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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
第四章 ~惨劇の戦場~
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第四章 第五話


 ──その時、だった。


「姉さまっ!

 こちらへ!」


 その貧相な身体の所為か、完全に失念していたもう一人の戦巫女……エリーゼが馬に乗りながら俺とセレスの間に割り込んでくる。


「これでも喰らえっ!」


 そして、完全に不意を突かれた俺へとゴルフボールくらいの鉛を放り投げてきやがった!


「たかが、その程度っ!」


 剣で斬られても槍で突かれても矢が刺さっても平気だった俺は、そんな鉛の球など意にも介さず、邪魔者を蹴散らそうと足を踏み出し……


「──なっ?」


 次の瞬間、俺の身体には縄が巻き付けられていた。

 どうやら鉛の球はボーラとかいう紐と鉛玉からなる狩猟武器だったらしい。

 動体視力や反射神経なんかは常人と変わらない俺は、そして自らの無敵に慢心していた俺は、その一撃を避けるどころか反応することすら出来なかった。


「今です! 姉さま!」


「──でもっ!」


 自由を奪われた俺を見て、一瞬だけでも隙があると思ったのだろう。

 エリーゼは僅かに躊躇したセレスをその少女とは思えない膂力で強引に抱きかかえると、そのまま馬に乗って逃げはじめる。


「馬鹿に、するなぁあああああっ!」


 ……だが、俺がこの程度の縄でどうにかなるハズもない。

 俺は怒りに任せて両腕に力を込め、あっさりと縄を引きちぎる。

 直後、既に一〇メートルほど離れていった二人に向け、俺は足に渾身の力を込めて跳びかかる。


「逃がすかぁっ!」


 賞品を奪われそうになった苛立ちから、俺は渾身の力を込めてセレスに飛びつき、その身体を戦巫女から必死にもぎ取って、俺はそのまま地面に落下する。


 ──ドンッ!


 そんな凄まじい音と共に、俺は地に叩き付けられる。

 ……だけど、奪えた。

 俺が自由に出来る、俺のモノになったあの戦巫女セレスの身体は、今、俺の腕の中にあって……

 おれの両手には彼女の柔らかさと温かさが感じられている。

 ……その彼女はもう観念したのか、抵抗することもなく。

 身体中から一切の力を抜いて、俺の腕に抱かれるままになっていた。


 ──その美しい顔で、自由に未練でもあるのか、俺でもエリーゼでもない空の彼方を眺めながら。

 ──その光のない瞳で、あらぬ方向を見ながら。


「……え?」


 その美しかった顔は……首に力が入らないのか、ぶらんとあり得ない角度で曲がっていて、その均整のとれた身体は未だに美しいまま、だけどあるべき下半分が存在しないという、とても現実とは思えないその光景に……俺は呼気を漏らすことしか出来なかった。


 ──ああ。


 さっきから腕に触っている、ぬるっとした感触は、彼女の小腸か大腸か何かで。

 転がった際に俺の身体中を濡らしているこの液体は、彼女の腹から未だに噴き出ている赤い血だったのか。


「ねぇさま! ねぇさまがっ! 

 姉さまがぁあああああああああああああっっ!」


 俺がもぎ取った残り半分……骨盤から下を抱きしめながら、この世が終わったかのようなエリーゼの悲鳴を、俺は何処か遠くで聞いていた。

 そうして……俺は上半分だけになった戦巫女の身体を数度揺らし、ようやく何が起こったのかを理解してしまう。

 早い話が感情的になって加減を忘れた俺の膂力と、細腕ながら力に特化していたエリーゼの膂力で引っ張り合った結果……

 俺たち二人はセレスの身体を上下に引きちぎってしまった、らしい。


「……嘘、だろう?」


 目の前の惨状を理解出来ない俺は思わずそう呟いていた。


 ──だって、あんなにも強かったじゃないか。

 ──だって、俺がどんなに攻撃しても、華麗に避けたじゃないか。

 ──だって、さっきまで彼女は……


「うぉああああああああああああああああああああああああっっっ!」


 ようやく現実を理解した俺は、未だに暖かいセレスの半身を抱きしめながら、湧き上がる感情のままにただ叫ぶ。


 ──好敵手を失った空しさ。

 ──行き場を失った性欲。

 ──顔見知りを失った哀しみ。

 ──恋とも言うべき望みを永遠に失った絶望。

 ──世界が思い通りにならない怒り。


 様々な感情が次々と押し寄せて、喜怒哀楽では表しようのない何処かへ向けることも出来ない激情の嵐に、ただただ叫ぶしか出来なかったのだ。

 その俺の抱擁の所為でセレスの亡骸のあばらは砕け、残っていた肺と心臓がボトボトとこぼれ出てきて、それがまだ温かく……

 だからこそ、俺は彼女が死んだことが未だに信じられない。


 ──信じたくない。


「貴様がっ!

 貴様が姉さまをっ!」


 だが、そんな俺に罵声を投げかける少女が一人いた。

 セレスの妹……エリーゼだ。

 その憎悪の叫びに、その身勝手な叫びに、俺の中の感情が向かう先を見つけ、溢れ出す。


「それは、俺の台詞だっ!」


 気付けば、俺は激情の嵐が見つけた憎悪という形に任せ、腹の底から怒鳴っていた。


「貴様が横やりなど入れなければっ!

 セレスは俺のモノになっていたんだっっ!」


「──っ?

 何を勝手なっ!」


「犯してやる!

 貴様を!

 朝から晩まで、穴という穴をっ!

 その上で四肢を叩き落としっ!

 その眼をくりぬきっ!

 孕ませて達磨にした上で、豚として飼ってやるっっ!」


「~~~っ!

 やれるものならやってみなさいっ!」


 感情的に喚き散らす俺の言葉に激昂したエリーゼは残されたセレスの下半身を離すと、馬上鞭を使って足元に転がっていた聖剣を器用に取るや否や、そのままい直線にこちらへ突撃しようとして……


「って、おい!

 離せっ! お前たち!」


 その無謀な突撃を見咎めたべリア族の戦士たちが突然少女へと飛びつき、必死に取り押さえ連れられて去っていく。

 ……俺の脅威を目の当たりにした彼らにしてみれば、残った一人の戦巫女をこんな無駄なことで失いたくはないのだろう。


「逃がすかっ!」


 俺は慌てて去っていく戦巫女を追おうとする。

 だが、怒りに満ちているハズの俺の身体は何故か思うように力が入らず、俺はほんの一〇歩も歩まぬ内に塩の砂塵へと崩れ落ちていた。


「……あ?

 なんだ、こりゃ?」


 流石に……セレスとの戦いで血を流し過ぎ、何より疲れ切っていたのだろう。

 俺の身体は、もはや戦斧すら構えることも出来ないほど、消耗しきっていたらしい。

 幾ら無敵になろうとも、幾ら激怒に身を任せようとも……所詮、俺の身体はただの人間でしかないらしい。


「ああ! やってやるさ!

 貴様らべリア族の全てを打ち壊し、貴様を引きずり出してやるっ!

 べリア族どもよ! コヤツを匿うなら貴様らを殺すっ!

 何処に隠れていようとも貴様らの肉の壁を引き裂いて……コイツを引きずり出し犯してやるっ!」


 だから、叫んだ。

 半ば悔し紛れのつもりで。

 半ば行き場のない悲しみを紛らわせるつもりで。


「破壊神どの、そのお身体では!」


「無理をされないで下さい!」


 戦斧を構えることも出来ないまま、叫び続ける俺を見とがめたのだろう。

 バベルとロトの二人が俺の身体を無理やり引きずって、べリア族から引き離そうとする。


「殺すっ! 殺す!

 離してくれっ!

 私が姉さまの仇をっ! アイツをっ!」


「良いか!

 もし助かりたいのなら、その女を俺に寄こせっ!

 貴様らの命だけは助けてやるからなっ!」


 俺の叫びとエリーゼの叫びが木霊する中。


 サーズ族とべリア族との総力戦は、サーズ族の圧勝で終わりを告げたのだった。


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