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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
伍・第二章 ~ちかのおうち~
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伍・第二章 第七話



 ──ここで、生まれた?


 肌色の甲殻を身にまとうリホナのその声に、俺はもう一度周囲を見渡す。

 眼下に広がる半ば濁ったプールと、底には泡を吹き出す装置と濁った液体を吐き出す装置が備え付けられているソレは、明らかに何かの飼育装置としか思えず……


 ──いや、実験装置、か?


 まぁ、目的は兎も角、リホナは此処で生まれ……いや、生み出されたのだろう。

 恐らくは、地上に暮らし、あのメカメカ団を造り出し、この装置や建物全体を造り出したらしき……俺はまだ出合いさえしてないこの世界の旧人類たちによって。

 そうして俺が周囲を見渡している間にも、彼女たち……プールの中にたくさん泳ぎ回っていたシナミたちの間で、何らかの合意があったらしい。

 沢山のシナミの中から一匹の……いや、一人のシナミがプールサイドへと浮かんできて、俺の方へと声をかけてきたから、そう推測しただけなのだが……他のシナミが反論したり割り込んだりして来ない以上、何らかの手段で意思統一しているのは間違いないと思われる。

 尤も、彼女たちにとって陸の上が「地獄である」可能性もある……が、プールサイドに来たシナミが上機嫌そうなので、その可能性も薄いだろう。


「あ、スズキくん。

 そのふく、こっちにしまって」


 プールサイドまで来た大勢のシナミの中の一人は、そこから地上に上がろうとはせず俺に向かってそんな声をかけてきた。

 少女っぽい生き物に顎で使われることに若干の不満はあったものの……風呂に入っている最中の姉や妹が「シャンプー取ってきて」って頼む系の、ラブコメ漫画でありがちな展開だと考えてその不満を和らげた俺は、言われた通りのところへと二つに千切れたままのシナミの服を持っていく。

 

 ──コレ、は……


 言われた場所にあったのは壁だけだと思われたが、近づいてみると壁に内包されたロッカーがあるようで……扉を開くと、中には似たような宇宙服らしき衣装が幾つも並べられていた。

 

「それをあなのなかに入れて、なかのを一つもってきて~」


「……ああ、分かった」


 シナミの声を聞くまでもなく、文明に慣れている俺にとって、このロッカーの使い方は一目で理解出来た。

 着古した服を入れる「穴」とやらには矢印が描かれており……残念ながら何やら書かれているアルファベットのような文字は、かすれていて読み取ることが出来ないのだが、それでも何となく使い方くらいは分かる。


 ──クリーニング、か?

 ──もしかして、自己修復までも出来たり、な。


 要するにこの世界は、俺にいた現代日本の延長線上にある、ような感覚があって……恐らくは、文明はある程度発達するとそれなりに形が似てくるもの、なのだろう。

 平行進化だか修練進化だか、そんな感じの単語を耳にした記憶がある、気がするので、それの類だと思われる。


 ──と、すると……

 ──食い物も似ていたりして、な。


 俺はダストシュートらしきものの中へ、千切れたシナミの服を放り込みながらも、そんな煩悩に身を任せていた。

 この世界にいた人類の形がどんなもので、その味覚が俺のそれと似通っているという保証はない。

 ないのだが……今まで俺が旅をしてきた世界では、基本的にその辺りは俺と大差なかった記憶がある。

 この世界の住人だけは少し変わっていて、俺と姿形までもが違うという特殊な例となっているのだが……もしもそれが、彼女たちがただ実験動物として造られたが故に、俺と姿形が異なっているのであれば……


 ──せめて、飯くらいは、なぁ。


 昨日口にした、あの血のような果実や、脂の塊のような果実だけじゃとてもじゃないが暮らしてはいけない。

 お腹は膨れるだろうし、栄養価もあるのかもしれないが……流石に人間、それだけじゃ飽きてくるだろう。

 

「これ、サイズとかないのか?」


「あ~、だいじょうぶだいじょうぶ。

 あうようになってるから~」


 そんなことを考えながらも、適当に服を取って背後へと問いかけてみた俺だったが……返ってきた答えはそんな適当なものだった。

 詳しい原理なんざさっぱり分からないものの……どうやらそういうモノ、らしい。

 

「……ほい、っと」


「うぷっ、ありがとね~」


 いまいち納得は出来ないものの、その宇宙服もどき……もうシナミ服と呼ぶが、兎に角ソレを適当に掴むと、プールサイドに浮かんでいるシナミの頭の上に投げ捨ててやる。

 少しばかり意地悪で餓鬼っぽい行動になってしまったが……異形とは言え、流石に全裸の少女に堂々と服を手渡すほど、俺の感性は鈍ってはいないのだ。


 ──まぁ、マジマジと見るつもりすらないんだが、な。


 そもそもシナミの身体は十代前半……千切れる前のシナミもだが、プールサイドにいる新たなシナミも似たようなものだ。

 ついでに言えば、プールの中に浮かんでいるたくさんのシナミも、女性特有のふくらみやくびれがあるような個体は見受けられず……性徴に関しては特に個体差はないと思われる。

 差異と言えば、足がなかったり手がなかったり、上半身だけのヤツや下半身だけのヤツ、お腹の辺りから顔が出ているヤツという、恐らくは再生途中なのだろうシナミが浮かんでいるのが見えるのだが……


 ──何というか、正気を失いそうな光景だな。


 同じ顔で同じ体格の少女がぷかぷかと泳ぎ回っているその光景に、俺は思わず内心でそう呟くとため息を一つ吐き出していた。

 正直に言って、シナミが……シナミたちが悪い訳じゃない。

 ただ、人間型の生き物が、意思を持つ生き物が「分裂で増える」という光景が理解出来ない、というだけで。

 それは当然のことながら、そんな風に生まれついたシナミ自身が悪い訳じゃなく、強いて言うならば理解出来ない俺の感性と……シナミをそういう風に『造り出した』この世界の先人類にこそ罪があるのだろう。


「きがえ、おわったよ~」


 そんなことを俺が考えて意識を逸らしている間にも、シナミの着替えは終わったらしい。

 ちなみに俺が要らぬことを考えていたのは、全裸の少女が服を着ているという「事実」だけで視線がそっちへ自然と向かっていく……男の条件反射を必死に抑えるためだったりする。

 「相手がどう見ても異形だ」とか「発育も微妙な少女でしかない」なんてのは関係なく……「少女の着替えというだけで何となく見たい」のは思春期の少年としては当然の衝動で、どうしようもないモノなのだ。

 ……多分。

 生憎とそういう「下ネタ話を笑って話し合う友人」というものがいなかった俺は、同年代の連中も抱くだろうその辺りの一般的な感覚が分からないのだ。

 まぁ、今のところ性衝動で犯罪を起こすほどには歪んではないのだから……コレが正常かどうかは不明だが、今のままでも大きな問題はないだろう。


「……じゃ、いってくるねっ!

 おまたせ。じゃ、いこうかっ!」


 そうしてプールサイドから這い上がったシナミが、仲間と言って良いのかどうか微妙な「分裂した同個体」たちへと手を振り、俺たちのところへ向かってくる。

 俺はその行動に関する違和感を無理やり封じ込めると、背後へと振り返り……


「って、おい、お前、それっ?」


 直後に信じられない光景を目の当たりにした所為で、今までの葛藤やら何やらが一気に吹っ飛んでしまう。


「……ん?

 何かおかしいことでも?」


 俺の問いを真正面から突き付けられた筈のクロトは、動揺一つ見せることなく、口の端からはみ出ていた黒い甲殻(・・・・)を噛み砕いて飲み込むと……静かにそう問い返してくる。


「……いや、おかしいじゃなくて、だな……」


 その顔色一つ変えてない平然とした態度に、俺はそれ以上の追及を飲み込み……自分が間違っているのかと一瞬考え込んでしまう。

 尤も……幾ら考えたところで、おかしいのはコイツの方だろう。

 何故ならば……


「何で、お前は、アリサの死体を、普通に、食べてる、んだよっ!」


 ……そう。

 俺が真っ二つに千切れたシナミの身体に慌てているその後ろで、棘だらけの鱗に身を包んだクロトのヤツは、先ほど頭が吹っ飛ばされて死んだアリサの身体を少しずつ食べていたのだ。

 俺が混乱のあまりに怒鳴ってしまうのも……当然と言えば当然だろう。

 ……だけど。


「え?

 スズキくん、いったいどうしたの?」


「しんだら、それまででしょ?」


「のこったしたいは、ゆうこうかつようしなきゃ」


 当のアリサ擬きたちが……アリサと同じ顔をして、同じ体格をして、同じ声を話し、同じ記憶を共有している筈の少女たち自身が、クロトの行動を許容しているのだ。


 ──おかしいのは、俺、か?


 今までの……とはいえ、たった一日ちょっとではあるが、一番常識的だと思われたクロトの、それが当然と言わんばかりの顔に、俺はそんな疑問が内心で湧き上がってくるのを感じていた。

 これがクロトだけなら、俺はまだ自分の常識を疑うなんて羽目には陥らなかっただろう。

 だけど、当のアリサ擬きたちどころか、リホナやシナミまでもがクロトの行動に疑問を感じていないのだから……俺が不安になったのも当然と言える。


「……あ、ああ、ああああ。

 そういうことか、理解したよ」


 そうして考え込んだ俺を見て、周囲は沈黙に包まれるものの……最初にそう言いだしたのは、クロトのヤツだった。

 

「死者の尊厳とか、そういう話でしょ、スズキ君。

 でも、私は『こうしないと』生きていけなかったんだ。

 いや、私が『こう出来たから』こそ、あの時代を生きていけたが正しい、かな?」


「……あの、時代?」


 静かに語り始めたクロトは、言い訳をするようなしどろもどろの語り口ではなく……自分の生に一切やましいところなどないという、確たる口調で……その雰囲気に呑まれた俺は、静かにそう相槌を打つことしか出来ない。


「あの頃は、今みたいに「ご飯の樹」なんてなかった。

 地上は凍りついて洞窟からは逃れられず、あの機械たちは次々と友達を殺していく。

 ご飯は全然足りなくて、まさに地獄以外の言葉が見当たらなかったよ。

 その中で私は……たくさんあったアリサの死体を口にしたから、生き延びることが出来たんだ」


 彼女が語っているのは恐らく……地上が滅んだ頃の話、なのだろう。

 俺たちが果実を食べた「あの樹」が出来たのがいつなのかは分からないが……不思議な味の植物だったのだから、凄まじい速度で成長するのかもしれないし、見た目の通り樹が大きくなるまで凄まじい年月を費やすのかもしれない。

 だから、彼女の語る地獄がどれだけ前で、どれだけの間続いたのかは分からない。

 とは言え、その言葉に嘘がないことだけは……あまり頭の良くない俺にでも分かる。


「結局、逃げられない友達も、食べ物がない友達も次々と死んでいって……生き延びたのは、たくさんいて何でも食べられたアリサと、アリサの死体を食べられた私と」


 クロトの言葉が正しいなら……この世界にはもっと色々な種類の、彼女たちの仲間がいたのだろう。

 ……人とは異なる容姿をして、人とは異なる性質を持っている、人と似た『何か』が。

 そんなことを考えている俺が口を挟む暇もなく、彼女の言葉は続く。


「そして、数年間何も食べずとも生きられたリホナと。

 友達の死体を食べることが出来て……しかも撃たれても死なず、切られても殖えることが出来たシナミだけだった、という訳さ」


 クロトは背後に並んでいる、何を考えているのか良く分からない三人のアリサ擬きと、何かを考えている様子のないリホナ、そして新しい服の着心地を確かめるのに夢中で話を全く聞いていないだろうシナミへと視線を向ける。

 こう言っては何だが……クロト以外、あまり深い知性がないからこそ、絶望せずに生き残ることが出来たんじゃないだろうか?

 俺の視線を辿ったクロトは、俺が配慮して言葉にしなかったその呟きを、何となく理解したのだろう。

 

「そ、そういう側面も否定しないけどさ。

 ただ、本当に酷い時代だったんだよ、あの頃は……」

 

 明後日の方角を見つめながらそんな言い訳を始めるクロトの方へと、俺は苦笑交じりに視線を戻す。

 とは言え、俺は別に彼女の苦労を否定するつもりなんて欠片もない。


 ──自分だったら、耐えられないからな。


 友人は次々と死んでいき、食料もろくになく、命の危険の中、友人の死体を口にして何とか生き残ることしか出来ない。

 俺に友人という存在がいるかどうかは置いておくとして……要するに、砂漠で友人だった筈のアルベルトや、共に暮らしてきたテテやリリの肉を喰らって生きるような生活をしていた、のが俺が想像できる一番近い感覚だろうか。


 ──やっぱ、無理だろう、それ。


 俺が旅した世界は酷いところではあったものの、幸いにして飯が不味くはあるものの一応は存在していたお蔭で、俺が極限までは飢えたことがないからはっきりとは分からないのだが……極限まで飢えるのは本当に地獄だと聞いたことがある。

 その苦痛はまさに「友人や肉親の肉であっても食おうと思うほど」なのだろう。

 そうして思い出してみると、あの塩の世界ではラーウェアの憑代になっていた少女……名前すら聞いてなかったあの壊れた少女は、肉にされようとしていたのだったか。

 俺が生まれ育って現代日本ではあまり聞かないものの、昔話や遭難記録などでは人肉を喰らって生き延びたという話を耳にした記憶がある。

 そうして思い出してみると、クロトのヤツが異形だなんだというのを置いておいても……極限状態に陥ったのであれば、同族や仲間の肉を食べるのは別におかしいことでもなんでもない、って結論に達してしまった。


「……了解。

 食べたくはないけど、理解は出来た」


「うん、それで良いと思う。

 私も眠らないアリサの生き方は理解出来ないし、食べなくても良いリホナの感覚は分からないし、千切れても生きられるシナミの生態は理解出来ない」


 考えた末に出した俺の結論に、クロトは笑顔……だと思われる表情を浮かべて、そう頷いてくれる。

 ついでに口にした仲間への評価は実に辛辣なもので……まぁ、彼らの友達感覚ってのはそういうものなのだろう。

 尤も、辛辣な言葉で評価された当の友人たちは、その言葉を気にしている様子はないのだが。


「そういうのが、上手く友達付き合いしていくコツじゃないの?

 私の友達は、もう多くないけどさ」


「……そういう、もんか。

 ま、頭の何処かには留めておくさ」


 どうやらクロトは皮肉屋のきらいがあるらしい。

 何処となく自嘲めいた言葉を付け足す彼女に、俺は肩を一つ竦めるとそう言葉を返す。

 取り合えず、それで仲直り……と言うか、彼女の食事についての一幕はこれで終わりという合図となったらしい。

 クロトは相変わらずアリサの死体を抱えたまま歩き出し……俺たちもその背後へと続いて歩き出した。

 そうして俺たちが十歩ほど足を進めた時のことだった。


「……っ?」


 突如として、プールの水面に数多の波紋が生まれるほどの衝撃が周囲一面に広がり……それとほぼ時を同じくして。

 凄まじい轟音が辺り一面に響き渡ったのだ。


2017/07/19 21:39現在


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