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【完結済】ンディアナガル殲記  作者: 馬頭鬼
肆・第五章 ~最強の将~
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肆・第五章 第四話


「進めぇっ!

 仇を取るぞぉおおおおっ!」


「ぉおおおおおおおおっ!

 俺たちが先陣だぁあああああああああああっ!」


 ほんの少し前まで大敗を喫したのを既に忘れているのだろうか?

 俺の部下たちはそんな雄叫びを上げながら、一斉に敵の……『燃鞭(ランピェン)』の島へと駆け出し始めた。

 陣形も何もなく、ただ勢いに任せたとしか思えないその突撃は……まさに、ただの特攻でしかない。


「……元気だな」


 そんな兵たちの進軍を背後から眺めながら……いや、一応は適当に駆け足で追いかけながら、俺はそんな感想を呟いていた。

 実際、未だに包帯の下からは血がにじんでいるヤツらもいるってのに、痛みすら忘れたかのような走りっぷりである。

 ……幾らアイツらが脳みそまで筋肉で出来ていると言っても、限界があるだろう。


 ──黒剣(ヘイチェン)が来たから張り切ってる、ってか。


 それにしても、幾ら王のカリスマがあるからって、人間がそこまで狂える訳もない。

 何かしらの種や仕掛けがあってもおかしくないのだが……


「ひ、ひぃ。

 ま、まって、く、れ……」


 そんなことを考えながら走っている俺の隣からは、そんな間抜けな叫びが聞こえてくる。

 そちらに目を向けると……ついさっき槍持ちへと取り立てたばかりの、(ロー)という男が顎を上げながら必死に走っている姿が見えた。

 ……流石に、俺の武器全てを持たせるのは、幾ら何でも無茶だったらしい。

 大刀に槍に矛、戦斧までを抱えて走っている訳だから……手にしている全ての武器を合わせると、軽く二十キロを超える計算になる。

 日々鍛錬を続けている兵でもない、農民上りのただの戦奴が持つには、少しばかり重すぎたらしい。


 ──まぁ、人様の仕事を取るつもりはないが。


 折角与えた仕事なのだ。

 ここで俺がコイツの武器を抱えてしまえば、魯は失業……とは言わないものの、立場がなくなること間違いないだろう。

 正直に言ってしまえば、俺が武器を……こんな長くて鬱陶しい物を持って走るなんてダルくてやってられないだけ、なのだが。

 戦いにおいてほぼ万能とも思える破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能ではあるが、何故か走るのを早くはしてくれないのだ。

 ついでに言うと、ンディアナガルの権能は身体を使った時の疲労を軽減してくれることもなく……その二つは無敵とも思える俺の、明確な弱点となっている。


 ──っと、やってるやってる。


 魯のヤツを置き去りにしたまま、早足で適当に走りながらそんなことを考えている間にも、気付けば俺は兵たちのところへとたどり着いていた。

 まぁ、実際のところ、兵たちが『架け橋』の周辺で……『黒剣』の浮島と『燃鞭』の浮島とを結ぶ、幅一メートルくらいの木の板を超えている最中に、敵の反撃に遭ったらしく、そこで立ち往生しているところに追いついただけ、ではあるが。


 ──まぁ、普通ならそう陣取るわな。


 俺の見たところ、敵陣の構成はそう複雑なものではない。

 ただ、こちらの浮島と向こうとを結ぶ架け橋を中心として、扇状の陣を敷いているだけである。

 ついでに言えば、丸太組みの拒馬槍を並べ、木の楯で身体を隠し、その背後で弓を構えている……そういう専守防衛の構えである。

 つまりが、「向こうから攻めて来るつもりはない」と、堂々と宣言しているようなものではあるが……


 ──突破は、面倒そうだな。


 こちらとあちらを結ぶのは、板状の架け橋のみで、兵たちは一人ずつしか前へ進めない。

 そこを突破しようとすると、向こう側から一斉に矢を射かけられてハリネズミと化し、命を落とてしまうだろう。

 矢を警戒して楯で身体を隠しながら進んでも、向こう岸で待ち構えている兵に蹴落とされるがオチである。

 要は……我が兵たちは勢いよく攻めていったものの、防衛側に地の利を完全に抑えられてしまい、立ち往生している、というのがうちの兵たちの現状らしい。

 こちらから矢を射かけようにも、勢い任せに突っ込んだコイツらがそれほどの矢を持っている訳もなく……もし射かけたとしても、陣の前に組まれた木の楯で阻まれ、それほどの効果を得られないのは明白だったが……

 

「……苦戦しているな」


「こ、これは皇帝(ファングィ)様っ!

 敵の守りがなかなか手練れ揃いで、我が軍は足止めを喰らっており……」


 背後から追いついた俺に気付いたのだろう。

 (ツー)という名の副官は、俺の方へと振り返り、そう報告をする。

 ただ、俺が見る限り、その報告はかなり虚飾してあるというか、こちらに有利に表現しすぎているだろう。


「……明らかに封殺されているんだよなぁ」


 そう呟いた俺が見ている間にも、緊張に耐えかねたのか、槍を持った兵の一人が敵陣へと駆け出していく。

 ソイツはそれなりの使い手だったのか、飛んでくる矢を次々と槍で落し盾で防ぎながら、橋を見事に渡り切る寸前まで迫り……向こう側の出口を塞ぐ、槍を持った敵側の兵と相対し、数合の打ち合いを見せる。

 向こう側の兵もかなりの手練れらしく、兵同士の力量は互角。

 いや、槍捌きを見る限り、こちらの兵の方が手練れという印象を受けた。

 ……だけど。


「あ」


 次の瞬間、敵陣の奥から凄まじい勢いの矢が飛んできて……こちら側の兵の頭蓋をあっさりと射抜いていた。

 ……恐らくは即死だったのだろう。

 頭から矢を生やした男は、ふらりと身体を傾かせ、そのまま架け橋から直下へと……浮き島の外側へと落ちて行き、姿形も見えなくなってしまう。


「……アイツが、問題なのです。

 敵軍の副将『花栄(ファルン)』という名の、弓使い。

 お蔭で、我が兵たちは此処での足止めを余儀なくされ……」


「……副将、何人いるんだよ」


 敵軍の中に……少し高い櫓の上に立つ男の姿を見た俺の口からは、そんな呟きが零れるだけ、だった。

 実際……その櫓はかなり遠く、こちらの兵が報復にと放った数本の矢は、その櫓まで一切届いていない。

 だと言うのに、その反撃のつもりなのか、敵の副将が放った矢は、こちらの陣へ楽々と届き……最前線に出て矢を番えていた一人の兵の眼球を、狙い違わずに射抜いていた。

 眼窩から矢を生やしことになったその男は、すぐさま大地へと崩れ落ち……痙攣を繰り返すだけの肉の人形へと化してしまう。


「……すげぇ、な」


「ええ。

 あれだけの技量を前にすれば、楯を構えようが、大勢で一斉に突っ込んで行こうが……結果は同じでしょう」

 

 思わず零れた俺の呟きに、副官である慈がそう答える。

 実際、あの矢は異常だった。

 多少の高低差があるにしろ、こちらの矢が届かない距離から、弓を番えた兵の眼球を見事に射抜く……その弓の腕は、まさに神業と言わざるを得ない。

 圧倒的な技量を見せつけられたこちらの兵は完全に委縮してしまい……足止めを喰らったことで連戦の疲労を思い出してしまったのか、我が軍の士気は完全に地に落ちていた。

 これでは幾ら俺が命令したところで、突撃を仕掛けるのは難しいだろう。


「こ、ここは、その、我々では、どうしようもなく……

 皇帝様のお力に縋るしか……」


「って、おい」


 そうして足止めを喰らい、士気が萎えきった兵たちが考えた策とは、俺に頼る……そんな他人任せで情けないものだった。

 ……だけど。


 ──そりゃ、まぁ、俺ならあっさりと抜けられるだろうが……


 何しろ、俺が持っている破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能は、敵の如何なる刃も弾き、人が即死確実の衝撃程度なら完全に防ぎ、矢を通す隙間すらない……ほぼ無敵と言っても過言ではない代物だ。

 例え、どんな戦場であっても、どんな相手であったとしても、ソイツが聖なる武器さえ手にしていないならば、怪我一つ負わずに勝てる自信がある。

 とは言え……


 ──コレ、落ちたらどうなるんだ?


 ……そう。

 ほぼ無敵と思える破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能にも、いくつかの弱点が存在する。

 聖なる武器で攻撃を受けると、若干ではあるが怪我を負ってしまう。

 火傷や凍傷を負うことはないものの、熱さ・寒さを防ぎ切れない。

 臭気や刺激物など、眼球や舌、鼻の粘膜などに刺激を喰らうと戦闘不能に陥る。

 そして、大きな落下ダメージは衝撃という形でダメージを負う。

 そういう……今までの経験則から知った、どうしようもない欠点が。


 ──くそ。

 ──ここの連中、妙に手強いし、なぁ。


 正面から斬り合ったところで、負けるなどあり得ず……いや、幾ら一方的に攻撃を喰らい続けても、俺が傷つくことすらないだろう。

 だけど……下手な使い手が相手だったなら、上手く攻撃を逸らされ、此処から落されかねない。

 そんな理由で俺が特攻を躊躇っていた、その時だった。


「や、やっと、おい、つい、た、ぞ……畜、生っ」


 俺の武器を持っていた魯のヤツが、ようやくここへとたどり着いたらしい。

 息も絶え絶えになりながら、早速そんな愚痴をこぼし始める。

 そんな状態になりながらも、コイツが武器を取り落して大の字で寝転ぼうとしないのは……兵として取り立てて貰った恩義を感じている、ということだろうか。


「なぁ、魯。

 ……これ、落ちたらどうなるか知ってるか?」


 俺は、自分が尻込みしているのを周囲の兵たちに悟られないよう、衝動的にそんな質問を口にしていた。


「あ、あぁ?

 ……聞いた、ことはっ、ある、がなっ」


 俺のその問いを聞いて、魯のヤツは若干視線を隣に……副官である慈の方へと泳がせたものの、自分の役割を思い出したのだろう。

 俺の槍持ちは、荒い息を鎮めるように一つ大きく深呼吸をした直後、すぐに口を開き始めた。


「と言っても、噂話、伝説、神話……そんな類の話だぜ?

 曰く、緑が広がり、争いのない楽園が広がっている。

 常春のその国は、食べ物に困らず、争いも起こらない天国である、とか」


「……自分が聞いた話では、その豊かな緑を巡って争う、死者の国だとか」


 魯の話に違和感を覚えたのだろう。

 副官である慈のヤツも、横からそう口を出してきた。

 自分の得意な語り口を途中で遮られたことに苛立ったのか、魯のヤツは僅かに顔をゆがめてみせるものの……すぐに軽く頷いて続きを話し始める。

 

「そういう説もあるな。

 他にも、天空を支える柱があるだの、何もない荒野が広がっているだの、下には何もなくて、落ちたヤツは永久に下へ落ち続けるだの……

 ああ、死んだ王同士が永遠に戦い続けているって話もあって……まぁ、色々と諸説がある訳だ」


「……適当じゃねぇか」


 あまりにも無茶苦茶な、整合性の欠片もない魯の語り口に、呆れ果てた俺は思わずそう呟いていた。

 尤も、魯のヤツも、俺がそんな感想を抱くことは想像していたらしい。


「だから、噂話って言っているだろう?

 浮島から落ちて、帰ってきたヤツなんて一人もいないんだから。

 たまに雲の切れ目から下を見たって奴が出てきて……まぁ、酔っ払ったアホか、頭のおかしいヤツの戯言だとは思うがな」


 その一言を聞いた俺は、ようやくこの槍持ちの語った荒唐無稽な「下の世界」について理解出来た気がした。


 ──要は、死後の世界ってヤツか。


 俺が暮らしていた日本でも、その手の話はポツポツとあった。

 臨死体験をした人間が、というだけでなく、色々な宗教で色々な解説があり……俺が一番好きなのは、死後に七十七人の処女と楽園で暮らせる、というヤツなんだが……

 ま、兎に角、魯のヤツの話を一言で言ってしまうと……


 ──落ちたらヤバい、って訳か。


 まぁ、俺に破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能がある以上、落ちても死ぬことはないだろうが……それでもかなり痛そうだ。

 ついでに言うと、今持っている権能で空を飛ぶことは出来ない。

 つまりが……『落ちたら帰ってこれない』。


「なら、アイツをどうにかしないとな」


 櫓の上に立つ、敵の副将……花栄とやらの姿を眺めながら、俺は少しだけ考える。

 さっき眼球を射抜かれた兵がいる位置からあの櫓まで、凡そ三百メートル弱、といったところだろうか。

 まぁ、正確に距離なんて測れる訳もなく……正直に言って適当なのだが。

 クラスメイトには、指を立てて距離を測る何とかってのをやっているヤツがいたものだが、生憎と俺はそんな細かい芸なんて持ち合わせていない。


 ──手持ちの武器は……


 その上、こちらの持っている武器は、魯が先ほど持ってきた、槍と矛と長刀、戦斧と錘くらいのもので、周囲の連中が持っている弓はそれほど大きなものではなく……幾ら射たところで、届きもしないだろう。

 そもそも、俺は弓なんて使ったこともない。

 だが、強引に渡ろうとすると、あの板から落ちる危険を伴ってしまう。

 出来れば、この場所からアイツを葬り去って、周囲の部下たちを上手くけしかけるのが一番なのだが……


 ──行ける、か?


 そう自問自答する俺の脳裏に、何故か妙な確信が浮かぶ。

 ……可能だと。

 俺の持つ破壊と殺戮の神ンディアナガルの権能をもってすれば、どんな敵だろうと屠れないことはないのだと。

 何の根拠もない癖に、絶対の自信を持って実行できる……そんな奇妙な確信が。


「……寄越せ」


「お、おい。

 そんなもん、どうするってんだ?」


 その閃きを実行するため、俺は魯の手から武器を……一番重くて遠くまで飛びそうな長柄の戦斧を掴みとる。

 当然のことながら、俺の意図が読めなかった魯は疑問を口にしていたが、今は相手にする時間が惜しい。

 何しろ背後には、『黒剣』の本体がこちらへと近づいて来ているのだ。

 足止めを喰らっている今の姿を見せると……無能のレッテルを貼られてしまうかもしれない。

 何となく、それは恥で情けないことだと……そんな気分になった俺は、静かに戦斧を握りしめた手に力を込める。

 腕に力を込めた所為か、未だにはめられたままの首輪が多少疼くが……すぐさま俺はその些細な感覚を意識の奥へと閉じ込める。

 そのまま、戦斧を握りしめた俺は、大きく振りかぶり、左足を大きく上げると……


 ──狙いは、身体に、任せるっ!


 ただ、身体の感覚が導くままに、野球のピッチャーのようなフォームで、戦斧を渾身の力を込め、放り投げる。

 狙いは、適当……と言うよりも、俺の身体に同居しているンディアナガルの任せた、という感じだろうか。

 実際、俺のその選択は間違いではなかったようで……凄まじい風切り音を立て、縦の円を描きながらまっすぐに飛んで行ったその戦斧は、見事櫓の頂上付近に突き刺さっていた。

 敵の副将は、避けたり飛び降りたりする姿は見えなかった以上、あの場所で戦斧の直撃を喰らった筈で……確実に即死だろう。

 こうして眺めてみると、櫓に突き刺さった戦斧は、赤く染まっている……気がする。


「……はっ?」


 とは言え、俺の戦斧投擲はあまりにも非常識だったのだろう。

 槍持ちである魯も、副官である慈も……いや、さっきまであの弓使いに辛酸を舐めさせられていた兵たち全ても、信じられないようなモノを見るかのように目を見開き、呆けたように俺を眺めているのだから。


「……っと。

 伊達に、副官やってない、か」


 ふと気付けば、俺の胸には、矢がまっすぐに突き刺さっていた。

 ……勿論、ただの矢で俺の皮膚を貫ける訳もなく、ただ服を貫いて引っかかっている、程度ではあるが……

 それは、先ほど潰した敵の副官……『花栄(ファルン)』とやらの置き土産だった。

 と言うか、俺の行為をただ悪あがきと断じて避けようともせず……だけど、こちらの戦意を削ぐために、まだ諦めていなかった俺を射殺すつもりだったのだろう。

 だからこそ、あの弓使いは、あれほど大きな戦斧を避けることも出来ず、即死する羽目に陥ったのだが。

 とは言え……その行為を愚かとは言えないだろう。

 少しばかり俺の能力を見誤ったにしろ、死ぬ瞬間まで、自分たちの軍を勝利に導くために全力を費やしていたのだから。


「……さて、と」


 俺は未だに呆けている魯のヤツの手から矛を奪い取ると、それを天高く掲げ上げ、息を大きく吸い込む。

 その動作で、呆けていた兵たちは、自分たちの置かれている状況を思い出したのだろう。

 一番手強かった弓の使い手である敵の指揮官は屠られ、理不尽な投擲を目の当たりにした敵兵は動揺の極みにあり……

 こちらは逆にその非常識な存在が味方である、というその事実に。

 敵の激しい抵抗に遭い、立ち往生させられた所為で疲労を思い出し、戦意を喪失していた兵たちの目が……その事実によって自然と輝きだす。

 勝利という劇薬が、彼らから正常な判断力を奪い始めたのだ。


「全軍っ!

 突撃ぃぃいいいいいいいいいいいいっ!」


 後は簡単だった。

 俺がそう号令するだけで、俺の部下たちは自分から架け橋へと……矢が飛び交い、落ちたら即死する地獄へと、一斉に向かい始めたのだから。


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