいる巣の外側に出た俺が見たのは、辺り一面に広がる、文字通りの「瓦礫の山」だった。
光苔が天井を覆っているお蔭で何となく自分がいる場所が分かるのだが、俺たちがいるのはすり鉢状になっている中央部らしく……そのすり鉢状の縁を見ると、背面部より前方の方が高いようだった。
つまり、あの根っこの化け物が腹に仕込んでいた小型核は、巣の中央部を少し外れた辺りで爆発したのだろう。
「うん、すごかったよ」
「なにもかもふっとんじゃった」
周囲を見渡している俺に追従するように、アリサたちはそう呟く。
実際、前に見た巣の形状から考えると二度の核攻撃によって、巣は四割ほどが消失していると思われ……恐らくはアリサたちの犠牲も相応に出ていることだろう。
そうして周囲を見渡している俺は、不意に目に入ったソレに気付く。
白っぽい……ぼんやりとした光苔しかない所為で白く見えるが、恐らくは薄紅色だろう巨大な結晶体。
それに貫かれるように、埋め込まれるように存在するコンクリートで出来たような巨大な構造物。
破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能の所為か、俺の目にはソレが「二つに裂けた挙句、ひっくり返りかけたプール」であり……塩の結晶によって埋め尽くされたソレの中に人影があることさえも見えてしまう。
──シナミ、たち。
核爆発によって巻き込まれたのか、それとも俺が無意識下で発した権能によって巻き込まれたのかは分からない。
分からないが……アレでは幾ら過剰な再生能力を有するシナミたちでも恐らく助かることはない、だろう。
それでも……彼女たちが幾ら死のうと、一人でも生き残っていれば増えることが出来たかもしれない。
だが、俺と共にいたシナミは『電撃』によって焼き尽くされていたし、残りのシナミは全員がプールの中で泳いでいた筈だ。
つまりあのプールこそが彼女たちにとっての巣であり、残機をストックする倉庫でもあったのだ。
そこをああして潰された以上、幾ら異様な再生能力を持ち、分裂で増える能力を持つシナミであっても、もはや生き返ることは叶わない。
──また、やっちまったのか。
己の身を護るために発動した破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって、友達を巻き込んで殺してしまった……その証拠を目の当たりにして、俺は小さく歯噛みする。
とは言え、罪悪感に押し潰されそうかと言えば、そんな訳もない。
無意識下で発動された権能が勝手に誰かを巻き添えにしてしまったことだし、要するに車に轢かれそうになって、慌てて逃げた先に幼稚園児がいたようなものだ。
巻き込んで怪我させたとしても、それはあくまで緊急避難。
非常事態故の措置であり、罪に問われることはない、筈だ。
それと同じように、俺は俺が助かるために権能を使い、ちょっと力余って友達を巻き添えにしてしまった、それだけの話でしかなく。
仕方ないと割り切れる範囲の出来事だ。
──それでも。
──反省はしないと、な。
だが、仕方ないと割り切れるとは言え、罪悪感がそれほどないとは言え……反省をしない訳ではない。
同じことを二度と繰り返さないように、権能をもっと上手く使いこなす必要があるだろう。
尤も、そうしたいのは山々ではあるのだが……現実問題として、日々強まっていくばかりの権能を「どうやれば上手く使えるかがさっぱり分からない」のが実情ではある。
「あ、すずきくん。
ここだ、ついたよ」
そんなことを考えながら手のひらを開閉している俺に向けて、横合いからアリサがそんな声をかけてくる。
そうして顔を上げた俺の目に入ったのは……粗末ながらも巨大な、一つの建物だった。
いや、建物と呼んで良いのかどうかは分からないが、瓦礫と土くれを混ぜ合わせて形だけ建物にしたような『モノ』が俺の眼前にはあった。
俺の記憶にある一番近い形状のモノを言えば、煉瓦造りのピザ焼き窯だろうか。
尤もソレはサイズが桁違いで……このサイズでピザを焼けば、恐らく暫くは破ることの出来ないギネス記録になるだろう大きさなのだが。
「はい、つれてきたよ、あたし」
「ああ、おつかれさま、あたし。
ママはおくでねてるよ」
その建物の前には、光の加減か金色にも見える甲冑を着込んだアリサ……恐らくは戦闘種と呼ばれるだろう彼女たちが大勢並んでいて、凄まじい厳戒態勢が敷かれているのが分かる。
「……しゅうげきは?」
「さんどほど」
「でも、向こうもこんらんしているっぽい」
顔パスついでにそう言葉を交わす姿は本当に必要最小限という雰囲気で……記憶を共有するアリサたちだからこそ出来るものだろう。
そんな彼女たちの声に周囲を見渡してみれば、確かに原型を留めていない鉄くずが周囲に散らばっている。
捩じれ砕かれ溶かされたそれらは、恐らくメカメカ団のモノだろう兵器群であり。
ついでにその襲撃で命を落としたのだろうアリサたちの残骸も散らばっているのが目に入る。
──まぁ、狙いたい放題だしな、ここ。
必死に巣穴を作り直そうとはしているのだろうが……正直、建物がまだ脆く、上側から狙いたい放題なのが現状だった。
此処が地下世界である以上、航空機なんて洒落た攻撃手段はないのだが、それでも巣への架け橋があった場所にはそれぞれに通路があり……それら格好の狙撃ポイント全てを塞ぐというのは、数を随分と減らしてしまったアリサたちにとって、あまり現実的ではないのだろう。
「さ、すずきくん、はいってはいって」
「ママをたすけてっ!」
周囲を見渡すために足を止めた俺を不安に思ったのだろうか。
アリサたちは悲痛にも思える声でそう告げながら、必死な様子で俺を部屋の中へと押し込もうとし始める。
尤も、幾らアリサたちが人間と比べて強靭な腕力を有しているにしても、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能によって強化された俺を動かすことなんて出来やしない。
とは言え、ここで押し問答をし続ける理由もなく、俺は彼女たちの望みに従ってその建物の中へと足を運ぶ。
「……これ、が」
そうして中へ入った俺は、何故メカメカ団の連中に狙われているにも関わらず、あれだけ大きな建物が必要だったのかを一瞬で理解する。
そこには、あのギネス級のピザ窯を使ってようやく覆えるほど巨大な……ただ巨大な肉の塊があった。
ぶよぶよした甲殻は全く身を護る役割を果たさず、身体に比して小さな四肢は歩くことどころか動くことも叶わないと一目で分かる。
人の形すら捨て、肥大化した腹だけが全てと言わんばかりの……凄まじい大きさの蟻の化け物。
それが、アリサたちの言う「ママ」とやらの正体で。
「済みませんね、スズキ君と言いましたか。
娘たちの所為で、無駄足を踏ませてしまったようで……」
その余りの巨大さに驚きを隠せない俺に向け、巨大な腹の中ほどから生えているアリの頭が、そんな声を発したのだった。
2018/01/10 22:42現在
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