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肆・伍間章 その4-2



「あと二十分で現地に到達だ。

 各員、降下の準備を始めろ」


 ブリーフィングを思い返しているうちに、思っていたよりも時間が経過していたらしい。

 インカム越しのその声を聞いた俺は、ゆっくりと手を伸ばし、立てかけておいた武器を手に取る。

 アヴェンジャーと呼ばれる、30mmの弾丸を一分間に三千発も発射できるガトリング砲……その2t弱の重量を有する、航空機に搭載する類の兵器を携行用に改造したモノがコレだった。

 勿論、人間の腕力で運用どころか持ち運びすら出来ない代物であるが……


「……よっと」


 鋼鉄で造られた俺の新たな右腕は、その超重量を軽々と持ち上げていた。

 こうして実際に人の手では動かすことも叶わない重量物を軽々と持ち上げてしまうと……自分が本当に機械式の人形になってしまったような錯覚に陥ってしまう。


 ──まぁ、実際問題、機械式の人形と大差ないんだけどな。


 全身を覆うチタン製の装甲は非常に重く、そして機械化した四肢の力に生身の部分が耐えられないため、装甲内部には機械式の補助筋肉を内蔵しており……つまりがこの全身装甲という装備は、使用者自身の筋肉など必要としない、ただの機械人形と大差ない構造になっている。

 更には内部ギミックとして、携行用のマシンガンや赤熱した刃で相手を戦闘不能にさせるヒートサーベルなど、細々した殺傷兵器も搭載しているだけではなく、ヘルメットにつけられたモニタは明度の上げ下げや拡大遠望は勿論、赤外線の感知や暗視スコープの機能まで有しているとか。

 すべての機能を一度は試したことがあるのだが……今でも信じがたい性能である。


 ──他に、は……


 腰後方に背負ったロケットランチャーとその左右に携行した砲弾十発、ハンドグレネードが左右の脚部装甲内に込められている等、俺の全身は完全に武器庫と化している。

 この上、背中にはパラシュートのついたバックパックを背負い、オスプレイ上から降下する、という訳なのだが……

 

「よぉ、アーノルド。

 手入れに熱心なようだが、安心しな。

 クソったれなゾンビ共なんざ、近づく前にミートソースにしてやるさ」


 武装のチェックをしている俺にそう話しかけてきたのは、フレッド=ウォンという中華系アメリカ人だった。

 身長一メートル七十程度の、この部隊内では比較的小柄な男ではあるが……こんな身体になる前に同じ部隊にいたころは、化け物じみた狙撃手だった覚えがある。

 尤も、その自慢の狙撃能力がテロリストの目に留まり……自爆テロの標的となって再起不能の大怪我を負ったと風の噂に聞いたものだが。


「お前も、此処に来ていたのか」


「そうさ、アーノルド、あのケツの穴から生まれたムスリムのクソ共め。

 お蔭で自慢の腕と目は……このザマさ」


 そう言いながら、フレッドはその一メートル半余りの狙撃銃と一体化した右腕装甲、眼球を覆うバイザーを取り外してみせる。

 その下には両方とも「何もなく」……彼が自爆テロで何を失ったのかを一目で知らしめていた。


「……そうか。

 お前も、大変だったな」


「ああ、お互い、ケツの穴みたいな運命にクソぶっかけてやりたい気分だぜ、聖なるクソが」


 俺のねぎらいの言葉に、フレッドはそう吐き捨てる。

 移民だった筈のコイツは、どうやら長年暮らしている間にアメリカ文化にケツの穴まで染められてしまったらしく、口汚い台詞が堂に入っていた。

 まぁ、移民って言っても合法的な手続きで入ってきた連中で、合衆国への忠誠を誓うため軍に入った口だから、その辺のクソみたいなメキシコ人よりは遥かにマシな分類なのだが。


「おい、裏切るなよウォン。

 あのクソみたいなゾンビ共、中国政府が作った生物兵器って噂もあるんだからな」


 ……尤も、それを誰もが知っている訳ではなく。

 デイビッドがウォンというファミリーネームを揶揄して笑う。

 とは言え、フレッドも長くこの国で生きてきた口だ。


「ははっ。

 んな訳あるかよ、クソったれ。

 そんな技術があるのなら、メイドインチャイナはもうちょいとマシな品になってるさ」

 

「はははははっ!

 違いねぇっ!」


 自分の生まれを笑い飛ばすようなジョークを放ち、デイビッドもそれに大笑いで答える。


 ──ああ、懐かしいな、このノリ。


 酒に溺れる前の、家に帰れば家族が待ってくれていると信じられた頃……軍人だった俺は、こうやって笑って毎日を生きていたものだ。

 明日死ぬかもしれないのに、日々戦場へと赴いていたというのに、それでも未来が明るいと信じ、笑えていたあの頃。

 その懐かしい感覚に俺は数かに口の端を歪めると……微かにではあるが、「自分が笑っていた」という事実に自分で驚いてしまう。

 ここ数年間……自暴自棄の乾いた笑い以外、楽しいなんて感情、浮かぶことすらなかったというのに。


 ──結局俺は……

 ──戦場しか、居場所がないってことかよ、クソったれな救世主が。


 その事実に俺はそう吐き捨てると……それでもヘルメットに隠れて誰にも見られてないのを良いことに、唇を大きく吊り上げ、意識して顔に笑みを浮かべてみせる。

 今、現在進行中で死と隣り合わせの戦場へ向かっているというのに……何故か、そうして浮かべた笑みは、酷く気持ちが良いものだった。


「よぉ、アーノルド。

 とりあえずどっちが多くのゾンビを狩れるか、競争と……」


 ひとしきり笑ったのだろう。

 微妙なジョークでフレッド=ウォンと打ち解けたらしいデイビッドのヤツが、俺に向けてそんな言葉を口にした、その瞬間だった。

 俺たちを運んでいるオスプレイの壁……進行方向の壁から、突如「槍の切っ先」が生えていた。

 ……一番前の席に座っていた、ジョージアの頭部を貫いて。


「……は?」


 その「ありえない」事態に、俺は……いや、俺だけではなく周囲にいる全員が同僚の死を悼むことすら出来ずに固まっていた。

 だって、そうだろう?

 いくらオスプレイが輸送用であり装甲が薄いとは言え、現在は高度2,000mを時速300kmほどの速度で飛んでいる最中なのだ。

 ついでに言うと我々が着込んでいるこの装甲は、マグナム弾すらも防ぐというチタン素材から造られた最新技術の塊である。

 たかが投げ槍が……塩のような、妙な光沢をした結晶体から削りだされたようにも見える原始的な「ただの槍」が、その現代科学の結晶をいとも容易く貫いたのだ。

 幾ら前方に飛んでいる所為で相対速度が増すからといって、そんな非科学的なことが現実にあり得る訳が……


「全員、降下を急げぇえええええええっ!」


 そんな中、真っ先に我に返ったのはエドワード部隊長だった。

 室内に響き渡るようなその叫びに、ようやく俺たちの脳みそは現実を受け入れ、自分たちが今まさに鴨撃ちの的にされていることに気付く。


「し、しかしっ!

 今、降下すれば全員、ただの的ですぜっ?」


 隊長の言葉にそう異を唱えたのはフレッド=ウォンだった。

 彼自身が狙撃手であり……パラシュートでゆっくりと降りてくる降下兵なんざ、小便するよりも容易く撃ち落とせると、真っ先に理解できたのだろう。


「……阿呆がっ!

 このままでも同じだろうっ!

 この棺桶ごと地面に叩き付けられるか、空で射抜かれるか、好きな方を選べっ!」


 悲鳴交じりのフレッドの叫びに返ってきたのは、エドワード部隊長のさらに悲鳴含有率の高い叫び声だった。

 実際問題、彼だって想像していなかった筈だ。

 ……兵員輸送のために飛行中のオスプレイを、まさか投げ槍なんざで射抜くアホが敵側にいるだなんて。


「くそったれな未亡人製造機めっ!

 コイツと一緒に死ぬくらいなら、飛び降りた方がマシだ、畜生めっ!」


「畜生がっ!

 もう二度と高いところなんて御免だ、聖なるクソがっ!」


「だぁああああああっ!

 てめぇら、黙って早く降りやがれぇえええええっ!」


 踏ん切りがつかなかったのか、俺の前でそんな叫びをあげていたフレッドとデイビッドを蹴落とすと、俺は躊躇すらせずにまっすぐに飛び降りる。

 直下には、小麦色に輝く広大な農地が広がっていて……とは言え、真正面には塩に浸食されたのか、白く染められている場所までが目に入る。


 ──っ、ぅおっ?


 高度2,000からの浮遊は、もう怖いとかそういう次元をあっさりと飛び越えていて……本当にただ無重力の中に放り込まれたような、そんな非現実的な感覚に、俺の口からは悲鳴すら上がらなかった。

 尤も、俺たちが置かれている現状は、無重力だの空を生身で飛んでいるだの、そんな幻想的な表現が出来るような環境の筈もなく……


「三号機、爆散っ!」


「畜生っ!

 アイツら、全滅だっ!」


 ヘルムのインカムから聞こえてきたその声に上を振り向いてみれば……俺たち百三十七名を乗せてきた十四機のオスプレイの内、一機が燃料タンクでも貫かれたのか爆散し、周囲に破片をまき散らしているところだった。

 

「くそったれっ!

 クラシカルなチャイニーズ狩りじゃなかったのかよっ!」


「人の形をした的を撃つつもりが、こっちが的にされてるじゃねぇかっ!

 何の冗談だ、畜生がっ!」


「てめぇら、黙りやがれっ!

 耳が痛ぇんだよ、阿呆どぐがぁああああああああああっ!」


 突如敢行させられた「安全を確保出来ない状況下での降下作戦」に、ヘルム内のインカムは個々の悲鳴で満たされる。

 それに対して抗議を行っていた、五号機から飛び降りた直後のフランクリン副隊長は、パラシュートを開いたその次の瞬間、どこからともなく飛んできた槍によって貫かれ、肉片と金属片にされて四散していく。


 ──ぐ、偶然、だろう?


 俺がそう心の中で呟くのと……同じようにパラシュートを開いていた他の誰かが槍によって串刺しにされたのはほぼ同時だったと思う。

 その現実が俺たち全員に、「敵は高度2,000にいる俺たちを狙って槍を投げ、当ててくる」という信じがたい事実を教えてくれる。


 ──化け物、か。

 

 その光景に、俺は今さらながらに俺たちが相対している敵勢力の、古代中国人の兵士たちに恐怖を覚えていた。

 俺たちが降下する筈だったポイントは、まだ1マイルも向こうなのだ。

 それですら相手の最前線から1マイルは手前を予定していたというのに……そんな遠距離から槍を放ち、人間大の俺たちを見事に射抜く、その技量。

 神業と言わなければ、悪魔の所業としか言いようがないだろう。


「各員っ!

 傘を開くなっ!

 くそったれな狙撃兵に狙い撃たれると思えっ!」


「限界高度まで自由落下で乗り切れっ!

 畜生、聞いてないぞっ!」


 そう叫んだのが誰かは分からない。

 だけど、それがもう遅きに失していたのは間違いないだろう。

 何しろ……俺たちの半数が既にパラシュートを開き、敵兵の『的』に成り下がっていたのだから。

 幸いにして俺は、浮遊感に心を奪われていたお蔭でパラシュートを開く動作が遅れ……こうして上空の仲間たちが遠ざかっていくのを、槍に射抜かれて次々に消えていくのを見守ることしか出来なかったのだが。

 

「畜生っ!

 やられっぱなしなんて、御免だっ!」


 一方的に射抜かれる、この状況が気に入らなかったのだろう。

 インカムから聞こえてくる声……恐らくフレッドらしき人物はそう叫ぶ。

 同時に、上空に見える人影の一つが、その腕に装備されてあるライフルを真正面へと……塩の平原がある方向へと向けるのが目に入る。


「お、おいっ、フレッド!

 相手と何マイル離れていると思ってやがるっ!」


「黙ってろ、アーノルド。

 口を開く暇がありゃ、神にでも祈ってやがれっ!」


 思わず発した俺の叫びは、フレッドのそんな叫びによって封殺される。

 事実、現在の俺の装備では自由落下に身を任せる以外には、神に祈ることしか出来やしないのだが。


「ははっ!

 見たか、地べたを這いずる蛆虫がっ!」


 フレッドの狙撃は、相手を射抜いたのだろうか?

 少なくとも俺のヘルムに備わっているスコープでは、当たったかどうかすら見ることは叶わなかった。

 そうしている間にも、上空の仲間たちは次から次へと原型を留めない、ただの肉塊へと変えられていくのを見つつ……俺を始めとする自由落下中の連中は、そろそろ限界高度に達したのを理解し、すぐさまパラシュートを開く。

 槍で殺されるのも御免だが……このまま落ちて死ぬのも真っ平御免なのだから。

 すぐさま、パラシュートによる減速で生じた衝撃が俺の身体を襲い……一瞬意識が飛びかかるものの、俺は歯を食いしばって何とか持ちこたえる。

 そうして……凄まじい勢いで近づいてくる地面を、祈りながら睨みつけている時のことだった。


「いやだぁあああああっ!

 このまま殺されるのを待つなんざ、御免だぁあああああああっ!」


「馬鹿野郎っ!

 そんなこと、しても……くっ!」


 インカム越しに聞こえてきたそんな誰かの叫びに、エドワード部隊長が叱咤の声を上げようとして……すぐにその声を飲み込むのが聞こえてきた。


 ──馬鹿、が。


 何が起こったのかは理解できるし、何故そうなったのかも理解は出来る。

 だけど……それは、ただ、自分の死期を早めるだけに過ぎないと、何故分からなかったのだろう。


「う、うわぁああああああああ、助け、誰か、助けてくれぇえええええええええ、

 神さぺっ!」


 俺たちがパラシュートによって減速している間にも、そいつは重力加速度の影響を受け続け……俺たちと地面があと百メートルを切っただろう辺りで地面に直撃し、一面に血の華を咲かせることとなった。

 直後に凄まじい衝撃と回転が俺の身体を襲い……ようやくそれらが収まった頃、俺は不格好ながらも着地出来たことを理解する。


「地面が……これだけ有難いとは、な」


 先ほど地面に叩き付けられて散った誰かの、最期の最期まで上げ続けていた悲鳴がまだ耳に残っている気がして、俺はヘルムを叩きながらも、大地に足がつく感覚に安堵の溜息を吐きつつ、そう零していた。

 俺がそう呟くのも無理はない、だろう。

 何しろ、さっきから俺のインカムは遥か上空で叫ばれている悲鳴と、神を罵る言葉と……そして、無抵抗のまま射抜かれるのを良しとしなかった仲間たちの、地面に落ちて砕け散る音ばかりを拾い続けているのだから。


 ──畜生が。


 それらの耳障りな音を意識から外しながら俺は小さくそう毒づくと、自分の四肢の確認を始める。

 本来ならそれくらい痛みや違和感などで何となく察するモノなのだが……今の俺の四肢は機械仕掛けであり、こうして衝撃を受ける都度の確認が必要だった。


「右腕左腕、共に問題なし。五指、左右問題なく動く。

 左足、体重移動に支障なし」


 幸いにして、四肢には何の問題もないようで、俺はそう確認の言葉を呟き、安堵の溜息を零す。

 実際問題……俺は戦場に散ることよりも、再び四肢を失うことの方を恐れていた。

 恐らくは、この部隊にいる全員……身体の何処かを再び得る代償に、またしても地獄のような戦場へ向かうことを望んだ全員が、俺と同じ恐怖を感じていることだろう。

 その証拠に、周囲の仲間たちは一人残らず、着地の衝撃を受けた四肢の動作確認をしているのだから。

 そうして地面に降り立った者たちが順番に自分の四肢を確かめている間にも、俺たちの部隊は『全員』が着陸を果たしたらしい。

 尤も、生きたまま地面に降り立った頭数は……いや、地面に降り立って「なお生きている」頭数は、部隊の総数から四割ほどを引くことになったようだが。


「……くそったれ。

 あと八十人くらいしか残っていねぇ」


「あんな化け物共を、相手にしろってのか。

 冗談じゃねぇぞ……」


 尤も、生きていたからと言って兵士として無事だとは限らないらしく……敵のあまりにも非常識な戦闘力に、既に戦意を喪失しているヤツらが出始めているようだった。


「くそがぁあああああああっ!

 腕を持って行かれたっ!

 止血を、頼むっ!」


 実際に怪我をしている連中も目に入り……どうやらフレッド=ウォンのヤツは、無事だったはずの左腕をあの槍に奪われたらしい。

 上空の早いうちにパラシュートを開いて、それでもなお生き残っているのはフレッド以外では数人しか残っていないので、片腕で済んで幸いだった、というべきなのだろう。

 尤も……それをフレッドのヤツに告げる気にはならなかったが。


「……焼きつける。

 ヒートサーベルが、あるからな」


 結局、顔見知りであり、適当な装備を持つ俺が部隊の連中を代表してそう声をかける。

 正直な話、コレは治療などではなく……ただの止血行為。

 激痛と引き換えに出血死を防ぐだけの、単なる延命行為に過ぎない。


「……頼むっ!

 生きてさえ、いればっ!

 腕は、また、手に入るからなっ!」


 俺の提案に、フレッドのヤツは苦痛に歪んだ声で、それでも何処となく声に笑みを忍ばせてそう言い切った。

 である以上、俺にはもうかける言葉も、慰める言葉もない。

 ただ右腕に内蔵されてある装備……ヒートサーベルを起動させ赤熱化したソレを、フレッドの血が噴き出し続けている左腕の切断面へと押し付ける。


「ぐぁぎゃああああああああああああああああっ!」


 周囲への配慮にインカムを切っていたのだろう、フレッドの悲鳴は……ヘルム越しに俺の鼓膜へと焼きついたのだった。


2017 03/22 21:24現在


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