伍・第六章 第一話
「……がっ、はっ?」
全身をぶっ叩かれたような衝撃によって肺の中の酸素を全て吐き出したことで、俺は意識を取り戻し……その事実によって、自分が意識を失っていたことを強制的に思い知らされることとなった。
──此処、は……
──いや、一体何がどうなって……
意識を取り戻した途端、周囲が真っ暗で何一つ見えないという緊急事態に慌てた俺は、周囲を手でまさぐりながらもそんな自問自答を始める。
幸いにして記憶が跳ぶようなダメージではなかったらしく……直後に浮かんで来た、何とか中尉ってヤツと戦った記憶に、俺は大きく口を開き。
「……あのクソ野郎っ!」
小型核を用いた自爆攻撃を喰らったという最悪の事態に、俺はそう吐き捨てる。
実際、誰かを救うために数多の世界を旅して戦い続けている俺としては、命を捨てての大量破壊なんざ全く理解出来ない……唾棄すべき行動であり、認識阻害を喰らっていたとは言え全く予想もしておらず。
咄嗟にあのクソ野郎の行動を封じることも叶わず、こうして無様にも直撃を喰らう羽目になってしまった訳ではあるが。
──よく、無事だったな、俺。
小型とは言え核爆発である。
そんなものをあの至近距離で喰らったというのに、俺の身体には火傷一つない……ないと思われる現状に自分で少し驚きを隠せない。
尤も、周囲は真っ暗で自分の手すら見えず……火傷の一つもないというのは、何処にも痛みがないことからの推測に過ぎないのだが。
──いや、それよりも……
さっき吐き捨てた声の反響が凄まじく近くから帰ってきていて……ようするに今の俺は、狭い空間に閉じ込められている可能性が高い、気がする。
周囲が真っ暗なのも、爆発の所為で何処かが崩落を起こした所為だろう。
「ようやく、目が、慣れてきた、な」
そうして上体を起こして周囲を見渡していると、光苔の一欠けらもない完全な闇の中にも関わらず、俺の目は徐々に見え始める。
破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能に俺は軽く感謝すると、再度周囲を見渡すことで自分の現状を把握し……自らの置かれた状況に自然と溜息を一つ吐き出していた。
「……完全に、生き埋め、か」
小型核によってアリサの巣が吹っ飛んだ所為で、自分たちよりも上にあった天井やら床やらが破片となって崩れ落ちてきたのだろう。
周囲には高熱によって熱せられガラス状になった岩が積み重なり、それらを幾本かの塩の槍が支えている。
それらの塩の柱を見た俺は、自分が無意識の内にやったのかと自問自答を始めてみるものの、全く記憶にない以上そんな訳もなく……
恐らくは俺と存在を重ね合わせている破壊と殺戮の神ンディアナガル……つまりが、俺の本体の方がちょいと手助けしてくれたのだろう。
普段から会話を交わす相手でもなく、言うならば影のようなもので、その存在を意識することなんて滅多にないのだが……相棒としてこれほど頼りになる相手はいない。
俺はこの狭い空間を支えている塩の塊に、感謝の言葉を送ろうとして……見てしまう。
「……クロ、ト」
幾つもそびえ立つ塩の槍……その中の一本に埋め込まれている存在を。
その身体は、半分ほどが焼け焦げて失われているものの……僅かに残っている棘の生えた鱗を見る限り、見間違えようがないだろう。
……そんな塩の中の彼女が生きていないことは、一目見ただけで理解が出来た。
幾ら彼女たち突然変異体が通常の生物とかけ離れているとは言え、身体が半分失われた挙句、塩に埋め込まれて生きていられる生物なんざこの世にいる訳がない。
つまり、俺はまたしても友達を一人、失ったのだ。
──馬鹿、野郎。
──何故、あの時、戻ってきたんだ。
俺は喪失感に歯噛みしながら、そう内心で呟くものの……生憎とその問いへの回答など考えるまでもなく理解出来る。
本能的に臆病で、危険を察知する能力が非常に高く……何か異常があればすぐさま逃げ出すクロトが、危険を冒してまであの争いの場に戻ってきた理由。
そんなのは……考えるまでもない。
──俺が、あの場に、いたからだ。
彼女が日頃口にしていた口説き文句……生憎と俺としては「人と爬虫類を混ぜて二で割ったような異性」を相手に愛を育む気にはならなかったのでただの冗談だと考えて軽く流していたのだが。
少なくともクロトにとってその感情は、「死への恐怖を抑え込み、危険を冒してまで戻っていくほどには強かった」のだろう。
たとえソレが、他の異性なんてものが影も形もなく、この閉ざされた暗闇の地下世界の中で生まれただけの、状況によって生み出された一時的な感情だったとしても、だ。
──悪いこと、したな。
こんな終わり方をするくらいなら、もう少し真面目に相手をしてやるんだったと……勿論、爬虫類相手に欲情できない以上、振ってしまうことに違いはないのだろうが、それでももう少し真剣に話を聞いてやるんだったと……俺の中に今更ながらの、そんな後悔が浮かび上がる。
尤も、誰かの死に起因する後悔なんて幾度となく味わった所為か。
俺が肩を軽く竦めるだけで、胃の上にずっしりと圧し掛かるようなその不快感は、あっさりと何処かへと消えてしまったのだが。
そうして感情を切り替えた所為か……すぐさま俺は、一つの疑問を抱く。
──何故、クロトの死体が残ったんだ?
あの根っこのお化け……何とか中尉とか呼ばれていたあの青年が使ったのが俺の想像通り小型の核爆弾だとしたら、その衝撃と熱量は周囲数百メートル圏内にいた生物は、跡形すら残さないほどの凄まじい威力だった筈である。
そんな尋常じゃない環境でも俺が生き残っているのは……まぁ、ンディアナガルの権能に護られているお蔭だと考え、脇に置いておくとして。
生身の生物であるクロトは、影しか残らなくても不思議じゃないのだ。
むしろそうなって当然だからこそ……答えはすぐに見つかった。
──コイツが気を利かせた、んだろうなぁ。
異形と化した左手へと視線を向けながら、俺は内心でため息交じりのそんな呟きを零す。
俺と存在を重なり合わせている破壊と殺戮の神ンディアナガルは、たまに変な気を利かせる時があり……クロトの死体を塩で保存したのも、その一環だろう。
俺に彼女の死を見せつける……と言うと聞こえが悪いか。
別の言い方をすると、俺がクロトの死を理解出来るように別れのための時間を設けてくれた……こっちの方が聞こえが良いな。
その有難いような有難くないような気の利かせ方に、俺は中途半端な感謝の意を示すように、鱗に覆われた左手を右手でぺちぺちと二度ほど叩く。
生憎と、叩いたその感触はダイレクトに俺に伝わるだけで……特にンディアナガルからの応えなどなかったのだが。
「……さて。
これから、どうするべきか」
一通り状況の確認と友人の死に対する心の整理もついた俺は、静かにそう呟いていた。
実際問題、状況はかなり悪い。
何しろ周囲は光の一筋も差さない真っ暗闇で、岩と塩の塊に覆われて身動きもろくにとれやしない。
俺の膂力で強引にやれば岩盤をくり抜くことくらい簡単だろうが……ろくに知識もない俺が適当にやらかすと落盤によって生き埋めになる未来が簡単に予想出来てしまう。
勿論、『爪』を使えばこの状況を抜けるのは容易いのだが……アレは威力が高すぎて、この地下世界のどこかで暮らしているアリサたちの何割かを巻き添えにしてしまうのは確実だろう。
むしろ、俺の巡りの悪さを考えると確実にヤバい場所を抉り取ってしまう可能性の方が高い。
そして何よりも……
「へくしっ。
……畜生、服も守ってくれよ」
周囲から迫ってきた寒気についくしゃみをしてしまった俺がそうぼやくのも仕方のないことだろう。
何しろ、俺は今、全裸なのだ。
……別に露出癖があるという訳ではなく、単純に小型核の直撃に服が耐えられなかっただけだったが。
気付けば服は炭化どころか気化したのか、跡形もなく……
──このまま、アリサたちのところへ出ていく、のか?
どうにかして自分がこの密閉空間から脱出した、もしくはアリサたちによって助けられた……その未来を想像した俺は、助かる安堵よりも己の現状を理解して硬直してしまう。
異形とは言え、彼女たちは女性……雌型の個体である。
働きアリとほぼ同じ性質を持っているだろう彼女たちは、雌型とは言え別に生殖能力を持たない、あまり気にしても仕方のない存在かもしれないが。
それでも、異性との恋愛経験すらない俺としては、全裸で異性の前に堂々と振る舞うなんて真似、出来やしない。
……たとえそれが救助の末だとしても、大爆発に巻き込まれた非常時だったとしても、だ。
「……げ」
そんなことを考えていた所為だろうか。
左斜め前辺りの岩盤が微かに揺れ、自分の独り言すらも反響するほどの静寂を破るように、岩盤の奥からじゃりじゃりと何かを削るような音が聞こえてきて……何となくではあるが、その音を聞くと「岩盤の向こう側をアリサが掘り進めている」という確信が湧き上がってきた。
恐らくソレは、破壊と殺戮の神ンディアナガルが俺に伝えてくれた情報であり……恐らく左斜め前の辺り、海軍式で言うと二時の方向辺りからアリサたちが岩盤を掘り進めているのだろう。
どうやって俺の位置を特定したのかは知らないが……恐らく、俺の動きか呟きを聞きつけたのだと思われるが。
兎も角、俺は生き埋めになる危険だけは回避することが出来た、らしい。
……尤も。
──来る、のか?
──今、此処へ?
その代わりに一つ、大きな懸念……全裸で彼女たちの前に姿を現さなければならない、そんな悪夢にタイムリミットが加わった訳であるが。
──どう、する?
──どうやって、この場を切り抜ける?
刻一刻と迫るその時を前に、俺は慌てて周囲を見渡すものの……何一つとして姿を隠すのに役立つモノがない。
当然と言えば当然で、今俺がいる場所はまっすぐ立てないほど狭い、落盤の隙間程度の空間でしかないのだから。
そして、俺の……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能はこういう場合には何の役にも立たない。
……立つ訳がない。
人智を超えたこの膂力を使い、そこら辺の岩をくりぬいてコテカとかいうナニを入れるケースを作るのが限界である。
正直、自分の現状を理解した所為で混乱している自覚はあるが、時間制限というルールが急に追加された所為か、何をどうして良いかすら思いつかないのが現状だった。
一瞬だけ、クロトの死体を引っ張り出してその皮を剥いで腰布代わりに出来ないかという邪悪な考えが頭に浮かぶものの……すぐさま頭を振って邪悪なその思い付きを追い払い、あたふたと考えに考え抜いた俺が思いついたのが、塩の結晶でパンツを作るという訳の分からない結論だった。
幸いにして俺の思い付きは上手い方向へと転がったようで、塩で創ったそのパンツは……パンツというかスカートというか腰巻に近いソレは、薄ピンク色の不透明な結晶が腰回りに張り付いているだけという非常に際どい恰好ではあるものの、ギリギリ公然猥褻でしょっ引かれることだけは避けられるという代物で。
「……みつけた、すずきくんだっ!」
「やった、ホントにいたっ!」
「……よぉ、久しぶり」
そうして俺は、小型核の直撃を受けるという本来ではあり得ない事態に巻き込まれながらも、アリサたちと合流することが出来たのだった。
2018/01/03 20:43投稿時
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