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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
伍 ~絶殺の暗獄~ 第一章~こおりとくらやみのせかい~
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伍・第一章 第五話


 木々の隙間から見えた子供たち……いや、言動から子供たちだと思っていたが、その身体を見る限り、子供そのものから俺と同年代までと、実は大小様々だった彼らは、幹の隙間からこちらをまっすぐに見つめている。

 その明らかな知的生命体を前にした俺は、何とかコンタクトを取ろうと口を開きかけ……そこで話しかけるのを躊躇ってしまう。

 さっきの言動を聞いただけでも、コイツらに会話を行う知性があることや、俺の言葉が通じることくらいは分かっている。

 だけど、彼らの外見が……その異形が、俺に話しかけるのを躊躇わせていたのだ。


 ──アレは、何だ?


 彼らが人間の形をしているのは間違いない、と思う。

 少なくとも全体的な形は人とそう大差ないのだから。

 そして言葉を話し、服を着ていることから知性があり、文明を有しているのだと分かる。

 だとしても俺は……彼らを人間と認めることは出来なかった。

 何故ならば……


「あ、目があったよ。

 言葉、通じるかな?」


 一番前にいる女性らしき影が、俺に向けて手を振りながらそんな言葉を口にしている。

 だけど、その手は人のソレとは大きくかけ離れていて、カブトムシの手とそう大差なく……ついでに手が四本も生えている。

 顔や身体の要所要所は黒い甲殻で覆われ、目と思われる場所には複眼らしき巨大な塊がくっついていて、額からは触覚までもが生えているのだ。

 それでも女性と分かるのは、粗雑な貫頭衣のような服に隠れたその身体つきが、どう見ても女性のそれ……胸の装甲のふくらみとか細いウェストとか、そういうところで判断しただけだったりする。

 よくよく見てみると……メスのカブトムシというよりはアリのように、見えないこともない、かもしれない。


「ま、まってまって。

 危ないかも、しれないから、いきなり近づいちゃっ!」


 次に声を出した……十歳くらいの小柄な少年だか少女だか分からない子供は、どうやら人見知りをするのかアリ擬きのような少女の背中に隠れたまま、震える声でそんな叫び声を上げていた。

 その顔は人とそう大差ないものの……妙に分厚い感じの、奇妙な服の下から見える肌の全てが火傷の痕のような真っ赤な粘膜であり、ついでに言うと全身が粘液に包まれ、その挙句に髪の毛どころか顔に毛が一本たりともないことを除けば、だが。


「きょーりゅーだよ、きょーりゅー。

 だいじょーぶだってっ!」


 そう言いながら姿を隠そうともしていないのは、十代前半の小学生と中学生の間みたいな少女だった。

 好奇心いっぱいというその言動とは裏腹に、その身体は人とは大きくことなっていて、全身が肌色の甲殻に覆われ……何と言うか、ダンゴ虫のような顔をしている。

 何故年齢が分かったかというと、単純に声と身長と身体つきからで……その身体は膨らみかけているっぽい胸を見る限り、コレが少女っぽい曲線はしているのだ、一応。

 尤も、言動はもっと幼い子供ような感じがあったが……服装も小学生のようなシャツと半ズボンで、この寒さの中、平気なのだろうかと疑いたくなる服装である。


「まぁ、もう発見されているんだ、逃げてもしょうがないだろう。

 やぁ、よろしく、恐竜の友達」


 中性的な声でそう笑いかけて来たのは、身長が百センチほどの小さな……だけど手足が二本ずつ揃っていて、姿かたちは非常に人間に似通った生き物だった。

 ……皮膚がまだら模様の、棘が飛び出た鱗でなかったならば。

 その目は全体が瞳のように真っ黒で、明らかに人のソレとは違っていて、子供のように小さな身体の癖に、真正面から顔を合わせると妙な威圧感がある。

 服装は全身を覆うような毛皮の上下を纏っているが、あちこちから棘が飛び出ていて……その全身棘だらけという凶悪そうな風貌と異なり、何処となく滑稽にも見えてしまう。

 そんな恐らく彼女だろう人物が穿いているロングスカート……その隙間から覗いているのは、どう見ても尻尾のようなモノで……

 

 ──人外、いや、コレは……


 とは言え、彼らは一見する限り嫌悪感を催すほどの化け物で、話しかけるのも躊躇われる異形であるものの……こちらに悪意の欠片も向けてきていない。

 これでも一応、俺は数多の戦場を駆け抜けてきた経験があり……相手が敵意を持っているかどうかを察するくらいは出来るようになっている、つもりだった。

 つまり今、全く敵意を抱いていない彼らは「友好的な態度で俺とコンタクトを取ろうと近づいてきている」訳で……よほど上手く俺を騙そうとしていない限り、彼らは善良で好奇心旺盛な、ただの子供たちでしかない。

 ただ違うのは、その異形……本人にはどうしようもない「姿形だけ」で。


 ──馬鹿か、俺は……

 ──姿形なんかで人を判断しちゃダメ、だろう。


 そんな俺の脳裏を過ったのは、あの砂に埋もれていく世界の……マリアフローゼ姫の姿だった。

 あれだけ美しく、あれだけ高貴で、あれだけ神々しかった彼女も、自分の命がかかった途端に身体を売り生き長らえようともがく……売春婦よりも遥かに劣る存在でしかなかったのだ。


 ──あの時、学んだだろうっ?

 ──人は、見た目で判断してはならない、と。

 ──そもそも今は、俺自身が『こう』なってるじゃないか。


 事実、俺の身体もあの時とは違い……左腕だけとは言え、一般的な人類とは言い難い異形へと化している。

 そんな……自分でも声をかけるのが躊躇われる「今の俺」に抵抗なく話しかけてくる相手がいるなんて、まさに奇跡以外の何物でもないだろう。

 だからこそ俺は一つ溜息を大きく吐き出すと、眼前の異形たちに警戒されないよう、両手を左右にあげながら口を開く。


「……やぁ。

 はじめまして、えっと」


「やぁ、あたしはアリサっていうんだ。

 よろしくね、えっと……」


 恐る恐る問いかけた俺の声に反応したのは、最前列にいた黒い甲殻の少女だった。

 声をかけた俺の方が半歩後退してしまうほどの食いつきで……勿論、勢いだけでなくその異形も俺が後ずさった理由ではあるのだが。

 それは兎も角……アリサと名乗った彼女が名乗った直後に首を傾げてこちらへと視線を向けている、らしいのを見て、恐らく名前を聞かれているのだと推測する。

 生憎と、少女の眼球は複眼でこちらを見ているという確信は持てなかったが、状況的に考えて間違いはない、と思われる。


 ──さて、どうするか。


 この場合、状況的に考えて俺が名乗れば良いのだろう。

 だが……生憎と俺には名前が幾つも存在する。

 と言うか、数多の異世界を旅してきた俺は、それぞれの世界にはそれぞれ適した名前がある、ということを学んでいた。

 ンディアナガル、ガルディア、アル……そして(ファン)

 この世界の標準がどんな名前か分からない以上、下手に名乗れば禁忌とされる単語……大小便や性器の名称となってしまう可能性だってあるのだ。

 そんな要らぬことを考えていた所為だろうか。

 俺の視線は無意識の内に名前のサンプル……要するに黒い甲殻に包まれたアリサ以外の人物へと向けられていた。


「あ、この子はシナミ、ちょっと気が弱いけど、気にしないでね。

 んで、こっちの子がリホナ」


「よろしく、きょーりゅーくん」


 シナミとかいう火傷肌のぬるぬるした子供は、アリサの背後に隠れたまま会釈を一つ返すだけだったが、リホナという名の肌色甲殻類の子は俺に向けて笑顔で手を振っていた。

 勿論、その顔は甲殻に包まれていて人のソレとは似ても似つかず……笑顔というのはあくまでそう見えただけ、雰囲気で察しただけに過ぎなかったが。


「んで、私はクロトという。

 この中では二番手に若いんだが、よろしく」


 最後に残った鱗の角ばった爬虫類っぽい人物がそう語りかけてきた。

 生憎と男性か女性かすら分からない……その小さな身体のラインにも性的な要素は全くなく、スカートを穿いていることから女性だろうと推測出来る程度だったが、かなり理知的な話し方をする推定「彼女」も、その口調から察するに友好的であることが窺える。


 ──何か全員、日本風な名前だな。


 流石にこんな生き物が跋扈している世界が日本である訳もないのだが、恐らくは類似した名前を持つ世界なのだろう。

 以前の浮島では古代中国風、だと思えるような妙な世界だったのだから、そんなこともあるだろう。

 とすると、俺が名乗るべき名前は……と一瞬考えたその瞬間、俺の左手に巻きついているだけになった、ボロボロの服が目に入る。


「あ、ああ?

 俺はリ……スズキという」


 とっさに出たのはこの服を選んでくれた(リァン)……あの浮島で救えなかった少女の名前を和風にもじったモノ、だった。

 スズキ……漢字で書くと鈴木になる。

 いや、別に俺の本名でもなんでもないが……確か凄まじく有名な大リーグのバッターがそんな名前だったこともあって、つい出てきたのだ。

 名乗ってからアレだが、有名どころとしてはサトウでもタナカでも良かった気はしてきたが……まぁ、名前なんてどうでも構わないだろう。

 ……どうせ偽名なんだし。


「で、スズキくん。

 いったい、キミはどっから来たの?

 服、ボロボロになってるし」


「うん、それはボクも気になる、かな。

 この辺りには、あなたみたいなともだち、いなかったし」


 そうして自己紹介をしたからと言って、俺が出身地不明の不審人物であるという事実が消える訳でもない。

 アリサという名の黒い甲殻娘が発したその問いに、全身火傷っぽいシナミが続く。

 

「あ~、あっちの、方、だったか?」


 その問いに、俺は答える術を持たず……適当に上の方を指し示すことで誤魔化すことにする。

 異世界から来ましたなんて信じてもらえる筈もなく、地球とか日本なんて単語が通じる場所でもないだろう。

 ついでに言えば、歩いて歩いて曲がって下って逃げて迷って……自分がどっちの方角から来たかなんて、既に分からなくなってしまっている。


「……銃創があるね。

 撃たれたのか、あの連中に」


「やだよねぇ、あのメカメカ団。

 ホント、あたったらいたいのにうってくるんだから」

 

 俺の服に残っている銃創を見つけたクロトという名の爬虫類人の言葉に、肌色甲殻類のリホナが続く。

 その言動を見る限り、あのメカメカ団……機械で出来たロボット連中と彼らは敵対しているようだった。

 撃たれて痛いと実体験のように語っているその口調から察するに、恐らく彼らも銃撃を受け……命からがら逃げだしたことがあるのだろう。


「すると……どっかの巣穴(コロニー)から出て来たってことかな?

 確かに私たちも生きているくらいだ。

 何処かに生き残りがいる『穴』があってもおかしくはない、か」


 俺の全身を観察するように見回した爬虫類少女は、軽く肩を竦めながらそう結論付ける。

 小柄な身体からは全く想像できない理知的な推論に、俺は少しトカゲ少女の評価を上方修正し……


 ──コロニー?


 すぐさま、その単語に引っかかる。

 自分的に考えると、アニメで見たコロニーと言うと宇宙に浮かんでいるアレのことで……俺はそこから出て来たと勘違いされた。

 つまり、この世界はコロニーがあちこちにあるのだろう。

 

 ──宇宙開発が進んでいる?

 ──つまり此処は……近未来風の世界、か。


 何故、宇宙に浮かんでいるコロニーから出て、この洞窟へと入ったと納得されたのか。

 ……その答えなんて、俺の頭脳にかかれば、少し考えただけで浮かんでくる。


 ──この世界……宇宙からコロニーが落とされて寒冷化してしまった世界かっ!

 

 そう考えると全てが理解できるのだ。

 この奇妙な通路も、奇妙な生き物たちも、そしてあのメカメカ団……機械に全身を覆われた、敵意剥き出しの連中も。

 発達した科学によって生み出された両者は、過酷な環境で相争って生きているに違いない。

 

「でも、それだと『上』をとおったってこと?

 さむいよ、しんじゃうよ?」


「え~、あの吹雪の中を?

 そりゃ、たいへんだ~」


 俺の推論を裏付けるかのように、火傷少年のシナミと甲殻娘のリホナがそんな感想を言い合っている。

 要するに、彼らはあの過酷な寒冷地獄から逃れるために地下へと潜り……こうして地下で暮らし合っている。

 恐らくは、鋼鉄を身にまとった、あの連中と殺し合いながら。

 ……いや、ほぼ確実に一方的に殺されながら。


 ──だったら、俺の為すべきことは……


 数多の世界を旅してきて、誰も救えない結末を繰り返し、こうして今日を迎えた俺が。

 こうしてまた新たな世界へとたどり着いて、事情すら分からないままに、またしても何かに巻き込まれつつあるのを自覚し。

 そんな時、不意に創造神ランファクェーニの語った言葉が脳裏を過る。


『弱者を善良だと勘違いしているだろう?

 弱者から奪おうとしない、善良な存在だと』


 今まで自分が旅してきた四つの世界……その全てで人を救おうと頑張ってきた、俺の努力全てを水泡と変えてしまう、そんな言葉が。


 ──確かに、アイツの言っていることは正しいのだろう。


 弱ければ正しい訳じゃない。

 ただ奪う相手がいないからこそ、弱者は一方的に虐げられているだけに過ぎず……もし彼らが力を手に入れれば、弱者は容易く強者となり、弱者へと陥落した人々を虐げる側に回るのだろう。


 ──それでも……


 それでも、俺は……他の選択肢なんて、他の生き方なんて持ち合わせていない。

 俺の性格では、目の前で虐げられている弱者を見て見ぬふりなど、出来る訳もないのだから。


 ──弱者を……虐げられている彼女たちを、救おう。

 ──無慈悲で冷酷な、強者から理不尽に振るわれる暴力から。


 ……そう。

 何の力もなかった、ただの一般人だったあの頃。

 正しいと思うことを貫く覚悟も力もない俺は、ただ全てに見て見ぬふりをして過ごし……

 何一つ期待せず、何一つ楽しいとも思えず、世界全てに失望し、周囲の誰しもに呪詛をばら撒き、何もせずにただ生き続けるばかりだったのだから。


 ──くそったれ。

 ──要らんことを、思い出しちまった。


 胃の上がずしりと重くなる……恐らくは無力感や鬱屈という感覚を、首を振って追い払った俺は、拳を軽く握りしめる。

 今の俺は……己の正義を押し通す力があるのだ。

 この力で正義を貫き、弱者を助けて、理不尽を潰して、世界を平和にして……

 そうすれば、いつの間にか誰しもから好かれ……自然と俺の望むハーレム生活も……


 ──それは、今回は、ま、良いか。


 未だに彼女が出来たこともなく、女性すら知らない俺だったとしても……こんな異形たちを抱き侍らすような趣味はないし、妥協するつもりもない。

 彼女たちを一人格として認めるのと、性的な対象として見るのは、やっぱり少しだけ違うのだ。

 だからこそ俺は、理不尽に虐げられている彼女たちを救い、この世界を救い……そして、元の世界へと戻り、今度こそハーレムを手にして……


 ──いや、まずは一人、彼女を、だな。


 イスラム国で大暴れしたのに何も手に入らなかった一件を思い出し、俺はすぐさま反省して目標を下方修正する。

 現実問題、ハーレムを手に入れることばかりに気を取られ、生活習慣や風習すら気にしなかったのが、あの大騒動の原因だろう。

 要するに、国のトップへ攻め込んで若くて可愛い処女を国家権力で一網打尽にしようと……ちょっとだけ力に溺れ、つい欲をかき過ぎたのがダメだったのだろう。

 もっとしっかりと手順を踏んで、一人一人口説いていって、そうしてハーレムを手にするのが遠回りに見えても近道なのだから。


「悪いが、寝床は空いているか?

 言いづらいが……俺は、行く場所がないんだ」


 だからこそ俺は、まず彼らを救うため……行く当てすらない哀れな旅人を装うように、静かにそう告げたのだった。



2017/05/23 21:39現在


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[良い点] 装うも何もまごうことなき行く当てのない旅人なんだよなあ [一言] この子達は肌が丈夫なフレンズなんだね!
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