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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
伍 ~絶殺の暗獄~ 第一章~こおりとくらやみのせかい~
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伍・第一章 第二話


 寒いという致命的な問題以外はそうたいした問題もなく、俺の洞窟探検は進んでいた。

 実のところ、暗いとか息苦しいとか、この洞窟が崩れたらどうしようと不安になった等々、色々と問題はあったのだが……寒いという最悪にして最大の問題からすると、それらは全て些事だったとも言える。

 勿論、奥へ奥へと進んだ所為で既に足元どころか自分の手すら見えないほど暗く、おまけに足元は岩か氷かは分からない「何か」がそれなりの大きさで転がっていて、どうにも歩きづらかったが……幸いにして俺の身体は多少角にぶつけたところで痛みすら感じない。

 それにこの洞窟は入り口以外はそれなりの広さだったお蔭で、右手を壁につけたまま歩いていれば、ゴツゴツした足元以外はどこかにぶつけることもなく、素直に歩き続けることが出来た。


 ──ようやく、感覚が戻ってきた、な。


 そうして奥へ奥へと進むごとに骨まで突き抜けるような寒さも徐々に和らいできていて……どうやら奥から暖かい空気が流れてきていたのは気の所為ではなかったらしい。

 尤も、右へ左へとくねりながらも下り続けるこの洞窟内を三十分ほど歩いたというのに文明らしい文明の痕跡を発見できないのだから、この奥には誰もいないのかもしれないが。


「くそ、気持ち悪ぃ」


 そうして暖かくなってきた所為だろう。

 吹雪の直撃を受けて凍っていた服が解け始め……酷く気持ち悪くなってきた。

 正直に言うと……今着ている服を全て脱ぎ捨て、半裸で歩き回りたい衝動に駆られるほどに。

 とは言え、この世界に住人がいたとして、ボロボロでも衣服をまとった左手が異形と化した人間と、左手が異形の半裸の男と……果たしてどっちが好感度が高い、と言うか文明人と見做してくれる確率が高いだろうか?

 まぁ、答えなんて考える必要もなく、俺はそのまま気持ち悪い服を我慢しながら前へと足を運び続ける。

 

「畜生、この道は一体いつまで……」


 体感にして四・五十分ほど歩いたころ、だろうか?

 暗闇の中で歩き続けた所為か、「いい加減気持ち悪くなってきたこの服を引き千切ってやろうか」とか「何でこんな歩きにくい作りになってるんだ」とか「この洞窟に限りはないのだろうか」とか「同じ場所を延々と回っているんじゃないだろうか」等々……俺の思考回路はいつしか不安のループに迷い込んでいたらしい。

 そんなネガティブな思考の所為か、歩く速度が徐々に落ち始めたことに気付いた俺は、気を取り直そうと何気なく顔を上げ……


「……ぉ?」


 その先に……『光』が見えた。


「……ぉおおおっ?」


 その瞬間の俺の気持ちをどう言い表せば良いのだろう?

 終わりすら見えない暗闇の中、何かがあるかどうかも分からない不安の中、ただ延々と前へと歩き続けた……その努力が実ったこの瞬間を正確に言い表すような言葉なんて、実はこの世に存在しないのではないだろうか?

 

「ぉぁ、ぁあああああああああっ!」


 その、何かすら分からないただの光を見た瞬間、俺の口からは気付けばそんな歓喜とも呻きともとれない叫びが零れ出ていて……ついでに俺の足は知らず知らずの内に床を蹴っていた。


「……うぉ、くっ、くそがっ!」


 とは言え、ゴツゴツとした塊が転がっているような場所で走り出せば足元を掬われるのは当然であり、俺はあっさりと地に転がってしまう。

 それでも、久々に……時間としては一時間弱だったとしても、体感的には数日ぶりに見た光を前に、俺は転んだ衝撃すらも意に介さず、そのまま起き上がるとまたしても走りだす。

 足元には何やら木の枝みたいなものが転がっていたのか、俺の足はバキバキとその何かを踏み潰し続けていたものの……そんなことすら何一つ気にする余裕もないままに、俺はまっすぐに走り続ける。

 その光までは凡そ二百メートルほどあったのだが……俺はたったの三度転ぶだけでその光まで辿りついていた。

 そうして手で触れられるほどの距離まで近づいたことで分かったのだが……生憎とその光は、俺が期待したような「人工的な光」とはほど遠い代物だった。


「コレは……苔、か?」


 ……そう。

 俺が目にした「光」の正体はただの苔……人工的な電灯ではなくただの植物で、そこに文明を感じさせるものなど欠片も……


「いや、これは……」


 よくよく見てみると、その光を発する苔は何か機械のようなモノを中心として円状に生えており、その中心にある機械へと電線のようなモノが引っ張られている。

 俺の推測が正しいならば、この装置が苔が育つために必要な何かを発するためのモノで……要するにこの光苔は人為的に生育されている、ということになる。


 ──とすると……


 そう考えた俺は、その電線のようなモノを伝うように視線を動かすと……十メートルから百メートルくらいの間隔で、点々と光が配置されているのが目に入る。

 更に奥の方では左右両方の壁上部に光苔が存在しており、どうやらこの苔が通路を照らす役割を果たしているのだろうと推測できる。


「これが電灯の代わり、ってことか」


 どうやらこの世界は俺がいた世界よりも科学が発達している……いや、「していた」かもしれないが……兎も角、俺が知っている技術よりもエコロジー側に発達している、ような気がする。

 確かに考えてみれば、LEDの電灯だって十年ほどで交換時期が来るくらいだ。

 この手の苔を電灯の代わりとするならば、生態系さえ狂わなければ十年どころか百年は光り続けてもおかしくはない。

 そんなに上手くいくかは分からないが……まぁ、そういう思想で作られているのだろう。

 尤も、光苔の間隔はまちまちであり、これが等間隔に植えられていたと考えると、維持管理を見事に失敗しているような気がしないでもないが。


「……思ったより、広かったんだな」

 

 その苔を光源として周囲を見渡した俺は、小さくそう呟いていた。

 全く光のない状態を歩いていた所為で、暗闇に押し潰されそうな錯覚を抱き……だからこそ俺は、この洞窟の広さも酷く狭いモノだと予想していた。

 だが、こうして見渡してみると……高さ四メートル幅は十メートル以上もあり、更にはコンクリートのような物質で天井は平らに塗られている。

 早い話、俺が通ってきた通路は見事なトンネルとなっていたのだ。

 尤も、この寒さの所為か、それとも別の理由があるのかはしらないが、天井はあちこち亀裂が入っていて、先ほど俺が躓いたのはこの天井が崩落した破片の所為だと思われた。


「さて、と。

 ……奥に誰か、いてくれよ」


 ようやく文明らしきモノを発見できた俺は、小さく安堵の溜息を吐き出すと、そう呟きながら奥へと足を向ける。

 こうして見る限り、灯りは奥へ行けば行くほどに個数が増えているのが窺える。

 つまり、奥の方はしっかりと維持管理が出来ていて……要するに奥へ向かえば確実に人に会えるのだと容易に推測できたのだ。

 そう結論付けた俺が、少しだけ未知との遭遇に浮かれた気持ちで、心なしか大股で一歩を前へと踏み出した。

 ……その瞬間だった。


「ぅぉおおっ?」

 

 カチッという微かな音と共に、足元がいきなり『爆発』したのだ。

 同時に右足を熱風と振動が通り抜けて行ったかと思うと、凄まじい音が耳を叩き、薄ら灯りに慣れた目を閃光が覆い尽くす。


「目が、耳があああああああっ?」


 右足を襲った熱風と衝撃派は正直、破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能に守られた俺にとっては大したダメージとはならない。

 だが、閃光と爆音は確実に、俺の網膜と鼓膜にダメージを与えることに成功していた。

 それが所謂「地雷」という兵器を踏んだ所為だと分かったのは、一分ほどが経過して真っ白に染まった網膜がようやく役割を回復した頃のことだった。


 ──畜生、何なんだ、一体っ!


 周囲の壁……恐らくはコンクリートで造られたらしき壁に、数十の金属片が突き刺さっているのを眺めながら、俺は内心でそう悲鳴を上げていた。

 同時に、黒焦げになったズボンを眺め……俺は溜息を一つ吐き出すことで動揺をようやく鎮めると、ズボンと足に付着している熱い金属片を取り除き始める。

 当然ながら足の皮膚には傷一つなくすね毛がちぢれることすらなかったのだが……ズボンだったものが足に巻きつけるぼろ布へと変貌してしまったのは思った以上に痛い。


「……これ、は……」


 そうして足元へと視線を向けた所為だろう。

 足元に散らばっているモノが……さっきから俺が踏み砕いていた枝のようなモノが、実は白い人の骨のようだと今さらながらに気付く。

 そしてソレは、ここから先にも幾つか転がっていて……


「もしかしなくても、地雷原か、ここは……」


 恐らくは此処は上からの侵入者……暗闇を歩き疲れた後で、明かりに気付いて注意散漫になったところを狙う、凶悪なトラップ地帯らしい。

 つまり……ここから先へ進もうとすると、さっきのような地雷が幾つも埋まっている可能性に気付いた俺は、暗澹たる気分に陥っていた。

 実際の話、地雷如きでは俺にダメージを与えることなど不可能なんだし、意に介さずに突っ込んでも問題はない。

 だけど、地雷が生きている以上……そして、こうして人のものらしき骨が散らばっている以上、ここに文明が存在し、住民がまだ生きている可能性が高い。

 ついでに言えば、俺自身は無傷であっても……衣服が無事であるという保証はない。

 

 ──ストリーキングは勘弁なんだよなぁ。


 少し前にエロ言語を検索している時に発見した「全裸でパフォーマンスする輩」のことを示すその単語を脳内で呟きながら、俺は金属片を取り除き終った服をはたき埃を落とす。

 裾はボロボロ、袖も残っておらず、飾りは剥がれ落ち、布地は斬られ破れ焦げ穴が開き、既にコレは服とは言えない有様だとしても……それでも俺の持つ唯一にして無二の「文明人」の証なのだ。

 決して粗末に扱っては良いものではない。

 だからこそ俺は、地雷原への恐怖……いや、服が焼け焦げて全裸になってしまう恐怖によって、次の一歩を踏み出す覚悟を決められずにいた。

 

 ──くそったれ……


 踏めば爆発するという恐怖は……そして、ソレがどこに埋まっているか分からないというのは、思っている以上に恐ろしい代物だった。

 ただでさえ薄暗い通路で、足元には白骨化した死体が散乱しているこの通路が……陰に何か凄まじい化け物が潜んでいる沼の中のように思えてくる始末である。

 服が破けるという危惧一つでコレだ。

 もし、足どころか命を失うかもしれないという危惧の中、地雷原を歩かされるというのは、一体どれほどの緊張と恐怖を強いられるのだろう。


 ──地雷は、ダメだ。

 ──こんなクソみたいな兵器は、国際的に禁止せねば……


 日本へ無事に帰りつけたなら、そんな活動に身を投じてみようかなんて現実逃避をしていたのが悪かったのだろう。

 不意に通路の奥から光が差し込んできたかと思うと……人影らしきものが三つほど、俺の方へゆっくりと向かってきているのが目に入る。

 正直、接近に全く気付かなかった所為で身を隠すタイミングを逃してしまった感があるが……そもそも久々に出会えた文明人から逃げるなんて選択肢、今の俺には存在せず、気付こうが気付くまいが結果としては同じだったのだろうけれども。


 ──何だ、ありゃ。

 ──人間、なのか?


 その文明人らしき人影を見つけた歓喜に駆られるがまま、手を上げて呼びかけようとした俺だったが……彼らの姿を見て、すぐさまその手を下すこととなっていた。

 何しろ、どう見てもその姿は人とは言い難かったのだ。

 もしソレを言い表すならば、「全身を黒い装甲で固められた、巨大な金属製の人型ロボット」とでも言うべきだろう。

 身長は二メートルを超えるほどで、その両腕には巨大な銃器が接続されており……まさに戦うための機械、という有様である。

 だが、中に人が入っている……要するに機械式のスーツを着込んでいるだけかもしれない可能性がある以上、俺はこの記念すべきファーストコンタクトを大事にしようという思いから、ゆっくり手を差し出しながら口を開いて見せる。


「……初めまして」


 その言葉を彼らがどう捉えたのかは分からない。

 少なくともその顔は鋼鉄のマスクに覆われており、しかも点在する光苔の僅かな光源しかない此処では、細かな表情を見通すことなど出来る訳もないのだから。

 そうして数秒ほど反応を待った頃、だろうか。


「……アホな『ミュー』がまた一匹かかったようだぜ、兄弟。

 見ろよ、あの醜い腕を」


「背後からベースキャンプ狙おうって腹か。

 頭が回る『デーモン』もいたもんだ」


 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能により、異世界であるにもかかわらずその鋼鉄の鎧たちの言葉は、相変わらず自国語……つまりが日本語を耳にしているのと同じように意味を理解できる。

 コイツらが口にした『ミュー』とか『デーモン』などの言葉が何を意味しているのかは理解できないものの……あまり良い言葉とは思えない。

 少なくとも『デーモン』ってのが俺の知っている意味の通りなら、悪魔とかそういう意味だった筈なのだから。


 ──それでも、ようやく出会えた知的生命体だ。

 ──上手く、言葉を交わさないと……


 そんな嘲りの言葉を受けても俺が怒りを覚えなかったのは、ひとえにそんな思惑があったからに他ならない。

 何しろこの世界は寒冷地獄で、暗闇を抜けてようやく見つけた文明の足掛かりなのだ。

 衣食住がかかっている以上、多少腹が立ったからと言って怒りに任せて殴り殺す訳にはいかないのだから。


「……なぁ、何を言っているか分からないが、この地雷を何とかしてくれ。

 このままじゃ、動けやしない」


 少しでも好感度を上げようと考えた俺は、異形と化したままの左手を背後へと隠しながら、今自分が置かれている窮状を訴える。

 尤も……


「けっ、無傷だから警戒してみれば、ただ運が良かっただけのクソかよ。

 化け物の腕を必死で隠してやがる」


「やっぱ、俺たちの仕掛けた地雷で動けなくなってんだよ、ありゃ。

 爆発で腰が抜けた、ただの臆病野郎ってことか」


「だったら、いつものように始末すりゃ良いだけ、だろうよ」


 ……そんな小細工など、この鋼鉄を身にまとった連中には何の意味も持たなかったらしい。

 俺が何かを言うよりも早く、何か動きを見せるよりも早く、先頭に立っていた鉄の塊が腕に装着されたままのガトリング砲の銃口を俺に向け……


「とっととくたばりやがれ、化け物」


「え、お、ちょっ……ぉ?」


 ……慌てた俺が何とか口先三寸でこの場を乗り切ろうと口を開いた次の瞬間には、その銃口は何の躊躇いもなく鉛弾を吐き出していたのだから。



2017/05/10 21:54現在


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― 新着の感想 ―
[良い点] ん、もしかしてここは? ってことは島を落としてから次の移動までも結構地球換算での時間は経過してる?
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