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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第六章 ~征左将~
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肆・第六章 第二話

 そうして姫様を連れて砦の外……俺が壊した所為で修理中の門のところまで歩くと、そこには俺の部下たちが待ち構えていた。

 数日前の戦闘による負傷がすぐさま消える訳もなく、まだ包帯を巻いたままの連中もいるのだが……完全に勝利したお陰か、どの顔もそう暗くはない。


皇帝(ファングィ)様。

 兵員、全てを集め終わりました」


 そう叫んで兵たちの前に立ったのは我が副官である(ツー)であった。

 その身体のあちこちに先の戦い以外の新しい傷が付いているのは……恐らく、俺と同じように副官の座を奪おうと挑戦されたんじゃないかと推測される。

 相変わらず無秩序極まりない、というか独自のルールを理解したくないこの世界だが、それでも顔見知りが生きてこうして俺の前に立っているのだから、あまり深く考えないようにするべきなのだろう。

 その慈は矛を手にしたまま、直立不動の姿勢を保っている。

 背後にいる兵たちは、凡そ三百ほどで……多分、この前の戦争で減った分が補充されている気がする。

 まぁ、その辺りはコイツがいろいろと調整してくれたのだろう。

 その背後には、槍持ちを務めている(ロー)の姿も見えた。

 俺用と思われる、普通の兵ならば振るうことすら出来ない巨大な武器を、幾つも背負っている。


「こちらも、兵糧と財、全てを積み終わっております。

 一覧は、この表をご覧下さい」


 そう言いながら巻いた木簡を手に前に進み出てきたのは古傷だらけの義足の男……俺の管事(クァンシィ)である(ツー)だった。

 コイツは流石に力ずくでどうのこうのがないらしく、背後に文官っぽい連中や奴隷……労働用の連中を引き連れている。

 背後には幾台もの馬車……鳥車が連なっており、どうやら俺の、というか俺が殺した、この砦を支配していた巨漢が集めていた私財を運び出してくれるらしい。


 ──思えば、偉くなったもんだなぁ。


 いきなり『血風(ツェフォン)』に喚び出された挙句、戦奴扱いされて首輪をハメられ……そこから逃げ出した頃を思い出し、俺はあの時の首輪をいじりながら、内心でそう呟く。

 この連中や財産だって、別に欲しくて手に入れた訳ではないのだが……こうやって一列に並べて眺めてみると、何となく感慨深いから不思議なものだ。


「……よぉ、相棒」


「お前は、相変わらずか」


 そんな食糧や武器、財宝などの物資を乗せた鳥車が数台並ぶ中、刺繍や飾りのついた一番豪華な屋根つき鳥車の中には……相棒を自称する(チェン)が乗り込んでいた。

 その周囲には、あの村から連れてきた餓鬼ども五人と、堅の愛人も一緒である。

 相変わらずやる気のない態度で、隙だらけではあるものの、さり気にヤツの近くに立てかけられている矛は血に染まっており……周囲の兵や奴隷たちが「あのふざけた態度を崩さない男に、視線を向けようともしない」ことから、何が起こったかなど、簡単に推測出来る。


 ──ほんと、相変わらずだ。


 恐らくはこの軍勢で俺の次に強い男に、俺はため息を吐き出す。

 アイツがこの世界のルールに則り挑戦者を返り討ちにしている以上、咎める訳にはいかないのだが……あまり人様の部下を殺さないで欲しいものである。


「で、こちらの、その、女性の、方は?」


 そうして一斉に並ぶ部下を眺めていた俺の背後に視線を向けながら、慈のヤツが恐る恐るという感じで声をかけてくる。

 ……まぁ、実際、気になるのだろう。

 この殺伐とした野郎ばかりの軍の中で……いや、正確に言うと後ろの方には、女奴隷とかも混ざっているが、そんな中に高貴な衣装を着た少女と、女官の恰好をした四人の女性が混じろうとしているのだから。

 当の少女はその声が聞こえたにもかかわらず、胸を張ってこちらを見るばかりで、自分から声を発そうとはしない。

 恐らくこれは……「俺の口から紹介しろ」という意思表示なのだろう。


「あ~、『黒剣(ヘイチェン)』陛下から、たまわ、たまわ……貰った。

 王のご息女にあらせられ……(チィ)という。

 何故か……俺の妃、らしい」


「正室ですわっ!

 心して仕えなさいっ!」


 慣れない敬語を使おうとして口ごもる俺に、苛立ったのだろう。

 自分から言わせようとした俺の紹介を断ち切って、七が大声でそう叫ぶ。

 ……少女のその叫びによって、周囲は完全に静まり返っていた。

 何しろ、王の娘である。

 兵たちは完全に雲の上の話を聞かされた様子で、誰も彼もが目を見開き……私語どころか驚きの言葉一つすらも零さない。

 

「……おい。

 皇帝様よ、あんた、一体何をやらかしたんだ?

 この小娘を娶るってことは、王と血縁になるってことだぞ?」


 流石に事態を見かねたのだろう。

 周囲の硬直からいち早く抜け出した魯の奴が、俺に小さな声でそう尋ねてくる。

 ……相変わらず空気を読まない、というか世間的な階級に疎いらしい槍持ちのその声に、俺は小さく苦笑しつつも、その問いに答えを返してやる。


「さっき、『征左(ツュンツォ)(シァン)』とやらに命じられたからな。

 ……そういうこともあるんだろうよ」


 俺にとっては何気ない言葉だった。

 だけど……周囲の連中にとっては聞き流せる一言ではなかったらしい。


「征左将っ!

 左右で王の両腕と言われる、あのっ!」


「お前っ!

 それは、この『黒剣』で三番目に強いって言ってるようなもんだぞっ!」


「流石はっ、我が、主っ!

 早くも、そこまでっ、上り詰めるとはっ!」


 慈が矛を取り落としながら跪き、魯のヤツは胸倉を掴もうとして俺の身分を弁えたのかいきなり虚空を掴んで悶え、諸に至っては涙を流しながら天を……いや、俺を仰いでいる。

 周囲の兵たちや奴隷までもが一斉にその場に跪き、何というかどっかの独裁国家の親分になった気分である。


 ──大げさな。


 俺としては、数人くらい地位目当てに襲い掛かってくるモノだと予想して拳を軽く握っていたのだが……完全に予想が外れたらしい。

 というか、周囲全員が自分に向いて跪いているこの状況ってのは、あの塩の世界の邪教徒共を思い出して居心地が悪くて仕方ない。


「さっさと立ち上れ。

 左扇(ツォシャン)とかって場所へ出発だ」


 俺は周囲の連中にそう叫ぶと……諸の奴が俺用として用意したらしい一際豪華な鳥車へとその場から逃げ出すかのように乗り込む。


「……あ、あの」


「あ~……終わった終わった。

 怠ぃったら」


 おずおずと荷台の奥から発せられた(リァン)の声が何となく後ろめたく、俺は思わずさっきまで着ていた正装……一言で言ってしまえば「豪華な鱗鎧」を脱ぎ捨て、その言葉を遮ってしまう。

 実際、どう答えるべきか分からなかったのだ。

 今まで、一応、形ばかりとは言え「妻」を自称してきた少女の前に、君主に押し付けられた「妃」を連れてきた時の言葉なんて……今まで数多の異世界を旅してきた経験でも学べなかったし、学校でも教えて貰っていない。

 そして……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能がこんな時に助けてくれる訳もない。

 とは言え、鎧を脱ぎ捨てるなどそれほど長い時間かかる筈もなく……僅かな時間を稼いだだけで、荷車の中には先ほどの微妙な空気が戻ってくる。


 ──っと。

 ──何を言えば……って、コイツはっ!


 必死に助けを求めて周囲を見渡すものの、荷台の上にはあの村から付いてきた子供たち……(リァン)(ユィ)(メイ)(イー)の四人の少女と、そして唯一残された男である(シェン)しか残っておらず、何の助けにもなりゃしない。

 唯一、俺に助け舟を出してくれそうな大人である(チェン)は、愛人の膝枕で大鼾をかきながら寝ている有様だし、コイツの愛人は鈴の母親で……彼女に助言が貰えないだろうことくらい、俺にでも分かる。

 そうして、躊躇っていた所為、だろうか。


「何ですの、これは?

 もう少しマシなのは、ありませんの?」


「……七」


 いつの間に近づいてきていたのか、正室を自称する少女が俺の背後へと近づいて来ていた。

 ……様々な状況を想定して色々と物資を用意してくれた諸も、流石にこの小娘が嫁に来る事態は予想出来なかったらしく、コイツへの用意は全く出来ていない。

 だから、彼女が一番豪華な鳥車を自分のモノだと考え、女官の手を借りて乗り込んできたのは、別に間違いじゃないのだろう。

 ……だけど。

 既にこの車を縄張りだと理解していた子供たちは、そうではなかったらしい。


「なんだおまえ。

 ここは、鈴ねえさまとだんなさまのものだぞっ!

 かってに、ずうずうしいっ!」


「……(メイ)っ?」


 ……歳が近いこともあったのだろう。

 そしてまだ若くて社会的地位を理解出来てなかったこともあるに違いない。

 勿論、性格的なものもあるのだろうが……美という名前の一人の少女が前に出て、新参者を窘めようと口を開き……


「無礼者がっ!」


「……ぁ?」


 鈴が止めに入ろうと口を開くが、その声が届く暇もなく……近くの女官が振り払った懐剣によって、美はその首を横一文字に切り裂かれていた。

 ……そして、少女の首からは真紅の血液が噴き出し始める。

 幸いだったのは、一瞬で頸動脈を切り裂かれたことにより血圧が下がり……美は苦しむこともなく意識を失い、その場に倒れたこと、だろうか。

 そのあり得ない事態を呆然と見ていた俺が、ようやく我に返ったのは……少女が床に倒れた時に響いた、鈍い音を聞いた時、だった。


「何やってんだ、てめぇえええええええっ!」


 慌てて俺は、突如子供を斬り捨てるという蛮行に出た女官の一人の腕を掴んで刃物を奪い、その身体を押し倒して拘束しようとした。

 ……そう。

 そうする、つもり、だったのだ。

 正直なところ、俺としては年頃の少女を殺すような真似は世界の損失であり、出来るだけそんな事態は避けたいと思っているのだから。


 ──あれ?


 だと言うのに、俺の持つ破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能はそれを許さない。

 懐剣を取り上げた筈の俺の左腕は、女官の右前腕の骨をあっさりと握り砕き……それどころかそのまま引っ張った女官の右腕は、肩からあっさりと「もげて」しまい、真紅の血を周囲に飛び散らせることとなる。

 そして……押し倒そうと女官の左肩に置き、直下へと力を込めた右腕は、見事に彼女の肩の骨どころか肋骨から脊椎までもを押し潰すほどの力を加えていたらしく……


「……ぁ」


 鈍い音が響いたかと思うと、子供を殺したその女官は、気付けば縦に「畳まれて」いる状況だった。

 押し潰された女官は完璧に即死……心臓も肺も体幹ごと潰されたのだから当然だろう。

 

「なっ、何をしますかっ?」


 無礼者を始末させただけの七としては、俺の行動はまさに「暴挙」だったのだろう。

 自らの配下が文字通り「潰された」のを目の当たりにした少女は、明らかな怯みを見せる。

 俺は……餓鬼を脅すなんて真似は性に合わないのを理解した上で、それでも怒りに任せて口を開く。


「アレらは、俺のモノだ。

 勝手に殺すな。

 ……お前も、潰すぞ?」


「わ、私は黒剣の七女ですわっ!

 幾ら貴方が将だとしても、殺せる訳がありませんっ!」


 不本意ながらも脅迫という形で、子供でも分かり易いようにと考え抜いた俺の言葉に返ってきたのは、そんな……小賢しい餓鬼が自分の血筋を利用して開き直るという、俺が最も気に入らない返答だった。

 ……だから、だろう。

 俺は先ほど奪い取った女官の懐剣の、刃の部分を握ってへし折りながら、顔が怒りに歪むのを隠そうともせず、言葉を続ける。


「……ああ。

 そうだろうな」


「でしたらっ!」


「正妻なら、子を孕んで跡継ぎを産めばいいだろう?

 だったら、両腕両足を引き千切ってやるぞ?

 勿論、生かしたまま、な?」


 俺の言葉の真偽がどうであれ……それが可能だということに、少女は気付いたに違いない。

 その厚化粧の所為で分かりづらいものの、顔に完全な恐怖の色を浮かべ……後ずさる。

 残された三人の女官たちも同様だった。

 俺としては完全に不本意な形ながら……彼女たちからしてみれば俺は「女子供だろうと容赦なく残虐に殺す暴君」であり、逆らうことも出来ない強者なのだ。

 それでも彼女たちがこの場から逃げ出さなかったのは、力ない彼女たちがこの世界で生きていくには、七という主に仕え続ける必要があったから、だろう。


「分かったら、仲良くしろよ?

 それと……ソレはお前たちが片づけておけ」


「は、はいっ!」


 俺は足元に転がっている血まみれの少女の死体と、潰れて原型を留めていない女官の死体を顎で示すと、そのまま荷車を出ていく。

 ……正直、今になって少女を脅迫した罪悪感が湧いてきたのと、ついでに女性をこの手にかけた不快感に耐え切れなくなった俺は、ほとんど無意識の内に、その場から逃げ出していたのだった。

 いや、むしろ逃げ出したのは、俺をまっすぐに見つめていた守るべき子供たちの前で、脅迫や殺人という汚い姿を見せてしまったから、かもしれなかったが。


「おいおい、皇帝(ファングィ)様よ。

 どんなに激しい遊戯をしてたんだ?

 外まで色々と聞こえ……」


「……五月蝿い、黙れ」


 車から降りた俺を(ロー)のヤツが軽口で迎えてくるが、俺はソレを冷たい言葉で一蹴するとそのまま(ツー)のヤツが乗っていた先頭のボロい幌付きの鳥車へと乗り込み、腰を下ろす。

 幸いにして、諸のヤツは俺の機嫌を察してか声をかけて来ようとはせず……俺を乗せた鳥車は、静かに王より賜った土地である左扇(ツォシャン)へと向かい進んでいったのだった。


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