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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第五章 ~最強の将~
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肆・第五章 第五話

 ──洒落抜きで、怖ぇぞ、コレ……


 二つの国を結ぶ架け橋……と言う名のただの板を渡りながら、俺は足の震えを隠せなかった。

 何しろ……「下」が見えないのだ。

 下にちらりと視線を向けてみても、見えるのはただ真っ白な雲だけで、地面とか海とか、そういう存在して当然のモノが全く目に入らない。

 此処が「凄まじく高い」のではなく……「どれだけ高いのか判断すら出来ない」のが実情なのだ。

 

 ──よくもまぁ、こんな場所で殺し合いなんて出来るな、こいつら……


 俺はなるべく足元を見ないように、視線を足元から逸らし……あちこちで倒れたままの死体を見つめ、内心でそう呟く。

 実際……俺の号令一つで死への恐怖がぶっ壊れたのか、部下たちは先を急ぐように死地へと飛び込み、既に十数名が地に伏したまま動かなくなっている。

 尤も、残りの百名余りが、現在進行中で新たな死体を作り出している最中ではあるのだが……


「おらぁっ!

 此処にも生きている奴がいやがるぜっ!」


「ぎゃぁあああああああああっ!

 だ、誰、誰かぁぁああっ!」


「ぎゃははははっ。

 無様に逃げてんじゃねぇえええええっ!」


 周囲に響き渡る絶叫の合間に、そんな笑い声が響き渡る。

 笑っているのは俺の部下で……悲鳴を上げているのは『燃鞭(ランピェン)』の部下たちである。

 ……そう。

 一度優劣の決まった戦場は、指揮官なしに立て直すことなど出来る筈もなく……もはや此処は戦場ではなく、ただの一方的な虐殺の場へと化していた。

 

「いやだぁっ!

 死にたくない死にたくない死にたくない~~~っ!

 たす、助け、助けてぇええええっ!」


「うるせぇっ!

 無駄な抵抗せず、とっとと死にやがれぇっ!」


「ぎゃぁああああああああっ!

 腕がぁああああああ脚ぃぃぃぃっ?

 たす、たすぎゃぁああああああああっ!」


 脚を怪我したのか、逃げることも叶わずに必死に命乞いをする敵兵を、部下の一人が笑いながら嬲り殺す。

 腕を切り落とし、脚を抉り、腹腔を切り裂いて……わざわざ即死しないように気を使って殺しているその光景は、どう見ても嬲り殺し以外の表現は浮かばないだろう。

 そんな光景が一つ二つではなく……あちこちで見られているのだから、やはり既に此処は戦場ではなく、屠殺場と表現するのが正しいに違いない。


「ったく。

 戦勝兵ってのはどの世界でも性質が悪いもんだな」


 ようやく架け橋を渡り終えた俺は、周囲の惨状を眺め……肩を竦めると、小さくそんな呟きを零す。

 尤も、この惨状を引き起こすきっかけとなったのは、敵の副将とやらを潰した俺の戦斧投擲によって、敵の命令系統が潰えた挙句、士気がガタ落ちした所為なのだが……


「うらぁっ!

 気持ちいいだろうがぁ、このクソったれがぁっ!」


「い、や、いや……ひぎゃぁああああああああああああああああっ!」


「ぎゃははははっ!

 馬鹿だ、こいつ、馬鹿だっ!」


 向こう側では、恐怖のあまり糞便を漏らした敵兵の尻に、うちの部下の一人が槍を突き刺して遊んでいた。

 それを見るヤツも、笑うばかりで止めようともしない。

 そもそも……この世界では「弱者が嬲られ殺される」のは当然なのだろう。

 そして……戦場で殺しあっていた敵が相手の場合、その弱肉強食の理論は顕著に表れるらしい。


 ──あ~あ。

 ──どうしようもない連中だな、ったく。

 

 そんな光景を目の当たりにした俺は、気付けば大きく溜息を吐き出していた。

 とは言え、その残虐極まりない処刑を止めるつもりもなければ、咎めようとする意思すら、俺の中にはないのだが……


 ──戦争なんて、こんなもんだし、な。


 確かにこの光景は、現代日本の価値観から見ると、少しばかり常軌を逸した光景ではあるが……数多の世界を旅してきた俺は、世界が異なれば常識も異なっているというのを知り尽くしている。

 それに、数多の戦場を渡り歩いた俺自身が、この手の光景をいい加減に見慣れていて、それほど酷い光景だとは思わなくなってしまっていた。

 そうして血と臓物と死体が転がる中を、俺は眉一つ動かすこともなく、矛を肩に担ぎながらのんびりと歩く。


「うへぇ。

 ……慣れねぇな、こういうの」


 隣では俺の槍持ちとなった(ロー)のヤツがそう呟くものの……そんな言葉など意に介すつもりもない。

 俺に付き従うつもりならば……いずれこんな光景にも慣れることだろう。

 今まで旅した数多の世界は、何故かどこもかしこもこんな光景ばかりで……ただでさえ戦争ばかりのこの世界は、この手の惨劇に出くわす機会が今までよりも多いと、容易に推測出来てしまうのだから。


「た、たす、助けぎゃぶっ?」


 歩いている最中に血まみれの敵兵がいたので、適当に頭蓋を踏み潰してトドメを刺してやりつつ、歩いている最中のことだった。


「皇帝様っ!

 この辺り一帯は確保しましたっ!

 次はどういたしますかっ!」


 よほど張り切ったのだろう。

 我が副官である(ツー)は全身至る所が返り血まみれになり、その挙句、肩で息しているというのに……それでも疲労の欠片も見せない満面の笑みを浮かべながら、俺にそう問いかけて来た。

 完全に血に酔っているその姿は、見る人が見れば悪鬼羅刹と表現するだろうほど、凄まじいもので……

 まぁ、この場合は頼もしいと言うべき、なのだろうが。


「じゃあ、次は……」


 周囲を見渡しながら、俺は口を開こうとする。

 とは言え、ここはあくまでも島と島とを結ぶ架け橋を渡った先でしかない。

 周囲には何もなく、ただ血と臓物と死体と……あとは散らばった武器や拒馬槍、櫓の残骸程度しかないのだ。

 少し遠くには砦が……それほど大きい訳でもなければ、堅固な造りとも言えない、下手くそな石造りの壁に覆われた、小さな砦が見えるばかりである。

 

 ──次は、アレを狙えば良いのか?


 いつもなら誰かが指示してくれる通りに戦うか、自分で全軍を率いて突っ込むかの二択だったのだが……今は、王に従いつつ、兵を率いるという中間管理職の身である。

 迂闊な決断も下すのも後々面倒な気がした俺は、背後からこちらへ向かっているだろう、『黒剣(ヘイチェン)』がいる方角を振り返るものの……未だに王の軍勢は遥か遠くをゆっくりと進んでいるようで、合流するにはもう少しばかり時間がかかりそうだった。


 ──あの砦くらいは落としてみる、か?


 ぱっと見たところ、それほど大きな砦でもない。

 俺が最前線で引っ張ってやれば、あの程度の砦くらい、大した苦戦もせず落すことは可能だろう。


 ──だが、コイツらが……

 ──果たして、ついて来られるか?


 そう考えた俺は、周囲の部下たちの様子に視線を向けてみた。

 我が部下の兵たちは連戦続きで疲労の極致にはいるものの……それでも血と勝利に酔って頭がおかしくなっているのか、全く疲労を感じている様子もなく、吠えたり踊ったり、暇なヤツに至っては敵兵の死体を切り刻んだりして遊んでいる。

 

 ──大丈夫そうだな。


 この様子なら、敗残兵の掃討くらいはまだまだこなせるだろう。

 コイツらとしても、こんな野戦で敵を殺して遊ぶのではなく……砦を落して、財産や食料などを手にした方が喜ぶに違いない。


「てめぇらっ!

 馬鹿みたいに騒ぐんじゃねぇっ!

 次の攻撃は、あの砦だっ!」


 俺は手に持っていた矛を、砦の方角へと向けながらそう叫ぶ。


「砦……なら財産や、食料があるぞっ!」


「皇帝様さえいれば、あんな砦なんざ楽勝だっ!」


「ぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 俺の意図は、一瞬で部下たちに伝わったようだった。

 返り血にまみれていた兵たちは、自分たちが連戦続きであるということすら理解が及ばないほど血に酔っているらしく、喜色に満ちた雄叫びを上げるばかりで……不平一つ零すことなく、血に染まった各々の武器を握りしめ、一糸乱れることなく、まっすぐ砦へと歩き始めたのだから。


 ──まぁ、次が限界だろうな。


 そんな狂乱状態にある兵たちの先頭に立ち、前へ前へと進みながらも俺は、一人冷静なままで、そんなことを考えていた。

 この世界の連中は確かに強く、単純で馬鹿ではあるが……それでも人間であることに違いはない。

 人間である以上……いや、生物である以上、幾ら熱狂状態で我を忘れているとは言え、限界はいずれ来るのだ。

 そして、あの塩だらけの世界で、何度か熱狂状態になり、疲労の極限になるまで戦ったこともある俺の経験上……その限界とやらはもう遠くない。


 ──ま、それなりの手柄は立てたんだ。

 ──この後で少しばかりサボっても文句を言うヤツはいないだろう。


 だからこそ、次が限界なのだ。

 この勢いのままもう一戦だけ戦って……砦に蓄えられている食料や財産を頂いて、しばらくの間、ゆっくりと休ませて貰おう。

 そうすれば戦い続きでダレている俺も、成り行きとは言え部下になった連中たちも適度に懐が潤い、ある程度幸せに一休みが出来ることだろう。

 そう考えた俺は、そろそろ矢の射程圏内に入るのを見極め……この戦いも、先ほどと同じよう一気に決めるべく、策を練る。

 尤も、策と言ってもそう難しいものじゃない。


 ──一撃で敵の戦術をズタズタに切り裂き……

 ──ついでに戦意を完全に挫く一発をかます。


 破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を使って、その二つを実現できるような……そんな行動を起せば良いのだ。

 一応、この世界では「人間らしく普通に生きていく」というのを俺が心がけている以上、出来る行動には『人間の範疇を超えない』という前提が入るのだが……まぁ、今のところ大きな問題も起こってない。

 ……今までの延長上で、それなりに度肝を抜く行動を起せば、目標は達成でき……そして、周囲から怯えられたり化け物扱いされたりすることもなく、平穏に人間らしく生きていくことが出来るだろう。


 ──狙うは……城門だな。

 ──獲物は、あの辺りの岩が良い感じか。

 

 そして俺は、周囲を見渡し……先ほど思いついた策を実現すべく、行動を開始する。

 とは言え、「ソレ」を策と呼ぶならば、古代から近代まで存在した軍師全員が助走をつけて殴りかかってくる……そういう杜撰な代物ではあるが。

 何しろ、俺の選んだ行動とは……ただ近くに転がっている人の数倍ほどあるだろう岩を、矢の射程外からただ力任せに放り投げて、あの堅固な城門を突き破る。

 ……ただそれだけ、なのだから。


 ──まぁ、この手のは単純な方が効果的なんだよな。


 何しろ、遠くから石を投げるという行動は、単純明快な物理攻撃でしかなく……単純極まりないこそ、防ぐことも守ることも叶わない。

 そして、「自分たちを守っていた門がたったの一投で砕かれる」光景を目の当たりにした敵兵がどういう心理状態に陥るかなんて……想像するまでもないだろう。

 敵の士気を一気に挫き、敵砦の戦略的価値を喪失させる。

 ……まさに一挙両得の名案である。


 ──さて、殲滅を始め……


 内心でそんなことを考えた俺が、近くに転がっている岩のところへと足を運ぼうとした、その時だった。

 俺によって破壊されることを予期したのか、砦の門が勝手に開き始め……

 その門から、騎兵……鳥に乗った三百あまりの兵が一斉に飛び出て来る。


「皇帝様っ!

 アイツら、打って出てやがったっ!」


 部下の一人がそう喚くが……そんなの報告を受けるまでもない。

 俺とソイツはほぼ同じ位置から同じ方角を見て……同じものを見ているのだから。

 その三百名余りの、三角形の形をしてこちらへと突っ込んで来る騎兵たちの中でも、たった一騎……一番先頭に立つ男に、何故か異様なほど意識が向いた。

 大柄でもなければ、筋肉質という訳でもない。

 なのに、赤い衣を身に纏ったその男は、何故か異様なほどの存在感を放ち……あの体躯でありながら、数多の屈強な男たちを従え、最前線に立ってこちらへと突っ込んでいるのだ。

 ソイツの両腕には、円筒型をした鉄の棒……いや、良く見ると僅かにしなっていて、鉄を編んで出来た凶器……即ち、鉄鞭とかいう武器を手にしているのが分かる。


「正面にいるのは、『燃鞭(ランピェン)』だっ!

 流石の皇帝様でも、アレは無理だっ!

 逃げるべきだっ!」


 副官である慈のその悲鳴を聞いて、俺はようやく理解した。

 アレが……この浮島の王にして、俺たちの敵なのだと。


「馬鹿野郎っ!

 騎兵相手に、今から逃げられる訳がねぇっ!

 『黒剣』様が来るまで、持ちこたえるしかねぇっ!」


 慈の悲鳴にそう怒鳴り返したのは、俺の槍持ちである魯で……その声もやはり悲鳴じみていたものの、まだ恐怖で我を忘れてはいないらしい。


「畜生ぉおおおおっ!

 死んでたまるぁっ!」


「やってやるっ!

 やってやるぞぉおおっ!」


「アレを殺せば、俺も将だっ!

 やるしかねぇえええっ!」


 魯の叫びによって戦意を取り戻した兵たちは一斉に騎兵の方へと向かうものの……そのヤケクソじみた叫びとは裏腹に、彼らの腰は完全に引けていた。

 そもそも騎兵という存在は、こうして破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能を持つ俺から見ても、凄まじい圧力と迫力を感じるほどの、凄まじい存在である。

 蹄の音……馬ではなく鳥ではあるが、大地を蹴るその音は凄まじい地鳴りとなって腹の奥まで響いてくる上に、自分よりも大きな存在が凄まじい勢いでこちらへと向かってくるのだ。

 その迫力だけで、自分が無敵だと分かっている俺でさえ、思わず逃げたくなるほどなのだから……他の雑兵たちにとって騎兵の群れという存在は、まさに死神の行列にも等しいのだろう。


 ──ちっ。

 ──流れを変えないと、ヤバいな。


 その事実に俺は内心で舌打ちを隠せない。

 折角、岩の一投で砦一つ落とせそうだったというのに……正直、その時の俺は「手間を増やされた」という苛立ちしかなかった。

 ただ、あの鬱陶しい『燃鞭』と呼ばれているヤツを、串刺しにしてやれば、この戦いを楽に終わらせられると考え……手にしていた矛を握りしめ、騎兵が襲い掛かってくる方角へと一歩を踏み出す。


「皇帝様っ!

 幾ら何でも無謀だっ!」


「相手は、王だぞっ!

 死ぬ気か、おいぃいい!」


 背後で部下共が騒いでいたが、俺は意にも介さない。

 ……破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能がある限り、俺が傷つくことはあり得ないのだから。

 そう考えた俺が大地を踏みしめ、最前列にいた、二つの鉄鞭を構えた男へ向かい、両手で握る矛を渾身の力を込めて振り下ろすのと……


「ははっ!

 粋がったか、小僧がっ!」


 その最前線の男……燃鞭という名の王が、俺に向かって鉄鞭を振り下ろすのは、ほぼ同時だった。

 そして、両者の一撃が交差した次の瞬間。


「うわぁっちゃあああああああああああああっ?」


 肩から吹き上がる炎に、悲鳴を上げていたのは……無敵の権能を持つ筈の、俺の方だったのだ。


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