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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第六章 ~征左将~
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肆・第六章 第三話

「砦を明け渡せだとっ?

 左扇(ツォシャン)は、この関勝(クァンシェン)が『黒剣(ヘイチェン)』陛下より賜った土地っ!

 新参者にくれてやることなど、出来るものかっ!」


「……報連相どうなってんだ、この世界」


 数日の旅路の果てに、王より与えられた城へとたどり着いた俺を待っていたのは……槍を持つおっさんの、そんな叫び声だった。

 俺は以前に何かの授業で聞いたことのある……聞いたことがあるだけで別に使ったことはない、報告・連絡・相談という社会人必須らしき三概念を思わず呟いていた。

 まぁ、実際のところ、『黒剣』側が連絡を怠ったというよりも、眼前のおっさんがその連絡を握り潰した、という可能性の方が高そうだが。


 ──んで、力ずくでかかってくると。


 鳥の背に乗り、槍を構えて突っ込んでくるおっさんを眺めつつ、俺は内心でため息を吐いていた。

 幾ら王の命令書を持っていたからと言っても、相手を腕力で叩き潰せば下剋上が成る世界である。

 もしかしたら、コイツはそうやってこの地位を……『黒剣』有数の穀物庫と呼ばれるこの左扇の地を延々と守ってきたのかもしれない。

 おっさんの部下たちも王の命令に逆らうことに対して拒否感などないらしく、三百余りの兵たちが敵将である関勝を先頭として、一斉に錐形の形で突っ込んで来る。

 ……だけど。


 ──相手が悪かったな。


 俺は槍持ちである(ロー)の手から、適当な獲物……蛇鉈を掴むや否や、弓矢や槍を構えようとする部下たちをその蛇矛であっさりと制し……

 躊躇うことなく鳥車を飛び下りて、たった一人、前へと進み出る。


「馬鹿かっ!

 一騎駆けなど、正気の者が行う戦術ではないわっ!」


「……ははっ」

 

 こんな脳筋世界の住人に正気を疑われるという、あまりにも不名誉な事態に、俺の口からは思わず乾いた笑いが零れ出ていた。

 尤も……今始まった戦闘は、自陣の土地を取り合うという、言ってしまえば完全に無益極まりない戦闘でしかない。

 だが……そんな無益な戦闘でも、犠牲は出る。

 ……俺の、部下たちが、傷つき死んでいくのだ。


「その首、貰ったぁああああああああっ!」


「やらせるかよぉおおおおおおおおぉわぁっ!」


 関勝の叫びと、迫りくる槍の切っ先に、俺は思わずそう叫びを返すと……蛇矛をただ膂力に任せ、横一文字に薙ぎ払う。

 その時に、つい感情的になったのがいけなかったのだろうか。

 俺の握力はあっさりと蛇矛の柄を握り潰し、その切っ先は予想もしていなかった軌道を描きながら、明後日の方角と吹っ飛んでいく。

 とは言え……その切っ先は俺の俺の渾身の力が込められていたのだ。

 音と衝撃波は、その飛行物体の後から響いてきた……気がした。

 その切っ先は、飛んで行った後から音と衝撃波が響いてくる……ような気がするほど、とてつもない速度で空を切る。

 その化け物じみた速度で空を飛ぶ凶器は、数人の兵たちの胴をぶった斬ったばかりか、その最初に斬られた兵の上半身が、また別の兵へとぶつかり……まるでボーリングのピンのように兵たちをかき分けながら吹っ飛んで行った。


「……あ」


 その思いもよらない事態を目の当たりにした所為で、俺の手の中に残っていた柄も、ついすっぽ抜けてしまい……

 その所為か、木製の鈍器は全く予期していないタイミングで、先頭を走っていたおっさん……関勝の胴へと吸い込まれて行く。


「ごっ?」


 一軍の将であるおっさんでも、蛇矛がいきなりへし折れ、柄が自分の方へと飛んでくるという事態は予想していなかったらしい。

 完全に不意を突かれる形になったその一撃を、既に攻撃動作へと移っていたおっさんは防ぐことも避けることも出来なかった。

 関勝という名の将は、胴に柄の直撃を受け、そのまま頭から落馬……落鳥してしまう。

 そして、びくんと一度痙攣しただけで……あっさりと動かなくなってしまったのだった。


 ──あ~あ。


 大の字になって動かなくなったその姿を見た俺は、何となく物悲しくなり……思わずその遺体に手を合わせていた。

 何しろ、このおっさんは将である。

 身体を鍛え、槍術を鍛え、鳥に乗る技量を鍛え……何年間もそれを続け、他者より強くあり続け、将であり続けた男が、ほんの一瞬だけでも不意を突かれてしまえば、あっさりと落鳥して命を落とす。

 その事実を、あまりにも「勿体ない」と俺が感じても……そう不思議はないだろう。


皇帝(ファングィ)様。

 残党は如何いたしますか?」


「……勝敗は決した。

 降伏する者は配下へと加えろ。

 後は、任せる」


 副官である(ツー)の言葉にそう告げると、俺は残りの残党に目を向けることも、そのまま武器一つ手にすることもなく……敵陣の中をたった一人で歩いていく。

 幸いにして、一合すらも打ち合うことなく敵将を斃した俺に襲い掛かってくる馬鹿は一人もおらず。

 結局、蛇矛の一振りによって、左扇の地は俺の領土となったのだった。




 そうして左扇の地を手に入れた俺は、私室のベッドに寝転がり……ため息を吐く。


「……やることがねぇ」


 ……そう。

 征左将としてこの左扇の地を支配するというのは、実に暇な仕事だったのだ。

 城へと着くなり、(ツー)のヤツが張り切って文官たちを統率すべく走りだし、慈のヤツは軍勢の指揮系統をまとめると言って出かけていき……

 結果として、俺の仕事はあっさりとなくなったのである。

 一応、俺としてはそれなりに働く気はあるのだが……生憎と肝心の仕事が手元にない。

 と言うより、前々からの家臣である諸や慈、槍持ちである魯、そしてあの村から付いてきた餓鬼共以外、誰一人として、この部屋には近づいてこないのだから、仕事どころか会話すらする相手すらいない

 だからこそ今、この部屋へと聞こえてくるのは、城の外で訓練をしている兵たちの声や、同じく城の外で奴隷たちが荷物を運んでいる声などの、遠くの音であり……この部屋の周囲には全く人の声どころか、衣擦れの音すらないのが実情だった。


 ──直訴とか、ありそうなもんだがなぁ。


 思ったよりもつまらない征左将としての仕事に、俺は一つ大きな欠伸を吐いていた。

 部下たちが死ぬのは、ゲームで言えば頑張って育てたユニットが消えるようなもので、はっきりと「勿体ない」と言えるし、そのためには出来るだけ無駄な戦いは避けようと思うのだが……かと言ってこう退屈だとこっちの精神が死んでしまう。


「……また戦争でも、起きないかなぁ」


 俺が小さくそう呟いた、その時だった。

 パタパタと小さな足音が響いてきたかと思うと、俺の部屋のドアがいきなり開かれる。


(ファン)っ!

 ごはんつくってきたっ!」


「たべよっ!

 ほら、そっちあけて!」


「……またお前らか。

 まぁ、良いんだが」


 結局のところ、俺の部屋に仕事以外の用事で足を運んでくるのはコイツら餓鬼共だけなのだ。

 俺はため息を吐きながらも、言われた通りに机を並べてやる。

 ちなみに、正妻を自称する(チィ)ですらも、女官を潰したあの一件からか、俺には近づこうとはしなくなっている。

 こちらから声をかけようにも、現代日本では友人すらいなかった俺では、その切欠すら掴めず……彼女とはアレ以来、一言も会話を交わしていない。


「はい、ごはん。

 ちゃんとたべてよね」


「……また、コレか」


 そう言って(リァン)が差し出してきたお椀は、何かの肉と小麦粉の塊……(ミェン)を一緒に湯がいた代物である。

 幸いにして、征左将となったお陰か、食料品や調味料である塩は幾らでも使えるようで……ここ最近の食事は、子供たちが作った割には「それなりに食える代物」へと近づいていた。

 尤も、現代日本で食べていた料理たちには遠く及ばない……まさに及第点にも達さない残飯としか思えない味ではあったのだが。

 しかし……


 ──この肉、何だったっけか。

 ──どっかで食った記憶も……


 何となく記憶を探りつつも、俺は食事を口に放り込み続ける。

 実際のところ、食事というより食餌という感じの作業は、一瞬で終わり……とは言え、こんな食事でも餓鬼共は満足したらしく、そのまま大の字になってひっくり返る始末である。


「ふぃ~、まんぷくまんぷく」


「まいにち、おいしいってしあわせだね。

 皇のおかげ」


「そういえば、皇。

 これから……その、どうするの?」


「……あ~」


 一人だけ冷静なままだった(リァン)の問いに、俺は思わず天を仰ぐ。

 実際のところ……征左将となったのは良いものの、今後の展望という奴を俺には全く持っていなかったのだ。

 地続きの場所であれば、こちらから攻め込んで手柄を立てるなり、領土を広げるなりと好き放題出来るものの……この世界は浮島の上で生活をしていて、攻めるも守るも島の動きに任せるしかない状況である。


「まぁ、しばらくは暇、なんじゃないか?

 とりあえず、戦争もないだろうし……」


「そうです、か。

 なら、ゆっくりできますね」


 俺の返答を聞いて、鈴は嬉しそうに少しだけ微笑み……その笑みが少しだけ大人っぽくなった気がして、俺は思わず見とれてしまう。


「なん、ですか?」


「……いや」


 尤も……そうしてじっと見てみれば、やはり幼女に毛が生えたくらいの少女でしかなく、俺はすぐに目を逸らすこととなったのだった。




「よっ……やってるか?」


 食事を終えた後。

 相変わらず暇だった俺は、近くにあった(ツー)の執政室へと足を運んでいた。

 丸めた木簡があちこちに散乱し、墨の匂いが鼻を衝く室内には、文官たちがドタバタと右へ左へと走り回り……

 何故か、俺が足を一歩踏み入れて声をかけた途端に、全員がその場に跪き……騒がしかった室内は突如静まり返っていたが。


「こ、これは、皇帝様っ!

 如何いたしましたかっ!」


 俺の存在に気付いたのだろう。

 諸の奴が酷く慌てた様子で、義足を器用に動かしながら駆け寄ってくる。

 他の連中は雷が自分の頭上に落ちないことを必死に祈るかのように、頭を垂れたまま動こうともしない。

 ……いや、ガタガタと脅えたように身体を震わせている奴らならいるようだが。


「……そう大した用事でもないんだが……

 今後の予想を、相談したくてな」


 そんな文官たちの様子に気付いた俺は、諸に顎で付いてくるように示し……すぐさま部屋を出る。

 ……流石の俺でもあの緊張感の中、暇潰しがてら、餓鬼共と会話をするために情報を仕入れに来たとは言い難い。

 尤も、俺の適当な言い訳はそう変な話ではなかったらしく……諸のヤツはソレについて追及しようとはしなかったが。


「……あ~、その。

 上手くやっている、みたいだな?」


 人気のない……脅える人が周囲にいない廊下の隅へと辿り着いた俺は、世間話がてらにそう尋ねてみる。

 実際、諸のヤツは李逵(リィクィ)配下の文官や、この城に常駐していた文官共を取りまとめ、上手くやっている印象が強かったからこその問いだった。


「いえ、流石は『黒剣』の食糧庫と言われた左扇の地。

 私よりも遥かに才のある者は幾らでもいます。

 ただ、皇帝様への報告を一手に任されたが故に、彼らの長としての務めを果たすことになっておりますが……」


 だけど、その問いに返ってきたのはそんな……身も蓋もない答えだった。

 要するに、あの非力な文官共が俺に脅え……だからこそ、この諸のヤツを上官として、地位を譲ることで、自分たちに俺の雷が落ちないよう、保身を図っているらしい。


 ──まぁ、謙遜も入っているんだろうが……


 とは言え、それはコネや裏口入社……むしろ天下りの口利きやら何やらと変わらない気がして、何となく悪事に加担している気分になった俺は、無意識の内に口を尖らせていた。

 尤も、だからと言ってこの世界の仕組みにそう詳しくもない……それどころか、元の現代日本でさえも社会システムにそう詳しくなかった俺が、その人事が間違っているなどと強弁出来る筈もなく……

 

「ええと。

 今後の予想、ですよね。

 あくまでも、手元の資料に目を通した上での、私の予想ではありますが……」


 明後日の方角を睨み付けている俺の内心を知ってか知らずか……諸の奴は部屋を出る前の俺の問いに対し、そんな前置きを加えつつも、答えてくれた。


「まず、この『黒剣(ヘイチェン)』も『血風(ツェフォン)』と『燃鞭(ランピェン)』を併合し、そろそろ大きくなってきています。

 ですが、『四帝(スゥディ)』と争うにはまだ力不足……

 恐らくは、小領をもう二・三ほど併合し、それから領内の兵を総動員出来る体制を整え……その後にようやく『四帝』へ対抗策を考える頃合いだと考えますが」


 虚空を睨みながら放たれた諸の答えは、俺に聞かせるというよりも、自分の中の答えを整理しつつという雰囲気だった。

 だから、という訳ではないが……その答えを聞いたところで、俺には状況がさっぱり理解出来ない。

 前に『黒剣』のところで耳にしたその『四帝』という単語は、征左将に命じられたあの場所では、尋ね辛い空気が形成されていたこともありスルーしていた訳だが。

 しかも、この世界では文字すら読めない俺は、自分で調べる伝手すらない訳で……幸いにして今は眼前に物知りがいてくれる。

 それでも多少は沽券に係わると、少しだけ悩んだ俺だったが、結局は素直に尋ねるという選択肢を選ぶことにする。


「その、『四帝』って何なんだ?」


「え……ぇ、ああ。

 この世界で、その、最も強大な浮島を支配する、最強の存在です。

 『氷帝(ビンディ)』『雷帝(レイディ)』『河帝(フォディ)』『空帝(クンディ)』。

 全員が神より『神果(シェンクォ)』を与えられた王の中の王であり……目をつけられれば終わりとも言われる、絶望の体現者でもあります」

 

 どうやら、それはこの世界の常識とも言える言葉だったらしく……俺の問いを聞いた諸のヤツは、珍しく珍獣を見るような視線をこちらへと向けてきたものだが、それでも俺の問いにしっかりと答えを返してくれた。


「しかも、その四者が睨み合って動けないこの隙に、出来るだけ力を蓄えようと、小国の争いが激化しているのが現状なのです。

 こちらとは行動圏が違い、詳しい情報は入ってませんが……无命(ンーミン)公主(コンツゥ)なる者が次々と小国を併合し、一国だけ抜きん出ているとの情報もあり、予断は許さない状況と言えます」


 要するに、我らが住んでいる『黒剣』は、世界レベルで見れば、かなりの弱小国家であり……四つの強者の間でこそこそと力を蓄えているのが実情、らしい。

 だからこそ、今必死で四帝と並び立とうと戦争を吹っかけまわっているのだろう。

 考えてみれば『燃鞭』も考えなしに攻め込んできて、幾らなんでも脳筋が過ぎると思ったものだが……アレはアレで、世界情勢に追い詰められて乾坤一擲の特攻を仕掛けてきた、という訳なのだろう。

 

「なら……俺たちはこれからどうするべきだろうな?」


「雲の動きから察するに……恐らく今頃、王は征右(ツュンユォ)(シァン)を率いて何処かの小領と戦闘中だと思われます。

 『黒剣』陛下も時間がないことを察しておいでなのでしょう。

 ですが……我らは先の戦いで第一線を務め、それ故に傷ついております。

 今は休息を取り……兵たちの怪我を癒しつつ、軍の再編を行うべきではないかと愚考致します。

 王からの命令がないことも、休息の時間を与えられたと解釈してよろしいかと……」


 続けての俺の問いに対しても、我が管事(クァンシィ)はそれほど悩むことなく、そう答えてみせる。


 ──なるほど、な。


 言われてみれば確かに、俺は無傷で疲労すらも感じていないものの……兵たちは幾度も戦闘に駆り出され、無傷だった連中の方が少ない有様だった。

 幾らこの世界の住人が脳筋の戦闘民族であるとは言え……十分な休息もなしに力を発揮することなど、出来る筈もない。

 そういう意味では、今、「暇で暇で仕方ない」というのは正しい表現ではなく……「身体を休めるために、暇をしていなければならない」と表現するべきなのだろう。

 

 ──なら、もう少しくらいゆっくりしても……


 諸の言葉を聞いた俺が、そう肩の力を抜き……


 ──せっかくの休暇なのだから、あの餓鬼共と少しばかり遊んでやっても良いかも、な。


 そんなことを考えた……まさにその時だった。


「こ、こちらにいられましたかっ、皇帝(ファングィ)様っ!

 伝令が参りましたっ!」


 全裸……に腰布一枚巻きつけただけの、かなり見苦しい青年が、俺のもとへと走ってきたかと思うと、すぐさま跪いてみせる。

 その全身は汗にまみれ、肩は荒々しく上下し……青年はかなり疲労しているように見えた。


「何の用だ?」


「最左の砦より、救援要請ですっ!

 今し方……『雷帝』の軍勢が、我らが『黒剣』へと上陸しましたっ!」


 その青年……恐らくは伝令役の青年が放った一言によって、俺が脳内で描こうとしていた休暇予定は、一瞬で全てが吹き飛ぶことになったのだった。


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