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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第六章 ~征左将~
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肆・第六章 第五話


 ──何だ、コイツ?


 敵将である周通(チョゥトン)と対峙していた俺は、困惑を隠し切れなかった。

 敵の武器は槍……それは分かる。

 相手の身長が凡そ一メートル七十程度とそう大柄という訳でもなく、着込んでいる鎧も鱗状の鉄板を革鎧に張り付けた一般的な代物、その手の槍も二メートルほどの直槍で、何一つ特筆すべきところもない平凡な兵である。

 ……だけど。


 ──何を考えてやがる。


 槍を四本も手に持っているのは、どう考えても尋常ではない、だろう。

 俺の戸惑いに気付いたのは、週通は手にしていた槍を手放すと……何故かその槍が虚空に浮き始める。

 ……いや、違う。

 ただ浮いているのではなく、見えない手によって操られているように……男の周囲を漂っているのが見える。


「え?

 ……あ?」


「ははは。

 では、『四槍(スゥチャン)』の週通、参るとするぞ?」


「~~~~っ?

 何なんだよ、それはっ!」


 三本の槍を中空で操りながら、一本の槍を両手で構え、次々と攻撃を繰り出してくる周通とかいう将の非常識さに、俺は思わず悲鳴を上げていた。

 今までも緋鉱石を操って火を出すとか、そういう魔術もどきみたいなのを目の当たりにしたことはあるし、科学力すら使わずにロボットが動くという非常識そのものを目にしたことはあった。

 さっき戦ったワニ使いも絵からワニを出すし、『燃鞭(ランピェン)』って王も鞭が燃えるという奇天烈極まりない存在なのは間違いない。

 とは言え、こんな……種も仕掛けもないあからさまな超能力者を前にすると、常人でしかない俺が思わずビビってしまうのも、まぁ、無理はないだろう。


「ちょこまかとっ!

 正々堂々と戦えっ!」


「アホかっ!」


 次々と襲い掛かってくる四本の槍を、距離を取ることで必死に避け続ける俺は……敵将の苛立ち交じりの怒声に対し、必死に反論を返す。

 実際、四本の槍が次々と襲い掛かってくるというのは、恐怖以外の何物でもない。

 袈裟掛け、唐竹、脚への突き刺し、腕への斬撃と、こちらが一手繰り出す時間に、四回の攻撃が放たれるのだ。

 幸いにして、コイツの槍の技量は普通の兵に毛が生えた程度ではあるが……それでも、俺の技量では食らわずに反撃を試みるどころか、ただ防御に専念するとすら不可能だろう。

 

 ──落ち着けっ!

 ──もっと変なヤツとだって、戦ったことあっただろうっ!


 俺は槍の間合いから逃げ続けながらも、冷静さを取り戻そうと内心でそう叫ぶ。

 事実、創造神ラーウェアは空間を自在に操って俺の攻撃を反転させて来たし、創造神ランウェリー何とかは紅の槍を虚空から現出させていた。

 ラーフェリリィはまともに戦おうとはしなかったが、因果律を操って人との出会いを演出したと言っていた。

 あの連中から比べれば、こんな槍を四つくらい使う程度、大したモノじゃないっ!


「──っ、うぜぇんだよっ!」


 結局、そう開き直った俺が選んだのは……武器破壊だった。

 手にしていた矛を袈裟掛けに振るい、こちらに迫ってきていた槍の二本を叩き壊す。


「馬鹿がっ!

 隙だらけだっ!」


 だが、そこまでだった。

 残った槍の二本が俺へと迫り……俺の首筋と腹とを貫、けない。


「……ぁ?」


 考えてみれば当然である。

 四本もの槍を操る姿を目の当たりにして完全に動揺してしまった所為か、手にしていた矛を使い、「如何に四本の槍を掻い潜って相手を斬るか」を考えていたので攻めあぐねていた訳だが……

 正直、普通の槍では俺の持つ破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を突き破れる訳もないのだから。


「……何なんだ、お前。

 刺さった、だろう?」


「さぁな。

 ……硬気功(イン・シィコン)とか言うらしいぜ?」


 目を見開く周通という名の将に向け、俺はそんな適当な言葉を返しつつ、自分に突き刺さった槍の切っ先を一本、握り砕く。


「さぁ、仕切り直しだ。

 一対一だ。

 正々堂々と斬り合おうぜ」


「……ああ。

 畜生。

 聞いてねぇぞ、こんな化け物がいるなんて……」


 脅された意趣返しのような俺の言葉に、敵将である周通は苦虫を噛んだような、何とも言えない笑みを浮かべ、そう呟く。

 その諦めが漂う、何処か投げやりなその笑みは……絶対に自分が勝てないことを悟ったから、だろう。

 それでも槍を捨てることなく、俺に刃向ってきたのは……将としての矜持、というヤツだろうか。

 そうして、周通の槍が俺の咽喉をまっすぐに捉えた次の瞬間に、俺の矛は敵将の胴を両断していたのだった。




「……さて、次は?」


「……なるほど。

 なかなかの力自慢と見える。

 だが、この宋万(ソンモォ)に勝てるかな?」


 変な槍使いを屠り、血と臓物の匂いに眉を顰めていた俺の前に現れたのは……宋万とか名乗る巨漢だった。

 その手には身体を遥かに超える巨大な金属製の棍で、直径も五十センチほどはあり……恐らく人間の膂力では扱いきれない代物だろう。

 それを軽々と操る男を前に、俺は手にしていた矛を握り直す。

 その時、だった。


「よぉ、相棒。

 面白そうなことをやってるじゃないか」


 いつの間に近づいてきたのだろうか。

 俺の相棒を自称する(チェン)のヤツが、背後からそんな声をかけてくる。

 その手には矛をしっかりと握りしめていて……気軽そうな物言いの割には、見学に来ただけのつもりはないらしい。


「って、おい。

 何をしに来たんだ?」


「……ちょっと腹ごなしの運動に、な」


 俺の問いに返ってきたのは相変わらずやる気のなさそうな声だったものの……その足運びから見るに、かなりやる気が入っているように思える。

 実際のところ、背後を振り返っても俺たちが出てきた左扇(ツォシャン)の城は、しっかりと城門を閉めていて……あそこから出てくるには、十メートル近くはある城壁の上から飛び降りなければならないだろう。

 ……つまりが、この相棒を自称するアホは、それくらいの身体能力は軽く持ち合わせている、という訳だ。


「愚かなっ!

 我らはこれでも小国の王だった者っ!

 『雷帝(レイディ)』陛下に敗れ、膝を折ったが……あの御方は別格っ!

 貴様如き、一撃で粉砕してくれるわっ!」


 そして、敵将である宋万は堅の飛び入り参加を歓迎はしない様子だったものの、他の将も動こうとはせず……どうやら一対一でやり合うのなら、格下の挑戦程度、受けて立つのが当然と思っているらしい。


 ──王、だと?


 同時に、俺は気付く。

 この敵将たち全員が、一国の王……『燃鞭(ランピェン)』と同格の異能者という事実に。

 確かに言われてみれば、ワニを出したり槍を宙に浮かしたりと、色々な曲芸を使っていた。

 あの燃鞭と比べればその異能は大したことはなく……恐らくは王の間にも、明確な力の差というものは存在するのだろう。


 ──いや、違うか。


 考えてみれば、突如現出したワニも、四本同時に操られる槍も……常人にとっては攻略のしようがない、絶望的な力の差となり得る異能である。

 幸いにして、俺の持つ破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能と比べると相性が良く、両方とも楽勝だった訳だが。


 ──つまり、ここにいる連中は……


 全員が、王……即ち、並の兵では太刀打ちすることすら叶わない、絶望的な異能を持つ化け物たちだ、ということだ。


「お、おいっ!

 堅っ!

 幾らお前でも、無茶だっ!」


「……あ~、はいはい」


 俺の忠告を、相棒を自称する男はそう適当な声であっさりと遮り、敵将である巨漢の前へと歩いて行ってしまう。

 ……そうなれば、流石の俺でも止めようがない。

 この世界での一対一の決闘は絶対で……そして本人が自ら戦いの場へと赴いているのだから。


「じゃ、行くぞ?

 ……負け犬」


「名乗る名もない、雑兵がっ!

 抜かしおったなっ!」


 堅の軽い挑発に、宋万は肉食獣のような凶暴な笑みを浮かべると、その手にしていた棍を渾身の力を込めて大きく振りかぶり……

 次の瞬間、踏み込む様子すら見えなかった堅が、いつの間にか矛の届く間合いへと滑り込んでいて……


「……ぁ?」


「……へ?」


 その光景を見た俺は、敵将宋万と同じく間の抜けた声を出すことしか出来なかった。

 何しろ、堅は飛び込む動作すらしていなかったのだ。

 なのに、気付けば一メートルほどの距離をあっさりと潰し、自分の間合いへと入り込んでいる。


「ぅ、ぅおおおおおおおおおっ!」


「……遅ぇよ」


 そして、ほぼ同時に放たれる棍と矛……だが、動揺している宋万と、完全に自分のタイミングで斬撃を放った堅の一撃が同じ速度の筈がない。

 堅の矛は、あっさりと宋万の両腕を切り裂き……金属製の棍は腕と一緒に宙を舞う。


「き、きさまぁああああぁぎっ!」


「……ほい、終わり」


 両腕がなくなったというのに、腕を叩きつけようとした敵将を褒めるべきか、それとも宋万の起死回生の悪足掻きを見ても眉一つ動かさず、むしろ予期していたような動きその首を断った堅のヤツを褒めるべきか。

 そうして、頭部をなくした巨漢の首から鮮血が吹き出した、その直後のことだった。


「っ、うぉっ?」


 宙を舞ったままだった宋万の棍が地面に落ち……轟音と共に凄まじい爆発を起こす。

 どうやらコイツは、そういう……武器に爆発をまとわせる異能を持っていたらしい。


 ──もし俺がコレを食らったら、一体どれほど痛かったことか……


 そして、自分にはこの巨漢の一撃を鮮やかに回避する機動力も、受け流す技量すらも持ち合わせていない。

 その事実に思い当たった俺は、密かに顔を青くして、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。


「……やべぇ。

 当たってたら、即死だったな」


「……お前な」


 その棍の爆発を見て、俺と同じ感想を抱いたのだろう。

 今さらながらに、相棒のヤツがそんな情けない言葉を吐き出す。

 俺はその声に脱力を隠せなかったものの……それでも、この相棒の凄まじい技量を再確認することが出来た。


「……堅。

 お前、一体何者だ?」


「お前の相棒だよ、皇帝(ファングィ)

 まぁ、取りあえず俺の力が王に……『神果(シェンクォ)』を食った連中に通じるのは分かった。

 後は寝るから、残り、適当に片づけておいてくれ」


 結局、堅はそう言い捨てると、さっさと砦の方へと歩いて行ってしまう。

 相変わらずマイペースで、何を考えているか分からないヤツではあるが……


 ──強い。


 今の一戦で、それだけは確信出来た。

 少なくとも小国の王と同等以上の戦力を持ち、だけど野心を持とうとはせず……ただ女を侍らして寝てばかりの、クズ野郎。

 まぁ、相棒と呼ばれているし、特に実害もないから放っている訳だが……よくよく考えると謎以外の何物でもないヤツである。


「……何だったんだ、あの男。

 加勢に来たんじゃないのかい?」


「……ああいうヤツなんだよ。

 ええと、次の相手はお前か?」


 さっきの戦いで気が抜けたのだろう。

 何処となく覇気が感じられない様子で、次の相手が声をかけてくる。

 そして俺自身も何となく気が削がれたこともあり……矛を構え直しつつも、今一つ気が乗らない声で、そう尋ねてみる。


「ああ、自分の名は一軍を率いる宋清(ソンチン)という。

 では……いざ、尋常に」


「勝負、だな」


 一軍を率いる将であるこの宋清という男は、直剣を一本携えただけという、中肉中背の……あまり強そうな雰囲気のない男だった。

 だからこそ……恐ろしいとも言える。

 何しろ、コイツら……王が持つ異能は、外見だけではどんな能力かすら分からないのだから。


「あ、そうそう。

 自分の能力は、対比(トィピ)というんだ。

 自分の戦力を百として、相手の力を図れるという能力でね。

 『雷帝』陛下に出会った時は、すぐさま降伏したんだ。

 だからこそ、最古参の将として、一軍を任されているって訳さ」


「……便利だな」


 宋清という敵将は、直剣を正眼に構えながら、ゆっくりと俺との距離を詰めつつ、気楽な様子でそう語りかけてくる。

 俺はその情けない筈の降伏譚を誇らしげに語る男を半眼で眺めながらも……間合いに入った瞬間、矛を薙ぎ払えるように、右肩に担いだまま待ち構える姿勢を取っていた。


「ちなみに、さっきの男は百十五。

 ……正面から戦うとヤバかったんだよね、実は。

 ま、その程度の差だったら、幾らでもやりようはあるんだけど」


「……へぇ。

 なら、俺は?」


 舌戦を仕掛けているつもり、なのだろうか。

 宋清は静かにそう語りかけながらも、俺の方へと徐々に近づいてくる。

 俺は俺で、軽口に乗る振りをしつつ……近づいてからのカウンターを狙って待ち構えているところである。

 今までの戦闘で実感していることではあるが……この世界の連中と技量を競っても、俺の素人剣法では相手にすらして貰えない。

 だからこその「待ち」、だからこそのカウンター狙いである。

 それを知ってか知らずか……男は静かに言葉を続けた。


「……十七。

 正直、こんなヤツが一騎駆けなんて、正気を疑うよ。

 よほどハッタリが上手いんだろうね。

 もしくは、その硬気功(イン・シィコン)で相手が驚いたところを狙うことに特化して……」


「正解だっ!」


 完全に見切られた気がした俺は、すぐさまカウンター待ちを放棄し、そう叫びながら右手の矛を横薙ぎに振るう。

 だけど、その挙動すらも見切られていたのだろう。

 宋清は後ろに一歩下がるだけで、矛の射程圏外へと身を逸らし……次の瞬間に、こちらへと突っ込んで来た。


「……くっ」


「ああ、言い忘れてたけどね。

 自分が読めるのは、ただ戦力比だけじゃない。

 異能とは関係なしに、予備動作から次の攻撃を大体読めるのさ」


 慌てて矛を引き戻した俺は、脳天をかち割るべく振り下ろされた直剣を何とか防ぐことに成功したものの……宋清がそのまま剣に体重をかけて来た所為で、鍔迫り合いのような体勢に持ち込まれてしまう。

 不意打ちの斬撃を防がれても慌てることもない、敵将の声を聞いていると……まるで「こうなることを予期していたような」気になってくる。

 その所為か、俺は「何をしても読まれている」という悪い予感に身体を縛られ……膂力任せに相手を弾き返すことも出来ず、そのままの体勢から動けずにいた。


「だから、さ。

 これでお別れだ。

 君の技量ではこの状況からの一撃を避けることなど……」


 そして、次の瞬間。

 宋清の全身の筋肉が盛り上がり、恐らくはコイツがこの状況から何度も勝利を得たのだろう、必殺剣が放たれようとした……その時のことだった。

 冥土の土産とばかりにそう語り続けていた宋清は、突如目を見開き……そのまま硬直して動かなくなる。


「……どうした?」


 さっきまでぺらぺらと口上で人様を惑わし、ペースを握っていた男がいきなり停止したことを不思議に思った俺は、何となくそう問いかけてみる。

 正直な話……こうして果し合いをしながらも、俺だけは「命がかかっていない」からこそ、そんな余裕があったのだろう。

 そのまま十秒ほど鍔迫り合いの体勢のまま固まっていたところ……敵将宋清がようやく再起動を果たし、何故か俺の頭上を眺めながら、ブツブツと何かを呟き始めた。


「馬鹿な、なんだ、コイツ。

 二億六百一六万、八千五百……

 いや、まだ増え続けている、だと?」


「……ぁ?」


 眼前の男が呟いたその言葉の意味を……俺はすぐには理解出来なかった。

 だけど、三秒ほどの時間を経て、ようやく気付く。

 コイツの持つ対比という異能が……俺ではなく、俺と重なった存在である破壊と殺戮の神ンディアナガルを計った数値なのだろうと。


「さっきは、何で……いや、存在が重なる?

 人間に、そんな真似は……増えること自体、あり得ない。

 いや、だけど……」


「……おい?」


 とは言え、流石に神そのものを数値という形で直視したのは拙かったのだろう。

 宋清という名の敵将は、完全に焦点が合わない目で俺の頭上を見つめ続け……誰に聞かせるでもない独り言を延々と続ける。


「ひぃ、ひぃいいいいいいいぃぃっ!

 こんなっ……勝てるっ、訳、ないっ!

 ば、ば、化け物だぁあああああああっ!」


 そして、止める暇もなく、そんな悲鳴を上げ始めたかと思うと、鍔迫り合いの体勢からバックステップで背後へと飛び……


「こんなっ、化け物にっ!

 食われる、くらいならぁあああああああああああああああっ!」


 まるで発狂したかのように、いきなり裏返った声で凄まじい悲鳴を上げたかと思うと……そのまま手にしていた直剣で、自分の咽喉を掻っ切ってしまう。


「……あ?」


 真紅の液体が周囲へと飛び散り、自分の服にまで飛び散っていくのを眺めながらも……俺はただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった。

 前にもこういうことがあったが……俺の正体を知った連中は何故、こうして自害してしまうのだろう?

 俺はただ、普通の……いや、ちょっと強い人間としてこの世界で人を救いたいというだけなのに。


「っ、宋清(ソンチン)のヤツが、どんな化け物を見たのかは知らぬが……

 二軍率いるこの項充(シャンチョン)っ!

 たかが小領の将如きに後れを取る訳にはっ!」


 残った最後の一人である項充とかいう男は、鏢とかいう短剣っぽい投擲武具を手にしつつ、そう叫ぶ。

 ……だけど。


「辞めよ。

 そなたまで死ぬ必要はあるまい」


 必死の形相を浮かべる項充の背後から、そんな声がかけられる。


「……『雷帝(レイディ)』、さま」


「……ふん。

 まさか『黒剣(ヘイチェン)』以外と戦う前に、また(わらわ)が出ることになろうとはの。

 あの无命(ンーミン)公主(コンツゥ)に対抗するためとは言え、景気付けとして最初の一戦に出てみたのが、祟ったかの?」


 壮絶な宋清の死に意識を奪われて気付かなかったが……項充の背後には、いつの間にか真紅の鳥車が止まっていた。

 そして……

 その中からゆっくりと、金糸と黒糸の刺繍を散りばめた、真紅の優雅な衣装を身にまとい、頭の上部でまとめられた黒髪に黄金の髪飾りをつけた、一人の女性が地へと降り立つ。

 美人、と言うべきなのだろう。

 俺のストライクゾーンから言うと、少しばかり歳を取り過ぎている感はあるものの、映画の俳優としてまだ十分通じるだろうこの女性こそ……世界を牛耳っている『四帝(スゥディ)』の一人、『雷帝』、だと思われる。


「生憎と……今は時間が惜しいのじゃ。

 構ってやれずに済まぬが、死んでたもれ?」


 俺に向けて『雷帝』が告げた言葉は、そんな簡単な一言だった。

 殺意も怒気もない、本当に「ただ必要だから」と害虫を潰す時、形式的に詫びたというだけの……何の感情も込められていないその声が放たれた、次の瞬間のことだった。


「ぐ、ぐがぁああああああああああああああああっ!」


 視界が突如、白い輝きに眩むと同時に……俺の身体を、耐え切れないほどの激痛が襲ったのだった。


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