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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第八章 ~刺殺の浮島~
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肆・第八章 第二話


「我らが兵に死ねと言う非道の王『塩塔(イェンタァ)』よっ!

 我が刃にかかりぎゃぁあああああああああああああああっ!」


「……はぁ。

 雑魚の分際で偉そうに」


 俺の大刀の一撃によって腹腔を抉られ、ちぎれた臓腑から便と尿の混じり合ったドロドロしたモノと血液をまき散らしつつも悲鳴を上げて暴れまわる、賑やかな「七人目」の挑戦者を冷たい目で見下ろしながら俺は、ため息と共にそんな呟きを零していた。

 ……そう。

 同じような台詞を吐く挑戦者を、俺は既に六人……コイツを入れて七人も血祭りにあげていた。

 頭蓋を割る、胴を横一文字に切り裂く、首を飛ばす、顔面を叩き潰す、胴に大刀を突き刺す。

 ついでに三本の武器を壊した時点で我が槍持ちである(ロー)のヤツに怒鳴られたところで力を若干抑え……足を断つ、腹腔を切り裂くと相成った訳だが。


「……で、これで終わりか?」


「ひ、ひゃああああああああああっ!」


「か、かて、勝てる訳がねぇええええっ!」


 返り血で真っ赤に染まった大刀を振って血糊を飛ばしながらそう告げたことで、自分たちと俺との間にある絶望的な戦力差を悟ったのだろう。

 残りの挑戦者たちはあっさりと武器を捨て、悲鳴を上げながら逃げ出してしまう。


 ──ったく。

 ──雑魚が生意気に。


 連中の台詞は要するに「自分たちが弱者から奪う権利を奪うな」という、クズ極まりない主張でしかなかったのだ。

 だからこそ、俺は力を見せつけることで「弱いなら強者に従え」という当たり前のことを教えてやったに過ぎない。

 それだけで命乞いして逃げ出すのだから、クズは所詮クズ……自分より弱い相手にしか我を張れない雑魚だったのだろう。

 三十人くらいの挑戦者は、たった七人を残虐に殺すだけで、あっさりと背を向け、尿をまき散らしながら逃げ出してしまったのだから。


「……相変わらず化け物だな。

 どんな身体してるんだ、アンタ」


「……コツがあるんだよ」


 呆れたような声を出しながら大刀を受け取る魯のヤツが放ったその問いに、俺は適当な答えを返していた。

 実際、先ほどの戦いでも七人の挑戦者を下す間に、俺の身体は十五回ほど斬りつけられている。

 勿論、ただの武器を喰らった程度では、俺の肌に傷一つつけることすら叶わないのだが。

 それを見たコイツら……と言うか、俺の配下全員が、権能によって刃物を生身で防いでいるのを硬気功(イン・シィコン)という「技術」だと思っていて、たまにこうして尋ねてくるヤツがいるのだ。

 まさか神の権能によって、俺の生身の肌が刃よりも硬いなんて言える訳もなく……その度に俺はこうして適当に誤魔化している。


「ま、それで王になったんだ。 

 俺如きが何かを言う気はないさ。

 技術を盗む気も、な」


「……ぁぁ」


 尤も、魯のヤツはその辺りの空気を読むのが得意らしく……俺の答えが適当な誤魔化しであると即座に見切った上で、そんな風に納得してあっさりと引き下がってくれる。

 その声を聞いた俺が小さく安堵の息を吐き、部屋に戻ろうと踵を返した……その時のことだった。


「しかし、あの御姫様、どうする気なんだ?

 『黒剣(ヘイチェン)』をぶっ殺して、もう正妻だなんだってのも意味なくなったんだろう?」


 敬意とか遠慮とかを持ち合わせていない我が槍持ちは、更に答え辛い問いを放ってきやがったのだ。


「……あ~、どうする、かなぁ」


 その問いに対する俺の答えは、そんな……答えにもなっていない唸り声だった。

 事実、あの『黒剣』の七女である(チィ)は、俺にとって何とも答えの出せない存在へと化していたのである。


 ──父親を殺してしまった以上、嫁にする訳にも……

 ──そもそも、あんな餓鬼なんざ趣味じゃねぇ。

 ──しかし、放り出したらすぐ死んでしまうだろうし……


 何しろ、この七という少女は『黒剣』の権威という「盾」がなくなってしまった以上、紛れもなく「弱者」なのだ。

 そんなか弱き少女をこの弱肉強食の世界に放り込んだら、即座に殺されるか犯されるかして埋められるか浮島から下へ落とされるか……まぁ、ろくな末路を迎えないだろう。

 今まで親の権威を当てにして偉そうにしていた分、悲惨なモノになるってのは目に見えている。

 幸いにして、今は俺の……形ばかりとは言え正妻という名分が生きているらしく、誰も手を出そうとしないのだが。


 ──生まれたての猫を拾った気分だな。


 いや、むしろ自転車で親猫を轢いた直後に子猫を見つけた気分が正解か。

 見ているだけで罪悪感が湧いてくるので飼いたいとは思えない。

 だが見捨てれば死ぬのが分かっているから放り出すのも忍びない。

 そういうジレンマがある所為か、結論を下すのが難しく……


「まぁ、放っておこう。

 死ぬと分かっていて放り出すのも流石に、な」


「あ~、確かになぁ。

 しかし、あんたも意外と女運がないと言うか……

 王って言うと、もっと後宮に美女を侍らすのが普通だろうに」


 魯のヤツは相変わらずの気安さで、そんな確信に迫る一言を告げてくる。

 ある意味、俺の実情を……色気の欠片もない人生に辟易としている実態を一番知っているのは、実はコイツなのかもしれない。

 管事(クァンシィ)である(ツー)のヤツは、何処か俺を神聖視するきらいがあり……こういう下半身事情を察してはくれないのだ。


「餓鬼共に占拠されたからな。

 ……下手に女を入れれば、殺し合いだ。

 前に主のいなくなった後宮……見ただろう?」


「確かに、アレは……なぁ」


 少し前に討った李逵(リィクィ)とかいう将の……その城にあった後宮を思い出しながらの俺の呟きに、魯のヤツも深く頷いて同意する。

 実際……アレは酷いモノだった。

 あの筋肉達磨が年増好きってこともあったが……それよりも主を失った女共による売り込み合戦が遥かに酷かったのだ。

 全員が実に三十を超えていて子をなすにも少々厳しい所為か、後宮を出ても嫁ぎ先すらろくなところがない。

 だからこそ彼女たち全員が必死だった、という事情も分からなくはないものの……それでもアレは酷過ぎた。

 眼前で一人の熟女が鉈を振り回し始め、数人が血まみれとなり、その姿はまさに山姥という有様で……正直あの光景はもう思い出したくもない。

 実のところ、俺が後宮の女たち全てをちょっとつまみ食いすらせず、さっさと部下共に下賜したのは、その争いが醜過ぎた所為とでもあった。

 そんな渦中に、あの(リァン)(ユィ)(イー)の三人を叩きこむ訳にもいかず……俺は王になったというのに寵姫を後宮に囲うことも出来ず、日々を悶々と過ごしているのである。

 尤も、この力こそ全ての世界では、なかなか俺が欲しいと思うような女ってのを見つけることも叶わないのだが……毎日毎日、挑戦者が来て、血と臓物の匂いばかりの日々が続いているし。


「しかし、乳もない餓鬼共ばっかじゃ溜まるだろう?

 適当にどっか襲いに行くか?」


「……阿呆。

 弱者からの略奪を禁止したヤツが、自分でそれを破ってどうするんだ……」


 俺を気遣ってか、それとも自分の欲を満たすためか……魯のヤツが口にした提案を俺は即座に断っ……

 ……いや、嘘は良くないか。

 一瞬の躊躇いは見せたものの、結局は首を横に振ることとなった。


 ──力ずくでってのは、いまいち、なぁ。

 ──もっとこう、ラブラブなのが良いんだよ。


 口にしたのが建前で、内心で呟いたのが本音ではあるが……それでもやはり、そういうのは無理やりヤろうとは思わない。

 いや、嗜好としては有りと思うんだが……最初の最初からソレってのは、一介の健全な青少年としては躊躇われると言うか。


「しっかし、乳のデカい女、空から降って来ないかなぁ。

 こっちも女日照りでどうにも、なぁ?」


「……やかましい。

 だが、まぁ……降ってくるなら拾ってみるのも悪くは……」


 城全体が歪んだ所為でさり気なく崩落寸前にも見えるボロボロの廊下を歩きながら、俺たち二人がそんな馬鹿話をしている時、だった。

 突如、近くの窓が開いたかと思うと、真紅の衣を身にまとった女性が飛び込んでくる。

 

「此処にいたかっ、(ウォ)愛人(アイレン)!」


「……どっから入ってきてるんだよ、『雷帝(レイディ)』」


 年甲斐もなく俊敏さを見せた女帝に、俺は思わずそう突っ込むものの……彼女はそれに答えることなく、かなり追い詰められたような表情で俺の手を掴んできやがった。


「お、おい?」


「済まぬが、少し付き合うが良いっ!

 緊急事態、というヤツじゃっ!」


 珍しく慌てた様子を見せる『雷帝』に、俺は腕を振り払うことも忘れていた。

 そうして窓の外を見てみると……中庭に巨大な鳥が一匹佇んでいた。

 人間一人が乗れるほどのヤツで……戦争で馬の代わりに使われていたのを見たことがある。

 どうやらこの女帝は鳥を「跳ばす」ことで、この窓へと取りつくことに成功したらしい。

 尤も、その鳥は走る方に進化しているのか羽はそう大きくなく……長時間の飛行は出来ない様子だったが。


「ま、待て。

 流石に王を一人には……」

 

「……っ、仕方ない。

 ならば……早急に支度をせよ。

 事態は一刻を争うのじゃからな」


 必死に常識を説いた魯の言葉は、幸いにして傍若無人で唯我独尊という感じの女帝にも通じたらしい。

 と言うか、その説得が通じたのは魯のヤツの言葉が「常識」そのものであり……俺に危害を加えられるような暗殺者が居る/居ないは兎も角として、理に叶っているのは間違いなかったことと。

 そして『雷帝』も一国の王としてその辺りの常識を嫌と言うほど知っていたから、だろう。


「半刻で良いっ!

 準備を整えるっ!」


 結局、魯のヤツはそう叫ぶと、手にしていた大刀を放り出して何処かへと走り去ってしまった。


 ──おい、槍持ち……


 俺は放り出された大刀を拾いながらも走り去っていく魯のヤツの背中に向け、内心でそんな突っ込みを入れていた。

 まぁ、実のところ……俺の膂力をもってすれば、この眼前に佇む『雷帝』レベルの相手でもなければ、予備の武器なんてなくとも、素手で一方的に屠ることが可能なのだが。

 そう考えると、アイツの存在意義って絶対に必要ではないものの、居れば便利な……言うならば「かばん持ち」程度なんだなぁと思わなくもないのだが……


「え、えっと、その……我愛人。

 きょ、今日も、格好良いな、うん」


「あ~、うん。

 ありが、とう?」


 まぁ、取りあえず……期せずして小一時間ほど、二人きりになった途端に変なテンションになってしまっている年増と、こうして時間を潰さなければならないのだが……

 ……果たして、この酷く居心地の悪い空間に、俺の精神が耐えられるのだろうか?




 妙なテンションの女帝と二人きりという、少々罰ゲームじみた六十分弱の時間はようやく過ぎ去り……俺たちは『雷帝』の案内に従って歩いていた。

 尤も、歩いているのは魯を始めとする十名くらいの護衛たちを乗せた鳥たちであって、実のところ俺自身も鳥が曳く荷台に揺られているだけなのだが。

 そうこうしている内に、彼女の指し示す方向……この『黒剣』、いや、『塩塔』となった島の外周部であり、『雷帝』の国と接続していた戦場跡へと進むにつれ、徐々に周囲が白く染まり始めていた。


「……すげぇ、霧、だな」


「と言うよりも、雲の中に入ったのじゃ。

 そろそろ、着くぞ」

 

 数メートル先すらも見えない白い闇の中、俺が思わず零した呟きに返ってきたのは、女帝のそんな台詞だった。


 ──霧と雲って……何処で分かれるんだ?


 歩く訳でもなく、ただ揺られるだけ……しかも、日本の電車や自動車と違って遅々として進まない鳥車の歩みに飽き飽きしていた俺は、そんな答えが出る訳もない自問自答で暇を潰していたのだが……

 幸いにして、すぐさま目的地とやらには到着したらしい。

 俺は全体が止まるや否や、女帝が俺に見せたかっただろうソレに目を奪われ……馬車ならぬ鳥車から飛び降りると、もう少しだけソレを近くで見るべく、知らず知らずの内にその方角へと足を運んでいた。


「何だ、こりゃ?」


「……崖、か?」


 そこにあるのは、垂直に切り立った巨大な岩肌……まさしく崖そのものだった。

 霧によって霞んでいる所為ではっきりとは分からないが、恐らく十メートルほどはあるだろうその崖は、数日前に『雷帝』と戦った時にはなかった筈のもので……

 誰も彼もがソレに目を奪われ……俺と同じように自分の目が信じられなかったのだろう。

 兵たち全員が鳥から飛び降りると、ゆっくりとその崖の近くへ……その数日前にはなかった筈の「あり得ない存在」を確かめるべく、自分の足を使って近づいていたのだった。


「コレは、(わらわ)の島、じゃ。

 先日まで『雷帝』と呼ばれていた国であろう」


「……は?」


 女帝が何気なく放ったその言葉に、俺だけじゃなく周囲にいる兵たち全員が揃えて天を仰ぎながら、そんな間の抜けた呟きを返していた。

 だって、あの時は……『雷帝』の軍勢は「歩いて」俺たちのところへと攻め込んできたのだ。

 ……そう。

 島同士を渡すために橋を架けることはあったにしろ、此処まで大きな……人がよじ登ることも叶わないほどの高低差はなかった筈なのだ。


「恐らくはあの時……(ウォ)愛人(アイレン)が『黒剣』を屠ったあの一撃じゃ。

 アレによって、我らがいるこの島そのものが「下がった」としか思えぬ」


「な、なるほど。

 流石は王」


「『塩塔(イェンタァ)』という字名は伊達ではない、ということか」


「……化け物だな、相変わらず」


「いやいやいやいやっ!」


 尤もらしく呟く『雷帝』に、周囲の兵たちは全員が全員納得した様子を見せ……俺は首を振って必死にその論理を否定する。

 だって、この『黒剣』と呼ばれていた島が幾ら中空に浮いているとは言え……その質量は量り切れないほど途方もない数値になっている筈だ。

 それを人間の力で……もとい、破壊と殺戮の神ンディアナガルの膂力とは言え、たったの一撃で十メートルほども沈めることが可能とは、とても思えない。

 

 ──もし、可能性があるとすると……


 この浮島が、あの蟲だらけの砂漠に沈んでいた島のように創造神の力で浮いているとして、その浮く力をンディアナガルの権能が消し去った……いや、若干なりとも中和してしまったとしたら?

 創造神の力と破壊の力は相反する筈だから、打ち消し合うように作用する可能性を否定は出来ないだろう。

 そして、だからこそこの島は沈んで雲の中へと突っ込んでしまい、外周部が霧に覆われる事態となり……ついでに、俺が権能によって創った塩の矛は、その権能を失ってただの塩の塊と成り果ててしまい、その辺りにいる農奴達でも簡単に削れるようになってしまっていたとしたら。


 ──あれ?

 ──俺は、否定しようとしたんだが?


 自問自答と言うか、俺の中に湧き上がってきた確信が……破壊と殺戮の神ンディアナガルが持つ知識が、そんな結論を下してしまう。


 ──何か、俺……

 ──どんどん人間離れしてないか?


 前々から半端ない膂力を持っていたのだが、ここ最近は文字通り桁が違ってきているとしか思えない……そう言わざるを得ないほど、どんどん力が増している、気がする。

 尤も、「力」なんて計れるモノじゃなく……と言うか、そもそも俺が異世界に飛ばされて目が覚めた次の瞬間から、握力計やバーベルなんかで計れるレベルを軽く飛び越えていた訳で、あくまで体感的なモノでしかないのだが。


「そういう訳で、妾は領土の様子を見たかったんじゃが……これでは帰ることが出来ぬ。

 そもそも、こうなった以上、今後の戦略に大きな影響があろう?」


「まぁ、確かに……

 コレは、口で幾ら言われても……この目で見ていながらも、信じられねぇわな」


 『雷帝』の言葉に、上空の崖を見上げながら俺の槍持ちがそう呟く。

 魯のヤツが吐いた言葉は紛れもない事実で……確かにこの光景は、幾ら口で説明されたところで、自分の目で見るまでは信じられなかっただろう。


「……あれ?」


 そうして上空を見上げていた俺の視界の端に、一瞬だけ何か小さなものが横切った、ような気がした。


「おい、『塩塔』陛下様よ。

 一体どうしたってんだ?」


「い、いや。

 そんな、筈は……ない、よなぁ」


 間の抜けた俺の呟きを聞き咎めたのか、魯のヤツが尋ねてくるものの……俺は首を横に振ってソレを否定する。

 あり得ない話ではあるが……霧の向こう側に見えたソレは、中空を「走る」人影のように思えたのだ。

 そんなこと、ある訳がない。

 俺が視線を下げ、もう見るべきモノは見て、用もなくなったこの場所から移動すべく口を開こうとした……その時だった。


「……ぎぁっ」


 そんな悲鳴とほぼ同時に、ドサッという……何か重いものが遥か高い場所から落ちてきたような音が響く。

 その音に慌てて俺が振り返ってみると……そこには、血まみれの男が一人、転がっていた。

 落ちてきたのは恐らくこの男だったのだろう。

 ……しかも、ご丁寧に魯のヤツの上へと不時着する形で、だ。

 不運にも下敷きになってしまった魯のヤツは、ピクリとも動かない。

 よくよく見てみれば首があり得ない方向に曲がっていて……即死、だったのだろう。


 ──コイツっ!


 さっきまで要らぬ話……むしろ下ネタ混じりの雑談だったからこそか、突如として訪れた「知人の死」という出来事は、俺に怒りと憎しみを植え付けるのに必要にして十分な事態だった。

 俺はその怒りのままに、右拳を握りしめ、すぐさまこの落ちてきた……魯のヤツが死んだというのに、未だに動いているコレを潰そうと一歩を踏み出した。

 ……だけど。


 ──コイツ?


 三十少し手前だろうその男は、既に満身創痍という有様だった。

 切り傷、刺し傷、矢傷……全身至るところを切り刻まれ、ついで落ちてきた時に痛めたのだろうか、左腕が変な方向へと曲がっていて……正直な話、今生きていることが不思議と言っても過言ではない。

 まるで数千の敵と合戦を続けていたような……それにしては、足に傷が多いのが少し気になったものの、兎に角出血量から考えて、もうそう長くはない、だろう。

 そうして俺が観察している間にも、そのボロボロの男はよろよろと立ち上がると、ゆっくりと俺たちを見回し……


「ようやく、見つけた、ぜ……『雷帝』、よ」


 お目当てを見つけたのか、女帝をまっすぐに見つめ……血を吐きながらも、その字名を口にする。


「……貴様、『空帝(クンディ)』、か」


 『雷帝』の呟きを聞き、俺はこの満身創痍の男の素性を悟る。

 空から降ってきたこの男こそ、世界で最強と謳われた『四帝(スゥディ)』の一角……『空帝』その人だということに。


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