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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
第四章 ~惨劇の戦場~
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第四章 第三話


「……これで、よろしいですか?」


「ああ」


 いつの間にやら副官になったようなロトの声に、俺は頷いて答える。

 とは言え、彼のしたことと言えば、荷車を俺の隣に置いただけだが。

 ……サーズ族の軍勢の最前線に仁王立ちする、この俺の隣に。


「へへっ。しかし……壮観ですな、こりゃ」


「ははっ。これが総力戦、って訳だ」


 ゲオルグの何処か達観した言葉に、俺も笑いを返す。

 ……いや、笑うしかない。

 彼らサーズ族の総兵力はここ数日で必死にひっかき集めてようやく一五〇弱だったのだ。

 なのに、盆地を挟んだ前方にいるべリア族は七〇〇……との話だが、どう見ても一〇〇〇を超えているように思われる。

 雑魚の武器では死ぬことなんてないと分かっている俺でも、あの鋼鉄で出来た津波を見ているような大軍勢は、正直圧巻だった。


「……落ち着いてやすね。

 勝算はあるんで?」


「はは。勝たなきゃ死ぬ、それだけだろ?」


 気軽に告げる俺の声にゲオルグはギョッとした表情を見せる……が、まだ治らない折れた左手をさするだけで特に行動は起こさなかった。


「ふん。今回も敵前逃亡するつもりか?」


「やかましい。

 今さら逃げても行先なんぞないだろうが!」


 そんなゲオルグの様子を、バベルが半眼で睨みつける。

 だが、ゲオルグのヤケクソのような返事も、それはそれで納得できるものだった。


 ──そう。


 彼らサーズ族にはこの戦いに勝つ以外に未来なんぞありはしない。

 そもそも食糧は今貯蔵してある分全てを使い果たしても冬を越せるかどうか分からないほどの瀬戸際である。

 かと言って塩の砂漠に囲まれている現状では、逃げても塩漬けの干物になるだけだ。

 何しろ、今の居住区の水場を奪われれば、彼らにはもう水を得る手段が存在しないのだ。

 ……事実、前に逃げ出したらしいゲオルグは彷徨い歩き、水も食糧もなくして舞い戻ることしか出来なかった。

 廃神殿に逃げ込んだバベルたち一行も、俺が召喚されなければ、ただ干からびて死ぬのを待つだけだっただろう。


 ──つまりサーズ族にとって、すでに現状は背水の陣なのである。


 そうこうしている内に、敵さんの準備が終わったらしい。

 甲高い喇叭の音と共に、一〇〇〇を超えようかという大軍勢が一気に前進し始めた。

 陣形はバベルの予想した通りの密集型の方陣。


 ──ファランクス。


 種も仕掛けも策もない。

 ……ただ彼らの防御力と数を最大限に生かす形である。

 どうやら自分たちの数の優位を過信しているのだろう。

 べリア族の連中は、高所を取られると分かっていながらも正面の盆地をまっすぐに突っ込んできている。

 最短距離を突っ切ることで、小細工もろとも俺たちを圧殺するつもりらしい。


「では、破壊神さま。バベル殿、ご武運を!」


「ちっ。気の早い連中だ、くそったれ!」


「さて。暴れるとするか」


 敵の前進を見て、サーズ族の兵士たちはそれぞれ持ち場に戻る。

 と言っても、ろくな作戦なんざある訳もないが。

 俺が提案したのは「先手は俺に譲れ」というただ一つだけだった。

 ここ数日間考えた俺の頭には、あの軍勢を一方的に薙ぎ払うための策があった。

 その策を聞いたバベルは、俺の力を最大限に利用できるようにと、横一列になる横陣を敷いている。

 ちなみに俺の位置はその中心部の少し前側。

 ……敵の突撃を正面から受け止める場所らしい。


「……そろそろ、だな」


 残り三〇〇メートルほど……まだまだ矢も届かない距離に入ろうというところで、俺は隣に置いてある荷車に積んである大量の武器から、適当に槍を取り出す。

 そして、大きく振りかぶると。


「喰らい、やがれっっ!」


 全力で、それを敵陣に目がけて投げつけた。

 俺の放った槍は、人間の放つ槍としてはあり得ない速度であり得ない距離を吹っ飛んでいき、弓矢を構えようとしていたべリア族の前線にいた数名を串刺しにしていた。

 次の瞬間、べリア族の前線から矢が数本飛んでくるが、一〇〇メートルほどしか飛ばず、サーズ族の遥か手前に落ちる。

 ……届かないハズの距離からの攻撃に脅え慌てた彼らは、自分たちの射程距離すら見誤っているらしい。

 いや、通常の矢が射かけられただけならば、彼らはここまで脅えなかっただろう。

 元々が先手をこちらに譲るつもりで、まっすぐに盆地を突っ切ってきたのだから。

 

 ──あの盾と鎧で防ぎ切るつもりだったのだろうな。


 ……そのための重装密集陣形である。

 だが、俺が放った槍は彼らの盾も鎧も一切を貫通し、あっさりと屠る……まさに死神の一撃だった。

 べリア族はただの一撃で自分たちが不利な状況に置かれることを理解したのか、その進撃が止まってしまう。

 つまり……俺にとってはただの『的』でしかない、と言うことだ。


「まだ、まだっ!」


 そして、べリア族にとっては不幸なことに……俺の手元にある武器は槍一本で終わりではない。

 一方的に相手を踏みにじれる優越感に俺は笑みを浮かべつつも、荷車から今度は手斧を掴み……


「次、行くぜっ!」


 先ほどの槍と同じように全力で放り投げる。

 大きな弧を描いた手斧は、べリア族の誰かに当たった……と思う。


(あれだけ密集してりゃ、適当に投げりゃ当たるからな)


 次々と武器を手に取り、投げる。

 投げる。

 投げる。

 兎に角、力任せにただ投げる。

 何しろ武器はまだまだ大量に残っている。


 ──これらは、彼らべリア族が三日前の戦いで退却の際に捨てていった武器なのだから。

 

 そうしている内にべリア族は大混乱に陥っていた。

 整然としていた陣形はぐちゃぐちゃに崩れ、倒れた兵士に躓いて転んだ兵士を、他の誰かが踏み殺す……所謂地獄絵図である。

 ……それも仕方ないのだろう。

 バベルの話を聞く限り、彼らの戦術は基本的にワンパターンだったのだから。


 『重武装の兵士が遠くからは一斉に矢を射かけ、近づいたらその集団戦法で圧殺する』


 ──必勝にして確実絶対のワンパターン。


 だからこそ、俺というイレギュラーによってそれが崩れた時には……酷く脆かった。


「かかかっ」


 俺はその様子に笑いながらも、投げる。

 投げる。

 投げる。


 ──槍を、手斧を、戦斧を、剣を、棍棒を、曲刀を。


 そうしている内に、べリア族も覚悟を決めたのだろう。

 即座に陣形を魚燐……三角形の形に整えると、決死の覚悟で走り込んでくる。

 最前線で率いているのは、セレスとエリーゼ……馬に乗った二人の戦巫女だった。


「はははっ! 来やがった!」


 その美少女二人の勇姿に俺は笑う。

 笑いながら、投げる。

 今までのように適当に投げるのではなく、先頭の二人に狙いを定めて。


「「っ!」」


 勿論、戦巫女たちはそう甘くなく、当然のようにセレスは神剣で、エリーゼは神槍らしき武器で俺の投げた武器を弾き飛ばす。

 が、それでも俺の渾身の投擲だ。


 ──どう頑張っても体勢は崩れる。

 ──勢いは衰える。


 その怯みを狙い、俺はまたしても武器を投げる。

 防がれる。

 だが、遮蔽物もない盆地のど真ん中に彼らが位置する以上……俺の投擲で仲間が一方的に死んでいく様を、彼らは延々と見せつけられることになっていた。

 当然ながら、仲間が次々死んでいく様を見て平然と出来るほど、べリア族は冷酷ではなかったらしい。

 徐々に進撃速度は衰えてくる。

 その隙を狙って武器を投げる。

 防がれる。

 ……投げる。防がれる。

 そうして彼女たちは頑張っているが……弾かれた武器は後方の哀れな誰かに当たり、人が斃れる。

 その死者に躓いた兵士は、後方から必死に迫ってくる狂乱中の兵士に蹴られ踏まれ……内臓破裂か頸骨骨折か脳挫傷辺りでほぼ確実に圧死するだろう。

 ……それでも。


「ははははははっ。

 突っ込んできやがるっ!」


 それでも、戦巫女の率いる軍勢は止まらない。

 犠牲を出しながら、死者の上を踏み越えながら、徐々に俺の方へと迫って来る。

 そこへ、俺の背後に控えていたロト率いるサーズ族の弓兵が一斉射を放つ。

 もはや陣形を保つことで精いっぱいだったべリア族は、その一斉射に完全に怯んでいるのが俺にも何となく分かる。

 だが、それでも……戦巫女たちはただただ前進していた。


 ──この本陣にこそ突破口があると信じているのだろう。


「破壊神ンディアナガル! 覚悟っ!」


 そんな無茶苦茶な突撃の結果、先陣を切ったエリーゼ……俺にはあまり興味のない小娘が馬の脚あと数歩で俺にその槍が届く距離まで近づいてきていた。


 ──その時、だった。


「しまったっ?」


 小娘の背後でセレスが叫びを上げる。

 ……恐らく俺の背後から飛ぶ矢の数が、サーズ族の総数と比べると非常に少なかったことに気付いたのだろう。

 それもそのハズ、俺の背後には三〇人くらいしか残っていない。


「……ちょっと、気付くのが遅かったな」


 ちょうどその時。

 横陣の左右の端に位置取っていたバベルとゲオルグの二人が、両端から鋒矢の陣……矢印を描くような陣形を率いてべリア族の横腹へと突っ込んでいった。


「くっ?」


 エリーゼの後ろにいたセレスにはその重大性が分かったのだろう。

 正直なところ、まだ六〇〇は下回ってないだろうベリア族の兵士たちに比べ、突撃をかけたサーズ族の兵士は未だに満身創痍に近く、装備も貧弱だった。

 事実、俺の背後に弓兵を三〇残しているため、突撃をしかけた連中はたったの一二〇しかいない。

 それでも……恐怖に突き動かされ、無理な突撃に唯一の望みを抱くことで何とか精神の均衡を保っていたべリア族の兵士たちにとっては、それは凄まじい脅威だった。

 一瞬で統率が崩れたべリア族が、ほぼ無抵抗に陣を崩され打ち倒されていくのがここからだと良く分かる。


「エリーゼ! 早く救援にっ!」


「いいえっ!」


 慌てた様子のセレスの悲鳴に、帰ってきたのは妹分の断固とした否定の言葉だった。


「ここでコイツを殺れば、我々の勝利は揺るぎません!」


「……っ」


 その言葉に、慌てていたセレスも我に返ったのだろう。

 二人の戦巫女は静かな目で俺を見据えると、高らかに声を張り上げた。


「破壊神ンディアナガル!

 貴方の暴挙もここまでです!」


「我ら創造神ラーウェアの巫女がお前に引導を渡してやる!」


 二人の巫女が吠えると、二人がかりで俺へと突き進んでくる。

 ……が、しかし。

 今日は俺も戦巫女への対処法は考えてある。


「させるかよっ!」


 まだ残っている武器を投げる。

 投げる。

 投げ続ける。

 ……要は、近づけさせなければ良いのだ。


(どんなに強力な神槍だろうと神剣だろうと、当たらなければどうということはない!)


 俺は心の中で赤い彗星の如く叫びながら、一撃でも当たれば致命傷となる武具を次から次へと投擲し続ける。


 ──だけど。


(くっ。もう、武器がっ!)


 ……戦巫女はそう甘い存在ではなかった。

 荷車の上に積んであった百以上の武器を全て放り投げても……彼女たちに傷一つさえ負わせることは叶わなかったのだ。

 仕方なく俺は最後に一つ残った、いつもの戦斧を手に取り……覚悟を決める。


 ──戦巫女を打ちのめすために、怪我や血を厭わない覚悟を。


「小細工は終わりかしら?」


 戦斧を手に覚悟を決めた俺を見て、最前線の妹分の戦巫女がそう哂う。


「……小娘に用はない。消えろ」


「んなっ!」


 だが、俺は乳もろくにない小娘をこれ以上ハーレムに入れるつもりはなかった。

 以前この目に焼き付けた戦巫女セレスのおっぱいを一直線に見据え、エリーゼには見向きもしない俺に、未だに幼さの残る戦巫女は激昂して槍を手に一直線に襲い掛かってくる。


「ふざけるなっ!」


「かかっ!」


 怒りの余り一直線に神槍を突き刺してきたエリーゼの一撃を、俺は腹筋を締めて防ぐ。


 ──つぅっ。


 その凄まじい膂力と速度、そして神槍とやらの切れ味が……俺の腹を、その皮膚を確実に貫いたのが分かる。

 だが、覚悟を決めた俺は、その程度の痛みでは動じない。

 腹に突き刺さったままの神槍を素手で握り……


「てめぇに用はねぇっ!」


「ちょ、ちょっと……きゃああああああああああ!」


 そのまま神槍を渾身の力で持ち上げ、まだ槍を手放さなかったエリーゼをそのまま地面へと叩き付ける。


 ──如何に凄まじい膂力を誇る戦巫女だろうと、所詮は人間の、しかも女。

 ──破壊と殺戮の神と呼ばれるこの俺と力比べをして……勝てるハズもない。


 流石に衝撃の瞬間には槍を手放して受け身を取ったようだが……それでも破壊と殺戮の神と呼ばれ、それに相応しい膂力を得た俺の渾身の力は桁違いだった。

 地面に叩きつけらえた衝撃だけで、サーズ族にあれだけ恐れられていた白銀の戦巫女は完全に動きを止めていた。

 そこへ俺は戦斧でトドメの一撃を……


 ──叩き付け、なかった。


「ふん。乳もない小娘は下がってろ」


「な、なっ、なっ!」


 必殺の戦斧を紙一重で止めると、俺は相手にもしていないという風情でそう吐き捨てる。

 ……が、正直なところ、俺は額に冷や汗を浮かべていた。

 神槍を腹で受け止めたのは実のところ……単に反応出来なかっただけだった。

 それに腹筋で受け止めはしたが……彼女の膂力は尋常ではなく、腹に一センチほど突き刺さった感覚がある。

 幾ら覚悟を決めていたとは言え、刺されたところは無茶苦茶痛いし、ぬるっとした感触から考えて血が出ているのは間違いないだろう。

 つーか、怒りに任せてトドメを刺そうと戦斧を振ったのは良いんだけど、幾ら厄介な武器を持っていたとしても、脅えた視線を向ける小娘にトドメを刺せるほど俺は破壊神になり切れている訳でもなく。

 正直、数ミリの距離で止まってくれた戦斧に感謝したくらいである。


(しかし……コレ、どうしよう?)


 ついでに取り上げた神槍が非常に邪魔だった。

 今回も腹に突き刺され……まだ血が出てるくらいには痛い訳で。

 また使われると厄介だし、適当に放り投げても探し出して使われたら同じだし、へし折ろうにもあの強度じゃ俺の手の方が壊れてしまいそうだし。


「お、そうだ」


 結局俺は神槍を近くに転がっている塩の岩に全力で突き刺す。

 俺の膂力で突き刺さった神槍は柄の半ばまで岩の中に埋没してしまい……どう頑張ってもコレを力で引き抜くことは叶わないだろう。


(……これで、良しと)


 俺は一仕事終えて軽く息を一つ吐くと。


「さぁ、次はお前だっ! セレス=ミシディア!」


 神剣を手に妹分を助けようとしていた戦巫女へ、俺はそう叫んだのだった。


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