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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
伍・第二章 ~ちかのおうち~
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伍・第二章 第四話



 目を開いた俺が最初に見たのは、ところどころにシミの見える天井だった。


 ──何処だ、此処?

 

 起きたばかりで、睡魔に抗おうともせずサボタージュを決め込んでいる脳みその所為か、俺は最初、自分が一体何処にいるのかすら理解でない有様だった。

 その眠気の取れない頭のままで、半ば反射的に上体を起こした俺は、まだかすれる瞳を右手でこすりながらも、何となく左右へと視線を彷徨わせる。


「くそっ、今何時だ……」


 俺がそう呟いたのは、ただの習慣だったのだろう。

 空いている左手で周囲にある筈の時計を探し……その異形と化した爪で、ベッドの頭のところにある板を突き破ったところで、ようやく自分の状況を思い出すことに成功した。


 ──ああ、そうだったな、畜生。


 ……そう。

 俺は今、アリサのおうち……という名の、蜂の巣だか蟻塚だか分からない変な塊の中へと入り込んでいるのだった。

 正確には、土くれの中に埋め込まれたひし型状の建造物の中に入り込んでいる、と表現するべきなのだろうが。

 そんな地下にある建物の所為か、周囲を見渡しても上部の照明……光苔の灯りだけしかない此処では、今が何時かを知る術などなく。

 そう気付いて数秒で、俺は現代日本に暮らしている頃に当然縛られていた「時間の感覚」というものを頭から放棄する。

 実際のところ、今までに旅した異世界では塩だらけの荒野、砂漠に埋もれた街、腐泥に冒される聖樹、空を飛ぶ島と……文明らしい文明がなかった所為で、時間に注意を払う気にもなれなかった。


 ──だけど、此処は……


 どう見ても文明の要素が多い……俺の暮らしていた現代日本よりも科学が発達しているかもしれない文明都市で、だからこそ異世界に慣れている筈の俺でも、今さらに時間が気になったのだ。

 尤もこの部屋に時計がないところを見ると……俺が出会った四人の少女たちは時間というものを意にも介してない様子ではあるが。


「……さて、アイツらはっと」


 そんな要らないことを考えている内に、そのまま惰眠をむさぼりたい衝動が去って行った俺は、仕方なく立ち上がるとゆっくりと周囲を見渡す。

 そうして数歩を歩いたところで、衣類が肌をくすぐる感触を不愉快に思い……特に考えることもなく左手でその痒いところへと爪を当て……

 その直後……ビリ、という破滅の音がした。


「……あ」


 説明するまでもない話なのだが……俺の膂力はこの地上が凍りついた世界へと来る直前辺りから凄まじくパワーアップしている。

 手加減したとは言え、そんなコントロールも儘ならない腕力を使い、しかも恐竜の如く尖った爪で服をひっかけば……そりゃ千切れて当然だろう。


「しくじったなぁ、畜生」


 着の身着のままこんなところへ来た俺は、皇帝だった頃の、このボロボロの服しか持っていない。

 その文字通りの一張羅を……槍の斬撃にも浮遊都市からの落下にも銃弾の嵐にも地雷の爆発にも耐えた唯一の服をこんな形でなくしてしまうとは、情けないにも程がある。

 俺は溜息を一つ吐き出すともう形を為してない服を脱ぎ、近くにあったクローゼットらしき扉を開いてみる。


「よし、予想通り」

 

 扉の向こう側は俺の予想通りクローゼットになっていて、その中には五つくらいのハンガーと、各サイズのバスロープが置いてあった。

 正直、外を歩くのには心許ない服装でしかないが……半裸のまま歩き回るよりは遥かにマシだろう。


「……っとと。

 修学旅行っぽいな、こりゃ」


 身体に合ったサイズのバスロープを着込んだ俺は、そんな感想を抱く。

 幸いにしてバスロープは朽ちてはいなかったものの、虫食いが酷く……正直、服としての体裁を辛うじて保つ程度の代物でしかなかったが。


 ──ま、何もないよりはマシか。


 埃臭いそのバスローブと半裸とを秤にかけ、そう結論付けた俺は……自分以外の連中が何をしているのかが気になり、適当に近くの部屋を覗き込む。

 人とは違う異形の彼女たちには、プライバシーという言葉は存在しないのか……リホナは相変わらずバスルームで水の中に沈んだままだったし、シナミはバスルームと壁の間の狭っ苦しい場所に張り付いていて、クロトも砂場の上で丸まって寝ている状況だった。


「……まだ、寝てる、か」


 堂々と惰眠を貪る少女たちの姿を見た俺は、小さくそう呟いて嘆息する。

 正直な話、俺も彼女たちを見習ってもう一度くらい寝直したいところなのだが……生憎とこうして起きると決めて動き出してしまった以上、ここで寝直すと何となく負けたような気がして癪なのだ。

 だからという訳ではないものの、俺は足音を立てないよう静かにドアを開き……俺たちの部屋から外へ出る。


「……こうしている分には、普通のホテルと大差ないんだがなぁ」


 まっすぐに続く廊下を眺めながら、俺は小さくそう呟く。

 事実、壁や天井が多少古臭い印象はあれど、こうして部屋の中や廊下を見る限りではこの場所は現代日本の……ただのホテルの部屋だと言われても違和感なく受け入れられる気がする。

 勿論、此処が地下である以上、窓から外を眺める訳にもいかないのだが。

 そうして俺の精神状態に余裕が出て来たお蔭だろう。


 ──地上はあれだけ寒かったんだがなぁ。


 俺は不意に、地下にあるこの廊下が「快適な室温に保たれている」という事実を今更ながらに気付き、内心でそんな呟きを零していた。

 さっきまで俺が眠っていた部屋も同じで……まぁ、あの連中の生態を目の当たりにした所為で、俺はそんなことに注意すら払えなかったのだが……異形の彼女たちと普通の人間でしかない俺とが、同じ温度を快適と思う筈もなく。

 つまり、この辺り一帯は「人間にとって快適な温度」に保たれているのだろう。

 ……空調が効いているのか、地熱の所為か、それともこの辺り一面を覆う土くれの所為かは分からなかったが。

 そんなことを考えながら、適当に散策でもしようかと歩き始めた……その時だった。


「あれ? もうおきたの?

 早いんだねっ!」


 まるで俺が余所へ行こうとするのを阻むかのように、廊下の向こう側から黒い甲冑を身にまとったような少女……アリサがやってきてそう声をかけて来たのだ。

 勿論、それはあまりにもタイミングが良すぎる所為で、そんな被害妄想じみた考えを抱いてしまったのだろうけれど。


「……まぁ、たまには、な」


 アリサの問いかけに対し、何となく彼女に疑念を抱いていた俺は、そう濁すことで追及を逃れることにする。

 尤も、その返答が丸っきりの嘘だという筈もなく……事実、異世界を旅するまでの俺は、早起きよりは寝坊の方に縁があるごくありふれたただの一般学生に過ぎなかった。

 俺の答えをどう思ったのかは分からないが、アリサは「そうなんだ~」と気の抜けた言葉を零すだけで、それ以上の追及をしてくる様子もない。


「な、なぁ。

 今日は何をする予定なんだ?」


 何というか、あまりにも邪気のないアリサの様子に、変な邪推をした自分が恥ずかしくなった俺は、話題を変えようとそんな問いをぶつけてみる。

 だけど、当のアリサは小首を傾げ……


「え、予定?

 御飯たべて、ゆっくりねる、かな?」


 何というか、非常に動物らしい生活様式を口にした。


 ──ぁ?


 そんな回答を聞いた俺は、一瞬彼女が何を言っているのか全く理解できなかった。

 ……だって、そうだろう?

 確かに、俺が今まで歩んできた世界……塩に埋もれる荒野も、砂に沈む世界も、腐泥に冒される聖樹も、争いが絶えない浮島も……どの世界もが「食べて寝るだけ」という当たり前のことが当たり前に出来ない世界だった。

 だけど、俺は現代日本で……食事は余りまくって腐る前に捨てられ、水は湯水の如く幾らでも湧き出し、外敵もいないから部屋でゆっくりと惰眠を貪れる。

 強いて言うならば、小遣いが少ないことが好きなだけ食べられないマイナス要素であり、学校や親がゆっくり眠れない外敵とも言えるが……


 ──ああ、だから、か。


 そんな世界で生まれ育った俺だからこそ、アリサが口にする至高の生活……ただ「食べて寝る」だけの生活に満足出来ないのだ。

 

「なぁ、何か……困っていることや、やること、ないか?

 流石にただ食べて寝るだけってのは、な」


 ……だからだろう。

 気付けば俺の口からはそんな……まるで労働を望むかのような言葉が零れ出ていた。

 実際のところ、この世界は文明が発達しているようで、ゲームも漫画もない……要するに暇で暇で仕方ない世界だからこそ、突発的な勤労意欲が俺に舞い降りてきたのだろうけれど。


「……そう?

 じゃあ、おてつだいでもする?」


 俺の誠意が伝わったのか……それとも単純に一緒に何かをしたいというだけだったのか。

 アリサは小首を傾げながら、俺にそう問いかけて来たのだった。




「おっしごっと、おっしごっと、らんらんらん」


「さぁ、やるぞ~っ!」


 結局。

 働くことを決めた俺たちは、部屋で惰眠を貪っていた三人が目覚めるのを待ってから出発することにした。

 その結果が、俺の眼前でスキップをするように跳ねている、相変わらず分厚い宇宙服擬きで身体を覆ったシナミと……渇いた肌色の甲殻を擦るようにしてやる気を見せているリホナの姿だった。

 彼女たちが踊っているその姿からは仕事に対する忌避などは見られず……単純に「みんなで一つの作業を行う」という事実が楽しくて仕方ないのだろう。

 案内役を兼ねている所為で最前列を歩く黒い甲冑姿のアリサは、流石にスキップはしていないものの、それでも楽しそうに手足を大きく振って歩いていて……何と言うか、この三人を見る限り、小学生の遠足っぽい雰囲気が抜けきらない。


「……全く。

 ただ寝て暮らす以外のことをやりたがるなんて、なんて酔狂な」


 そんな楽しげな三人と打って変わって、俺に冷たい視線とちくちく嫌味を放ってくるのは棘の生えた鱗を持つクロトのヤツだった。

 彼女はその小さな体躯とは対照的にそれなりに成熟した価値観を持つらしく……楽しさを求めるよりも労苦を厭うタイプらしい。

 それでも一人で残っていると言わない辺り、彼女は働くことによる労苦よりも一人取り残される孤独の方に耐えられないタイプなのだろう。


「あのメカメカ団も辺りを彷徨っているってのに……わざわざ危険な仕事をするなんて。

 正気の沙汰とは思えないね、本当に」


 そうしてブツブツと愚痴を止めないクロトの声を聞いて、ふと気になった俺は、何気なくその疑問を口に出してみる。


「なぁ、あの鉄くず共……どうしてお前らを襲ってくるんだ?」


 その疑問に首を傾げたのは、俺の声に条件反射的に振り返った、先行しているシナミとリホナの二人だった。

 彼女たちは素早く振り返った癖に、今までその疑問を全く抱いたことがないらしく……何かを言おうとして口ごもるでもなく、単純にその疑問そのものが理解できない様子で顔を見合わせている。


 ──おいおい。

 ──マジか、コイツら。


 二人の様子に、俺は呆れ果てて何かを言う気にもならなかった。

 だけど……人間としてはあり得ないその思考回路も、動物としては至極当然なのかもしれない。

 蚊や蜂、蛇なんかは自分が何故殺されるか理解していないだろうし、釣られる魚も何故自分が殺されるかなんて理解している筈もない。

 外見は兎も角、言動の幼い彼女たち二人は、恐らくそういう……動物的な感性で生きているのだろう。


「ああ、それはね……」


 逆に、理性の発達しているらしきクロトは、その疑問を抱いたことがあるらしく、そう口を開きかけるものの……


「せいなるぶどうっ!」


 彼女の発言を遮るような大声で、アリサがそんな叫びをあげてしまう。


 ──聖なる、葡萄?


 武道や舞踏なんてオチはなく……恐らく、彼女の言っている言葉は、果物の葡萄で間違いないだろう。

 だけど、それが一体何だと言うのだろう?

 そんな俺の疑問に気付いたのか、先ほど発言を潰されて少しだけイラッとしていたらしきクロトが、自分の怒気を鎮めるかのように深呼吸を一回すると……その『聖なる葡萄』とやらの解説を始めてくれる。


「彼女のおうちのど真ん中に『聖なる葡萄』なる構造物がある、ようなのだよ。

 生憎と私も目にしたことはないが……

 どうやらあの機械の連中はそれを奪おうとしている、らしい」


 クロトの珍しく自信なさげな説明は、どうにも要領を得ず……俺はそれを聞いても全く理解出来なかった。


 ──聖なる葡萄、ねぇ。


 それが何なのかは分からないが、取りあえずあのメカ共が欲しがるほど価値あるもの、なのだろう。

 それをアリサは巣の中心部にするほど必死に守っていて……


 ──まんま、果物じゃないよなぁ?


 さっきからただ歩くことしか出来ない所為、だろう。

 足を前に運ぶ単純作業に飽きて来ていた俺は、その『聖なる葡萄』について、何となく思索を巡らせてみることにした。


 ──恐らくは、アリサとメカ共の両方が欲しがるモノだろう。

 ──つまり、異形の人と、機械が共に欲しがる?


 尤も、今現在自分の持っている情報では、推理どころか想像することさえ叶わない。

 推理小説の序盤みたいなモノで、どう考えても答えなんて出る訳がない……彼女の言う『聖なる葡萄』に関する考察というモノは、そんな問いを突き付けられているのと同じ気分を味わえる、謎だらけの代物だった。

 それでも気になるものは仕方なく……俺は脳みその半分ほどを思考に費やしながらも、半ば夢遊病のような感覚でアリサたちの背後へとつき従って歩き続ける。


「やぁ、スズキ君。

 おしごとかい?」


「やぁ、スズキ君。

 ごはんは任せておいてよ、採ってきたからさ」

 

 そうして俺が形にならない推測を巡らせている間にも、黒い甲冑の少女たち……どう見てもアリサと同じにしか見えない少女たちが、前から手に果物を抱えながら、そう声をかけてくる。


「……あ、ああ」


 生憎とコミュニケーション能力に乏しい俺は、それらの次から次へと歩いてくるアリサに似てアリサとは異なるだろう少女たちに上手く受け答えも出来ず、そんな曖昧な呟きを返すことしか出来なかった。

 尤も……彼女たちは仕事に忙しいようで、俺に対して何か伝えることもなければ、何かを問うこともなく、ただ一言だけを口にして通り過ぎていくだけだったが。

 そもそも名乗った訳でもないのに俺の名前を全員が知っているのは……恐らくアリサのヤツが彼女たち全員に伝えた所為、なのだろう。


「……まだ考えてるのかい?

 分からないなら、考えるだけ無駄だと思うよ?」


 そんな俺を心配したのだろうか?

 気付けば棘だらけのクロトが、いつの間にか俺の隣に歩いてきて、横合いから俺の顔を覗き込んでいた。


「よくわからないけど、食べる?

 さっき、もらったんだ」


 同じように、肌色の甲冑を身にまとったリホナも、クロトとは逆側に近づいてきて……赤い果物を俺へと押し付けてくる。

 赤黒く梅のような葡萄のようなソレは、確か血の味のする果実だった覚えがある。


 ──聖なる、葡萄、ね。


 まさかこの果物のことじゃないだろうなと……軽く溜息を吐き、肩を竦めながらもその果物を手に取った、その俺の前で……


「……ぁ?」


 パンッと、渇いた音が周囲に鳴り響く。

 それとほぼ同時に、俺の目の前で……最前列を歩いていたアリサが、その黒き甲冑に覆われているような彼女の頭部が、まるで内側からめくれ上がるように、真後ろへと弾け飛んだのだった。


2017/06/21 22:08現在


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